「アッキー……ごめん!」
朝、登校し下駄箱で靴を履き替えようとした明人に、真也は神妙な面持ちで駆け寄り、開口一番で謝ってきた。
「……? どうした?」
良くも悪くも、真也のことが二の次になっている明人は薄い反応で返した。
「お前に嫌がらせてしたの……実は全部俺なんだ!!」
真也は泣き付きながら、真実を告げた。
「そう」
しかし、明人はすでにそうなんではないかと気付いていたため、やはり反応が薄い。
それでも、真也は自身の罪悪感を吐き捨てるため、懺悔を続ける。
「俺は……俺はただ……アッキーと不来方の仲を悪くさせたかっただけなんだ……!!
アッキーに嫌がらせして、不来方がやったように証拠を残せば、アッキーと不来方がまた敵対するって思って…………」
「おい。
ここだと人の邪魔になる。
場所移すぞ」
明人はなぜ真也が嫌がらせして、自分と不来方の仲を割こうとしたのか続きが気になるものの、人の通りが多い、下駄箱では集中して話が聞けないと思い、真也を引っ張って、なかなか人が通らない一階の廊下に移動した。
「それで?
なんで、俺と不来方を仲違い……ていうか俺、アイツと仲良くねえし」
「はあ!?
だってお前、よくアイツを庇うようなこと言ってたし、最近よく喋ってるじゃねえかよ!」
「係だから……一応。
咲希と上手くやるために取り繕ってるだけ。本当にアイツ、一々突っかかってきて腹立つ。」
明人の嫌そうな顔を見て、真也は唖然とした。
「そうなんだ……。
ごめん。俺……てっきり、あんなぶりっ子と仲良くなったのかと」
「するわけねえだろ。
だけど、咲希のために仲良いフリしなくちゃいけなくなったから。
そう見せてただけ」
「そっか……ごめん。
俺もさ、1年前にアイツにしてやられたから……。
アッキーが、早苗さんと付き合えば……アイツに痛い目見させられるって思って……仕返しができるって思って……。
それで、アッキーの恋を応援してた。
だけど……フリだったけど……段々とアッキーとアイツが仲良くなってて……それが気に食わなくて…………」
「嫌がらせを思いついたのか」
真也はゆっくりと頷く。
明人は呆れた顔をして溜め息をついた。
「まあ、とりあえずはかちゃんに言えよな。
俺は別に気にしてないが、ポスターとかだめにしたわけだし。
そのあたりどうするか決めてもらおう」
明人はそれっぽいことを言うが、実のところ、昨日の百合の様子が気になっており、咲希にも影響が出ていないか見るために、早く教室に向かいたく、適当に切り上げたいだけだった。
「違う……アッキー。
それだけじゃない……」
しかし、真也の顔は晴れない。
今、一番心を蝕む行いをまだ告げてないから。
明人にこのことを言うのは覚悟がいるが、教室に向かえばばれてしまうため、なんとか勇気を出した。
「俺……早苗さんに、怪我させちゃった……」
「……は!?」
さっきまで冷静だった明人は、急に目の色を変えた。
「はい。
これでもう大丈夫ですよ」
「ありがとう!」
咲希は保健室の先生に、手に包帯を巻いてもらい、無邪気にお礼を言った。
「先生……さっちは!
大丈夫なんですか…!?」
ソワソワしながら手当てをするところを見ていた百合は、終わったことを確認すると、急いで先生に咲希の状態を訊いた。
先生は優しく微笑むと
「大丈夫ですよ。不来方さん。」
と、優しい口調で言った。
「傷があるので、数日間は手が握りにくいでしょうが、傷は浅いので、跡が残ることはないと思いますよ」
「……そうですか……。
ありがとうございます」
百合は“大丈夫”と聞くと安心し、力が抜けて床にしゃがんでしまった。
「百合ちゃん! はやく水やりにいこー!
お花さんたちにもハッピーバスデーしてもらうの!」
咲希は自分の怪我をまるで気にしていない様子であり、むしろ夜の誕生日会が楽しみでいつもよりもテンションが上がっている。
「さっち、本当に大丈夫?」
「うん!」
「本当?」
当人は気にしていないが、百合は心配が絶えない。
咲希が座るソファの隣に座って、包帯が巻かれた手を取る。
「これじゃ、ジョウロも持ちにくいし、手も繋げないよ。
当分、なにかするのは左手でだよ。
できる?」
「うん! 左手は痛くないよ!」
「あとさっち。
トイレの前で動かないで待っててって言ったんだから、ちゃんと約束守って。」
「……あれ、言ったっけ?
百合ちゃん」
咲希の覚えてなさそうなキョトンとした顔に、百合は悲しさと困惑が混じった表情をし、思わず咲希の手を掴む強さを強くしてしまった。
「言ったよ!
もう……聞いてなかったんでしょ!
さっち、お誕生日会が楽しみなのは分かるけど、人の話はちゃんと聞こう。
あと、さっき先生に話してたの聞こえたけど、また人が隠したものを無理矢理取ろうとしたでしょ?
気になるものがあっても、無理矢理奪わないって前から言ってるよね?」
百合は少しイライラしてしまい、思わず咲希に怒ってしまった。
「ごめんなさい……」
咲希もさすがに反省したのか、真面目なトーンで謝る。
百合はそれを見て、我に返ると怒ってしまったことを反省し、また自分のちっぽけさを感じてしまった。
百合は心を落ち着かせるためと、咲希が反省してくれたご褒美のためにと、咲希の頭を撫でようとした。
だが、百合は寸止めしてしまった。
“女の子同士でイチャイチャして気持ち悪い”
教室で浴びせられた罵声が、フラッシュバックされてしまい、咲希に触れることを躊躇してしまったのだ。
咲希は寸前で止められたことを不思議に思い、首を傾げて百合を見詰めた。
「さあ、2人とも。
そろそろ水やりの時間じゃない?
咲希ちゃん。他に痛いところない?」
しばらく無言の膠着状態が続いたあと、空気を察したのか、先生が声を掛けた。
「ほか? うーんと、ちょっと頭痛い」
「え!?」
咲希がそう言うと、百合がすぐに反応し、目を丸くした。
「あら、どのあたり?」
「ここ」
先生が訊くと、咲希は後頭部を指差した。
「ちょっとごめんね」
先生は咲希の髪を掻き分けて見る。
百合も邪魔にならないように後ろから離れて覗く。
「あら、コブになってるじゃない」
「あ! そうだ! 先生!!
さっち! 教室の扉に体ぶつけたみたいなんです!!」
先生がコブを見付けると、百合は咲希が扉に激突したことを思い出して、焦りながら大声で言った。
手の傷の方が血が出て心配だったので、忘れていたのだ。
「あらま……そのときにできたのかしら?
大丈夫?」
「いたい……」
先生はコブを見て、少し触りながら確かめる。
「扉にぶつかったなら心配ね。
咲希ちゃん。今、吐き気とか目が回るみたいなことない?」
「ううん。
ないよ!」
咲希は首を振りながら、しっかり先生を見ながら言った。
「それなら、とりあえずは大丈夫そう。
いつもよりも元気だし……焦点も合って、あれだけ首振っても大丈夫だから……。
でも、頭は心配ね」
「……さっち」
「ねえ! 百合ちゃん!
水やり! 早く行こー!」
心配する2人をよそに、相変わらず咲希は元気一杯で、水やりに行こうと誘う。
百合はしばらく咲希を見たあと、真剣な顔で咲希の両手を握った。
「さっち。今日、花奈ちゃんと空良くんどっちでもいいから、家にいる?」
「え? えーと、あ! 花奈ちゃん、今日お昼からだって! 空良くんとお話してた!」
「わかった。ありがとう」
百合は微笑みながらそう言うと、手を離し、立ち上がり、先生の方を向いた。
「先生……さっち、早退させてもいいですか?」
朝のチャイムが鳴った。
皆、自分の席に座る中、空席が2つあった。
(大丈夫かな?)
明人は空いてる席──咲希と百合の席を交互に見ながら、心配していた。
何があったかは、真也からだいたい聴き、手当てが長引いているのではないかと思い、気持ちが落ち着かない。
明人は思わず真也を見たが、決まりが悪そうに萎縮しながらこちらの様子を伺っている。
朝の会が始まるはずの時間から5分くらいすると、ようやく担任の先生が教室に入り、同時に百合も教室へと入った。
「すみません。色々あって遅くなりました。
日直さん、挨拶お願いします。」
先生は詳しいことは言わず、すぐに朝の会を進めた。
明人は百合が自分の席に行く様子を、目で追った。
百合は虚ろな目をしており、力なく惰性のように歩き自分の席に着いた。
(なにがあったんだ……?)
明人は咲希がおらず、百合が元気のない様子に嫌な予感ばかりしてしまう。
『おはようございます!』
「はい。それでは出席を取ります。
浅井健太くん」
「おい……おい。
不来方」
出席を取る中、明人は気が気でなく、小さな声で百合に話し掛けた。
しかし、百合はまたいつものように、手で明人から顔を隠し無言のままだった。
「今日の欠席は、早苗さんだけですね。
それでは、朝の会を終わります。
最後に連絡事項です。
不来方さん、竹内さん、橋本さんは休み時間に、空き教室Cに集ってください」
明人は先生からの呼び出しで、ついにこの嫌がらせ事件が収束に向かうのだと確信した。
そして、自分以外に呼び出された、両隣の2人を交互に見る。
(なんか……気まずい)
2人は共に縮こまっており、休み時間のとき、この2人と一緒になると思うと、どこか気まずく思った。
しかし、それ以上に、欠席扱いになっている咲希のことが気になっていた。
(とりあえず、咲希のことはそのときか……
…………欠席か、真也の話を聞く限り来ているはずだからな……どういうことだろ)