それから明人は一週間かけ、咲希と百合のやりとりを盗み見たり、クラスメイトにそれとなく、2人の関係性を訊いてみた。
しかし、百合が咲希といる時は、気を許した笑みや軽い注意をする位で、クラスにいるときの優しい人という印象しか、見受けられない。
クラスメイトから出る答えも、仲の良い女の子同士の友達くらいとしかなかった。
併せて、百合の印象のことを訊いても、やはり優しい人と植物に詳しい人としかなく、裏の顔は知られてないようだ。
結局、根拠は特にないが、ほとんど望みといった感じで、咲希も百合の裏の顔を知らない可能性が高いという結論に纏まった。
明人はそれを確かめようと、咲希が1人になったときに、それとなく訊こうとしたが、咲希と百合が離れることは明人が見る限り一切ない。
教室移動のときも体育のときもトイレのときも登下校のときもずっと一緒だったため、確かめることはできなかった。
それならば係のときにと思ったが、係仕事はどこで何をするのかを一切聞かされてないため、それも断念せざるを得なかった。
〜〜〜
それからまた一週間後──05/02(月)
ゴールデンウィークの合間の平日と、少し暑くなってきた気温に文句を言いながら、朝、生徒たちは登校してきた。
明人もまた、真也と健太と“なぜ2つの3連休の間に、1つ平日が入ってるのか”と、不満を言い合いながら、朝の会までの時間を潰していた。
咲希と中々話せないこともあってか、テンションが下がり切ってる中、
「おはよー!!」
といつもの如く、咲希が元気にクラス中に挨拶した。
クラスメイトが返す中、明人も“またどうせ後ろからアイツが入ってくるんだろ”と思い、挨拶を返したいもどかしい気持ちでいた。
しかし、咲希の後ろに人影はなく、少し遅れてくるのではと一瞬思ったが、そんなこともなさそうだった。
「あれ? 咲希ちゃん、百合ちゃんは?」
咲希が席に座ると同時に、咲希の隣の席の明里が訊いた。
明人も聞き耳を立てる。
「百合ちゃんお熱だって」
咲希は悲しそうな顔をしながら言った。
「へえー。そうなんだ。
心配だね」
「うん。
でも、すぐ治るって言ってたから平気だよ!」
(休み……アイツが………休み?
………よっしゃ!)
盗み聞きをした明人は、密かに歓喜していた。
心の中でガッツポーズを決め、咲希をじっと見て、話し掛けるタイミングを伺う。
「やったな。アッキー」
「頑張れよ」
健太と真也も聞いていたみたいで、軽く肘で突いて、エールを送る。
「おう!」
明人は拳を握り、力強く言った。
ところが、結果はどうだろうか。
授業の間の休み時間に話しかけようとしたが、そうしようとすると、急に意識をし始めてしまい、緊張して近付くことさえもできなかった。
今まで、人と話すことに緊張しなかった明人は、自分で自分に動揺した。
“2週間くらい前までは普通に話すことはできただろ”と鼓舞するも、2席しか離れてない咲希との距離が物凄く遠く感じた。
健太と真也に茶化されながら、背中を押されるが、いざ話しかけようとしたときに限って、咲希は他のクラスメイトと世間話を始めてしまった。
そんなこんなで、時が経つのは早く、
「それでは明日からも3連休ですが、事故のないように気を付けてください。
それでは、さようなら」
『さようなら。』
下校の時間になってしまった。
「おーい。アッキー」
真也はランドセルを背負い、意気消沈して机に突っ伏す明人を指で軽く突く。
「なんで……ただ話すだけなのに………
ああ、やっぱり俺って、こんなもんなのか……」
「だめだこりゃ」
「しん! アッキー!
帰ろ………う……
どうした?」
健太は帰ろうと迎えに来たが、明人の様子に驚く。
「察してやれ」
「……おう。そうか。
心配すんな! アッキー!!
人間生きてる限りチャンスはあるからよ!!」
健太は明人の肩に手を回し、そう言った。
「あっさー」
明人はそう言い、無表情で健太の方に顔を向けると
「浅い」
と言い放った。
「はっ…!?
ちょっ…! 俺はお前を元気づけようとしてんだぞ!
ほら、立て! ウジウジしてたら明日が見えないぞ!」
健太は辛辣な一言に、羞恥心に襲われ、それを誤魔化すように明人の肩を掴み、無理矢理立たせようとした。
「いてて! 引っ張るな!!
あと、それも浅い!!」
明人は手をどけて、また言い放つ。
「はっ…!?
浅くねえよ! なあ、しん!?」
「浅い」
真也は振られるのを分かっていたかのように、即答で返した。
「お前もか!?」
健太は顔を真っ赤にし、真也を捕まえて、頭をグリグリした。
「痛い痛い!
なんで俺だけなんだよ!」
「うるせー!」
「ハハハハ」
健太と真也はなぜだか取っ組み合いを始め、明人はそれを見て元気が出たのか笑った。
そのとき
「竹内さん! ちょっといい?」
と後ろから可愛らしい女の子の声がした。
明人はその声にドキリとする。
そして、ゆっくりと声の方を見ると
咲希が立っていた。
「さ……早苗さん!?」
明人は、意中の人が話し掛けてきたことに動揺し、思わず大声を上げてしまった。
それで、咲希に気付いた健太と真也は、取っ組み合いを止め、互いに顔を見合わせると、聞き耳を立てた。
「う……うん!
早苗咲希だよ…!! えへへ」
咲希は、明人の大声にビックリしたようで、少し困惑しながら言った。
「あ……ごめん。驚かせちゃった……かな?」
明人は顔を赤くし、目を泳がせながら、恐る恐る訊いた。
「うん! ちょっとビックリしちゃった!
でも、大丈夫!
わたしもごめんね。突然話し掛けちゃって」
「そ……そうか。だいじょーーぶ」
「よかった!
……竹内さん?」
「お…おう!!」
明人は名前を呼ばれて、急いで咲希の方に向くが、やはり照れてしまい、目を泳がせる。
「大丈夫?
顔赤いよ? 竹内さんもお熱ある?」
咲希は心配そうに言いながら、明人のおでこに手を伸ばした。
「え……あ……あぁ」
明人は動揺して動くことができず、おでこに咲希の手が触れた。
その様子を見ていた健太と真也も、顔を赤くして、思わず顔を合わせる。
(……これが、早苗さんの手…。
優しくて、小さくて、温かくて、柔らかくて)
明人は触れる手の感覚に浸っていた。
少々背徳感もあったが、それがまた喜びを助長させている。
「えーーー……と。
………うーーーん」
咲希は、ずっと手に神経を集中させていたが、しばらくすると難しい顔をする。
「………早苗さん?」
明人は我に返ると、まだクラスメイトが数人残ってる中、ずっとこうしてるのは少し恥ずかしくなり、思わず名前を呼んだ。
少しすると咲希はゆっくりと手を離し、その掌を見詰めた。
「えっ……と。
早苗さん……?」
じっと見ているため、明人は自分のおでこが気持ち悪かったのではないかとか、汗がかかって気味悪がられたのではないかと、色々心配した。
しばらくして、咲希はゆっくり、明人の方を見ると
「ごめん! お熱あるのか分からなかった!」
あどけない笑顔で言った。
「え………
あ、ああ。そう。ありがとう。
じゃあ、熱ないんじゃないのかなあ?」
明人は困惑とかわいさとで思考が鈍るが、なんとか話を続けるように努力する。
「そっか! なら良かった!!
この前も竹内さん、お熱出ちゃったみたいだから心配してたんだ!」
「あ、そう……なんだ…。ありがとう……。
(俺、熱なんか出したっけ…?)」
「どういたしまして!
ねえ! 竹内さん!! この後何か用事ある?」
「え…!? あ、それは……!」
“この後何か用事ある?”
その言葉は明人の脳内に響き渡り、一瞬でその意味を何千何万回と考えた。
(こ……これは! まさかまさかまさか…!!
デート…!? ……………いや! そんなわけないだろ!!
でも、わざわざ話し掛けて来たんだし、何か誘ってくれてる?
………でも、早苗さんだったら、ただ訊いただけって可能性も……………
いや、でももしかしたら、早苗さんと一緒に………もしかしたら2人で……………)
「竹内さん………? 竹内さーーん」
「………ッ!?
あ、ごめん。早苗さん」
明人は考えている中で、自分の世界へと入ってしまい、咲希の呼び掛けで我に返った。
(……しかし。)
明人はちらりと、後ろにいる親友2人を見る。
今日は3人、明人の家に集まり、新作のゲームを一緒にしようと約束をしていたのだ。
まさか咲希から(まだ分からないが)誘いがくるとは思わず、約束は明人の言い出しっぺなため、気軽に用事はないとは言いづらかった。
視線に真也が気付き、軽く微笑みながら“行け”と手で払うようにした。
続いて健太も気付き、小さく指で丸を作る。
(……お前ら。
ありがとう。)
明人は小さく親指を立て、視線を咲希に戻した。
「用事は…ないよ」
「そう! なら良かった!!」
答えを聞いた咲希はすごく嬉しそうに笑った。
それを見た真也と健太は、互いに顔を合わせると、歩き出した。
「じゃ、アッキー。俺たち帰るな」
「頑張れよ」
邪魔しては悪いと思ったのか、2人はそう言うと、明人の反応も待たず、急いで教室を出ていった。
「あ、おう。
(………ありがとう。)」
突然のことだったので、反応が遅れ、姿が見えなくなってからそう言う。
「バイバーイ!!」
咲希も無邪気に手を振って、2人を見送った。
「じゃ! 竹内さん!!
一緒に花壇行こ!!」
咲希は明人の方へ振り返ると、ワクワクした顔でそう言った。
明人はまたドキリとした。
花壇に行く。
それは十中八九、生き物係の係仕事だろう。
もしそうだとしたら、百合が休みの今、この若葉小5-2の生き物係は明人と咲希のみ。
二人っきりということだった。
「お……おう!」
明人は喜びが隠しきれず、物凄く頬を緩ますと、強く返事してランドセルを背負った。
「やったー!!
こっちこっち!! 早く行こ!!」
咲希は嬉しそうに飛び跳ねると、走って教室から出て、しばらくしたら止まった。
「おっと……百合ちゃんに怒られちゃう」
明人も追い掛け、教室から出ると、咲希がちょっと照れた感じで待っていた。
明人はその様子を、カワイイと思いながらも、百合が倉庫で言っていたことを思い出していた。
(“よく転んで怪我するから”か。
前々から無邪気なところは知ってたけど、ここまで自由だったとは……)
明人は、自由奔放な咲希をコントロールしている百合を、ちょっと見直したが
(いや、何考えてんだ俺。
凄いなんて思わねえよ。)
すぐに、その考えを取り消した。
そうしている内に、咲希のところまで着き、横に並んで歩き始めた。
(………カワイイ。)
好きな人が自分の横で、こんなに楽しそうに歩いてるなんて………なんて幸せなことなんだ。
明人は、ドキドキ鳴る心臓の音が全身に響く中、そう思った。
「……竹内さんって変な歩き方するねー!」
ふと、明人の方を見た咲希が、面白そうに言った。
「え…?」
明人は自分の歩き方を確認すると、右手と右足、左手と左足という風に、同じ手と足を同時に出して歩いていた。
「あ、ちょっ……そ、そう……か?」
明人は顔を赤くし、急いで普通の歩き方になる。
「うん! おもしろーい!!
……あれ? 竹内さん、また顔赤くなった?」
咲希はそう言うと、また明人のおでこに手を伸ばす。
「え…! いや! 大丈夫だから!
俺、バリバリ元気だし!!」
明人はやっぱり触れられるのは恥ずかしく、咄嗟に力こぶを作り、元気アピールをして手から退いてしまう。
「ほんとに?
……でも、わたしも花奈ちゃんと違って、お熱あるのか分からないからなー」
咲希は手を戻し、掌を眺めながらちょっと悔しそうに言った。
(はなちゃん…?
え……花の体温分かるの?
てか、花って体温あるの?)
「凄いんだよ! 花奈ちゃん!!
なんでも出来て、優しくて……
あ! この髪留めも、花奈ちゃんから貰ったんだ!!」
咲希は楽しそうに言うと、前髪に付く赤い花の髪留めを指さして見せた。
「そ……そうなんだ」
明人は、髪留めも前々からカワイイと思っていたが、なんて返すのが正解なのか考えてしまい、当たり障りのない返しをした。
また、“はなちゃんって誰”という疑問も、思考の邪魔をしていた。
「うん! わたしのお姉ちゃんなんだ!!」
「あ……へー。
お姉ちゃん」
明人は、百合みたいなのが他にもいるのではないかと少し思っていたので、“はなちゃん”の正体が咲希の姉と聞いてどこかホッとした。
(ん……はなちゃんってそう言えば聞いたことあるような……。)
「うん! あとね、お兄ちゃんで空良くんもいるよ!!」
「へー。
お兄ちゃんもいるんだ。
(そらくんも聞いたことあるような………
……そういえば…………)」
明人の頭に、とある日の授業参観のことを思い出した。
教室の後ろで見る、生徒の親たち。
その中にいる一際若い、二十歳くらいの男女二人組。
休み時間になり、まだ興味は薄かったため本人という保証はないがおそらく咲希がその二人組に駆け寄って呼んだ名前。
“花奈ちゃん! 空良くん!”
「え…!?
お姉ちゃんとお兄ちゃん!!」
明人は思わず驚き、また大声をあげた。
「う……うん!
そーだよ」
咲希はビックリしながら答える。
「え、あ。
わりい。
え、だってなんか、凄い年、離れてない?」
「あれ? 竹内さん。花奈ちゃんと空良くん知ってるっけ?」
「あー。知ってるというよりかは……授業参観で見たってくらい」
「あ! 授業参観!! うん!!
2人とも来てたよ!!
ママとパパは来れなかったけど」
「そーなんだ。
……なんか、凄い若い親だなって思ったら、きょうだいだったんだ」
「うん!
たまに言われるんだー! ママとパパみたいって!
あー……でも、空良くんはあまり間違われないかなー?」
「へー」
ここらで昇降口にまで着き、靴を履き替える。
明人は自分の言葉がなにかぎこちなく、少し事務的になってるなと思いつつも、会話が続いてるだけで嬉しかった。
「竹内さんは? きょうだいいる?」
「俺? ……うん。
2こ上に兄貴がいる」
「へー! お兄ちゃん!!
他には!?」
「いない。2人だけ」
「そーなんだー!! 仲良い?」
「全然!
この前なんか、ご飯食べてるとき、俺がちょっと離れたら、おかず食べられてたし、ゲームもしょっちゅうパクられて失くされるし、この前だって、顔面殴られて鼻血出されたからな!」
「えぇ……痛そう……」
咲希は自分の鼻を抑えながら、ちょっと困惑気味に言った。
それを見て、明人は変なスイッチ入って、思わず愚痴ってしまったことを後悔した。
「ごめんごめん。
グロかったな……ね。
えー……早苗さんは、仲良いの?」
「うん! とっても仲良しだよ!!
お休みの日にね! お買い物行くときも、遊園地行くときも、公園行くときもいつも一緒!
わたしが百合ちゃんと遊びに行く日は、花奈ちゃんと空良くんで2人で遊びに行ってるんだー!!」
「へえ。そうなんだ。
(休みの日もアイツといるときあるのか……。)」
「うん! 2人ともすっごく優しいよ!!
あ、でも空良くんはたまにわたしに構って攻撃してきて、花奈ちゃんに怒られてるけど」
「へー。
(そらくん、なんか、さっきから不憫じゃないか?)
じゃあ俺みたいに、物盗られたり殴られたりなんてことはないか。
早苗さんかわいいし」
それはものの弾みだった。
また、兄貴の話になったから考えるよりも先にコトバが出てしまったのかもしれないが、確かに言ってしまった。
“かわいい”と。
「ありがとう! でもね、空良くんはゲーム強くて全然勝たせてくれないんだよー!」
「……へ、へえー。
そうなんだ。やっぱ兄貴って融通利かないよな…」
明人は、咲希の言葉のときに、自分がかわいいと言ったことを自覚し、何をいきなり言っているのかと、自分を責めた。
しかし、咲希は照れたり謙遜する様子はなく、ただ純粋に“ありがとう”と言い、何もなかったかのように話を続けた。
明人は助かったと思いつつも、どこか物足りない感じもあった。
「花奈ちゃんになら勝てるんだけどなー。
……よし! 到着!!」
そうこうしているうちに、花壇へと到着した。
明人は念の為、周りを確認するが、誰もいない。
すなわち、咲希と二人っきりの作業ということになるのだ。
(早苗さんと………2人………!!)
明人は、舞い上がりそうな気分になった。
それでも咲希の目の前なため、なんとか平常心を保とうと努力したが、顔は綻び体は縦に揺れて、隠しきれない嬉しさが出ていた。
「あーー!!」
突然、咲希が何かを思い出し、叫んだ。
「ど……どうしたの?」
明人は驚き、我に返る。
「先に道具持ってこなきゃ行けなかったんだ!
竹内さん、倉庫行こ!」
どうやら係仕事に使う道具のことを忘れてたいたらしく、咲希は慌てた様子で足踏みし、倉庫の方を指差し走り出した。
「お…おう!
大丈夫! 分かった!」
明人も咲希の慌てっぷりが移ったのか、なぜか早口で言うと、咲希を追い掛けた。