ハートジャスティス 番外編集   作:ココリンク

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3話 帰らぬ姉

「遅いな。虹姉ちゃん。

なにしてるんだろう」

 

5時を指す時計が、静かなリビングでカチカチと鳴り響くなか、三晴はコーンスープを飲みながら、虹の帰りを待っていた。

 

帰りの会で、担任に、これから吹雪になると言われたので、そうなる前に少しでも雪合戦ができるよう、雪が降り積もる中全速力で帰ってきたのに、30分、1時間、1時間半と経っても虹は帰ってこなかった。

 

外は完全に吹雪いてしまい、強風が窓を揺らしていた。

 

「虹姉ちゃんのことだし、なにかまたお節介やいてたら吹雪になって、どこか友達の家で避難してるんだろうな」

 

三晴は宿題を解くのに使った鉛筆を転がしながら、不貞腐れて言った。

 

「ごちそうさま」

 

コーンスープを飲み干し、キッチンに持っていく。

 

シンクには今朝使った食器が入れられており、それが目についた瞬間、洗い始めた。

 

(ちょっと早いし、今日は虹姉ちゃんの担当だけど代わりにやってあげよ。

どうせ手伝わされるんだし。)

 

三晴は言い訳を考え、自分を納得させたが、実のところ一人でいるのが不安でたまらず、何かをしていないと気持ちが落ち着かないのだった。

 

「あ………」

 

手が滑り、虹のコップがシンクに落ちた。

 

プラスチック製なため、割れなかったが、それが引き金となり今朝の虹の様子を思い出していた。

 

(虹姉ちゃん。あれから大丈夫だったかな。

いつも変だけど、いつもより変だったし……家から出るときもいつも絡んでくるけど、なんかいつもよりすごい絡んで来てたし。)

 

そうしている内に、三晴の目にはいつの間にか涙が溜まっていた。

 

(雪合戦しようって言ったの虹姉ちゃんじゃん……。

うそつき。)

 

孤独になったこと、約束を破られたことに耐えきれず、泣いてしまった。

 

引っ込み思案で友達もおらず、母親は仕事人間で禄に顔を合わせることもなく、父親は三晴が母親のお腹にいる間に事故で他界していた。

 

三晴の世界には自分と虹しかいない。

 

約束を破られ、裏切られたと感じた三晴は独りだった。

 

 

時計の針はゆっくりとそれでも着実に進んでいく。

 

三晴は雑誌を読んだり、夕食に菓子パンのいちごパイを食べたり、明日の授業の用意をしたりして、静かにこの時間を過ごしていた。

 

いつも賑やかな姉がいないこの時間は、まるで別の世界に迷い込んだかのように、生きた心地がしなかった。

 

6時、7時、8時、9時と短い針は規則正しく指し示す。

 

その様子をどれだけ見ても、玄関から元気な姉の姿は見えない。

 

10時になり、11時になった。

 

もうあと1時間で日付が変わるというのに、玄関の扉は開かない。

 

三晴は眠気に襲われ、うとうとしはじめた。

 

そして、12時になる少し前

 

「………ッ!!」

 

ガチャッと玄関の扉が開いた。

 

三晴は眠りに入る寸前の意識が急に目覚め、走って出迎えた。

 

「おかえ…………り………」

 

声を掛けたが、その姿を見ると次第に元気がなくなっていった。

 

「あら、………まだ起きてたの……?」

 

帰ってきたのは三晴の母親だった。

 

体は猫背で顔には深いシワが刻まれ、目にはクマができている。

 

娘にかける口調も感情がない。

 

「……母さん。虹姉ちゃんは?」

 

「何度も言ってるでしょ。お母さん疲れてるから後にして」

 

三晴は母親に虹の動向を訊こうとしたが、母親は聞く耳を持たず、三晴を払いのけてリビングへ向かった。

 

「ねえ、母さん……虹姉ちゃんが

 

「あー……また喧嘩したのね…。

虹なら謝れば許してくれるわよ…」

 

母親は椅子に深く座ると、三晴を見ることなくいい加減に返した。

 

「ねえ! 母さん聴いて! 虹姉ちゃんが!!」

 

三晴は取り合ってくれないことに悲しくなり、涙を浮かべながら叫ぶように言ったが

 

「いい加減にして!!! お母さんお仕事で疲れてるの!!! 虹達を育てるために一生懸命働いてるの!!! それなのにあなたはこんな夜遅くまで起きて……!!!

喧嘩の1つや2つにお母さんを巻き込まないでちょうだい!!!

分かった!!?

分かったなら、部屋に戻って寝てなさい!!!」

 

と、鬼のような形相で奇声を発するかのような口調で、三晴を怒鳴り付けた。

 

「………………。

……………うん……」

 

三晴の心は完全に萎縮してしまった。

 

止まらない涙を拭きながら、何度も何度も振り向いて玄関を確認しつつ、とぼとぼと2階に上がり、部屋へと戻って行った。

 

 

〜〜〜

01/24(金)

 

外から雀の囀りが聞こえる。

 

三晴は目を覚まし、腫れぼったい目をぱちくりさせた。

 

あれから、どのように自分の部屋に戻ったのか、どのようにパジャマに着替え、どのようにベッドへ入ったか、記憶がなかった。

 

虹を待ち、お風呂に入っていなかったためか、体が少し痒い。

 

時計を見ると5:30と表示されていた。

 

三晴は、“この時間なら流石に帰ってきてるだろう”と思い、隣で寝ているであろう姉の姿を見に、部屋を出た。

 

そのとき

 

「三晴!」

 

1階から、母親の声がした。

 

「母さん?」

 

普段ならもう家を出ている母親が、なぜまだいるのだろうと、疑問が思い浮んだときには、母親は三晴に抱き着いていた。

 

「……母…さん?」

 

「聞いて。三晴」

 

状況がうまく飲み込めない三晴をよそに、母親は三晴の肩を掴んで、真剣な表情で語り掛ける。

 

「虹が……。

虹が、車に轢かれて、死んだ」

 

「え……………?」

 

あまりにも単刀直入。

 

気遣う様子も言葉を選ぶ様子もないストレートな表現に、三晴は耳を疑った。

 

「待って……え、待って母さん……。

今、今なんて………?」

 

「だから!

虹は車に轢かれたのよ!!」

 

母親はそう叫ぶと、三晴の前に崩れ落ちた。

 

(轢かれた……?

虹姉ちゃんが………?

車に……………)

 

三晴の脳内に映像が流れる。

 

(轢かれた………)

 

大きく恐ろしくクラクションを鳴り響かせ、無慈悲に襲いかかる車。

 

悲鳴を上げる隙もなく、恐怖する虹。

 

その2つがぶつかり合うとき

 

(ーーーー)

 

映像はテレビの電源を切ったかのように途切れ、三晴は意識を失った。

 

 

 

 

虹姉ちゃん……!!

虹姉ちゃん……!!

 

気付くと、三晴は真っ暗闇の中にいた。

 

右も左も上も下も分からず、不安で不安でたまらない。

 

三晴は姉の姿を探した。

 

何m、何kmと走り、何時間と叫んだ。

 

虹姉ちゃん!!

 

三晴はようやく姉の姿を見付けた。

 

真っ暗なこの世界の中、彼女の周りだけ光り輝いていた。

 

よかった……虹姉ちゃん!!

 

三晴は姉の元へ駆け寄った。

 

一日会えなかった分を取り戻そうと抱き着こうとした瞬間。

 

プウウウと耳を劈くクラクションが真っ暗な世界に鳴り響き、同時に、姉の姿は形もなく消えていた。

 

え……そんな…………なんで…………………………………

 

 

 

 

 

「虹姉ちゃん!!」

 

悲痛な叫びと共に、三晴は目を覚ました。

 

辺りを見ると、自分の部屋だった。

 

時計は12時を表示している。

 

外は明るく、お昼の12時だ。

 

「……………夢……?」

 

三晴は荒い呼吸を続けながら、状況を整理しようとした。

 

もはやどこからが夢でどこからが現実かは分かっていない。

 

少なくとも、学校へは遅刻しているのとは分かっていた。

 

(とにかく……今からでも………。)

 

三晴は急いで支度しようとベッド立った瞬間、急に力が入らなくなり、床にぺたりと座り込んでしまった。

 

(あれ……?)

 

立ち上がろうとしても、体が言う事をきかない。

 

それに体に熱を帯びている感じがしだした。

 

全身、汗でビショビショになっている。

 

三晴は額の汗を拭おうとしたとき、額になにか冷たいものを感じた。

 

(この感触……熱のときの?)

 

おでこに貼られた冷却シートを触れたとき、三晴は自分が熱を出していたことに気付いた。

 

机の上を見ると、市販の風邪薬がいつ入れたか分からない水と一緒に瓶ごと置いてある。

 

(そっか………私……………熱を……。

変な夢見たな……。)

 

三晴はなんとか体を起き上がらせ、ベッドに横になった。

 

姉が死ぬという悪夢を思い出さない内に、目を瞑り眠ろうとしたが寝付けない。

 

(虹姉ちゃん……早く来ないかな………。)

 

三晴は冬になると毎年一度は熱を出していた。

 

その度に、虹が学校を休んでまで看病してくれた。

 

食べたいものがあれば何でも作ってくれるし、冷やすものがぬるくなったら、新しいのに取り替えてくれる。

 

今のように眠れないときは、子守唄を歌ってくれた。

 

熱は苦しかったけれど、小さなときみたいになんでも許されるこの時間は、特別感があって三晴は好きだった。

 

三晴はリンゴを剥いてきてくれた虹が部屋に入って来てくれるのを待って、静かに待った。

 

待って待って待ち続けて、そのまま眠ってしまった。

 

 

 

 

 

「はあ…………はあ……………

うっ………ああ…………虹…姉ちゃん……」

 

夕日が部屋を照らす中、三晴は高熱に浮かされた。

 

死んでしまいそうと思うくらい、とても苦しい。

 

三晴は姉の姿を待ち、ドアに向かって呼び続けた。

 

額のシートも温まってしまい、なんの意味もなくなっている。

 

「虹…姉……ちゃん……………」

 

三晴は自分でも気付かない内に、ベッドから転がり落ち、床を這い、ドアノブを支えに立ち上がり、部屋から出た。

 

ふらつき、壁を沿いながら虹の部屋の前に行き、ドアを開ける。

 

「虹姉ちゃん………」

 

しかしそこには、姉の姿はない。

 

三晴はドアを閉めると、ふらつきながら階段を降り、リビングを覗いた。

 

「虹姉ちゃん……」

 

リビングにも、姉の姿はなかった。

 

それから洗面所、風呂、トイレと探したが、一向に姉の姿は見付からない。

 

「どこ……行ったの………?

虹…姉ちゃん…………………」

 

三晴はふらふらと玄関の方へ歩き出し、三和土の前で倒れ、そのまま動かなくなった。

 

 

 

 

 

 

三晴は目を覚ますと、辺りを見渡した。

 

いつも通りのいつもの自分の部屋だ。

 

外は暗い。

 

時計を見ると、3時を表示していた。

 

(私は……いったい………。)

 

三晴の頭に色々な記憶が錯綜とする。

 

夢と現実との区別がつかなくなり、なにが事実でなにが作り物かがよくわからなくなっていた。

 

(…あれは……?)

 

三晴は机の上になにか赤い布のようなものが置いてあることに気付いた。

 

近付くと、それはリボンだった。

 

よく見たことのある大きくて赤いリボン。

 

しかしそのリボンにはまだらに赤い染みがついていた。

 

(虹姉ちゃんの? なんでここに…?)

 

三晴は不思議に思っていると、その下に小さなメモ用紙が置いてあった。

 

そこには決して丁寧とは言えない走り書きで文章が添えてあった。

 

 

“これは虹が身に着けていたリボン

形見として大事にしてね”

 

 

母の字だった。

 

三晴は初め、その意味がわからなかったが、形見という文字を見た途端、背中をなにかでぶたれたような強い衝撃を受けた。

 

心臓の鼓動が高まり、頭に思い出したくない記憶が蘇る。

 

一昨日か昨日かに聞いた言葉、母親の悲痛な叫び

 

“虹は車に轢かれて死んだのよ!!”

 

「あ…………う………うう……………

うああああああ!!!」

 

三晴の目の前が真っ白になった。

 

なにも考えたくない。

 

なにも感じたくない。

 

姉のいない世界なんて、存在の価値もない。

 

「うあああああああ!!!」

 

三晴は叫んだ。

 

叫んで叫んで叫びまくった。

 

周りから物音が聞こえる。

 

何かが倒れ、何かが割れる。

 

自暴自棄になる三晴はその正体が分からない。

 

いや、むしろ正体がなにであれ、どうでもよかった。

 

姉だけが世界のすべてな三晴にとって、姉のいない世界はなにもないのだから。

 

「三晴!! あなたいつまで!!!」

 

「うああああ!!」

 

「………ッ!? 三晴………?」

 

「……………!?」

 

気付くと、部屋の前に母親がいた。

 

母親は腕を抑えたままなぜか三晴を嫌悪の目で見詰め、怯えていた。

 

「母さん……?」

 

三晴が母親に近付こうとした瞬間

 

「来ないで!!」

 

と大声をあげながら身を引かれ、拒絶された。

 

「やっぱりあなた………

虹じゃなくて、あなたが死ぬべきだったのよ……!

疫病神………!

あなたなんか………産むんじゃなかった………!」

 

母親は怯えた様子で言うと、三晴から逃げるように1階へ降りて行った。

 

三晴は何がなんだか分からず、立ち尽くすだけだった。

 

「母さん………。なんで………」

 

三晴はどうしたらいいか分からず、後退りしたとき、足元の何かを踏んだ。

 

(………? なにこれ………雑誌…?)

 

踏んだのは虹の帰りを待つときに虹の部屋から勝手に借りた、虹とよく見た雑誌だった。

 

しかし、それは表紙から中身まで乱雑に切り込まれており、もはやただの紙の束でしかなかった。

 

(なんで……いったい………なにが…………?)

 

不意に恐怖を覚えた瞬間、三晴はずっと右手に何かを掴んでいたことに気付いた。

 

「うわっ!!?」

 

それは日本刀だった。

 

思わず投げ捨てると、日本刀は壁に刺さった。

 

「な……なに…!? なんで刀が……!!?

(…………!? まさか……!!)」

 

三晴はなにかに気付き、恐る恐る、部屋を見渡した。

 

「………ッ!!?」

 

見慣れたはずの自分の部屋はこの一瞬で、一変していた。

 

棚や机が倒れ、様々なものが散乱し、それら全てが無尽蔵に切付けられている。

 

ものだけでなく、壁や天井、床にも切り付いた痕が残り、版画コンクールの賞状、そして形見である虹のリボンさえも、細々に切り刻まれていた。

 

(そんな……なんで…………)

 

感情的になり、自暴自棄になって、取り返しのつかないことをしてしまった。

 

三晴は絶望に打ちひしがれ、膝を付く。

 

その瞬間、腕を抑えて怯える母親の姿が蘇った。

 

三晴は自暴自棄になっているとき、母親を斬ったのだと考えた。

 

この一瞬で、三晴は全てを失った。

 

思い出も、残されたたった一人の家族からの信頼も何もかもなくなった。

 

「うっ………うう…………

うわああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

三晴は独り、大声で叫び、泣いた。

 

たった一人の姉を喪った。

 

たった一人の家族との溝はもう二度と修復できないほど、深く広くなってしまった。

 

過去の思い出も全て消えた。

 

溢れ出る怒りと悲しみをぶつける場所はどこにもない。

 

これからたった独りの人生を歩むしかない。

 

独りの少女は思い出の跡となった部屋で一日中泣き続けた。

 

いつの間にか、壁に刺さっていた刀が消えており、その近くでは光り輝く粒子が舞っていた。

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