05/05(木)
3連休の最終日。
明人は、また咲希に呼ばれ、学校の花壇で水やりをしていた。
「はーーーぁ」
「明人くん、眠いの?」
明人はプランターに水をやりながら、大きな欠伸をした。
昨日、咲希から名前呼びをされた後、ずっとにやけが止まらず、母親や兄から気味悪がられても、嬉しさが勝ち、一日中興奮しぱなしだった。
それは夜中まで続き、その興奮と、明日も誘われるかもとの期待とで寝付けず、いつもの半分くらいの睡眠時間になってしまっていたのだ。
「あ、いや。
大丈夫だよ……さ………咲希」
明人は心配掛けないよう、大丈夫と言った。
実際、熱中しやすい性格の明人は夜更しも多いため、徹夜でない限りは、欠伸が増えるだけで、活動に支障を来すことはないのだ。
「そう? 眠くなったら、無理しないでね」
「おう。
………………なあ、さ……咲希」
「なに?」
プランターの水をやり終えた明人は、咲希の花壇の水やりを待ちながら、昨日辺りから疑問に思っていたことを訊くことにした。
咲希は微笑んで、水をやりながら聞く。
「不来方さんって、まだ熱出してんの?
あんま覚えてないけど、アイツって、そんな長引かせるようなヤツだっけ?」
「…………」
明人の質問に、咲希の動きが止まり、笑顔をなくす。
「あ! ごめん!
変な質問しちゃったよな! わるい!」
その様子を見て明人は、慌てて謝る。
「ううん……平気」
咲希はにこりと微笑むと、水やりを再開した。
「……おう」
明人はそれ以上なにも言えず、プランターの中に見付けた雑草を引っこ抜いた。
(やっちまった……
そういえば、一昨日もアイツの話をしてるときに泣き出してたし、咲希、アイツと何かあったのかな?)
鉢合わせることがないようにと質問したが、軽率なことをしてしまったなと反省した。
「わからないんだ」
そこへ咲希がゆっくりと口を開いた。
「……わからない?」
「うん。
一昨日も、昨日も……今日も…………一緒に水やりできないって教えてくれたの……百合ちゃんのママなんだ……。」
「……不来方のお母さんは、なんか言ってたか?」
「一昨日は、お熱って言ってたけど、昨日と今日はわからない。
…………でも……でもね…………あの」
ここまで言うと、咲希は泣き出しそうになってしまう。
明人はなにか気の利いた言葉を投げ掛けて、泣き止ませなければと思ったが、その言葉が全く見当たらず、立ち尽くすしかなかった。
「はー…ふぅ……」
咲希は小さく深呼吸すると、少しおどおどしながら明人の方を横目で見た。
「明人くん。
怒らないで……聴いて」
「……おう」
「わたしね……百合ちゃんと………………喧嘩したんだ」
「え……!?」
咲希の言いづらそうに打ち明けに、明人は驚いた。
明人もなにかあったことは、察していたが、ふだん物凄く仲の良く、昨日もあんなに話に出していたので、まさか喧嘩しているとは思ってもみなかったからだ。
「…………いつから?」
「……明人くんと、種植えた日…………その日の夜に……」
「種植えた…………(3日前……)そんな前から」
「うん……」
「…………なんで……喧嘩したの?」
「……それは………………」
咲希はそう言うと、明人に顔を向け、しばらくなにかを言おうか迷った様子であったが、ゆっくりと視線を下ろし、静かに首を振った。
「…………そっか」
明人は、ここで無理して聞き出しても、自分が力になれる保証がないため、咲希が言い出すのを待つことにした。
それでも、その後、喧嘩の理由が咲希の口から出ることがないまま、水やりは終わり、道具を片付け、校門まで来てしまった。
「明人くん! 今日はありがとう!!」
「ああ」
それでも、いつもの元気を取り戻していたため、大丈夫だと思い、今のところ、解決は当人達に任せることにした。
「あ、今日はもう花奈ちゃんと空良くんがお花畑で待ってるんだー!
みんなで花飾り作るんだけど、明人くんも来る?」
「え…………あー……いい……かな」
明人は、今日ももしかしたらと思ったが、好きな人の姉兄がいる中は少し気まずいと思ってしまった。
「えーー……いいの?
明人くんのこと紹介したいのに……」
「いいよ。
今日は、きょうだい水入らずで遊びな」
「えーー……わかった…………。
それじゃー、ここまでかー……。
バイバイ! 明人くん!」
「おう。じゃあな。
咲希」
「うん!! バイバイ!!」
明人は、花畑に行きたい気持ちをグッと我慢し、咲希と別れた。
しばらく、元気よく走る背中を見送ると
「はーーーーー
(今日も可愛かったな)」
深く溜息をつき、気が変わらない内に振り返り、帰ろうとした。
そのとき
「待って!!」
と、校門から、一番聞きたくない女子の声がした。
「なんだよ」
明人は、面倒くさそうな顔をしながら振り返る。
そこには、百合が険しい顔をして立っていた。
百合は手足を大きく振りながら、明人に近付き
「なんであなたがいるの……!?」
目を鋭くさせ、詰るように訊いた。
明人は腕を組み、顔をそらす。
「それはこっちのセリフだ。
熱はどうした?」
明人がそう言った瞬間
「いッ…………!!?」
百合は、明人の頬に、無言で平手打ちをした。
明人は頬に手を当て、叩かれたことを理解すると、頭に血が上り、拳を振り上げた。
が、今ここで殴り、泣かれると、倉庫前のときみたいに、あらぬ疑いをかけられ、また悪者にされると思い、なんとか思いとどまった。
百合は拳が飛んでくるのだと思い、目を瞑っていたが、来ないことがわかると、恐る恐る目を開け、キツく明人を睨んだ。
「あなたに心配されたくない。
なんであなたがここにいるの……!
なんでさっちと仲良くしてるの……!!
なんでさっちが……あなたのことを下の名前で呼んでるの……!!?」
百合は、明人に詰る度に声が荒くなり、ヒートアップしていき、最後には明人の胸ぐらを掴んでいた。
「てめえ!!」
明人は流石に我慢の限界だと、百合を張り倒そうとしたが、たまたま通り掛かった自転車に乗った通行人が目に付き、またも思い留まる。
そして、強引に百合の手を引き離すと、そのまま手を引きながら学校へと進んで行く。
「ちょっと!! 離して!!!
どこ連れて行くの!!!?」
「うるせえな!!! ここじゃ人目につくから、場所移動すんだよ!!!
お前も、人を殴ったり胸ぐら掴んだりする姿を見られたくないだろ!!?
なあ!! この優等生!!」
「いや!! 離して!! やめて!!!
きゃーーー………んっ!!?」
明人の強引なやり方に、百合は悲鳴を上げ、助けを呼ぼうとしたが、明人は百合の口を塞ぎ、それを阻止した。
そして、あまり人が入らないであろう体育館裏まで、誰にも見付からず、連れ込むことができた。
明人は、辺りを確認すると、百合を前へ投げ捨てる。
「う…………」
百合は倒れたまま、怒ったような、怯えたような顔をしながら、明人を見上げた。
「質問は3つだったな?」
明人は怒気を含んだ声で言う。
百合は睨んだまま動かない。
「なぜここにいるか? なぜ仲良くしてるか?
なぜ下の名前で呼ばれてるのか?」
明人は質問を確認する度に、指を一本ずつ立て、挑発する。
百合はその度、目付きをさらに鋭くし、最後の質問のときに、これ以上ないほど睨み付け、服に付いた土を払いながらゆっくりと立ち上がった。
「あなた……覚えてる?
私が倉庫前で言ったこと……!!!」
百合は泣きそうになりながら、声を荒げて言った。
「覚えてるさ。残念なことにね」
明人は挑発的な態度で言い返す。
「はぁ……はぁ……私も覚えてる……あなた…………言ったよね?
“たかが係”って…………」
百合は息を漏らしながら、今度は自分を落ち着かせるために、淡々と言う。
だが、それはここまでだった。
「うああああああ!!!!!」
百合は、その言葉を行った途端、目から涙が溢れ、目の色を変えて、明人に突進した。
「うお………!!
……っと………」
それでも、明人は日々の兄弟喧嘩で培った粘り腰の強さで、倒れることなく、百合を受け止めた。
「う……うう………ああああああああ!!!!!」
百合は発狂し、押し倒そうとするが、明人に完全に抑え込まれ、ビクともしなかった。
百合は歩みを止め、今度は明人を殴ろうと拳を握り振りかざしたが、今ので、力では敵わないと悟ったのか、急に力をなくし、地面にペタリと座り込んだ。
顔から生気をなくし、虚ろな目をする。
明人は、百合を軽蔑した目で見下ろしていた。
「結局…………私は…………その程度だったんだ………………」
しばらくして、百合が静かにそう呟いた。
明人は見下ろすだけでなにも言わない。
「そうだよ………………。
はは…………なにムキになってたんだろ…………。
馬鹿みたい…………。
私の代わりなんて……いくらでもいるよね…………」
百合はうっすら笑みを浮かべながらそう言うと、自分の拳を地面に叩き付け始めた。
「どうせそうだ…………私の……片思いだ…………」
「……? 不来方?」
明人も流石におかしいと思い、声を掛ける。
「私にとって……さっちは……大切な人…………。
だけど……さっちにとって……私は……そこらへんの人と…………一緒……!!」
拳を打ち付ける力が強くなる。
「……おい!? 不来方!!
……何してんだよ!!?」
明人は困惑する。
よく見ると、加減の知らない拳は擦り切れ、血が出ていた。
「おい!!! いい加減にしろ!!!」
明人は見ていられず、百合の腕を掴み、自傷行為を止めさせた。
「離して!!! 離してよ!!!!」
「離すかよ!!!!
さっきから聞いてりゃ勝手なこと言いやがって!!
お前、片思いって言ったよな!
ってことは! やっぱり、お前は咲希が好きなんじゃねえのか!!?」
掴んだ腕を引き離そうとする百合に、明人は感情的に叫んだ。
百合は驚いた顔で明人を見る。
「…………好きだよ」
そして、目に涙を湛え、視線をそらして照れながら言った後、
「…………………ああ、そうだよ……!! 好きだよ!!!!
だから? なに!? 変だよ!! おかしいよ!! 女の子同士なんてね!! ああよかったね!! 恋のライバルがその土俵にも立てないみたいで!!!」
その照れ隠しか、自暴自棄になったのか、自嘲した。
明人は途中、呆れたような表情になったが、次第に険しいものになり
「お前の咲希への気持ちって、そんなもんだったのかよ!!?」
百合へ怒鳴り付けた。
「…………え?」
思わぬ言葉に百合は困惑し、湛えた涙を流し、固まった。
「俺はお前のことは大嫌いだ!
ホント、邪魔で邪魔でしょうがないって思うほどにな!!!
だがな!! 咲希はお前のことが好きなんだよ!!」
「………っ!?」
百合は一瞬微笑んだが、その好きの意味を頭の中で訂正し、諦めた表情になった。
「好きと言っても……友達としてでしょ?
そんなの……みんなに言ってるよ…………」
そう言ってシニカルに笑う。
そんな百合に、明人はまた腹を立てた。
「お前な!! 本当に咲希が好きなのか!?」
「好きだよ!! さっきから言ってるよね!?
でも、女の子同士だから
「でもも何もねえよ!! 女の子同士だからなんなんだよ!?
俺が言ってるのはな!! なんで好きな人の言う事を、信じてやれねえんだってことなんだよ!!!」
「……それは…………それは、あなたの思い込みだよ!!
あなたも、さっちの“好き”を鵜呑みにしてたら、酷い目合うから!! 勝手に期待して勝手に落ち込むなんてことしてられないでしょ!?」
「一々うるせえな!! 口を開けばうじうじうじうじと!!
いいか!! お前はな!! 咲希の中で特別な存在なんだよ!!!」
「…………………………え?」
百合は驚き、掴んだ手を明人の手から離す。
戸惑いを隠せず目を泳がせ、照れて顔を赤くする。
明人は呆れたような表情になり、百合の腕を離して、視線をそらした。
「別に……咲希がお前に恋してるとか、両思いとか、そこまでは言ってねえよ」
「わ……わかってるよ!! うるさいな!!
さっちは、そういう好きは知らないの……!!」
「ああはいそうですか」
「…………で?」
「…………なんだよ?」
「本当なの? それ?」
そこまで言ってまだ疑心暗鬼になっている百合に、明人は、軽蔑したような目付きで見たあと、すぐに視線を外した。
「本当。この3日間、口を開けば百合ちゃん百合ちゃんって、お前のことばっか話してた。」
明人は少し不機嫌気味に言う。
「そう………………でも……それ、生き物係の仕事中だからじゃないの……?」
百合はまた少し微笑んだが、変な希望を持ちたくないからか、また皮肉的に言った。
「お前、いい加減にしろよな!
もし仮にそうだとしてても、喧嘩中の友達の名前をあんな嬉しそうに出すか!? 普通」
「え……? なんで喧嘩してるの知って…………いや、てか喧嘩してない!! さっちが勝手なことしただけ!!!
というか、元はと言えば、あなたが悪いの!!」
百合は目つきを鋭くし、明人を指差す。
「は? 俺?」
「そう。あなたが私がいないのを良い事に、さっちを誑かして、係仕事一緒にやったんでしょ?
結果、もう下の名前呼び合う仲になったんだー。
へー、すごいねー」
百合は怒りながらも皮肉的に言う。
「は? 誑かしてなんかねえよ!
咲希から、一緒にやらねえか誘われてやっただけだ!!」
「なんでさっちが、あなたなんかを誘うの……?」
「…………バレてんだよ」
明人は小さく溜息をつくと、少しイライラしながら言った
「……なにが」
「俺とお前が、嫌悪な関係なこと」
「…………そうだよ。
私が言った……というか、私が……さっちと…………喧嘩したとき、そういう雰囲気出したから」
「多分だけど、その前から気付いてはいたんじゃねえのか?」
「どういうこと?」
「咲希は喧嘩したのは、お前が熱出して休んだ日の夜って言った。
だけど、俺とお前の関係に悲しんで、泣きそうになったのを見たのは、その日の昼か夕方頃だった。」
「泣きそう…………なんで、私とあなたが仲悪いと、さっちが泣くの?」
「ちっ……お前、ホントに察し悪いな。
いいか、咲希は生き物係3人でやりたいんだよ!!
だから、種植えたり、水やりしたりするのを手伝ってほしいって誘われたんだ!
俺の好きなヒマワリを用意してな!!」
明人は必死な表情で、説得するように言う。
(そっか……だからさっちは、あんなにヒマワリを植えたいって…………)
百合は咲希の行動が結び付き、ハッとした。
それと同時に、また怒りが湧いてきた。
「やっぱり、さっきのは綺麗事だったんだ」
「……は?」
「結局私は、さっちの掌で転がされてるだけだったんじゃん!」
どこまで説得しても、ネガティブな思考になる百合に、明人も再び腹を立てた。
「そういうことを言ってんじゃねえよ!!
お前、さっき“勝手に期待して勝手に落ち込むのはいやだ”みたいなこと言ってたけど、恋ってそういうもんだろ!!
お前はな!! 咲希に恋してるんじゃねえ!!
お前が頭の中で作り出した、理想の咲希に恋してるんだ!!」
「理想の……さっち?」
「ああ。お前、倉庫のとき、咲希は赤ん坊のように純粋って言った。
言う事はなんでも信じるとも言った。
だが、実際はそうじゃねえ!!
咲希には咲希の意思がある!!
それを勝手に捻じ曲げて、少しでもイメージと違うことしたとき、勝手に絶望してるだけだ!!
土俵に立ててないのは、女の子同士だからじゃねえ!! お前にその気概が足りねえだけだ!!」
「うるさいな!!
あなたに何が分かるの!?」
「分かんねえよ!!
でも、恋は理想だけを求めて相手をそのイメージに矯正するものじゃねえのは分かる。
俺はな! 恋ってのは、相手を1秒でも笑顔にすることだと思ってる!!
お前は、自分の勝手な理想で好きな人を傷付けてるんだ!!
そんなんでいいのかよ!!
そんな独りよがりな恋でいいのかよ!!」
明人の心からの叫びに、百合は押し黙ってしまう。
しばらく体を震わせ、口をもごつかせる。
そして、小さく深呼吸すると、シニカルな笑顔を見せた。
「偉そうに。説教?
“ああそっか私が悪かった仲良くしましょ”って言えばいいの?」
百合は皮肉を込めて言い、明人の反応を待ったが、真っ直ぐとした目で見詰められるだけで、何も返ってこない。
「…………あなたからさっちの事なんて聴きたくなかった。
もう二度と花壇には近付かないで」
百合はそう言うと、ゆっくり歩き出し、その場を去ろうとした。
「待て」
明人は背中を向けたまま、引き止める。
「なに?」
「咲希は自然公園近くの花畑で、ごきょうだいと花飾り作ってる」
「…………それで?
教えてくれてありがとうって言われたい?」
「別に。
咲希の笑顔は、ここ3日苦しそうだった。
いつもの……最高の笑顔にするために、お前が必要なだけだ」
「…………笑顔笑顔うるさいんだよ」
百合はそう言うと、逃げるようにその場を去っていった。
残った明人は、しばらく自分の胸に手を当てていた。