「あ! 百合ちゃん! おかえ………」
花壇に咲く、赤いチューリップを眺めながら待っていた咲希は、百合が戻ってくるのを見て、笑顔で手を振って迎えようとした。
「百合ちゃん?」
だが、百合が赤くした顔を伏して、涙を拭きながら歩いているのを見ると、不安そうな顔をし、急いで百合の元へと駆け寄った。
「百合ちゃん。大丈夫?
何かあったの?」
「……さっち」
心配そうに下から顔を覗き込む咲希に、百合は掠れた声で呼びながら、泣き顔を見せると、力強く咲希に抱き着いた。
咲希は一瞬だけ驚いたが、すぐに優しく背中や頭を撫でた。
百合は咲希に体を委ね、大泣きする。
「さっち。
やっぱり、私って、変、なのかな…?」
そして、嗚咽を漏らしながら不安そうに訊いた。
「ううん。
変じゃないよ。百合ちゃんは優しくてお花のこといっぱい知ってる!
とってもすごいよ! かっこいいよ!」
咲希は迷うことや言葉を選ぶ様子もなく、本心でそう言った。
「……ありがとう」
百合は求めていた応えを聴き、泣きつつも満足そうな顔をすると、咲希を更に強く抱き締め、そう言った。
「うん。
どういたしまして」
咲希はちょっと苦しかったが、我慢し、百合の頭を撫でながらそう言った。
(まじふざけんなよアイツ…!!
とんだぶりっ子が!!)
あの後、校舎の外まで走った明人は不機嫌そうに、道端の三角コーンを蹴っ飛ばした。
一度、咲希に声を掛けてから、帰ろうと考えたが、今のイライラに満ちた感情のまま行くのは、気が引けたので、そのまま帰ることにしたのだ。
「ああもう! アイツ!!
何が謝れだ!! 何が私物化してほしくないだ!!
そっくりそのまま返してやるよ!!!」
明人は気持ちが収まらず、つい口に出して叫び、近くにあった電柱を思い切り殴り付けた。
「いッ……つぅ……
ああ!!!」
しかし、電柱はびくともせず、むしろ明人の拳にダメージがいき、それに怒って今度は思い切り蹴り付けた。
「コイツ!!
この!! この!! 不来方…!!
何が“我慢してる”だよ!! 好き勝手やりやがってよ!!
何が“侮辱しないで”だよ!! お前が勝手に張り切ってるだけだろ!!
何が“人の好きなことをバカにする”だよ!! 俺はそこまで言ってねえんだよ!!!」
何回も何回も蹴り付け、最後に思い切り蹴るが、イライラが発散することはなく、むしろ溜まる一方だった。
「はあ……はあ……。
俺は早苗さんが好きだってだけなんだよ!!!」
明人はそう叫びながら、今までで一番強い勢いで電柱を蹴った。
「いッ………………」
そしたら、今度は足に痛みを感じ、またそれに怒って足を振り上げたが
(…………何やってんだよ。俺。)
急に虚しさを感じると、冷静になり、ポケットに手を入れ、顔を俯かせながら帰って行った。
「じゃあ、本当に何もされていないんですね?」
「はい。
大丈夫です」
泣き止んだ百合は、花壇から少し離れた校庭の隅で、明人とのトラブルの件を訊きに来た、袴田先生と話していた。
咲希は、百合が枯れたチューリップを捨てる用に持ってきた新聞紙を、退屈そうに振りながら、花壇の近くで、不思議そうに2人を見ながら待っている。
百合は詳しい事ははぐらかし、“係の方針で少し揉めただけ”と説明した。
「分かりました。不来方さんに怪我がなくて本当に良かったです」
「ありがとうございます。ご心配おかけしました。
それでは、私は係に戻りますね」
「はい。係仕事中にごめんなさいね。
不来方さん達の花壇、他のクラスや、6年生よりも綺麗って評判なんですよ。
今年も期待してますね」
「ありがとうございます。
任せて下さい」
百合はホッとしたような表情しながらお辞儀をし、振り返ると、嬉しそうに咲希の所へ戻った。
「おかえりー。
何だったの?」
「さっち! 私とさっち、花壇が6年生よりも綺麗って褒められたよ!」
「え! 6年生よりも!?
やったー!!」
百合が嬉しそうに報告すると、咲希も嬉しそうに飛び跳ねた。
「今年も私とさっちで頑張ろうね!!」
「うん! あ、あと竹内さんもね!」
その一言で、百合は一瞬表情が凍り付いたが、すぐに笑顔に戻り
「そう…だね。
彼も頑張ってくれたらいいんだけど」
「平気だよー!
さ! 百合ちゃん!!
お花植えよ!! 種まきだぁ!!」
「うん…。
よし! やろっか!!」
「うん!!」
咲希は待つことから解放され、やっと作業が出来ると、嬉しそうにスコップを持って、花壇の前に屈む。
百合もポケットから種の袋を取りつつ、スコップを持ち、軍手を着けて、咲希の隣に座った。
「ねえねえ! 今年はなに植えるのー?」
「今年はね……じゃん!
マリーゴールドとコスモス!!」
好奇心満々に訊く咲希に、百合は嬉しそうに袋を見せる。
「おー!」
咲希は嬉しそうに手を合わせ、花壇を見て、綺麗な花が咲く光景を想像する。
「ふふ。さっち、やり方覚えてる?」
「もちろん!!」
「じゃ、コスモスは任せようかな。
はい。手、出して」
「わーい!!」
百合は封を開け、咲希の手に何個か種を渡す。
咲希は細長い種を摘みながら、慣れた手付きで種を植えていく。
「元気に育ってねー!」
咲希の楽しそうな姿に、百合は嬉しそうに微笑み、手慣れた様子で種を植える。
「……さっち」
しばらくすると、百合が種蒔きの傍ら、咲希に話し掛けた。
「何?」
咲希も手を止めずにきく。
「なんでもない」
「えー」
「ふふ」
「いじわる」
「ごめんて」
「いいよ。
………百合ちゃん」
「何?」
「呼んだだけー!」
「もう。何それ?」
「だって呼びたかったんだもん!
百合ちゃん! 百合ちゃん!!」
「……もう。
さっちさっちさっち」
「百合ちゃん! 百合ちゃん!」
「さっち。さっち」
「百合ちゃーーん!!」
「ふふ。
面白いね」
「うん!!」
ずっとこうしていたい。
この時が永遠ならいいのに。
百合はそう思った。
でも、いつか離れ離れになるときが、来るのかもしれない。
中学校に上がるとき?
6年生で別々のクラスになっちゃったら……
いや、もしかしてその前に
百合の手が止まった。
神妙な面持ちになり、ゆっくりと咲希の方を見る。
楽しそうだ。
今植えている種は、どれほど綺麗な花を咲かせるのか想像し、無邪気に楽しんでいる。
今までこんな人はいなかった。
みんな嫌嫌か、作業的にやるだけで、花に対して愛情が感じられなかった。
でも彼女は違う。
自分がここまで気を許せる人を、手放したくない。
「さっち!」
百合は鬼気迫る声で咲希に声を掛けた。
「なあに?」
咲希は片手間程度できく。
「さっちって………さっちって…!
好きな男の子っている?」
百合は思い切って訊いた。
咲希はキョトンとした顔になったあと
「うん! みんなみんな好きだよ!!」
と言った。
そこに茶化したり誤魔化したりようなものはない。
咲希の素直な言葉だった。
「いや、そうじゃなくて…!」
「違うの?
だって、みんな優しいよ?
たまにイジワルしたり、悪いことする人もいるけど……」
「いや……ね。
そうじゃなくて………
えー……。
……………そう…だね。
さっちは、“みんな”が好きなんだよね」
百合は質問の意図を説明しようとしたが、“百合の言う好きを知らない咲希”のままでいてほしく、はぐらかしてしまった。
「うん!!
だから、百合ちゃんも好きだよ!!
大好き!!!」
「………ありがとう」
百合はモヤモヤが残りながらも、笑顔で返した。
「………あ、百合ちゃん! ポケットから何か落ちそうだよ」
ふと、咲希が百合の右ポケットを指しながら教えた。
「ん? ポケット…?」
百合は言われたとおり、ポケットを確認し、はみ出ていたものを確認した。
(……!)
それは、ヒマワリの種の袋だった。
百合は急いで、咲希から隠れる方のポケットに入れた。
「あ……ありがとう。さっち」
「うん!
ねえ、今の何の袋?
もう一つ植えるの?」
「え……ああ」
百合はすぐに隠したつもりだったが、見られていた事にたじろぐ。
「ねー! なになにー?」
「教えない。
ほら、さっち。仕事に戻る!」
興味津々になっている咲希は、なんとか見ようと前のめりになるが、百合は自分の体でなんとか隠す。
「えー…。
………あ!!」
「えっ…!?」
咲希は適当な方向を指差し叫ぶと、百合も反射的に同じ方向を向いた。
「いただきー!!」
その隙に、咲希は百合が隠した袋を取った。
「あっ…! さっちずるい!!」
「ふっふん! 空良くんのマネしたんだー!!」
咲希は、袋を顔の前に両手で持ちながら、誇らしげに言うと、表面を見た。
「わー!
百合ちゃん!! ヒマワリ植えるの!?
やったー!!」
「う……植えないよ!」
喜ぶ咲希の手から、百合は強引に袋を奪った。
「えー。なんで?」
「なんでって…。
まだ早いから。植えるとしたら、あと2週間くらいして、暖かくなったら」
「じゃあなんで持ってきたの?」
「………それは…。
とにかく。今日は植えないの。
場所もないし」
「えー。
……あ! じゃあ暖かくなったら植えよ!
ね!! わたし、ヒマワリ育てたい!!」
「えー……」
百合は、明人を連想させるヒマワリを育てたくはなかったが、咲希が乗り気になってしまったので悩んだ。
(……私物化…。)
しばらく考えるうち、明人との口論を思い出し、私情を持ち込むのは、どこか気が引けるため
「……………わぁ…かった。
暖かくなったらね。
そしたら新しいプランター貰ってきて植えよっか」
渋々オッケーした。
「わーい!!
ありがとう百合ちゃん!!
ヒマワリ! ヒマワリ!!」
咲希は百合からの許しが出ると、飛び跳ねて喜ぶ。
「分かった分かった。
でも、今はコスモスとマリーゴールドね」
「わかってる!!」
それから咲希はもっと楽しそうに種を植え、水撒きをした。
百合は複雑な気持ちだったが、やっぱり咲希が楽しそうな姿を見てると嬉しかった。