05/06(金)
「おはよう、しん」
3連休が終わり、教室へと入った明人は、真也に軽く挨拶した。
「おはよ。
今日も水やりですか?」
真也はにやにやしながら、からかうように訊いた。
この3連休、明人は水やりを終えた後、毎日親友それぞれの家に遊びに行き、その都度咲希との進展を訊かれていたため、真也にとってはある種の娯楽と化していた。
明人は、小さく溜息をつきながら、ランドセルを机の上に置く。
「それがさ、もうあの二人仲直りしたみたいで。
昨日咲希から、明日はもう大丈夫って……」
「おっと……それはご愁傷さま」
電話のジェスチャーしながら苦笑いする明人に、真也は軽く慰めの言葉をかけた。
「ま……でも、咲希がいいのならそれでいいさ」
「アッキー、お前どうした? あっさーみたいなこと言って。」
明人の大人っぽい口振りに、真也は首を傾げる。
「そんな浅いことなんて言ってねえよ」
「言ってるさ」
真也は呆れがなからそう言った後、真面目な顔を明人に近付けた。
「ていうか、お前、よーーーく考えてみろよ」
「なんだよ? かしこまって」
「お前さっき、“愛する人がいいならってそれでいい”って言ったけど」
真也は茶化すように、手を合わせ、誇張した夢心地な演技をして言う。
「そんな風には言ってねえ」
「……いいだろ、言い方くらい。
とにかく、あの不来方とだよ」
「……おう」
真也は確信に迫るような風に言うが、明人はピンと来ず、間の抜けた返事をした。
「なんだよ……? その反応。
お前…………あの不来方だからな。
あの最悪なぶりっ子と仲直りして、早苗さんがいいって思うか? 幸せって思うか?」
「あ……ああ…………」
明人は真也の言いたいことがわかり、質問に対する答えを考える。
昨日、家に帰ったあと、留守番電話に録音されていた咲希の声は、3連休の中で一番活き活きとしていた。
折返して電話し、仲直りの報告をしているときも、咲希の声はとても明るく、嬉しそうだった。
「幸せなんじゃないか?」
だから明人は、水やりを誘われなくなって、少し寂しかったが、咲希が幸せになった嬉しさの方が勝っていた。
「は? お前正気か?」
しかし、咲希の百合への思いを知らない真也は耳を疑った。
「もっかいよく考えろ。
だって、あの不来方だぞ、あんな頭おかしい奴とつるんで幸せなはずないだろ」
そして、必死に説得しようとしたが
「お前、去年なんか言われたんだろうが、そこまで人を悪く言うもんじゃないぞ」
明人は聞き入れない様子で、むしろ怖い顔でたしなめられてしまった。
「……ちっ」
真也は不機嫌になり、舌打ちをすると、前を向いて一時間目に使う教科書をパラパラと見出した。
明人は、咲希のために、百合と仲良くしなければならず、あまり悪いことを考えないようにしていた。
そんなときに、百合の悪口が飛んできたため、少し不機嫌になってしまったのだ。
謝ろうとも考えたが、謝ると百合の悪口を認めることになってしまい、それもなにか違うため、明人は黙って身支度を始めた。
「おはよー!!お二人さーん!!」
そこへ、何も知らない健太が、陽気な顔で挨拶した。
怪訝なムードの2人を交互に見ると、やれやれとした顔になりながら、二人の肩を引き寄せる
「どうしたどうしたー!
こんなに距離は近いのに、心の距離は遠くですかー?」
「浅い!!」 「浅いッ!!!」
茶化したような言い方だったため、不機嫌な二人の癪に障り、同時に怒鳴られた。
「うわぁ………こわ…………」
健太は触れてはいけないものに触れてしまったと思い、そーっと離れて自分の席へ向かった。
「おっはよーー!!!」
しばらくすると、咲希が教室に入り、いつもの2倍くらいの声量でクラス中に挨拶した。
「さっち、うるさいよ」
後から入った百合が、やれやれとした顔で優しく注意する。
「はーーい!
おはよ!! 明里ちゃん!!」
咲希は元気に返事をすると、自分の席へ駆け出し、隣の席の子へ挨拶した。
「……もう」
百合は苦笑いしながら、その様子を見ると、自分の席へ向かう。
「………………」
その途中、隣の席の明人が目に入り、不愉快な気分になると同時に、緊張しだした。
(仲良く…………そう……仲良くなる。
あなたと仲良くなりたいわけじゃなくて、さっちのためだから)
百合は“さっちのため”と心の中で唱えながら、歩みを進め、話し掛けられる距離になると、明人のことをじっと見たが、それだけで、特に何もせず、席に座った。
(無理…………
無理無理無理無理!!
なんであの人となんか…………)
百合はどう話し掛けていいか分からず、頭を抱えた。
また、昨日の喧嘩やカミングアウトに、自傷行為を見られたこと、なぜか慰められたことが色々重なり気まずいのだ。
(いや、でも…………あれは伝えなきゃだし…………)
それでも、百合は明人に伝えることがあるため、話し掛ける動機はあった。
(あれ……そもそも…………人ってどうやって話し掛けたらいいんだっけ?)
けれども、今まで休み時間などでは咲希くらいとしか話す事がなく、そのときもだいたい咲希から話し掛けてくれるので、そもそも話し掛け方が分からなかった。
コミュニケーション能力のなさに頭を抱えていると
「さっきから何ジロジロ見てんだよ…………」
と、明人が視線だけを向けて話し掛けた。
「べ……別に、あなたのことなんて…………」
百合は急に話し掛けられたことであたふたしてしまい、咄嗟に嘘を付いてしまった。
「ふーーん」
明人は鼻を鳴らすと、朝の会まで時間を潰すための読書を再開した。
(…………やっちゃった……)
百合は“今なら言うチャンスだったのに”と、自分を責め、自己嫌悪に陥る。
(どうしよ……こう言う時どうやって…………
………………そうだ、さっちならどうするか
…………さっちなら)
百合はさっちの行動を思い出し、それを手本にしようと考えた。
(さっちなら、“ねえねえ”ってかわいらしく近付いて、スムーズに用件を言う…………
ねえねえ………か)
百合はそれを自分が明人にやった姿をシミュレーションしようとするが、危険を感じ、すぐさまやめた。
(無理無理駄目駄目!!
ぜっっっったい引かれる!!
いや……引かれるというか、めちゃくちゃキモがられる!!)
百合は顔を真っ青にしながらそう思うと、深呼吸し、溜息を付き、明人の様子を伺った。
(あの人…………なにか読んでる?
なんだろ……?)
百合は最初に見たときから、何か本を読んでいるのは分かっていたが、カバーが付いているため、内容は分からなかった。
盗み見て、挿絵がちらりと見えたが、光の反射で何の絵かは見当がつかず、読むスピードも速いため、結局何の本か分からなかった。
(あーー、もうわかんない…………
ていうか、あれちゃんと読んでるの?
……こうなったらもう普通に話し掛けるしか…………
だから! その普通が分かんないんだってば!!)
「怪我は平気か」
悩む百合に、明人が、かさぶたのついた拳をちらりと見ながら訊いた。
「え……あ、うん。
一応、病院にも行ったけど、骨折はしてないって」
百合はバクバクなる心臓をおさえながら、答えた。
「そう………………
よかったな、仲直りできて」
明人は本から視線を外すことなく、言う。
百合は一応、明人の周りを見て、自分に言っていることを確認した。
「あなたこそ……よかったね。
さっちの笑顔がまた見れるようになって」
百合はまだ蟠りがあるためか素直になれず、皮肉のように言った。
「まあ……な。
お前も、咲希の悲しむようなことするなよ」
「うるさいな。分かってるよ」
百合は話すだけだと身がもたないので、身支度しながら答えた。
しばらく沈黙が続く。
明人がこっちを見ないので、会話が続いてるのか終わっているのか分からず不安になる。
百合は突然、いま言わないと機会を逃してしまうのではないかと思ってしまった。
「あのさ……竹内さん」
「なんだ? また花壇には近付くなって念押しか?」
勇気をもって話し掛けたのに、取り合わない様子な明人に、百合は少しムッとした。
「違う……。
…………いや! そう! だけど……違う」
「じゃあなんなんだよ」
「………………今日、朝。
袴田先生のとこ行って、許可おりた」
「なんの」
「教室で……なにか飼育する許可」
「は?」
明人は思わず本を閉じた。
「私たち生き物係だからさ、別に花限定じゃなくてもいいわけ。
だから明日か
「待て待て待て待て! おいおいおいおい!
何勝手に言ってんだよ?
あれか? 花壇の代わりに俺は大人しく小動物でも愛でてろと言いたいのか?」
それでも話を進める百合に、明人は唖然とし、勝手に決定され勝手に話を進められたことに驚き、思わず問いただしていた。
「そういうわけじゃない!
……さっちも同意してるし、あの子が飽きなければ、お世話手伝うとも言ってた。
だから文句ないでしょ」
「ま……それは……………」
明人は文句の一つでも言いたかったが、昨日までとは違う形なれど、咲希と一緒に係仕事ができると言われれば文句のつけようがなかった。
「もうはかちゃんに許可取ってんなら、やらねえとは言えねえだろ」
明人は不純な動機を悟られないよう、あくまで仕方ないという名目で聞き入れた。
「決定ね。
それでだけど、明日か明後日空いてる?」
「今のところは。
なんでだ?」
「昨日さっちと話して、せっかくだから生き物係の3人でホームセンターとかペットショップとかまわって選ぼうって話になったの。
袴田先生も、そっちのほうが愛着湧くだろうから良いって」
百合は少し面倒な様子で、肩を竦めながら言う。
「えーー」
明人もめんどくさそうな感じで返すが、また休日に咲希に会えるのは悪く無いとも思い、行くことに決めた。
しかし、即答で返してしまうと、不純な動機を悟られるような気がしたので、少し迷ったフリをしたあと
「しょうがねえな……」
と、仕方がない様子を存分に出して返した。
「そう。
じゃあ話は決まりね。
今日の放課後日時決めるから。
…………多分、さっちから電話来ると思うよ」
「……あーはいそうですか。
だったらこの話も咲希からききたかったなー」
百合のおちょくるような言い方に、明人は当てつけのように返した。
「うるさいな。
これはさっちから頼まれたの」
「なんで?」
「さあ?
…………さっちなりの仲良くなるための作戦じゃない?」
「なんか…………咲希ってこういうとこ強引な気がする」
「言えてる」