「ふんふん・・・ふふーん・・・」
心地よい夜風が頬を撫でる。気分を良くした少女は腰に付けたガジェットの調子を点検しながら思わず鼻歌を口ずさんだ
「なぜ歌っているのです?」
風流の欠片も無い、合成音声のような不快な音。鼻歌を止めると目の前の柵に止まったカラスをじろりと睨んだ
「・・・気分よ。人間にはそうしたくなる時がある。いちいち聞かないとわからない程のことかしら?」
邪魔をされた少女は不機嫌な態度を隠そうともせずトゲトゲした口調で返事をするが、質問者である黒き鳥は淡々とした喋り方に変化なく言葉を続ける
「人間はこういう時、緊張や恐怖の感情が強くなる傾向にあります。そのような楽観的にも見て取れるような所作はデータから見れば違和感があります」
「じゃああなたのデータが出来損ないか私が人間じゃないか、どちらかということね。あるいは__」
口をつぐんで肩をすくめると、少し楽しそうな声で続けた
「あるいはその両方かも」
自虐的に微笑むが、すぐに冷たい氷のような無表情へと戻る。眼下に広がっているのは夜でも明るい光を絶やさず稼働を続ける示現エンジンの周辺施設の数々だ
その少女は相も変わらず高い建物の屋上に立ち、暑苦しいマフラーを首に巻いて全身に風を浴びながら凛と立っていた。以前と違い、その身には黒いハイネックのボディースーツを纏って闇に溶け込み動くための恰好をしている
「手を貸してくれる訳でもないならさっさと消えてくれない?」
「観測者としての立場があります。ここで見せてもらいますよ」
「鳥なのに夜目が効くのね。なら最後まで口を挟まないようにだけ気を付けて。集中が乱れるから」
ためらうことなく彼女はその場から宙へ身を投げた。自由落下の速度が徐々に上がるのに身を任せ一気に地面との距離を詰める。ある程度速度が付くと身を翻して腰に付けた射出装置から前方にワイヤーを発射し、張り出した階段の手すりに引っ掛け振り子のように空中を移動し別の建物へ飛び移る
眼下には銃を持った重装備の兵士達の姿もちらほら見えるが、身を小さく丸めながら移動する彼女は大きな風切り音を出すこともなく違和感を与えることなく移動することに成功していた
そんな移動を何度か繰り返して彼女は進んでいく。月明かりを遮り空にそびえる示現エンジン。それこそが彼女の今夜の散歩の目的地であった
「そうです、イレギュラー。破壊するのです。あなた達はそれしかできないのですから。せめてその僅かな存在価値をここで見せてみるのです。さすれば___きっと家にも帰れるでしょう」
誰に聞かせるでもなく放たれた声が闇に溶けていった。既に建物の陰に隠れてしまいここからでは見えないはずの少女の姿も、ガラスめいて鈍く光る眼にはありありと映し出されていた。観測者としての役割を果たすため、カラスは物言わぬ像のように不動の姿勢でただそこに在り続けた
次回からは新章です。次の章かその次の章くらいで完結するんじゃないかな?くらいの気持ちで書いてます。まあ全然わかんないですね・・・(見切り発車マン