(なんなの……あの人
笑顔笑顔って)
百合は足早に、花畑へと歩みを進めていた。
明人に言われた言葉の一字一字が頭の中に引っ掛かり、気持ちが落ち着かない。
それに、明確に咲希への好意を誰かに教えたのは初めてで、なぜ嫌いな人に口走ってしまったのだろうと後悔した。
(やだ……!もう…!!
本当にイライラする……!!
早くさっちに会いたい……!
会って、話を聴いてもらいたい……!
会って、気持ちを………………)
急に百合は足を止めた。
(理想の……さっち…………)
明人に言われた、一番心に引っ掛かった言葉を思い出したからだ。
(私は……さっちを…………どうしたいんだろう……?
竹内さんは……さっちを幸せに……笑顔にしようとしている……。
でも、私は…………ワガママで………………さっちを)
そこまで考え、途端に自分がちっぽけに思ってしまい、咄嗟に頭振って考えるのを止め、再び歩き出した。
花畑が見える道へと着き、遠くで小さく、なにかを拵える咲希とそのきょうだいが見える。
百合は一瞬笑顔になり、駆け出したくなったが、途中で進むことができなくなり、自分でもわからない内に、道の途中の小さな公園へと逃げ込んでしまった。
(……どうしよう…………私…………さっちと喧嘩してるんだった…………。
それなのに、図々しく慰めてほしいなんて……恥ずかしくて言えない…………!)
百合は出血した手を水で洗い流し、吸い込まれるようにベンチに座り、声を殺して泣いた。
(なんで……なんで私だけいつもこうなんだろう…………。
好きな人だからって、なんでもかんでも信じられるってわけじゃないの……!
私の名前出したからって……一緒にいたのは竹内さんじゃん……!
さっちも…………離れて行っちゃうんだ………………あの子のように………………
もう……私は)
「あれ?
百合ちゃん? 百合ちゃんでしょ」
前から、聞き馴染みのある女性の声がした。
「…………花奈……さん……?」
顔を上げると、咲希の姉の花奈が心配そうに、顔を覗かせていた。
「どうしたの? こんなところで。
……使う?」
花奈は隣に座りそう言うと、ミニバッグからハンカチを取り出した。
百合は受け取ろう思ったが、躊躇してしまい、結局自分のハンカチを出した。
「大丈夫です…………」
涙を拭きながら答える。
優しさに満ちた真っ直ぐな目が、ちっぽけな百合には眩しく見え、恥ずかしくて顔を見ることができない。
「そう。
……熱は下がったの? 咲希が心配してたよ」
「さっちが………?
本当…………ですか……?」
百合はまた疑心暗鬼になってしまい、聞き返してしまう。
それがまた、自分が人間不信になってしまっているのだと落ち込み、自尊心を傷付けてしまう。
「本当だよ。
ご飯も半分しか食べないし、夜中に泣きつかれて何回も起こされたよー」
それでも花奈は、優しく笑顔で答えた。
百合はまた、自分のちっぽけさに打ちひしがれる。
「咲希ね。
この3連休の間、いつもより早く起きて、“今日は百合ちゃんと水やりできるかな”って、すごく楽しみにしてたんだよ」
「…………でも」
百合の体が震える。
百合は理解ができない。
「さっちは……私と喧嘩してるんだよ!!」
どうしてこんなちっぽけな人間が、あんな天使のように可愛く、誰からも愛される人に心配されるのか。
「もう私の事なんてどうでもいいはず!!!」
どうして、ちっぽけな人間のことを思い、悲しみ、泣くのか。
「でなきゃ、他の人と一緒に係仕事なんてしない!!!」
どうして、ちっぽけな人間のことを他の人に、嬉しそうに話すのか。
「私はいらないの!!!!」
「こら!!」
大きく泣き叫ぶ百合に、花奈は軽く頭を叩いた。
「百合ちゃん。
思ってもない事を、無理して我慢するために言っちゃだめ。
今の言葉、咲希が聞いたら悲しむよ」
「………………でも、私は……私なんか…………釣り合うはずないんです…………。
むしろ、今まで仲良くできたのが奇跡みたいなもので」
「もう」
下を向きながら、うじうじとする百合に、花奈は百合の両肩を掴み、百合を真っ直ぐ見詰めた。
「百合ちゃん。
咲希はあなたの親友なの。
他の人に変わることのない、唯一の一番大切なお友達なの」
「でも…………なんで……
なんで他の人と!」
それでも百合は納得できない。
他の人に咲希の気持ちをどう言われようとも、約束を破られ、違う人と係仕事をされた蟠りが解消されてないから。
「それはね……百合ちゃん。
…………いや、私がいうことじゃないか」
花奈はそう言うと、立ち上がり、蛇口を捻り、水を飲んだ。
「私、水飲みに来たんだった
百合ちゃんは? 何しに来たの?」
「え…………えっと…………」
「咲希と話しに来た。
もっと言えば、仲直りしに来たんでしょ」
「でも…………」
百合は、本当は咲希に合って仲直りしたかったが、合わせる顔がなく、動けない。
「はい」
そんな百合に、花奈はティッシュを差し出す。
「鼻水。出てるよ」
「…………いいです……」
「良くないよ。
せっかくの美人が台無しだよー」
「美人なわけないじゃないですか……
…………私なんて……」
「……もう」
花奈はやれやれとした表情をすると、ティッシュを一枚取り出し、百合の鼻に当てた。
「え……?」
「ほら、チーンって」
「え……」
「だから、チーンって」
「…………」
百合はしばらく考えた後、お言葉にあまえ、鼻をかんだ。
「よし。上手にできました。
偉い偉い。」
花奈はそう言いながら、鼻の下に付いていた鼻水を拭き取り、頭を撫でた。
「子供扱いしないでください」
百合は手を離させ、恥ずかしそうに言う。
「何言ってんのー、まだ小学生なんだし、子供じゃない。
今日も敬語なんか使っちゃってー、他人行儀なんだからー!」
「そ……それは…………」
「百合ちゃん」
花奈は使ったティッシュを、別のティッシュでくるみ、ミニバッグに仕舞うと、百合の手を握った。
「無理して大人になる必要なんてないんだよ。
誰かに気を遣ったり、好きなものを我慢したりするのは、大人の仕事。
百合ちゃんは咲希と仲直りしたいんでしょ?
咲希とこれからもずっと仲良くなりたいんでしょ?
だったらそうすればいいよ」
花奈は百合の胸に手を当てさせた。
「後、20分くらい、私と空良は花畑を離れてるから。
……百合ちゃんは我慢しちゃう子だもんね。
それも偉いと思うよ。
でもね。もっと、自分の心の声を大事にしなね」
花奈はそう言うと、軽く手を振って公園から去って行った。
百合は自分の胸に手を当てながら、しばらく考えた。
(違う……違うの…………私はそんな大した人間じゃない……。
我慢できる優等生なんかじゃない…………
我慢できず……ワガママ言ったから…………さっちを悲しませた………………)
百合はまた、不甲斐なさを感じ、泣きそうになってしまう。
(……………………私は……ただ、手放したくないだけ…………もうあんな思いをしないように………………大切な人を、私一人の物にして、ずっとずっと大切にしたいだけ…………
それがたまたまさっちだっただけ……!!
きっと私は……竹内さんの言うとおり…………さっちが好きなんじゃなくて……私の思い描いたさっちが好きなだけなんだ…………!!)
百合は、どんどん心が荒み、冷たくなっていく感じがした。
(私は……さっちにあう資格なんて……ないんだ…………)
そして、そう思うとベンチから立ち上がり、体をふらつかせながら、ゆっくりと歩き、花畑と真逆の方向へ進もうとした。
が、百合は公園の出入口で足が動かなくなっていた。
どんなに心が荒れようとも、どんなに冷たく、固くなっても、そのどこかに、“さっちと仲直りしたい”という気持ちが残っているのだ。
百合は、さっき花奈にかけてもらった言葉を思い出した。
“百合ちゃんは咲希と仲直りしたいんでしょ?
咲希とこれからもずっと仲良くなりたいんでしょ?
だったらそうすればいいよ”
(私は…………私は!!)
鉛のように重たい足が一気に軽くなった。
その足取りに迷いはない。
勝手に絶望し、それから逃げるために、心の悪魔が荒んだ言葉を囁き掛けていた。
さっきまで百合は、それが本心で、それが心の訴えだと思ってた。
だけどそれは違った。
今一番、心が訴えるものそれは
(さっちと仲直りしたい!!)