ハートジャスティス 番外編集   作:ココリンク

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23話 チューリップ

翌日──05/17(火)

 

(…………あれ?)

 

この日、明人が登校すると、上履きがなかった。

 

明人は一瞬、週末に洗濯に持ち帰ったのを忘れてきたのかと思ったが、昨日はしっかり履いていたので、それはなかった。

 

(…………ないか)

 

下駄箱から落ちて、誰かが間違ったところに戻したのかと思い、一通り探したが、自分の上履きはない。

 

仕方がないため、明人は上履きをはかないまま教室へと向かった。

 

 

「おはよう」

 

教室に着いた明人は、健太に挨拶した。

 

「おはよ。

なあなあ、アレ、お前のじゃないか?」

 

健太は挨拶を返すと、明人に顔を近付け、ロッカーの方を指差した。

 

「? アレって?

…………あ」

 

明人がロッカーを見渡すと、百合のロッカーに、上履きが入っているのが見えた。

 

明人は早歩きで近付き、覗き込んで名前を確認する。

 

それはやはり、自分の上履きだった。

 

「なんでこんなところに」

 

明人は上履きを取り、履きながらそう呟いた。

 

「不来方が隠したのか?」

 

付いてきた健太が、水やりでまだ教室に来ていない百合の席を見ながら、そう言う。

 

「いや。アイツはこんな、ねちっこいイタズラはしねえよ」

 

「じゃあ誰がやったんだ?」

 

「……さあ?

まあでも、見付かったのならそれでいい。

お前、あんま他のヤツに言うなよ」

 

「なんで?」

 

「あんまり大っぴらにすると事件が紛らわしくなるからな……。

とにかく、今回は何もないってことで、相手の動向を伺う」

 

「おー!

それっぽいことをいいなさる!」

 

「……まあな」

 

明人はそう言うと、それをやったまだ来ていない、犯人だと思わしき人の席を見詰めた。

 

その日は、嫌がらせはそれだけで、特に何もなく、百合も咲希以外の人との絡みはなかった。

 

明人は確認程度に、百合に百合の姉の事を訊こうと思ったが、昨日からどこか他人行儀で、会話をする気も起きなかった。

 

 

 

 

 

翌日──05/18(水)

 

咲希と百合は、朝の水やりのため、倉庫からジョウロを借り、水を入れて花壇に向かっていた。

 

「さっち、明日誕生日だね。

なにプレゼントしてもらうの?」

 

「お花の図鑑!

わたしも、明人くんみたいにいっぱい勉強する!」

 

百合は咲希の言葉に、胸がキュッと締め付けられるような感じがした。

 

「…………そうなんだ。

偉いね」

 

それでも、咲希を心配させたくないため、優しく微笑んでそう言った。

 

「うん!! 百合ちゃんに負けないくらい、わたしもかしこくなる!!」

 

「そっか……。

楽しみだなー」

 

「うん!!」

 

百合は、ジョウロを両手に持って嬉しそうに隣を歩く咲希を横目で見た。

 

咲希が花のことを勉強し、もっと奥深い話ができるかもしれないのは嬉しかったが、ずっとこのまま変わってほしくない気持ちもあった。

 

それに、もしも咲希が賢くなり、もっと頭の良い人と関係を作り、自分が仲間外れにされてしまうのではないかという不安もあった。

 

「……百合ちゃん?」

 

不安や、一昨日からまだ取れない疲れが顔に出ていたのか、咲希が心配そうに声を掛けた。

 

「………………!

なに?」

 

百合は我に返り、急いで聞き返す。

 

「大丈夫?」

 

「……心配しないで。

私は平気だよ」

 

百合は最近の愚痴を思い切って吐き出そうとも考え、喉まで出掛かったが、どこか、自分が惨めに思えてしまい、作り笑いをし、嘘を付いた。

 

咲希は追求しようか迷ったような顔をした後、ジョウロを片手に持つと、百合の空いている手を握った。

 

百合はその温かく小さな手に、安心感を覚え、少しばかり不安が解消された気がした。

 

「ありがとう」

 

百合は自然な笑みになり、小さく呟いた。

 

しかし、その笑顔は花壇に着いた瞬間、すぐに消えた。

 

花壇に咲く様々な花達。

 

その中で、ただ一輪──赤いチューリップが踏付けられ、折られていた。

 

「…………なに……これ……」

 

百合はショックで持っていたジョウロを落としてしまう。

 

(……さっち!)

 

百合はハッとし、咲希を見た。

 

咲希もショックを受け、何が起こったのか分からない困惑した様子で百合を見詰めていた。

 

百合の手を握る、咲希の手が震えている。

 

百合は手を握り返し、安心させようとしたが、百合も落ち着いていられなかった。

 

恐る恐る折られたチューリップへと近付く。

 

チューリップは花壇のやや中央付近にあり、仮に事故で転んだとしたら、他の花も一緒に折られているはず。

 

けれども、折られているのはチューリップ一輪のみ。

 

誰かが故意で、それを選んで踏み付けたことになる。

 

(酷い……!!

……誰がこんな事…………!!?)

 

百合は一生懸命育てた花が、無残な姿にされ、怒りが込上がって来る。

 

近くで見ると、花と土にしっかりと靴の跡が残っていた。

 

そしてその近くに、メモ用紙のようなものが埋められているのが見えた。

 

(……なんだろう)

 

百合はメモ用紙を引っこ抜く。

 

(…………え)

 

百合はその形と、そこに書かれた文章の一部を見ると、急いで握り潰した。

 

(なんで…………なんでこれが………………

まさか!!)

 

百合はとんでもない考えが頭によぎってしまう。

 

その瞬間、百合は何かに急ぎ立てられるように、咲希を強引に引っ張り校舎に急ぎ、教室へと走る。

 

そして、最近いつも扉の前にいるその姿を見付けると、険しい顔付きになり、叫んだ。

 

「竹内さん!!」

 

「……ん?

なんだよ……? 朝から」

 

明人は迷惑そうに返す。

 

「さっちは先に自分の席行ってて」

 

百合は教室に入る前に、咲希へ急かすように言う。

 

咲希はチューリップを踏付けられたショックで声が出せず、ゆっくり頷くと、泣きながら自分の席へ向かった。

 

「咲希、なんかあったのか?」

 

明人はいつもと咲希の様子が違うことに、心配して訊いた。

 

「竹内さん……ちょっと」

 

百合は廊下を指差しながら、険しい顔付きで言う。

 

「……はいよ」

 

明人はお呼び出しだとすぐに理解し、廊下に出た。

 

百合もランドセルを下ろさずに廊下に出ると、案内するように腕で方向を指し示した。

 

 

 

明人は怒った顔をして何も言わない百合を不思議に思いながら、黙って付いて行った。

 

そして、辿り着いたのは花壇だった。

 

「これ見て」

 

百合は真剣な顔で、踏み付けたチューリップを指差した。

 

「……酷いな」

 

明人はそのチューリップが、咲希が百合と喧嘩しているころ、真剣に見ていたものであるのを覚えている。

 

それほど大切にしていたものが、無残な姿になっているのを見て、明人も息を呑む。

 

「…………それで……これ」

 

明人の様子を見ていた百合は、少し躊躇った様子で、ポケットにしまっていた、くしゃくしゃのメモ用紙を広げた。

 

それは、一昨日、帰りの会の前の時間に、百合が明人に渡したメモ用紙だった。

 

「これがどうした?

ていうか、なんでお前が持ってるんだ?」

 

明人はそれが今、何を意味するのか分からず、明人は不思議そうな顔をする。

 

百合はその顔を見て、口をもごつかせる。

 

それでも、このモヤモヤする気持ちをどこかにぶつけたく、拳を握りしめ、鬼気迫る表情で明人に訊く。

 

「これ! あなたがやったんじゃないよね!?」

 

「……は?」

 

明人は見に覚えのない容疑をかけられたことに、思わず聞き返した。

 

「このメモ……花壇に埋まってた……!!

“仲良しじゃないなら仲良くしなくてもいい”って書いてあるけど!!

これは酷いと思う!!」

 

百合は泣きそうになりながら叫ぶ。

 

「は?

じゃあ、俺を疑ってるっていうのか?」

 

明人はあらぬ疑いを掛けられているのだと分かり、少し怒ったように言う。

 

「……うん…!

さっき……昇降口で靴履いてるとき、靴の裏……見た。

踏んでるのは左足…………あなたの左の靴の裏も……少し、土が付いてた!!」

 

百合が恐る恐る、言葉を選ぶように慎重に述べる。

 

明人は左の靴の裏を見た。

 

確かに、右に比べると土が付いている。

 

それでも、明人は別の心当たりがあった。

 

「これはな。また嫌がらせだよ。

下駄箱の中に土が入れられてたんだ……。

取るときビックリしたよ」

 

明人は面倒くさそうに、冷静に反論した。

 

その様子に百合は、気が遠くなるような感じがした。

 

「…………で……でも…………」

 

百合も、明人が犯人でないことは分かっていた。

 

メダカの世話をする明人は、花の世話をする咲希みたいに真っ直ぐだった。

 

そんな明人が、生命を侮辱する行為はしないと信じていた。

 

それに、花壇は咲希のものでもあるため、咲希が悲しむことはしないとも思っていた。

 

「あなたじゃなかったら…………

あなたじゃなかったら!! 誰がやるの!?」

 

それでも、ここ1,2週間の仲の良いフリをしたときに積もったイライラや、冤罪を掛けられたときの不安と恐怖。

 

「あんな平気そうな顔して、本当は私のこと疑ってたんでしょ!?」

 

嫌がらせをされても動じない明人と、心が不安定になってしまう自分との比較。

 

百合はまた、自分がちっぽけに思えてしまった。

 

「だから仕返しに花を踏み付けたんでしょ!

そうだよね……あなたは私が嫌いだもんね!!

私達! 仲悪いもんね!!」

 

そのちっぽけさが──自信のなさが、百合の心を蝕み、今一番容疑者に近くて遠い明人を犯人にして、責めることで、心を解放させたかった。

 

「いい加減にしろよ!!」

 

百合の勝手な言い分に、明人の怒りはピークに達し、怒鳴った。

 

百合は萎縮し、身を竦めて口をもごつかせる。

 

「確かに俺はお前が嫌いだけどな!

なんで、わざわざ花を踏み付けるんだよ!!

そんなことしたら咲希が悲しむだろ!

そんくらい分かれよ!!」

 

「わ……分かってるよ……!

でも……でも……!!」

 

「でもでもうるせえよ!!

花が踏まれてショックなのは分かるが、勝手に決め付けて楽しようとしてんじゃねえよ!!」

 

責められることに、百合はどんどんと身を縮こまらせる。

 

それでも、こじつけでもなんでも、なにか反論し、自分が正しく、自分が相手より上なのだと思わなければ、自分を保つことができなかった。

 

「うるさいな!!

あなたに私の気持ちの何が分かるの!?

いや、分かってほしくない!!

それに、あなたこそ楽してるんじゃないの!?

自分のことばかり楽しんで、周りを見ずに熱中して!

なにか起きても澄ました顔して!!

でも私は違うの!!

色んなことに気を張って、気を遣って……毎日大変なの!!

楽なんてできないんだよ!!」

 

「お前な!」

 

「私は!!!

あなたとは違うの!!

あなたみたいに天才じゃないの!!」

 

百合は涙ぐみながらそう叫ぶと、走り去ってしまった。

 

(なんだよ……

アイツ)

 

明人は消化不良なイライラのまま、しばらく踏まれたチューリップを見ていたが、時計を見るともう少しで朝の会が始まる時間になってしまうので、急いで教室に向かった。

 

 

その日、百合は教室に戻ることはなかった。

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