ハートジャスティス 番外編集   作:ココリンク

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14話 下の名前

翌日──05/04(水)

 

この日も朝、咲希から電話が掛かり、明人は学校へ行き、2人で水やりをした。

 

そしてその帰り、咲希から、お昼に迎えに来る兄の空良を待つまで、また花畑で遊ばないかと誘われたのだった。

 

 

「竹内さんもおいでー! 楽しいよ!!」

 

咲希は蝶々を追い掛けながら、花畑の脇にある道の途中の岩に腰掛ける明人を誘った。

 

「俺はいいや!」

 

明人は、嬉しそうな顔をしながら答えた。

 

無邪気に楽しそうな笑顔で遊ぶ姿を、独り占めできるまたとない機会なので、目に焼き付けておきたいのだ。

 

「えー……竹内さんも遊ぼうよ!!

かけっこ!! かけっこしよ!!」

 

それでも咲希は、明人と遊びたいらしく、楽しそうに足踏みしながら、手招きする。

 

「……わかった。

かけっこな。」

 

明人はせっかくの何度もお誘いしてくれているのに、無下にできないと思い、岩から降りて、咲希の隣まで走った。

 

「じゃー、お花畑の端っこまでね!

よーいどん!!」

 

咲希は嬉しそうに宣言すると、すぐに走り出した。

 

「あ…! はや!」

 

明人はスタートの合図がかかるのが思ったよりも早く、驚きで出遅れた。

 

しかし、明人は運動神経は良い方なため、すぐに追い付き、追い越し、咲希より先にゴールへ辿り着いた。

 

「よし、俺の勝ちだな」

 

「はあ…………はあ…………

竹内さん……速い…………」

 

余裕のある顔をする明人に対し、咲希は疲れたのか、息を切らして、フラフラし、そのまま花畑へ倒れた。

 

「え!? 早苗さん!? 大丈夫!?」

 

明人はしゃがんで、咲希の顔を覗き込み、心配する。

 

それと同時に、いつもの男友達と競争する感覚で、本気を出してしまい、咲希に無理をさせてしまったのではないかと思った。

 

「うん…………平気……!」

 

咲希は息切れしたまま答えると、上半身を起こし

 

「もう一回!!

……今度は逆の方!!」

 

と悔しそうな顔で、今度は向かい側を指しながら言った。

 

「え……でも、早苗さん

 

「もう一回!!

次は負けない!!」

 

明人は、花畑の半分くらいからスタートして、ここまでの体力消耗なのに、全長まで走ったらぶっ倒れてしまうのではないかと心配したが、咲希はやる気満々になっている。

 

「……わかった。

一回だけな。」

 

明人は渋々了解し、位置についた。

 

(あまり本気出し過ぎちゃだめだ……手加減しよう)

 

そして、咲希の体力消耗を抑えるために、手加減をして、ゆとりを持った勝負にしようと決めた。

 

「はあ……はあ……

よーーい……どん!!」

 

また、咲希の掛け声でかけっこが始まる。

 

咲希は一生懸命に走り、明人はその後ろで小走りする。

 

「はあ…………はあ…………はあ…………」

 

ゴールまで着いた咲希は顔を上気させ、膝に手を付き、息を切らす。

 

「あーー、負けちゃった。

早苗さん速いなー」

 

そう言いながら後から着いた明人。

 

そんな明人に咲希は、不満げな顔をした。

 

「だめ……!! 竹内さん……はあ……はあ……ちゃんと…走って……ないでしょ……!!」

 

「え……いや、走ったよ……うん」

 

「もう一回!! 次は……ちゃんと!!」

 

「ええ……!」

 

手加減して勝たせることで、かけっこを止めさせられると思ったが、それがバレてしまい、仕切り直し。

 

作戦が裏目に出てしまった。

 

「で……でも、もう早苗さん……バテバテじゃ……」

 

「いいの……!! やるの……!!

……はあ……はあ……」

 

心配する明人をよそに、咲希はムキになり、立っているのがやっとな程、震える足を構えた。

 

(早苗さんって、結構負けず嫌いなんだな……)

 

明人はそう思いながら、今度は本気を出して、納得させて終わらせようと思い、咲希の隣に着いた。

 

「じゃあ行くよ……はあ……はあ……

よーい……どん…………わあ!!!!」

 

合図と共に走ろうとした咲希は、疲れのためか、足がもつれ、顔から派手に転んでしまった。

 

「え……! ちょっ……!

早苗さん!?」

 

少し走った明人は心配して、引き返す。

 

「……ぷはっ」

 

咲希は顔を上げ、何が起こったからわからない様子でいたが、次第に体に痛みを感じ、自分が転んだことを理解すると

 

「うぅ……」

 

目に涙を湛え、今にも泣き出しそうになってしまった。

 

「…………早苗さん……?

大丈夫?」

 

明人は恐る恐る訊く。

 

咲希はしばらく明人の顔を見ると、体を起こして座ると、手で涙を拭き

 

「平気だよ……泣いてないよ」

 

と言いながら、無理した土まみれの笑顔を向けた。

 

「う……うん…………

えっと、あ」

 

明人はどうしたらいいかあたふたしたが、一昨日、倉庫で咲希が転んだとき、田代先生がどのようにしていたかを思い出した。

 

(えっと……確か、田代先生は…………

ん? あ…ちょ……)

 

思い出してる中、咲希が新たに流れる涙を土の付いた手で拭こうとしているのを見て、慌てて止めた。

 

「早苗さん。

取りあえず、近くの公園で土落とそうか」

 

「…………うん」

 

明人は取りあえず、バイキンが入る前に土を落とそうと、近くの公園に連れて行こうとした。

 

「歩ける?」

 

「…………ううん。

つかれた…………」

 

「…………そうか」

 

しかし、咲希は、かけっこの疲れにより動けないので、明人は意を決し

 

「早苗さん」

 

咲希に背中を向け、おんぶして運ぶことにした。

 

「…………うん」

 

咲希も明人が何をしたいのかすぐに分かったのか、明人の体に掴まった。

 

「……よし。

揺れるかもだけど、我慢しろよ」

 

「…………うん」

 

明人はそう言って、急いで公園へと走った。

 

今まで、おんぶをしたことがなかったため、こんな感じでいいのかと思いながら、落とさないよう、咲希を後ろ手で強く抱える。

 

 

そして、1分足らずで近くの公園まで辿り着き、水飲み場で下ろした。

 

「まず、手と顔洗おっか……足は汚れ……てるね

そこも洗おう」

 

蛇口を捻りながら、咲希の体を見つつ言う

 

「…………うん。

ありがとう」

 

咲希は痛みで泣きながらも、しっかりと、転んだときに付いた土を洗い落とす。

 

「血は出てないみたいだな」

 

「……うん」

 

「よかった」

 

「でも痛い」

 

「あ……ああ。そうだな。

ちょっと公園で休むか」

 

「でもね……でも、よくわからないけど、お花畑の方が安心する」

 

「……そうか…………

取りあえず、流し終えたら戻るか」

 

「うん」

 

「歩けそう?」

 

「ううん……また、おんぶして」

 

「……いいのか?」

 

「うん」

 

「…………よし。分かった。

任せろ」

 

明人は、心配もあったが、好きな人がここまで気を許してくれることに少し嬉しくなっていた。

 

 

 

 

「着いたよ。早苗さん」

 

「うん! ありがとう!!」

 

花畑に戻ってきた明人は、さっき自分が座っていた岩に、咲希を下ろした。

 

元気を取り戻した咲希は、嬉しそうに答える。

 

「ああ」

 

咲希の屈託のない笑顔に、明人は思わず顔をそらしてしまった。

 

明人はさっきまでは必死だったから、なんともなかったが、おんぶをした……つまり、体を密着させていたことに気付き、急に恥ずかしくなってしまった。

 

「どうしたの? 竹内さん?」

 

「なんでもない……気にしないで」

 

「……そう? 平気じゃないなら無理しないでね」

 

「うん。わかってる」

 

明人はそう言いながら、なんとか顔を合わせようとしたが、照れてどうしても無理だった。

 

 

 

あっという間に時間が流れ、近くに立つ時計はもう11:30を指していた。

 

昨日は12:00くらいに咲希の兄が迎えに来たため、昨日と同じであれば、今日はあと30分しか一緒にいられないことになる。

 

(ま……おんぶできたし…………今日はこれ以上のことはないか)

 

そんなことを思いながら、明人は岩に腰掛けながら、花畑で、さっきまでの疲れを感じさせないほど、はしゃぐ咲希を嬉しそうに見ていた。

 

(護りたいってこう言うことを言うんだな)

 

明人は、無邪気にはしゃぐ咲希があまりにも可愛らしく、その咲希の笑顔をずっと護りたいと改めて思った。

 

(アイツと……上手くやらなきゃな)

 

しかし、そのためには、嫌っている百合と仲良くしなければならない。

 

明人は、今日呼ばれたときに、百合と対面させられるのかと思い、なんども頭の中でシミュレーションをしたが、仲良くするどころか、普通に話すことさえも想像できなかった。

 

それに、咲希は自分と百合の仲が嫌悪になっている原因が、係仕事の方針だと思っているのだが、実際は咲希本人が理由だった。

 

だとすると、百合がいない中で、ここまで仲良くなってしまい、それを見られてたり、伝えられたりしているとすれば、仲良くするのは絶望的なのではないかとも明人は思った。

 

「明人くん!! 見て見て!!」

 

咲希はそう言いながら、手に隠し持っていたテントウムシを見せた。

 

「お、テントウムシ」

 

「あれー……おかしいなー。

百合ちゃんは驚くのに」

 

「俺はこういうの平気だからな」

 

それでも、今、こうして好きな人と一緒に楽しい時間を過ごせているのなら、後はどうでもよかった。

 

(………ん、待てよ)

 

が、明人は何か頭の中で引っ掛かった。

 

テントウムシを見せられる前。

 

咲希が、自分のことを呼んだ時の名前

 

“明人くん!!”

 

「えっ……!!!??」

 

「わっ! びっくりした!!

明人くん、今、テントウムシにびっくりしたの?」

 

「え!!? いや!! そうじゃ! なくて!!

今! 俺のこと!! なんて!!?」

 

明人は、突然、下の名を呼ばれたことに驚き、興奮と困惑とで喋り方がおかしくなる。

 

「ん? 明人くんだよ!

ホントは男の子を下のお名前で呼ぶの、百合ちゃんに禁止されてるけどさ!! みんな仲良くなるなら、下のお名前で呼んだほうがぜっったいに良いと思うんだー!!」

 

咲希は飛び跳ねながら、とても嬉しそうな顔で話す。

 

「え……! あ…!! そ……! そうだね!!」

 

「? 嫌だった?」

 

「いや!! 嫌じゃ……ないよ!!

むしろ……嬉しい!! 全然……! 嬉しい!!」

 

「よかった!!

じゃあ、明人くんも、わたしのこと、早苗さんじゃなくて、咲希って呼んで!!

あ、さっちでもいいよ!! いっつも百合ちゃんがそう呼んでくれるの!!」

 

「え……!?」

 

明人は急な呼び方の変更の催促に動揺する。

 

緊張状態となり、心臓が音を立てる。

 

ここまで来たら、下の名前を呼ぶしかないのだが、いざ呼ぼうとすると、声が出なくなる。

 

「…………嫌なの?」

 

なかなか呼んでくれない明人に、咲希は悲しそうな顔をしながら尋ねる。

 

「いや!! ホント…!! 嫌じゃない!!

待って! 心の準備が!!」

 

明人は頭の中で何度も名前を呼び、シミュレーションを重ね、いざ、意を決して呼ぼうとしたとき

 

「咲希ー!! お待たせ!!」

 

と、遠くから男の人の声がした。

 

「あ!! 空良くん!!」

 

声をした方を見ると、咲希の兄の空良が立っていた。

 

「え……!?」

 

明人は思わず時計を見る。

 

時計の長針は8──すなわち、40分を指していた。

 

まだ余裕があるとお待っていたが、改めて考えると、昨日と同じ時間にお迎えが来るとは一言も言われなかったため、仕方ないと、自分の心を納得させた。

 

「待っててー! 今行くー!!

バイバイ! 明人くん!!

また明日、必要だったら、電話するね!!」

 

「う……うん…………分かった。」

 

咲希は元気に手を振り、そう言うが、明人は昨日より早い切り上げにショックを受けて、元気を失っていた。

 

「バイバイ!!」

 

咲希は元気よくそう言うと、空良に向かって走る。

 

明人は、その後ろ姿を見て、ソワソワした。

 

今、この機会を逃したら、有耶無耶になり、下の名前を呼んで距離を縮めることができなくなってしまうのではないかと、明人は思った。

 

「すーーーー」

 

明人は決心し、息を大きく吸うと

 

「じゃあな! 咲希!!

また明日!!」

 

と大きな声で、咲希に叫んだ。

 

その声を聞いた咲希は立ち止まり、振り返ると

 

「うん!! バイバイ!!

明人くん!!」

 

と飛び跳ねながら大きく手を振り答え、また、空良へと走った。

 

まだ心臓がバクバクしている。

 

それでも、心はとても晴れ晴れとしていた。

 

「さて……俺も帰るか。

今日の昼飯は何かな」

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