灰色の世界に囚われた少女   作:ひばりの

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第28話

 灰一色の砂漠と化した地で、謎に包まれた事件の全貌が解き明かされようとしていた――

 

 その地に、またひとつの足音が鳴る。

 

 その胸に、秘めたる決意を宿しながら――――

 

 

 

 

 

 

 

 誰もが、男の語る内容に意識を向けていた。彼らの前では常に凛と振る舞う男の声音は、どこか複雑な心情を帯びて彼らの耳に触れた。

 

「リセット、だと――?」

 

 ホログラムでこの場に加わるリボーンが発言する。

 

 その仮面に再び笑みを湛え、男はコクリと頷いてみせる。

 

「そうだ。この世界のリセット――説明すれば、この星に生存する万物全てを取り払い、美しく保たれた地球だけが残される――」

 

 ひとりとなった男には、もうこの術しかなかった。

 

 全ては、この星に命を受けたため―― 残酷ではあったが、亡き同胞たちの願い。その為に感情を殺すのは造作もないことだ。

 

「つまり、人類を皆殺しにするつもりか」

「そのための炎だよ。君たちが灰の炎と称したものは、混濁した世界を一掃し、肥料となり、この地に再び芽を宿す為―― その芽となる種を求め、私は今日まで世界を巡り探し続けた」

 

 その種こそが、アカネという炎の性質を存分に引き出すのに適材であった。世界を巡り、彼女ほどこの扱いの難しい複雑な炎と相性の良い人材はいない。

 

 話の途中、我慢ならずにディーノは男のそばまで寄りその胸倉を掴んだ。

 

「ふざけるなよ! てめぇ! そんなことのために、まだあんなにちいせえアカネを駒のように利用しやがってッ……! アカネは玩具じゃねえんだぞ!?」

「ちょっ、ディーノさん!」

 

 驚いたツナが慌てて引き止めようとするが、自身がホログラムであることをすっかり忘れていた。隣にいるリボーンも同じくホログラムであり、彼を止められず、生身でこの場に立つ雲雀が頼りだが、彼の性格上止める気はないだろう。戦う雰囲気ではないので、この状況でも眠そうに欠伸している。

 

「そんなことか…… 私にしてみれば、横から入ってきた君たちこそ、神経が狂っていると疑うがな。ある日突然この星に生まれ、我が物顔でこの星を牛耳り手玉にした。私の宝を汚し、全て奪っていった」

 

 その言葉でハッと我に返るように、ディーノの手は力なく男から離れた。

 

 憎むべき相手を、彼が生まれながらに持つ良心が揺する。自分に比べれば、今までに見てきたものや守ってきたものの重さが違う男に、ただ一方的に責めるのが正しいことなのか。

 

 理不尽だらけのこの世の中で、種族も違い、彼なりの苦難を乗り越えてこうした結果なんだろう。かつての自分の面影が重なる。そう思うと、なんとも言えなくなってしまった。

 

「どうして、アカネだったんだよ……」

 

 何故運命は彼女を選んだのか。たとえ彼女じゃなかったとして、この世界にいる誰かが犠牲となっていたんだろう。どうすればよかったなんて、誰にも計り知れないことだ。

 

「恐らくそれは彼女の過去と密接に関わる。彼女にもプライバシーがあるので、私の口からはここまでにしておこう」

「アカネの過去――……」

 

 自分と出会う前の、自分には知り得ない少女の過去――――

 

 なんとなく少女の存在が遠くなるような気がした。

 

「おめーの言う世界のリセットがされたとして、地球上の生物が滅べば、トリニセッテはどうなるんだ」

「そのことに関しては問題ない。リセットとは言ったが、トリニセッテを管理する者がいなければこの星は滅びる。故にトリニセッテに携わる者たちには、例外として残ってもらうことになるがね」

 

 トリニセッテを野放しにしてしまえば、世界は機能しなくなる。そうなれば元も子もない。

 

 恐らくあの炎は、トリニセッテを所持する者には効果がない…… あの時雲雀だけが灰化せず、この場に残っていた辻褄が合う。あちこちに浮かぶ球体で、彼も防御していたはずだが。

 

 少女を中心に、炎の柱は出力を上げていった。その勢いは、世界を飲み込むほどに――……。

 

 燃え滾る炎は、男の覚悟を象徴するようであった。

 

「あの戦いを通して、君たちにならこの星とトリニセッテを預けられる。そんな気がしたのだよ。あの子と共に、この星を導いてやってくれ……」

 

 この星が正しく導かれるのなら、男は命さえ惜しくないと言う。

 

「お断りいたします」

 

 男たちが息詰まる中、そこに現れたのは、儚くもその瞳に巫女(シャーマン)としての確固たる意志を持った少女だった。

 

 凛とした鈴の音のような透き通る声に反応したツナは、反射的に声の主の名前を呼んだ。

 

「ユニ!!」

 

 10年前より背も伸び、先代のアルコバレーノのように大人びた姿を見せる少女は、正装を纏い混濁としたこの場にたった一人で現れた。

 

 群青の瞳は、彼らを見て微笑んだ。

 

「お久しぶりです。みなさん」

 

 その表情は、年相応の嬉しそうな微笑みをしている。

 

 リボーンは、彼女の瞳に巫女としての考えがあることを見抜いていた。

 

「ユニ、どうしておめーが」

 

 その姿に、彼女の祖母であるルーチェの面影が重なる。虹の呪いを受けていた頃、彼女は命を削っても巫女として人のために善行を貫いた。そしてユニにも、その血が流れている。

 

 最悪は命を懸けることも覚悟しているのだろう。だが、それを彼女の祖母は喜ぶのか。

 

 リボーンの心情は複雑に少女の行く末を見守る。

 

「星のお導きにより、一連の事は把握しています。チェッカーフェイス。私は貴方の意志に反対します」

 

 ユニの宣言に、静観していた男たちの動揺が広がる。

 

 幼さの抜けない一介の少女が、脅える姿もなく仮面の男に反論したことに驚くが、何よりあどけない容姿とは裏腹に纏われた威厳は、彼らが想像するよりも凛々しく美しい姿だった。

 

 真っ向から少女に見据えられる男は、その仮面の下に具合の悪そうな口を作り、物申す。

 

「セピラの子孫、ユニよ。ここは君の出る幕ではない。己の種族の使命を知ることもなかった君には、本来の地球の美しさを知る由もないだろう」

 

 淡々と告げられる内容は、切実であった。この男が、誰よりもこの星を愛し必死に守ろうとしたかは、巫女の胸に深々と突き刺さる。

 

 そうして、巫女は語るのだった。

 

「チェッカーフェイス…… この星は、今まで貴方が守ってきました。たった一人で、心を殺して、この星が向かうべき未来へと、その身を捧げてくれました」

 

 唯一の同種であった先代も、彼のそばにいて支えてあげることは出来なかった。そして彼の心は凍ってしまった。誰もそのことに気づいてあげられない。

 

「そのために貴方だけでなく、たくさんの命が犠牲となりました。数多の罪なき血が流れ、人々の死に脅える声が聞こえます。彼らの無念は、世界が生まれ変わろうと消えることのない事実であり、この星の爪痕です」

 

 深く残った痕は消えることはない。彼が今までに抱えてきた苦しみも、嘆きも、孤独も――

 

 彼を救えるとしたら、自分の言葉だけ。

 

 ユニは、巫女としての祈りを心に込めて告げる。

 

「この星は、もう貴方だけのものではありません」

 

 今の彼女にも、守っていくものがある。自分を救ってくれた彼らへ、そして記憶の中の母が教えてくれたこと―― 

 

 未来へと繋ぐために母が託した想いを、彼女もまた後世へと伝える役目がある。

 

「貴方はもう解放されるべきなのです。誰も貴方を責めることはありません。全ては彼らが決めることなのですから――」

 

 彼にとっては辛い選択だが、彼の命もまた永遠ではない。いつやって来るかもわからない終わりに、きっと不安を抱えている。

 

 行く手を探すその手を、ユニは両手で包み込み、そっと語りかける。

 

「全ての命は平等で尊いのです。命が輝いているからこそ、この星は美しいのだと私は思います。チェッカーフェイス、貴方の命も私たちの砦です。どうか貴方の命まで、犠牲に捧げないでください」

 

 その瞳には、純粋な光と切望が映っていた。心から、少女は自分に語りかけていることが、チェッカーフェイスにも伝わっていた。

 

「どうか―― 信じてください」

 

 その言葉は、以前より聞き覚えがあった。

 

 

 

 "どうか、彼らを信じてあげて――――"

 

 

 

 

 あの時、彼女の思いに答えてあげていれば、世界はどう変わっていたか――

 

 知ることはもうありえない。

 

 しかし、今この手が未来を教えてくれるなら、掴んでみたいと純粋に思える。

 

 過ちは、もう繰り返すことではないだろう――

 

 

 

「ふう…… やれやれ」

 

 態とらしい溜息を漏らし、その暑苦しい仮面を剥ぐ。その下から現れた川平は、ふと笑みを浮かべ、ズレ落ちた眼鏡をカチャリと直した。

 

「参ったよ。やはり敵わんな。巫女の子よ……」

 

 彼女が自分の前に現れた時から、どこかで負けを予感する自分がいたが、案の定である。

 

 しかし、この笑顔を再び曇らせてしまうくらいなら、自らが引くべきであろう。

 

 唯一の友を見捨ててまで変えることのなかった自分より、彼らに託すことで新しい可能性が生まれる。そこにかけてもいいだろうと、何の根拠もない期待が膨らんでいる。不思議なものだ。

 

「そう言ってくれるなら、是非とも見せておくれ。君たちの美しい世界をな」

 

 ボンゴレに問いかける。一度は戸惑う様子を見せたが、その瞳はしっかりと自分を見て頷いてくれた。

 

「私も―― 意識の底で、誰かにそう言ってほしかったのかもしれない」

 

 この地球上で、ずっと孤独を感じていた。誰も信じられなかった。

 

 しかし、彼らの言葉で、肩の荷がおりた。異端である自分を肯定してくれる存在がまだいてくれたことに、安堵している。

 

「すまなかったね。今まで――」

「いいえ、これで両方和解ってことでいいですよね」

「ユニたちと一緒に、いつか世界を平和にすると誓う。アカネを早く解放してくれ」

 

 チェッカーフェイスの暴走は止められたが、灰の炎のシールドに守られた少女を助けなければいけない。あのまま体内の炎を放出し続けるのは危険である。

 

「――すまないね、と言ったろう…… こればかりは私にもどうしようもない」

「!?」

 

 予想もしない男のしおらしい返答に、耳を疑う。

 

「どういうことですか?」

「私は力を与えてやったまで…… 全ては彼女の感情次第。私には彼女を止めてやることも出来ない」

 

 希望のない言葉に愕然と為す術もなく、少女の炎が一面を焼き尽くす光景を見つめる。

 

「そんなっ……」

 

 言葉も出ないその光景に、男の口がこう動いた。

 

「私が思うに、彼女の過去は相当な闇だよ。今ここであの子を救えたとして、生きるという選択を与えられた彼女の闇はこの先も消えることはないだろう」

 

 幼い頃に受けた傷は重い。その傷を背負って一生を生きていくのは、果たして少女に幸せなのだろうか、と――

 

「この場凌ぎて助けてやるのは、あの子をより苦しめてしまうかもしれないよ。全てを忘れて散ってしまう方がいっそ楽かもしれないね。死体も残らないし」

 

 今のアカネは茫然自失の状態。このままなら、安楽死に近い状態で眠らせてやれる。

 

 その意見も一理あると、リボーンは言う。中途半端な意思で彼女を助けるのは彼女のためにはならない。

 

 しかし、それでは少女を見殺しにしてしまう。どれが最善なのか、ツナには苦しい判断だ。このまま押し黙るしかないのか……。

 

「オレは、そうは思わねえ」

 

 静かな声でそう告げたのは、ディーノだった。

 

「過去がどうあろうと、人の(タマ)で代えられるもんじゃねえだろ。これからの生き方次第だ。一人でも見ている奴がいれば、花は咲く。オレは絶対に、アイツを見捨てたりしねえからな」

 

 中坊の頃の自分も、そんなことを考えた。自分に何が出来るんだろう。父親のように組織を引っ張るなんて無理だ。ここにいない方が――……。

 

 だけど、ファミリーの奴らがいつもそばにいてくれたから―― 失敗も困難も一緒に乗り越えられた。

 

 そんな存在が一人でもいれば、いつかまためいっぱいの花を咲かせられる――――

 

「しかし、あの炎に触れるのは勧めんよ」

「ゔっ……」

 

 忘れていたが、あの炎は溶かすように人を原形もとどめず灰にしてしまう特性…… 不用意に近づけば命取りだ。その上、今のディーノには周囲に部下がいないため、リスクも跳ね上がる。

 

 万事休すかと思われた。

 

「ディーノさんの炎は、大空です。大空は全てに染まり、調和して包み込んでくれます」

「……! ユニ……!」

 

 自分にその声をかけてくれたのは、ユニだった。

 

 大空は、全ての炎の特性を調和し、相殺する。その可能性にかけることが出来るかもしれない。

 

「かつての大空のアルコバレーノとして、私も一緒に行かせてください。必ず、アカネさんを救いましょう」

 

 ユニの申し出に、ディーノは迷った。あの炎の中に飛び込むのは少なからず危険であるからだ。アカネと年も変わらない彼女を危険に巻き込みたくはない。

 

 しかし、リボーンは見かけによらずあっさりと彼女が行くことを許可した。彼だけが行くのは頼りないからと。全く腹の中が読めない男だ。

 

 時間もない。迫るタイムリミットに躊躇する間もなく、少女を救出するため立ち上がるのだった。

 




そして次回最終話――
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