「とーちゃーく!!」
花壇に戻ってきた咲希は、ワクワクした笑みを浮かべながら元気に言った。
(……や…やっと着いた。)
その後ろから、明人が疲れ切った表情で追い付いた。
水飲み場から花壇まではそこまで距離があるわけでなく、普通なら1分弱で着ける。
しかし、その間に咲希が蝶々を追い掛けたり、蟻の行列を見出したりして、あっちへ行ったりこっちへ行ったりし、その都度注意しなくてはいけなかった。
明人自身、注意するだけならば良いのだが、相手は好きな人のため、角が立たないよう、注意の度に言葉を考え、気を遣わなければならないため、気苦労が絶えなかったのである。
「竹内さーん! 荷物置こ!
ランドセルはあそこね!!」
そんな明人の心境も知らず、咲希は笑顔でそう言うと、せっせと荷物を置き始めた。
「……おう!」
明人もなんとかいつもの表情に戻し、咲希が置いた荷物の真隣に自分の荷物を置き、ランドセルも前と同じ防球ネットの支柱のところへ、咲希のランドセルと、ほぼ触れるくらい近くに置いた。
「よーし! じゃあ! 始めよー!!」
咲希は軍手を着けると、大きく手を上げて宣言した。
「おー!」
明人は少し照れながら、同じように手を上げた。
それと同時に、本当に2人きりなのだと思い、なんだかとても嬉しくなっていた。
明人は嬉しそうに微笑みながら、道具の中から軍手を見付け、手にはめていると
「あッ!!」
とまた、咲希が何かを思い出して叫んだ。
「どうした!?」
明人はビクリとし、思わず訊いた。
「土忘れた……」
咲希は悲しそうに言った。
「ええ……」
明人は驚き、困惑すると同時に、また咲希と倉庫へ行かなければならないのかと思い、気が重くなった。
「えっと……あの…!
ホントにごめんなさい!!」
その気持ちが伝わったのか、咲希はあたふたして、顔の前に手を合わせて謝った。
「えっ!? あ! いや、大丈夫!」
明人は好きな人に謝らせてしまったことを、とても悪く思い、慌てて弁明した。
「本当に? 怒ってない?」
咲希は手を下ろし、申し訳なさそうな表情を覗かせた。
「う…うん! 気にしないで…!
俺も、なんか、うん。反応……悪かった。ごめん。
あ! 俺が! 取ってこよっか!?」
明人は慎重に言葉を選びながら必死に言った後、急に立ち上がり、倉庫の方を指差した。
「わたしも行くよ。
わたしが忘れてたんだから」
「えーーー…………っと」
咲希の申し訳なさそうな雰囲気が、物凄く伝わる言葉に、明人は指差したポーズで静止したまま、自分だけが取りに行ける一番良い解答を探した。
しかし、咄嗟に出るわけでもなく、ずっと答えないのも失礼なため
「分かった。行こっか」
と優しく微笑みながら言った。
「うん!」
咲希は無邪気に頷く。
「それじゃ!
………あ」
咲希は立ち上がり、駆け出そうとしたが、今回は自分で気付けたのか、すぐに止まった。
明人は胸をなでおろす。
「ごめんね。
わざとじゃないんだよ」
咲希はまた申し訳なさそうに言うと、
「あ! 忘れてた!!
いっつも百合ちゃんがこうしてくれるんだー!」
と言いながら、明人の右手を握った。
お互い軍手をしていて直接握り合ってるわけではないが、指の形は恋人つなぎで結ばれている。
「ーッ!!!!!??????」
咲希の思わぬ行動に、明人の中から色んな感情が飛び交い始めた。
(えッ!!!?? 手…!!?
早苗さんの……………手…!!??
握………握ってる…………!!!!??
えッ!!? いや!!? その!!?
えッ!!!!!????)
困惑とも動揺とも驚きとも喜びとも嬉しさとも取れる感情が一気に押し寄せ、処理が出来ず明人の頭はパンクする。
「わたし、つい走っちゃうから、百合ちゃんがこうして手を握ってくれるの!
だから今日は竹内さんと!!」
「え……ああ…!!
そ…そっか!! そうだな!!」
咲希の説明はほとんど入らず、明人は顔を赤くし、手越しに伝わっているのではと思うくらい、心臓がバクバクいっている。
(早苗さんと2人で係仕事、早苗さんにおでこ触られた、早苗さんと手を繋いだ………
今日は……今日は……………なんていい日なんだ。)
明人はとても幸せそうな顔になり、感情のぶつかり合いの結果、なにも考えられなくなっていた。
「竹内さん……手、繋ぐの平気?
………竹内さん? 竹内さーーん」
咲希は声を掛けるが、浮かれている明人の耳には何も届かない。
「えーーーと……
しゅっぱーーつ!!!」
咲希は首を傾げ、困った顔をしたあと、強引に明人を引っ張るようにして走り始めた。
咲希はそのまま放心状態の明人を引っ張り、倉庫のところまで戻ってきた。
そこでは、探しものをしていた田代先生が、足元に長いプランターを置き、入口で鍵をかけようとしていた。
「せんせーーい!!」
咲希は先生に呼び掛け、手を振りながら駆け寄る。
「ん? おお。早苗、竹内。
どうした? 2人仲良く手繋いで」
先生は声に気付くと振り返り、おちょくるように言った。
「忘れ物ー!」
「そうか。
………で、竹内はどうした?」
先生は幸せそうな笑みを浮かべながら一切動かない明人を、奇怪な目で見た。
「分からない。
手、繋いだらいきなり……」
「ふーーん」
先生は、困った顔をしながら説明する咲希に頷くと、何かを察したような顔付きで、明人を見詰めた。
そして、足元のプランターを片手で取る。
「ほら、竹内。
男のお前が引っ張られてどうすんだよ」
先生はそう言いながら、プランターで明人の足へ軽く突く。
「ん……あ。
え……あれ、先生?」
それでようやく明人は正気に戻り、周りを確認すると不思議そうな表情で先生を見た。
「“あれ”じゃねえよ。
ほら、お前らが取りに来たもんだろ?」
状況を理解できていない明人に、先生は呆れたような口調で言うと、プランターの中を2人に見せた。
「わあ! 土と石ー!!」
(取りに来た?
……あ! そういえば、俺、土取りに行こうとして……
えっと……早苗さんとたしか………)
嬉しそうに笑う咲希の横で、何が起こったのか思い出している明人は、自分の右手を見た。
(やっぱり……手…………
繋がってる………)
明人は手を繋いでいることを思い出すと、急に緊張し始め、また顔が赤くなった。
緊張による手汗で、軍手が蒸れているのが感じられ、もし直接触れていれば嫌われていたのではないかと思う一方、これだけ硬く握るなら素手がよかったとも思い、複雑な気持ちにもなる。
「先生、何で分かったの?」
そんな明人の状態に気付かず、咲希は先生に質問する。
「早苗。さっき、ヒマワリ植えるって言っただろ?
それで、それを植えるであろう鉢も持ってた。
だから花壇じゃなくて、鉢に新しく植えるんだなって思ってな。
だが、そうするなら土と鉢底石が必要だろ?
様子見てると、持っていってる感じしなかったからな。
持っていってやろうと思ったんだ」
「おー!」
先生の答えに、咲希は感心して声を上げた。
(やっぱ田代先生、適当なのに抜け目ない……。)
明人もなんとなく聞きながら、そう思っていた。
「とりあえず、これを2人で持っていけよ。
どうせならそのプランターで、沢山育てたらどうだ?」
先生はそう言うと、明人と咲希がそれぞれ端を持てるようにして渡した。
「ありがとう! 先生!!」
咲希は明人から手を離し、両手でプランターの端を持って、笑顔でお礼を言った。
「あ……。
……ありがとうございます」
明人は手が離れるとき、一瞬悲しそうな表情になったが、すぐに戻し、端を持って、頭を下げた。
「ああ。
じゃ、お前ら。仲良くやれよ」
先生はキザに片手を挙げながらそう言うと、立ち去って行った。
「はーーい!!
よし! 行こ! 竹内さん!!」
咲希は元気に返事し、足踏みして今にも走りだそうとする。
「そう……だな。
あ、早苗さん。
えっと……ゆっくり、行こ」
「うん!」
明人は咲希の足元を見ながら言ったため、何を言いたいのか伝わったのか、咲希は足踏みをやめ、ちょっと照れくさそうに返事をした。