4時間目が終わり、給食の時間になった。
明人は今週は給食当番でなかったため、健太と話しながら待っていた。
「で。アッキー。
結局なんとかなったのか?」
「ああ」
話しながらと言っても、明人はずっと咲希の席を見続けて上の空のため、ほとんど健太が話して明人が相槌をうっているだけである。
そこへ、なにかが明人の腕を突っつくような感じがした。
「……なんだよ?」
見ると、百合がマジックペンで明人を突付いていた。
百合はペンをしまうと、廊下を指差した。
「お! 明人さん!
お呼び出しですかい?」
「はいはい」
明人は健太の煽りを軽く受け流して、廊下に出た。
「ちょっと」
百合はそれだけ言うと、手招きして歩き始めた。
明人は黙って付いていった。
「で? なんで倉庫なんだ?」
百合が連れてきたのは倉庫だった。
百合は何も言わずに入ると、ジョウロを一つ明人に押し付けた。
「水やり。
さっちを早退させるのの説得で朝できなかったし、昼休みもできなさそうだから」
百合は明人を一切見ず、駆け足で水場へ向かい、ジョウロに水を入れ始めた。
待ってる間、指で明人にも入れろと催促する。
「俺に手伝わせていいのかよ」
明人はジョウロに水を入れながら、訝しげに訊く。
「水はやらせないよ。
荷物持ち。
ジョウロ1つじゃ足りないから」
百合はそう言うと、満杯になったジョウロを持って花壇へと走った。
「あ! おいちょ…! 待て!」
明人もジョウロが満杯になると、急いで追い掛けた。
花壇に着くと、百合は一つ一つ丁寧に花に水を上げていた。
いつ見ても綺麗に整えられているが、チューリップが咲いていたはずの場所がポッカリ空いているのが、どこか物悲しい。
百合は大きな花壇の方を全部水をやりあげると
「貸して」
と言って、強引に明人が持つジョウロを取った。
そして、ひまわりの種が植えてあるプランターにだけ水をかけた。
「元気に育ってね」
百合は一通り水をやり終えると、そう言い残して花壇をあとにした。
「はい。返す」
百合は押し付けるように、明人が持ってきたジョウロを明人に渡した。
「強引じゃ……
ていうか、全然減ってねえじゃねえか!」
プランターだけにしか使われていないため、ジョウロにはほとんど水が残っていた。
「うん。それが適量だから」
百合は少ししか水が入ってないジョウロを、軽々振りながら言った。
2人は倉庫へジョウロを返すと、少し距離を取りながら教室へと歩き始めた。
「さっき“ありがとう”って言ったけど」
倉庫から少し歩いた──5年生の最初の係仕事の日、ちょうど2人が大喧嘩した場所で百合が立ち止まった。
「やっぱり、何に対して言ったかはっきりさせとく。
変に解釈されたら困るから」
「……?
ああ、そういえば言われたな」
「…………。
橋本さんに暴力したとき、止めてくれたこと」
覚えてなさそうな様子の明人に呆れながら、百合は構わず続けた。
「ん?
ああ……いや、一応親友だから」
「そう……あ、そっちなんだ……」
「ん? そっちって?」
「いや。
なんでもない」
百合は少し恥ずかしそうな顔をしながら、つまらなさそうに言った。
「お前。
咲希のことが好き過ぎるんだよ。
少し冷静になれ」
「あなたにだけは言われたくない!
ていうか! 冷静になんてなれない!
だって今日さっちの誕生日なんだよ!
それなのに怪我してさ!
右手怪我したから物持ちにくいだろうし、誕生日会やるみたいだけど、そのときのお食事も掴みにくいんだろうし!
もしハサミの刃がどこか他のところに当たったと思ったら!!
頭打ったときも、もし打ち所悪かったらって思ったら!!
冷静になれないよ!!」
明人の呆れたような一言に、百合はスイッチが入ってしまい、早口で喋り倒した。
「……それにさ」
そして、急に冷静になり、静かに小さく呟いた。
「私もさっちと一緒に誕生日過ごしたかった。
さっちが怪我する前に、放課後一緒に花畑でお花の冠作るって約束もしてた。
それがあの人のせいで台無しになっちゃった。
…………私はあなたほど真っ直ぐじゃない。
だからこっちの……自分に不都合なことがあって、自分が傷付いたから、怒っちゃったんじゃないかな」
百合は目を潤せて俯向きながら言った。
明人は百合を見たままなにも言わなかった。
「あなた。どこまで話した?」
しばらくすると、百合は顔を上げて唐突に訊いた。
「え?」
明人はなんのことか分からずピンとこない。
「だから、どこまで話したか。
……いや、これだけでいいや。
私がさっちの事好きなの、袴田先生に話した?」
百合は睨みながら明人に訊いた。
「ん?
あー……いや、どうだろ?」
明人の覚えてなさそうな反応に、百合は目つきをさらに鋭くする。
「あ……話してない…………はず?」
「はずじゃわからない!
私、そのこと公にしてないから!
勝手にべらべらと話されると困る!
それに!!
……それに…………」
百合は先生と話すときに、咲希への好意がバレてるかどうかで、どうやって話すか決めようとして、明人に詮索しようとした。
だが、その中でまた真也の一言がフラッシュバックされてしまった。
「“それに”、なんだよ?
なんでもないなら行くぞ」
「女の子が女の子を好きになるのはやっぱり変だから!」
先に行こうとする明人に、百合は大きく叫んだ。
「……は?」
明人は呆れたような表情で百合に振り返った。
百合はまた顔を赤くして泣いており、必死で目を拭っている。
「はあ……」
明人は深く溜息をつくと、百合を背に歩き始めた。
(……無視?)
百合はなにも答えが帰ってこないため、恐る恐る顔を上げた。
(えっ……!?)
その視界の中に、明人はいなかった。
(え、あの人、戻ったの!?
泣いている人を置いて!!?)
百合は自分でもおこがましいと思いつつ、泣いている自分を置いて戻った明人の対応に愕然とした。
(いた……!)
慌てて校舎へ戻ると、明人が靴を履き替えていた。
「ちょっとあなた!
いくらなんでも
百合は明人に追い付き、文句を言おうとしたが、明人の視線と表情を見てやめた。
「ん? ああ、不来方か」
明人は近くで大声を出されたにも関わらず、薄い反応をした。
「“不来方か”じゃない」
百合はどこか憐れむような感じの口調で返した。
「まあ……俺にはよく分からないけど、とりあえず自分に嘘つかなきゃそれでいいんじゃねえか」
「あなたは正直すぎる」
昼休み。
「今後からは、気に入らないことがあったり怒ったりしても、脅したり、暴力ふるったりしてはいけませんよ」
「……はい。
すみません」
空き教室に1人、再び呼び出された百合。
真也が引き起こした嫌がらせ事件の事情聴取のようなものを訊かれ、冤罪だと慰められた。
しかしその後、明人と真也の話から、今までの暴力や閉じ込めたりなどの嫌がらせがバレて叱られていた。
大人しくて優しい子として認識され、叱られることがほとんどなかった百合は、初めて呼び出されて叱られる空気感に萎縮しきっていた。
それを察したのか、先生は優しく微笑みかけた。
「不来方さんは、早苗さんととても仲が良いんですね」
「……はい」
百合は少しモヤモヤしながら頷いた。
結局、話した様子では百合の恋心はバレていなかったようだ。
だからといって、“仲が良い”で片付けられるのはどこか変な感じがした。
「不来方さんは早苗さんのことをとても大事に思っているんですね。
早苗さんは元気一杯ですが、元気過ぎるところもあるので、不来方さんと一緒だととても安心できるんですよ」
(一緒……
一緒に……いていいのかな)
百合はどこまでが、“普通の友達”としていい範疇なのか分からなくなってきた。
真也の言葉が呪いのように付き纏い、咲希に関わることさえも“気持ち悪い”のではないかと思い始めてしまった。
それは、咲希がほぼ人生のすべてといっても過言ではない百合にとって、存在自体を否定されたような気もしていた。
百合はまた泣きそうになってしまう。
「不来方さん」
そんな百合に、先生は優しく語り掛ける。
百合は俯いたままなにも言わない。
数秒したあとまた先生が優しく言った。
「お説教はもう終わりましたよ。
これからは楽しい話をしましょう。
そうですね、好きなものの話とか。
不来方さんが好きなもの。
なんでも話してください。
……そうですね、不来方さんの好きなものと言ったらしょく
「さっち……!」
百合は先生が例にあげようとした“植物”を押しのけるように叫んだ。
自分でもどうして叫んだかはわからなかった。
「私は……私は!
さっちが好きです!
友達とか……親友とか……そういうその……好きじゃなくて…!
あの……その……なんていいますか……本当に!
本当に! さっちが大好きなんです!」
それでも、叫んでしまったからにはもうどうにでもなれとやけっぱちになって告白した。
先生は少し驚いたような顔をしたが、すぐ優しく微笑んだ。
「そうなんですね! 素敵じゃないですか」
「…………素敵……ですか?」
百合は引かれるのではないかと、心配したが、それとは逆の肯定的な笑顔に驚いていた。
「ええ。
恋はとても素敵ですよ」
「でも! だって! 女の子同士ですよ!!
気持ち悪いんじゃ!!」
「あら。
気持ち悪いなんて、そんなの誰が言ったんですか?」
“気持ち悪い”と聞いた途端、普段温和な先生の顔が少し怖くなった。
「…………橋本さん」
百合はその顔に一瞬、怯えながら素直に答えた。
「……ああ。
なるほど……」
先生はなにか納得したような表情をすると、すぐ元の笑顔に戻った。
「じゃあ大丈夫ですよ。
橋本さんも、本心で言ったわけではありませんから」
「……え?」
「ここでお話聴いた時、橋本さん。
不来方さんに酷い事言ったこと、凄く反省していたんですよ。
内容は教えてくれませんでしたが、“本当はそんなこと思ってない。なにか言い返したくて咄嗟に出てきたんだ”
って言ってました」
「……本当…………ですか?」
「ええ」
百合は真っ直ぐ見詰められながら頷くその姿に、もやもやが少し晴れたような気がした。
「それに……私事ですが。
私も女性を好きになったことがあるんですよ」
「……え!!?
そうなんですか!?」
先生のはみかみながらのカミングアウトに、百合は思わす立ち上がっていた。
「ええ」
先生も少し照れた様子で立ち上がると、何かを懐かしむように窓の外を見詰めた。
「私が高校生の頃です。
同級生の子に、すごくカッコいい女の子がいたんです。
私はその人のことが好きで、毎日毎日思っていました。
花占いもしてみたり。
ですが、その時の私は同じ性別である女の子をすきになるのはおかしいと思い、隠してしまいました。
ある日、その子は同じ部活の先輩と付き合ったという噂を聞きました。
私は何日も何日も泣きました。
そんなある日、私の恩師が家に訪ねて来ました。
私はやり場のない気持ちをその恩師に吐き捨てました。
すると恩師は、“この世には性別は2つしかない。だから好きな人が異性である確率は50%ですよ”って言いました。
今考えれば、暴論かもしれませんが、私はそれに救われました。
結局、好きな子が付き合ったという噂は嘘でしたが、私自身に勇気がなく、告白はできませんでした。」
先生はひとしきり話し終えると、百合の肩に手を添えた。
「性別なんて半分半分です。
不来方さんが好きになった早苗さんが、たまたま不来方さんと同じ性別だっただけですよ。
不来方さんの恋、応援します!
がんばってくださいね!!」
先生は普段あまりしないガッツポーズを見せて、百合にエールを送った。
百合は、このときの先生は先生という枠を超えた“味方”に思えた。
「はい!!!」
百合も珍しいガッツポーズをして、ニコッと笑った。
久しぶりに心の底から笑った気がした。
百合の心のもやもやは完全に晴れていた。
夕方
「ただいま」
「あ、百合。
さっき咲希ちゃんから電話があって、“お誕生日会に来ない?”って」
「……え?」
家に帰ってきた百合は、母から咲希の伝言を聞くと、なにかに突き動かされるかのようにランドセルを放り投げ、咲希の家に向かった。
インターホンを押し、反応を待つ。
「あ!! 百合ちゃん!!!」
ドアが開き、中からは咲希が元気な姿で飛び出してきた。
手の包帯が痛々しいが、それが気にならないほどフリフリのカワイイお洋服で着飾ってあり、百合はその可愛さに釘付けになった。
「……? 百合ちゃん?」
「……!
………さっち!!」
百合は咲希の呼び掛けで我に返ると、咲希に抱き着いた。
「百合ちゃん……痛いよー」
「あ。さっち、ごめん」
百合は慌てて抱きつく力を弱くした。
そして、後頭部に触らないよう頭をなでた。
「頭大丈夫だった?」
「うん! なんともないって!!
……あ、でも、花奈ちゃんが明日はお休みしなさいって」
「そっかー……
でもそうだね、来週元気に登校するためのお休みだよ」
「うん!」
「水やりは任せて。
ノートも取っておくね。
あ……今日の分持ってきたほうが…………
誕生日会の邪魔になるからいっか!」
「うん!!
ねえねえ! 百合ちゃん入ろう!!」
「うん!
……あ、待って」
「なに?」
百合は自宅に入ろうとする咲希を、引き込むようにして止めると、咲希のほっぺにキスをした。
「さっち! 大好き!」
百合は照れながらも嬉しそうに言った。
「わたしも!」
咲希も真似して百合のほっぺにキスをした。
「百合ちゃんだいすき!!」
「ありがと!!!」
百合はこの上ない笑顔で、咲希にありがとうを言った。
「入ろ!!」
「うん!!
お邪魔します!!」
その日の夜、早苗家にいつもより1人多いハッピーバースデーの歌が響いていた。