ハートジャスティス 番外編集   作:ココリンク

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33話 水槽掃除

07/02(土)

 

「アキ! 起きな!」

 

明人の母親が少し苛ついた様子で、明人の部屋に入り、布団をめくりあげ、それを丸めて明人に投げ付けた。

 

「う……

……なんだよ……母ちゃん……」

 

明人は寝ぼけたながら、その布団をかぶる。

 

「なんだよじゃないよ!

ほんとにあなたにかけてくるスケは時間を気にしない……!

まだ7時でかけてくるなんて、どこのシマの教えよ」

 

「だからそのエセヤクザやめろって」

 

「とにかく電話。

早く出てたまとったれ」

 

母親はそう言い捨てると、ドアを勢いよくしめた。

 

(ったく……母ちゃんは……)

 

極道物が好きで、よく真似をする母親に呆れながら、明人は昨日の遠足の疲れからか、まだ起き上がれなかった。

 

(電話か……誰だ……

こんな早く……

…………あれ? なんか前にも……)

 

明人は起き上がるのがめんどくさく、そのまま眠りに付きそうになったが、前にもこんなことがあったのを思い出した。

 

(……!

そうだ! 咲希!!)

 

それはゴールデンウィークの後半。

 

朝早くから咲希が水やりのお誘いで電話をかけて来たのを思い出した。

 

「……!

そうだ! 水槽の掃除!」

 

そして、それが引き金になり、今日3人で教室に集まり、メダカの水槽の掃除をすることを約束していたのを思い出した。

 

明人はそれ関係の連絡かと思い、急いで部屋を出て受話器を取った。

 

「もしもし!

咲希か!?」

 

明人は勢いよく言うが、受話器の向こうからは反応がない。

 

「……あれ?

もしもし?」

 

明人は不思議に思い、もう一度声をかけた。

 

すると、受話器から笑い声が聞こえた。

 

『ふふ。

あなたが明人くんね。

咲希から話はよく聴いてるよ』

 

「……え」

 

明らかに咲希とは違う、大人の女性の声に明人は一瞬目の前が真っ白になり、変な汗が出る。

 

『もしもし。

私は早苗花奈。

咲希のお姉ちゃんだよー。よろしくね』

 

「あ……あ、はい。

(花奈……よく、咲希が花奈ちゃんって言ってるお姉さん……

想定外だ……)」

 

明人は、急な好きな人の姉の登場に、緊張が止まらなかった。

 

『それでね。

ちょーっとごめんなさいなんだけど、咲希、今日熱出しちゃって』

 

「え……あ、咲希…が

(え! 熱出したの!?)」

 

『そう……

あの子、遠足とか旅行とか行くとはしゃぎ過ぎて、次の日には必ず熱出しちゃうの。

咲希から聴いたけど、今日、係全員でメダカの水槽の掃除するんでしょ?』

 

「は……はい

(そうなんだ……たしかに咲希ならありえそう)」

 

『だから、今日は咲希はお休みでいい?』

 

「え……あ。

はい。大丈夫です」

 

『ごめんねー。

それじゃ、朝早くにごめんね。

……あと、いつか咲希に家連れてきてもらいな!

咲希が男の子の話するの珍しいから、どんな子か気になってたんだ!

だから…………ん?

なに…………そう。

いいじゃないの! 空良は黙ってて!

……あ、ごめんねー!

それじゃ、またね!』

 

明人が何かを言う暇もなく、電話は切られた。

 

明人は受話器を持ったまま、数秒間フリーズした。

 

「(……咲希のお姉ちゃんと話しちゃった……

嫌われてないかな……へんな事言ってねえかな……

気になってたって言ってたし……変に評価とかされて、“この子とは関わらないで!”とか咲希に言ったりとかしないよな……!)

はあ……」

 

明人はどっと疲れたような気がし、受話器を戻した。

 

(まあでも……結局エサやらねえとな)

 

明人は今の一件で目が覚めてしまったので、早めにメダカのエサやりを済ませようと、朝支度をしに、リビングへ向かった。

 

 

休みの日のため、誰もいない。

 

竹内家では休みのご飯は昼からなので準備もされていない。

 

(なんかあるかな

……これでいいか)

 

明人は適当に戸棚を開け、惣菜パンを見付けると手に取り、冷蔵庫からペットボトルのお茶を出して、テーブルに持って行った。

 

「いただきます」

 

テレビをつけ、ニュースを流し見しながらパンを食べる。

 

(咲希、熱か……

心配だな。

体力も少ないみたいだし、しっかり守ってやらねえとな)

 

すぐにパンを平らげてしまい、まだ足りないので、他にないか再び戸棚を探す。

 

(まずは咲希の行動のクセを見たり、咲希をうまく制御することを…………

って思ったが、結局アイツがいいお手本なんだよな。

過激なとこがあるだけで、咲希も不満なさそうだし)

 

食パンを見付け、冷蔵庫からチョコペーストを取り出し、テーブルへ持っていき、塗りたくる。

 

(アイツ、色々と教えてくれたし、咲希の扱い方も教えてくれるかな。

…………いや、やっぱいいや。

アイツに教わるのはなんかやだ。

…………そういえば、今日の水槽掃除どうするか決めてなかったな……)

 

明人は食パンを置くと、電話のある方を見た。

 

 

 

 

『もしもし。

不来方です』

 

明人が電話をかけると、コール音が鳴ったか鳴らないかというくらいすぐに百合の声が聞こえた。

 

「あ、もしもし。

たけう」

 

明人が、自分の名前を言おうとした瞬間に、なぜか電話が切られてしまった。

 

(……え?

アイツ、なにやってんだ?)

 

明人は唖然としながらも、もう一度かけ直した。

 

 

 

 

(えっ…!?

え!? なんであの人から!?

最悪なんだけど! さっちかと思ったドキドキ返して!)

 

百合は戻した受話器を強く抑えながら、肩透かしされた緊張して早くなる鼓動を感じていた。

 

百合も、花奈から咲希が熱を出したことを聞いていたが、以前、その連絡を受けた数分後に、“元気だから心配しないで”という電話が咲希から来たことがあり、今回もあわよくばと思い、待っていたのだ。

 

(……!!

また来た!)

 

再び来た着信音に百合は、今度は咲希であることを願いつつ、恐る恐る受話器を取った。

 

「もしもし……

不来方……です」

 

『おい』

 

願いとはまた違う声に、百合は表情が険しくなり、受話器を置こうとしたが、なんとか耐えた。

 

「なに?」

 

『なにじゃねえよ。

なんで切るんだよ』

 

「うるさいな。

私、電話待ってるから。

それじゃ」

 

百合は今、この瞬間に咲希から電話がかかってきら、繋がらないので、用件もきかずに、すぐに切ろうとした。

 

『おいま

 

明人の声を無視し、百合は受話器を戻して切った。

 

もう一度、電話がかかる。

 

「もしも

 

『お前な!

だからなんで

 

百合は明人の声が聞こえるとすぐに、電話を切った。

 

(電話待ってるって言ってるでしょ……!

しつこいな! 本当にばか! あほ!

もう本当にあほ!!)

 

 

 

 

 

明人は乱暴に受話器を戻すと、リビングへ戻った。

 

(アイツなんなんだよ!

強引に切りやがって!

これで係仕事にどうこう言われても俺知らないからな!)

 

明人はイライラをぶつけるように食パンに貪りついた。

 

(仕方ねえ……アイツも水やりあるだろうし、そのとき訊くか)

 

 

 

 

 

学校の正門。

 

百合はため息をつきながら、学校に着いた。

 

結局、あれから咲希から電話が来ることはなく、出発する時間になってしまったのだ。

 

(はやく水やりして、今日は久しぶりに植物園行こうかな)

 

そう思いながら、ジョウロを取りに倉庫へ向かおうとしたとき。

 

「なんで電話切るんだよ」

 

正門を通ってすぐのところで、メダカの本を読んでいた明人が、百合に話し掛けた。

 

百合は一瞬、明人から目をそらしたあと、すぐに睨むと無言で通り過ぎようとした。

 

「おい、無視すんなよ」

 

百合は完全に明人のことを無視して、倉庫へと歩いて行く。

 

「おい、不来方!」

 

明人は百合の肩を掴んで止めようとしたが、百合はあしらうようにすぐにその手を引き離した。

 

まったく取り合わない百合に、明人はイライラし始める。

 

「お前、何怒ってんだよ。

咲希が熱出して水やり一緒にできないからか?」

 

煽ってみるが、それでも百合に反応はなかった。

 

明人は様子を伺うため、百合の後ろをついて行くことにした。

 

 

 

そして、無言のままふたりは倉庫の前に着いた。

 

百合は倉庫を開けようとしたが、鍵がかかっていた。

 

百合はしばらくそのまま止まったが、何度もガチャガチャと扉を開けようとし、険しい顔付きで明人を睨んだ。

 

「あなたね! なんで着いてくるの!?

私、今日はあなたに荷物持ちお願いしてないんだけど!?

なに!? ストーカー?

私のこと付き纏って何したいの?

私のことは別にどうでもいいんじゃないの!?

このバカ!!」

 

矢継ぎ早に飛んでくる百合の怒号に、明人は一瞬たじろいだが、相手が興奮しすぎるとかえって冷静になるのか

 

「いや。

今日、メダカの水槽の掃除するか訊きたいだけなんだけど」

 

と呆れた様子で言った。

 

百合は呆然とする。

 

そして次第に顔を赤らめる。

 

「あ……当たり前でしょ!

今日、する日って決めたからするに決まってるでしょ!!

なに? そんなの訊くためにわざわざ電話かけたの!? そんなの訊くためにわざわざ待ってたの!?

あなた! さっちが熱出したからしないって思ったの!?

そんな人間都合で延期にするとかだめに決まってるから!!

生き物係は命を預かる大切な係だからね!!」

 

「あっそ。

じゃあ、教室で待ってる」

 

答えを聞けた明人は、勢いでまくしたてる百合の様子を気にも止めず、校舎へと歩いて行った。

 

残された百合は、赤くなった顔で手で覆い、足踏みしてジタバタし、どこに向ければいいかわからない恥ずかしさややるせない感情を抑えようとした。

 

(あーー!

もう! あの人嫌い!!

本当に嫌い!!

ていうか、水槽の掃除すっかり忘れてた!!

あーー、もう!!

嫌な気持ち忘れるために、リラックスできる植物園行きたかったのに!!)

 

 

 

 

 

百合は1人、水やりを終え、後片付けをすると、教室に入った。

 

いつも人が多い学校も休みの日だとガランと静かで、別の場所のようである。

 

「メダカは移し変えたから、水草頼む」

 

明人は百合が入ったのを見るや否や、そう言いながら、水と水草だけが入った水槽を指差した。

 

百合は急に頼まれたことに睨むと、水草を水槽から取り出した。

 

「ありがと」

 

「私、水草の手入れしてるから」

 

「ん」

 

2人はそれだけ会話を交わすと、黙々と作業のように水槽の掃除やメンテナンスを始めた。

 

それぞれがそれぞれでやることが暗黙の了解で決まっているので、2人のやり取りは特にない。

 

3人でやっているときも、だいたい咲希がどっちかを手伝い、咲希が話し掛けたことにより、また2人が口喧嘩をするのがお決まりのパターンだったので、咲希がいない今、同じ空間にいるのに、それぞれが1人だった。

 

 

 

(……終わった)

 

しばらくし、百合は水草のメンテナンスを終えた。

 

明人を見ると、まだまだ終わる気配がない。

 

水草を戻せば百合の仕事は終わりだが、まだ掃除が終わってないので戻せない。

 

早く帰るために、手伝おうかとも考えたが、水槽に関しては水草しか関わっていないので、なにをしていいのかわからなかった。

 

百合は仕方なく、教室の本棚から本を出し、読み始めた。

 

 

 

それから、5分くらいするがまだ終わらない。

 

百合はイライラし始め、本をバンっと床に置いた。

 

「まだ終わらないの?」

 

「終わったなら帰れば」

 

睨む百合に、集中して取り合わない様子の明人。

 

「水草を水槽に戻さないと帰れないの!

あなたには任せられない」

 

「じゃあ大人しく待て。

どっかの誰かが、丁寧に掃除しないと、水の環境がとか、植物は繊細でとかいうから念入りにしてんだよ」

 

「うるさいな!!

とにかく早くして!!」

 

当てつけのような言い方に、百合はまたイライラして、本を投げようと振りかぶるが、なんとか抑えまた。

 

明人はようやく百合の方を見た。

 

「お前。

ほんと、なんでそんなにイライラしてんだよ」

 

百合は目付きをさらに鋭くし、バット立ち上がると、明人の目の前に立つ。

 

そして、平手打ちをするときの手の構えを取ったが、宙へと手を振り、空振るとため息をついて、ドンと座り込んだ。

 

「見付かった」

 

百合は投げやり気味に呟いた。

 

「なにが?」

 

「隠してたテスト……

昨日、遠足から帰ってきたら、植木鉢の下に隠してたのが」

 

「お前、いつも植物関係にうるさいくせに植木鉢をそんなことに使うんだな」

 

「そこじゃないでしょ。

はあ……もう、やだ…………」

 

「あっそ」

 

落ち込む様子を見せる百合に、明人は相変わらず関心を示さない。

 

百合は睨むが、聞いてこないのは分かりきっていた。

 

「私、そんな頭いいわけじゃないから。

1年生のときとか結構30点とか40点とか多くて。

一時期塾通って、なんとかまあ、80,90点以上は安定して取れるようにはなったんだけど、また点数下がってきて…………

前に70点以下取ったらまた塾通わせるって親から言われててさ。

でも、そうしたら放課後さっちといられなくなっちゃうから。

……最近はないっていうけど、一昨年にあった連続殺人事件の犯人、まだ捕まってないから、さっち1人にするの心配で、70点以下取ってもずっと隠してたんだけど、見つかっちゃって……」

 

百合はそこまで言うと、ちらりと明人を見た。

 

掃除の手は全く止まらず、聞いているのかいないのか、よくわからない。

 

百合は少し拗ねた表情をし、面倒くさくなって続きを言うのをやめようとした。

 

「……で?」

 

「え?」

 

しかし、明人は聞いていたみたいで、続きを催促した。

 

百合は、少し迷ったがここまで言ったなら後は勢いでと思い、口を開いた。

 

「夏休み明けから、塾通うことになった。

さっちのこと話したら、その間に準備しなさいって。

さっちも同じ塾通わないか誘おうかと考えたけど……帰る時間が遅くなるから、それも危険だし…………

今まで何回かさっち1人で登下校したこともあるから大丈夫なんだろうけど、でもやっぱり心配…………

…………だから、その。

だから…………」

 

百合はそこまで早口で言うが、急に口籠りをする。

 

目が泳ぎ、明人から顔をそらしてしまう。

 

明人は水槽をずっと見ているので、それには気付いていない。

 

「だから……

だから! イライラしてたの!!

本当に最悪!!」

 

「へえ……そう

咲希、1人で安全に帰れるかな」

 

明人は少し心配したような表情をした。

 

咲希のことで初めて明人の表情が変わったことに、百合は少しつまらなさそうな顔をした。

 

「よし。

掃除終わり」

 

ちょうど、ようやく水槽の掃除が終わった。

 

砂を敷き詰め、水道で水を入れる。

 

「ん」

 

教室に戻った明人は、百合に水草を入れろと、目の前に水槽を置いた。

 

百合は無言で水草を入れる。

 

「はい」

 

入れ終えるとそれだけいい、明人は水槽に一匹ずつメダカを入れ、元の位置に戻した。

 

「これで終わり。

解散」

 

明人はそう言うと、借りてきていた掃除用具が入った袋を手に取り、教室から出ようとした。

 

「……ねえ」

 

本棚に本を戻した百合は、明人が出る直前に声をかけた。

 

明人は立ち止まると、面倒くさそうに百合を見た。

 

百合は口を開き、何かを言いたそうにしたが、なにもいわない。

 

明人は首を傾げると、教室を出て行ってしまった。

 

残った百合は悔しそうな顔をし、手を硬く握った。

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