夕方
「もしもし不来方です」
家の電話が鳴り、百合は受話器を取った。
〜〜〜〜〜
あの後、百合は花畑で時間を過ごし、昼頃に家に帰り、布団に包まっていた。
しばらく眠り、目が覚めたと同時に電話が鳴り、百合はまさかと期待を込め、電話に向かったのだった。
〜〜〜〜〜
『百合ちゃん?
百合ちゃんだよね?』
電話の相手は、期待通り咲希だった。
「さっち!」
百合は好きな人の声を聞けて、一瞬笑顔になったが、すぐに罪悪感で、顔を暗めた。
「ごめんね……今日、ズル休みしちゃって……」
『平気だよ。
……百合ちゃんは……平気?』
「私は…………平気。」
咲希の心配そうな声に、百合は冤罪のことや明人のことなど、嫌な思いをすべて吐き出そうと思ったが、明日誕生日の咲希に必要以上に心配かけたくないと、嘘をついてしまった。
『でも……百合ちゃん、最近元気ないよ』
「平気だよ。全然平気。大丈夫。
明日はちゃんと学校行くね。
水やりもするから一緒に行こうね。
それじゃ、また明日バイバイ」
百合は泣かない内に早口で言うと、咲希の返事も聞かずに電話を切った。
一番好きで、一番心を許せる人にも嘘をついてしまった。
百合はまた自分のちっぽけさに打ちひしがれ、受話器を置いたまま涙を流し、動けなかった。
(あ……水、やらないと)
数分後、まだ自室やベランダの植物に水をやっていなかったことに気付き、のろのろと歩き始めた。
翌日──05/19(木)
「いってきまーーす!!」
朝、姉兄に精一杯誕生日を祝われた咲希は、とびきりの笑顔で言えを出た。
「あ! 百合ちゃん!
おはよ!!」
家の前では百合が待っていた。
「おはよ。
さっち、誕生日おめでと」
百合は腫れぼったい目を細め、優しく微笑みながらお祝いした。
「ありがとー!
ねえねえ百合ちゃん! 今日ね、夜にね花奈ちゃんと空良くんとママと一緒にお誕生日会するんだ!
パパももしかしたら電話かけてくれるって!!」
興奮気味に話す咲希。
百合はそれを見て、昨日のことを今は忘れているんだなと思い、安心した。
「そうなんだ!
じゃあ今日は家族全員で仲良くだね!」
「うん!
あとねあとね! お誕生日会のときにつける花飾り作りたいから、今日の帰りお花畑よろう!」
「うん。
……かわいいの作ろうね!」
「うん!!」
二人は手を繋ぎ、学校に向かい歩き出した。
昨夜見た夢の話や、道に新しく咲き始めた花の話など、他愛もないことを話しつつ、学校に到着した。
百合は咲希に合うまでは元気が出なくどこか体が重かったが、咲希の嬉しそうな顔を見て、そんな咲希と話していたら、自然と笑顔になり、体も少し軽くなっていた。
ジョウロを取りに、倉庫へ向かおうとしたが、百合は不意に便意を覚えてしまった。
「ごめん。さっち……先にトイレ済ましてからでいい?」
「いいよ!」
「ありがとう!」
2人は校舎へ入り、自分の教室から一番近いトイレへ向かった。
「ごめん、ちょっと時間掛かりそう。
ごめんね。ここで待ってて」
「わかった!」
百合はトイレの入り口でそう言うと、急いでトイレの個室に駆け込んだ。
咲希は今晩のお誕生日会のことを考えて、とびっきりの笑顔になっていた。
久しぶりのパパの声も聴けるかもしれないと思うと、嬉しさでおもわず飛び跳ねていた。
(たのしみだなー!!
あ。そうだ、百合ちゃん時間かかるって言ってたから、教室で折り紙作ろう!
それでお誕生日会のかざり付けしよう!)
咲希は楽しみのあまり、ここで“待ってて”と言われたのを忘れ、教室へ向かってしまった。
「あれ?
(誰かいるー)」
教室の前に着くと、扉の窓から誰かの人影が見えた。
たまに忘れ物を取りに水やりの時間で教室に来ることがあるが、そのときは誰もいないので、珍しいと思いつつ、咲希は扉を開けた。
「おわ……!」
「あ! 橋本さん!」
扉を開けると、真也が驚いた様子で咲希を見て、慌ててなにかを後ろに隠した。
「早いねー!
いつも早いの?」
「ま……まあ。
そういうとこ……」
真也はどこか顔色が悪く、目を泳がせている。
咲希は不思議そうな様子で真也を見る。
「あれ?
橋本さん、机間違えてるよ。
そこ、百合ちゃんのだよ」
よく見ると、真也は百合の机の前に立っており、散らかったお道具箱が机の上に出ている。
「え、あ。
うん。知ってるよ。たまたま近くにいただけで、俺が出したわけじゃないし」
真也はあさっての方向をみながら、早口で答える。
「そっかー。
百合ちゃん、昨日そのままにして帰っちゃったのかなー?」
咲希は不思議に百合の机を見ながらそう言うと、折り紙を取りに自分の机に向かった。
真也はどこか安心した顔をした。
「あったー!
おトイレの前で作ろー!」
咲希は道具箱から折り紙セットを引っ張り、手に取ると、教室を出ようと扉に向かった。
そして、真也の目の前を通り過ぎる瞬間に
「あ!!」
と真也の背後を指差しながら、大きな声を出した。
「え…!?」
真也はビックリして思わず後ろを振り向く。
「えい!!」
その隙に、咲希は真也の背中に隠れていたなにかを右手で掴んだ。
「やったー!
ねえねえ! 何持ってるのー!?」
咲希は無邪気に訊きながら、真也が隠したものがなにか確認しようと引っ張って取ろうとする。
そこに、なにかを怪しむようすは特にない。
ただ単純な興味のゆえの行動だった。
「ちょっと、早苗さん……!
これは、だめ!!」
真也は急に焦り始め、腕を強く振って、咲希を振り払った。
「うわ!!」
その力強さに咲希は飛ばされて、バランスを崩し、頭から扉に激突してしまった。
鈍い音があたりに響いた。
咲希は何が起こったかわからない様子でキョトンとしていたが、しばらくすると痛みに涙を流し始めた。
真也は思わず隠していたものを、百合の机に置き、呆然と立ち尽くした。
(しまった……俺、なにを!)
そして、罪悪感ややらかしてしまった恐怖で、この場から逃げようとしたそのとき
「さっち!!
なに!? 今の音!?」
百合が血相変えて、教室に飛び込んできた。
「……!!?
さっち!!」
百合はすぐに、扉に寄りかかって泣きながら座り込む咲希に気付いた。
「どうしたの!? なにがあったの!?」
百合は激しく動揺し、咲希の様子を見ながら、訊くが咲希は泣いたままなにも答えられない。
「……!!?
さっち!? なんで血が出てるの!?」
百合は慌てて咲希の右の掌を掴んだ。
何か刃物で斬られたように、掌に一直線に切り傷が出来ており、そこから血が出ていた。
咲希はやっぱり泣いたままなにも答えない。
百合が手を離すと、咲希は血が出てる手で涙を拭こうとしたので、慌てて止めて、ハンカチを手に巻いた。
「さっち。大丈夫?
少ししたら保健室行くからちょっと待ってて」
百合は咲希に優しくそう言うと、鋭く真也を睨み、立ち上がった。
「どういうこと」
百合はとても冷たく恐ろしい顔と声で真也に詰る。
真也はその圧に、飲み込まれそうになった。
「なんとか言ってよ。
さっちのこと押し倒したのはあなた?
さっちの手を切ったのはあなた?
私のお道具箱を散らかしたのもあなた?
この血がついた私のハサミはなに?」
百合はさっきまで真也が隠していた、“百合のハサミを手に取って”尋問する。
真也はかつて──いまでも好きな女の子を傷付けた罪悪感と、嫌いで面倒くさい“最悪のぶりっ子”に詰られる最悪な状況に耐えきれなくなり、走って逃げようとした。
「待って!」
百合は真也の腕を掴んで、なんとか引き止める。
真也は振り払うとするが、百合は思っていたよりも力が入っていたため、振り払えない。
「謝って!!
さっちに謝って!!」
「うるせえな!!!」
真也はとうとう逆上し、百合の頬をひっぱたいた。
百合は頬を抑えながら、泣きそうな顔で真也を見た。
「口を開けばさっちさっちってうるせえんだよ!!
女の子同士でイチャイチャして気持ち悪い……!
早苗さんはアッキーに取られて、お前は捨てられろ!
とっとと死ね! ブス!!」
真也は捨て台詞を吐くと、教室から逃げていった。
百合は呆然としたまま、しばらく立ち尽くしていた。
唐突に言われた悪口にショックを隠しきれず、泣きじゃくりたかったが、咲希を保健室に連れて行かなければならないため、我慢して咲希のそばについた。
「百合ちゃん……」
咲希は心配した様子で百合を呼ぶが
「大丈夫大丈夫。
保健室で手、見てもらおう。
扉にどこぶつけた?」
百合は全力で微笑みながら、咲希の体を支え、保健室へと向かった。