黒騎れいは疲れていた。テレビの上に置かれたデジタル時計を見ればそれも仕方がないのが解るだろう。健全な中学二年生が起きていていい時間とは言えない。だがこの状況を自分から抜けることはできないでいた
あかね「だからさぁ!れいちゃんが・・・れいっちゃんが・・・」
宮藤「あの海岸で2人揃って鳥にたかられていた時のことを覚えてますか!?ねえれいちゃん!!!!」
左右から肩をつかまれてぐわんぐわんと揺らされながら畳みかけるように喋る2人のせいでろくに話すこともできずにいた。今夜は急遽黒騎れいお別れパーティーが開かれることになり、ももと芳佳とリーネの3人が腕によりをかけて作った夕飯をいただきながらの食事会は大いに盛り上がった。健次郎博士が改造してくれたおかげで大きくなったお風呂に全員で入ったり、乱入してきたこまりとなつみの用意してくれた人生ゲームがまた熱い時間をもたらしてくれた
ペリーヌ「貴方達酔っておられます?」
リーネ「芳佳ちゃん?その瓶ってオレンジジュースだよね?そうだよね??」
宮藤「だからなんなの!??」
リーネ「そのセリフはなんかこういう時に使っていいものじゃないと思うんだけれど」
芳佳が力なく放り投げた空の瓶は畳の上に薄い水滴の軌跡をぽつぽつと残しながら転がっていった。夜は更けて日付が変わるまで1時間を切り、こまりとなつみが家に帰っていってから随分と時間が経っても話は尽きることが無い。幼いももは体力の限界を迎え部屋の隅で座布団を枕に安らかな寝息を立てている。こちらも既に寝落ち寸前の芳佳は寝ぼけまなこでおかわりを探すが、既に机の上の飲み物は全て空いてしまっている
宮藤「ペリーヌさんもういっぱい!!」
ペリーヌ「だめです。もうおよしなさいな、身体に毒ですわよ。・・・ってなんでわたくしがお医者様志望のあなたに健康を説いているんですの?」
宮藤「ぶー、ケチなんだから!明日はお休みなんだからなにをためらう必要があるんですか!!もういいです自分で取りに行きますから」
ペリーヌ「普段から命令無視の常習犯の宮藤さんがこうなっては手が付けられませんわね・・・。」
わかば「あおい、ちょっとあかねを引き離して。黒騎さんが目を回すわ」
あおい「う、うん。あかねちゃー・・・」
あかね「あおいちゃああああああああん!あおいちゃんはずっとここにいてくれるよね?」
あおい「え?ええ???そそそ、それはもちろんだよ!あかねちゃんがそう言ってくれるなら・・・!」
あかね「あおいちゃん!」
あおい「あかねちゃん!」
固く抱き合いそのままごろごろと部屋の隅まで転がっていく2人をあきれたように見やるわかばの横で、リーネはじたばた暴れる芳佳を膝の上に寝かしつけつつそれとなく瓶を取り上げる
ペリーヌ「大丈夫ですの?黒騎さんも少し横になられては」
れい「え、ええ。そうさせてほしいわ」
ペリーヌ「とりあえずお水でもお飲みになられてはいかがかしら」
頷いてれいは台所に向かい、冷蔵庫から取り出したペットボトルの水を一口飲んだ。上気した身体に冷たい水が下りていく感覚が心地いい。だがこの興奮が冷めてしまうのを惜しむ気持ちもあった。れいは部屋の隅でごろごろしているあかねと、うとうとしている芳佳に目をやると誰に告げるともなく話し始めた
れい「その・・・2人がここまで私のことを思ってくれていたのを知れて、本当に嬉しい。あかねは誰に対しても全力だし、芳佳は記憶がなくたっていい子だったし、だから多分誰にでもそうしていたのだろうけど何も持たない私がここで生活していくことを楽しめていたのは2人とみんなが良くしてくれたおかげだもの。・・・ありがとう」
それに応えるようにあかねと芳佳は無言で手をヒラヒラとふった。両方とも頬を赤くしているのを見てれいは笑おうとしたが、自分の耳も熱くなっていることに気付いてあわてて冷たい水を一気にあおった。
翌日。黒騎れいはいつものように台所から漂ってくる美味しそうな匂いと包丁がリズム良くまな板を叩く音で目覚めた。起き上がって大きく伸びをしてから自分の布団を折りたたんで部屋の隅に寄せてから朝食作りの手伝いに向かう。テレビからは今週末のお天気がお出かけ日和であるということを力説するアナウンサーの声が流れ、それをバックに朝食を頂く。ここにきてから毎日繰り返されてきた賑やかな朝の時間が流れていく中で、れいは心の底から溢れてくる暖かい感情が涙として零れそうになるのを必死に耐えていた
リュックサック1つに収まる程度の私物を背負って、彼女はここから去ろうとしていた。居心地がいい場所であっても、黒騎れいは行動を起こすことを選んだのだ。確かに一色家で暮らすことが楽しいのだが、れいはいまだに自らの記憶がほとんど浮かび上がってこないことに日々焦りを感じていた。れいはこの行動が前に進むための最善の選択だという決意を今一度固め胸に残る未練を断ち切るように玄関の引き戸を力いっぱい引いた
れい「じゃあ、いってきます」
振り返ることはしなかったが、さようならとは言えないれいは凛とした声で確かにそう言った。もうここに住むことを終えると決意してたのに、無意識であろうとなかろうと彼女が選んだのはその言葉だった。あかね達がその背中に飛びつかなかったのを褒めるべきだろう。ただただ手を振るあかね達に照れ臭そうに小さく手を振って、黒騎れいは小走りにあぜ道を駆けていく。自らが進む道に希望が満ちていると信じて
お話全然すすまないじゃん!!!!仕事してる場合じゃないのに・・・だめっ働いちゃうっ!!!!