___黒騎れいを殺しなさい
防衛軍総司令官は物騒な囁きを感じ取った。全てのアローンが倒されたという報告を指令室にて聞いている時であった
彼が辺りを見渡せば。自分だけでなく、指令室にいる全ての防衛軍隊員達がその声を聴いたようでみな戸惑っていた
この囁きの正体は虚空より舞い降りた一羽のカラスが放った言葉だった
突然の事態であっても兵士達は瞬時に反応した。士官も将校も関わらず部屋にいた全員が各々の銃を抜き侵入者へ向けたのは、この場にいる者達の練度の高さを示している。だが、銃が抑止力になる相手でないことを皆すぐに理解できた
本土の奥地、防衛軍本部地下に作られた厳重な作りの作戦指令室に鳥が迷い込む余地はない。黒い光沢を秘めた翼を緩やかに広げた異質な存在に対し、臓腑を鷲掴みにされたような悪寒を感じた総司令官は全員に銃を下げるよう即座に命じた
「話を聞こう」
「総司令!しかしアレは___」
「彼が___あるいは彼女が、我々と話し合いの場を持とうとしてくれている事に感謝するべきだ。そうだろう?」
防衛軍総司令の肩書をもつ男はそう言った。彼は危機管理能力が低い訳ではない。この場で最も得策なのは余計な事はせず、相手の出方を見るべきだと判断した
___黒騎れいを殺せば、この世界への侵略をやめてあげると言っているのですよ。正しい選択を行いなさい。この世界を守るか、守らないのか。その2拓です。
「それで我々に選択肢を与えているつもりなのか?せめて事情を深くお聞かせ願いたいものだが」
___私が情報を与えたとして、あなた達が己の罪悪感を和らげるための言い訳程度にしか使われないのは目に見えています。人間。醜く足掻きなさい。自分の巣を守りたいのでしょう?
嘲笑。言うだけ言って、すぐに虚空へ消え去った。
「総司令!申し訳ございません、すぐに基地を警戒態勢に」
「必要ない。用があるのは我々の命などではないだろうからな。……副指令は今日は非番だったか?」
「ええ。久しぶりの休暇なので絶対に連絡をしないでくれと___」
「すぐに連絡してブルーアイランドに飛んでもらってくれ。ごねたら君の休暇は今日が最後になるとでも言っておいてくれ」
「えぇ……怒られるのは私なのですが……了解です。すぐに連絡を付けます」
慌ただしく動く部下達から目を離し、総司令官は窓1つにない特殊会議室の中で考えを纏めるためゆっくりと目を閉じ、深く椅子に腰かけた
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「___これまで蚊帳の外に近い状態だった我々防衛軍本部も、現状についての理解は追いついたつもりだよ」
柴条「……」
長官「……」
管理局。最上階の指令室では防衛軍BI支部長官高野、管理局長柴条、そして本土防衛軍本部から遥々やってきた防衛軍総合副司令官、袴田が集っていた
袴田「ふむ……さて、どうするべきなのかな」
袴田が椅子の背もたれにその精悍な身体を投げ出すようにすれば、椅子はぎしりと音を立てる
長官「防衛軍上層部はどうされたいのですか?現場は皆知りたがっていますが」
袴田「とても揉めている。この世界は高度な緊張感を保っていた。示現エンジンという平和の象徴が崩れかねないこの事態に、これまで大人しくしていた者達が水面下から顔を出しつつある」
柴条「面倒な圧力が?」
袴田「民衆からも、政治家からもだよ。真実が全て公開できない以上、対応しなくてはならないお偉い方々は先日から不眠不休で頭を捻っておられる。私も今日は休暇だったが、ご覧のように引っ張り出されたんだ」
まるで他人事のように言いながら楽しそうに接待用のお菓子に手を伸ばす彼の様子を柴条と長官は真顔で見つめる。少々気まずそうに咳払いをし、袴田は話を続けた
袴田「防衛軍本部としては、自分達で犯人を裁きたいんだ。既に事態に収拾がついている事は最早どうでもいいのだろうけど……。つまり、解るね?」
彼が何を言いたいかは解っていた。柴条と長官は無言で視線を交わす
現在、管理局地下に作られた特殊牢に囚われている彼女の処遇について話し合いをする名目で袴田がここに来ている事は解っていた。これまでブルーアイランドにおいて管理局と防衛軍の行動に本部や国が大きな口を出してくることはなかった
それはかつて示現エンジンが完成した際に作られた協定の影響がある。示現エンジン、という世界規模に影響を与える存在を管理し防衛する役割が与えられた2つの組織はあくまで国の管理下にあるが、示現エンジン防衛という名目に関してはあらゆる組織からの干渉を拒否できるというものだ
他国に圧力を与える為に示現エンジンをするような事は無く、あくまで管理に徹するという恰好を付ける為の形だけの文言であったが、世界平和の足並みを乱したくない防衛軍本部、あるいは国家所属の組織は一連のアローン・ビビッド案件に表立って介入することなくBI管理局と防衛軍BI支部は邪魔をされずに行動することが可能であった
袴田「しかし情報が世に出すぎた。こうなれば、我々防衛軍も世界の危機に際し『動いた』という実績を得たい。要求はこうだよ」
長官「失礼かもしれませんが。くだらないですな」
袴田「皆そう思っているよ。個人としてはね。だが今世界は1つになって動こうとしている。君達が纏めてくれたレポートにあったように我々の世界の在り方がこれから大きく変わりうるのであれば、リーダーシップを取りたがる者達が再び世界中に台頭してくるんだ。まずは先手を打たなければならない」
柴条「あなた方の掲げる平和とは、少女を断頭台に上げて公開処刑を行うことで完成されるものなのですか?」
袴田「彼らの……いや、今更私だけ責任を逃れようというのは女々しいかな。そうだね、我々の求める平和を得るためにそれが必要だという事だよ」
長官は、ここにいるのが自分達3人と口の堅い複数の記録員だけでよかったと心底安堵していた。だがどうにせよ近い内にこの事はビビッドチームの面々に伝わるのだろうが___この世界は示現力そのものを怒らせるかもしれない
完結見えて来たはずなのに、近づくほど遠ざかります