ビビッド&ウィッチーズ!   作:ばんぶー

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第53話 「三枝わかばの剣道場」

 

 

数えるのが億劫になるほどの石段を上がれば、山の頂には大きな木造りの門が構えている。見上げれば〈天元理心流・三枝武真館〉と達筆な字体が刻まれた看板が目に入るだろう

 

 

しかし今回の来訪者であるシャーリーとルッキーニは下からでなく上からこの場所へたどり着いた

 

 

 

年代を感じさせる門の右下には人が出入りする為に小さな勝手口が用意されていた。三枝わかばは躊躇いなくそれを押し開け中に入っていき、ストライカーを脱いだシャーリーとルッキーニがおそるおそるそれに続く

 

 

ルッキーニ「直接お家の中に着陸すればよかったじゃん。広いし」

 

 

シャーリー「おいおいルッキーニ。そりゃノックせず窓から部屋に入るくらい失礼なことなんだよ」

 

 

ルッキーニ「なるほどぉ!」

 

 

 

整然とした石作りの道に沿って進めば待ち構えるのは大きな木造の建物の数々。鳥の声と木々の葉の擦れ合う音以外が排除された神聖な静けさは神社か寺の境内を連想させるが、ここはわかばの生まれ育った家だ

 

 

 

敷地の真ん中に堂々と建てられた武道場に辿り着く。ここで待ってるよ、と小さく手を振るシャーリーとルッキーニに1つ頷いてからわかばは入口の引き戸に手をかけ、力いっぱい引いた。古くなって建付けの悪いこの入口を修理しないのは、これも腕力を鍛える修行の一環であると父が言い張っているからだ。ただ修理費をケチっているだけではないのか、と訝しむ門下生もいるがわかばは毛ほども疑ったことはない

 

 

 

 

わかば「ただいま戻りました」

 

 

 

三枝わかばは道場の扉を開き、凛とした声でそう言った。道場の真ん中でストレッチをしていた壮年の男性がこちらを振り返る。彼の顔には年齢を感じさせる皺がうっすらと刻まれている。わかばと同じ緑の瞳が声を出したわかばの方に向けられ、固く横一文字に結ばれていた唇が柔らかく微笑みの形をとる

 

 

 

 

「わかばか。よく帰ったな」

 

 

わかば「はい。ごめんなさい、急に」

 

 

「おいおい、自分の家に帰るのになんの遠慮がいるというんだ?帰って来てくれただけで嬉しいものだよ」

 

 

 

そういいながら微笑む父の前に正座すると、わかばは尚も申し訳なさそうに頭を下げた

 

 

 

わかば「友人の家に住まわせてもらうなんて我儘を聞いてもらって……ちゃんと事情も話してなかったのに」

 

 

 

「わかばは物心ついた時から、子供らしい我儘など言ったことがなかったな。お前が私を困らせたとすれば、強くなるのに必要だと思ったら無茶な鍛錬に挑もうとすることだった。お前のオーバーワークを抑えるのに、私も門下生の諸君らも散々手を焼いた。そんなお前が、友達の家に居候したいと言ってきた時は心底驚いたよ」

 

 

 

普段から口数が多いとは言えない父の声が随分弾んでいる。自分が会いに来たのがただ時間が空いたから、というだけのものではないことに気付いているのだろうかとわかばは思った

 

 

 

「お前がとてもよい子に育ったというのもあるだろうが、子供らしさを我慢させてしまっていた私に問題があったのかもしれない。天元理心流の師と弟子というより親子として、もっと正しい接し方があったのかもしれないと……お前がいない道場にいると、そんなことばかり考えてしまうな」

 

 

わかば「おとうさん……」

 

 

「いや、いいんだ。ゆっくりしていけるのか?」

 

 

わかば「ううん、昼過ぎには出ないと駄目なので」

 

 

「なら昼ご飯を食べていきなさい。お母さんも喜ぶ」

 

 

 

わかばは小さく頭を下げると、膝を立てて立ち上がった。道場から去ろうとするわかばの背中を父の声が追いかけた

 

 

 

「わかば。見違えたよ。この家を出る前と比べると、お前は随分と強い人間になった。何がお前を変えたのか、ぜひとも知りたい。だからお前を変えてくれた友達と一緒に、必ずここへ帰って来なさい。私はずっと待っているよ」

 

 

わかば「……はい」

 

 

振り返ることはせず、わかばは道場の外へ出た。初夏の日差しの眩しさに思わず目を覆ってしまう。ついでに何故か目から溢れる涙をごしごしと拭いながらシャーリーとルッキーニを追い越して懐かしの家へと歩き出した

 

 

 

ルッキーニ「なんか完全においていかれてない?」

 

 

シャーリー「戦士には泣きたい時もあるさ」

 

 

わかば「泣いてませんが?」

 

 

シャーリー「心配しなくても忘れてやるよ。お昼ご飯を食べさせてくれればな」

 

 

わかば「今日はカレーだと思います。匂いがしますから」

 

 

 

家の玄関で待ち構えていた母親に熱烈な抱擁を受け嬉しいやら恥ずかしいやらで顔を真っ赤にさせたわかばはウィッチ2人にひとしきりからかわれ、その後3人はわかばの母渾身の手作りカレーを心行くまで味わった

 


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