「はぁ………はぁ………とーちゃく…!
はぁ……はぁ……」
倉庫まで着くと、咲希は息を切らし、ペタリと地面に座り込んだ。
顔はほてって赤くなり、汗も大量にかいている。
「大丈夫? 早苗さん?」
少ししか走っていないのに、かなり疲れた様子を見せる咲希に、明人は心配して声を掛けた。
「……うん! ………だいじょーぶ!
はぁ……はぁ……」
咲希は笑顔で言うが、いつもより顔に力がない。
(………大丈夫かな?
ていうか、なんで走ったんだ?)
明人は心配すると同時に、(流れで自分も走ったが)、その必要はなかったのではないかと疑問に思った。
「はぁ……はぁ…………
ふーーーぅ」
咲希は大きく深呼吸すると、ランドセルを開けて水筒を取り出した。
「はーー!!
よし! ふっかーつ!!」
水筒のお茶を飲むと、そう言いながら元気に勢いよく立ち上がるが
「おっと」
まだ疲れが溜まっているのか、少しふらついた。
「大丈夫?
無理……しないでいいから」
「大丈夫!
わたし、生まれ付きちょっと疲れやすいみたいなんだー!
でも、病気とかそういうのじゃないから平気だよ!」
咲希は無邪気な笑顔でそう言いながら、ランドセルに水筒を仕舞い、倉庫の扉を開けた。
(じゃあなんで走ったんだろ?)
明人はまた疑問に思ったが、口には出さなかった。
「入ろ! 竹内さん!!」
咲希はワクワクした表情でそう言うと、倉庫の中へ駆け出した。
「……おう」
明人は一瞬、百合に閉じ込められたときの記憶が蘇ったが、なんとか意識しないようにし、倉庫へと入って行った。
が、中に入ると、やはり記憶が鮮明に呼び起こされ、その時の怒りも呼び起こされた。
(やっぱ、アイツ意味わかんねえわ。)
明人はそう思いながらも、なんとか怒りを鎮めようと、小さく深呼吸した。
「こんにちはー!!」
咲希は小走りしながら、倉庫の中で探しものをしていた、隣のクラスの担任の田代先生に挨拶した。
「ほい。こんちは。
危ないから、走るなよ」
「はーーい!!」
咲希は元気に返事をするが、速度は緩めず、小走りで進んでいく。
「うわっ!!」
そのためなのか、さっきの疲れのためなのか、足がもつれてしまい、派手に転んでしまった。
「早苗さん…!?」
明人は驚くと同時に、急いで咲希に駆け寄る。
「早苗。だから走るなと」
先生も心配そうに近付く。
咲希はしばらく動かないでいたが、ふっと立ち上がり、明人に顔を向けた。
「大丈夫…! 泣いてないよ…!!」
咲希は目に涙を溜めながらも泣くのを我慢し、震える声で言った。
「う……うん…!
(ほとんど泣いてる……。)」
明人はどう返したらいいのか分からず、頷くしかなかった。
「大丈夫か? 早苗。
不来方がいないからって、はめ外し過ぎんなよ」
先生がやれやれという風に、横から咲希の洋服についた砂埃を払う。
「外してないよー!
……お洋服汚れちゃった……ママから貰ったのに……」
咲希は先生の方を向き、悲しそうに言う。
咲希が着ている服は、そこまで派手というわけでもないカジュアルな子供服だったが、咲希自身は大事にしているんだなと明人は思った。
「そのくらい、洗濯すりゃあ落ちるよ」
先生は、地面に着いた手で涙をふこうとする咲希を止めて、ハンカチで拭きながら言った。
それを見て明人は、なぜか胸のあたりがモヤモヤする感覚が起こった。
「出血はしてないが、ちょっと膝擦りむいてるから、水で洗っときな。
心配なら、保健室にでも行ったらどうだ?
なあ? 竹内」
「え……?
ど……どうする? 早苗さん?」
急に話を振られた明人は困惑し、咲希に判断を任せた。
「えー。ちょっと痛いけど、でも、これから竹内さんとヒマワリ植えるんだよー!」
咲希は少し迷った素振りを見せたが、係仕事を優先させたいらしかった。
「へえ。そうなのか? 竹内」
「え、あ。まあ。はい。
(そうだったの?)」
明人は花壇で何かをするとは思っていたが、具体的に何をするかは今初めて知ったため、少し動揺しつつも咲希に話を合わせた。
「……そうか。ま。
擦りむいてるといっても、そこまで深くないし、バイキンが体に入ることはなさそうだが。
とりあえず、衛生上、水で流しとけよ」
「はーい!」
「返事だけはいいな」
先生は呆れたように言い捨てると、探しものを再開した。
「よし! じゃ、竹内さん!
道具探そ!」
咲希は軽く洋服を払い、元気に片手を上げて言うと、また小走りした。
「……早苗さん…!」
明人はそろそろ見過ごせずに、注意しようと呼び掛けた。
「……なに?」
咲希は立ち止まって振り向く。
「走らないで。また転ぶよ」
「……あっ! そうだった!!」
咲希はハッとした顔になり、ようやく安全なスピードで歩き始めた。
「ほっ……」
明人は少し注意しただけなのに、なぜかドッと疲れ、一息つく。
「今日はお前が保護者か? 竹内」
先生が、探しものに首っ引きで、笑いながら訊く。
「保護者なんて。ただ同じ係なだけですよ」
明人は疲れた顔で、適当に返す。
「そうか。しっかし、ついにお前は、生き物にまで興味の範囲が広がったか」
教師陣にも、明人の熱中しやすい性格は広まっているため、今は“生き物に熱中しているから”生き物係になったと思い込まれている。
「はあ……まあ」
明人は“咲希が好きだから”という理由で入ったとは言えず、はぐらかした。
「袴田先生から聴いたが、不来方と揉めたようじゃないか」
「……ええ」
明人は思い出したくないことを指摘されたため、すこしイラッとしたが、話を広げると何か言及されると思い、また適当に返した。
「早苗は見ての通り人懐っこいが、不来方は難しいところがあるからな。
熱中するのは良い事だが、自分だけいいじゃだめだぞ。
しっかり向き合って、仲良くやれよ」
「………田代先生。
何か変なものでも食べました?」
明人はいつも適当な先生が、珍しくそれっぽいことを言っているので、逆に心配になっていた。
「失礼だな。
そう、袴田先生が言ってたんだよ」
「なんだ。確かにはかちゃんなら言いそう」
「竹内さーん!!
これ持ってー!」
2人が話してる中、咲希がジョウロやスコップや鉢をたくさん、両手いっぱいに抱えていた。
「あ、わりい! 今行く!!」
明人は先生と話し込んで、咲希に任せっきりになっていたことに気付き、急いで荷物を持ちに行った。
「おいおい。そんなに必要か?
一人一個ずつでいいだろ」
先生はあまりの数に笑いながら言う。
「あ、そっか!」
咲希は明人に半分くらい渡しながらそう言うと、もとあったところに戻しに行った。
「え…。(多いとは思ってたけど、本当に多かったの!?)」
明人は咲希の天然行動に、驚かされっぷりである。
「な?だから、不来方がいないときでもこうやって早苗をサポートできるように、しっかり不来方と仲良くしろよ?
袴田先生の悩み事も減らせるようにもな」
「分かってますよ。
………早苗さん! 大丈夫!?」
先生の小言に、少し不機嫌に返しながら明人は、咲希の手伝いに行った。
「そういえば。ヒマワリ植えるために、俺を呼んでくれたんだね」
水飲み場で膝についた砂を流す咲希に、明人は両手で道具を抱えながら話し掛けた。
「あれ? ヒミツにしてたのに何で分かったの?」
咲希は首を傾げ、不思議そうに聞き返す。
「倉庫のとき、言ってなかった?
田代先生といたとき」
「えー?
あー……………」
咲希は少し考えるような仕草をしたあと、明人に目を合わせ
「言った」
と答えた。
「そー……だよね」
明人は少しカワイイと思ったが、それ以上に困惑が勝った。
「うん!」
咲希は元気に答えると、水を止め、ハンカチで濡れたところを拭き取った。
その間、明人は咲希の扱いについて考えていた。
(早苗さんの行動、見る分にはかわいいと思ってたけど、こんなに振り回されるものだったのか……。
本当によく不来方さんはこれを……………
いやいやいや、だからアイツのことはどうでもいいんだよ!!
とにかく、早苗さんを怪我させないように注意しよう…!!)
「竹内さん。ポスター作りのときにヒマワリって答えてくれたとき…………
どうしたの?」
咲希はハンカチをたたみながら、誘った理由を話そうとしたが、明人がじっと自分のことを見詰めていたのに気付き、首を傾げた。
「いや。なにも」
明人はじっと見たままそう言う。
神経を集中させ、まじまじと見ているため怖い顔になっているが、明人本人は気付いていない。
「怖いよ。竹内さん。
わたしの顔に何かついてる?」
あまりにじっと見詰めてくるため、咲希は怯えた顔付きになった。
「あ、ごめん。早苗さん」
明人はようやく自分の状態に気付き、気恥しそうに顔をそらした。
「…?
それでね。ヒマワリって言ってくれたときに、思い出したんだー!」
咲希は明人の変な行動に、首を傾げつつも、何事もなかったかのように話を続けた。
「思い出した?」
「うん!
そーれーはー………後で話す!!」
咲希は明人から道具を半分受け取り、無邪気に言うと、花壇に向かって走り出した。
「あっ! 早苗さん!!
待って! 走らなくてもいいんじゃない!?」
明人はまた咲希が転ぶかもしれないと思い、軽く注意……というより提案をした。
「え…? あ!
うん!」
咲希はハッとした表情になって立ち止まり、歩き始めた。
(……よかった。
というか、この流れいつもやってんの?)
明人は一安心しながらも、心の中でツッコミ、咲希の後を追った。