ハートジャスティス 番外編集   作:ココリンク

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4話 虹のノート

06/08(水)

 

「じゃあ、虹姉ちゃん。

そろそろいくね」

 

あれから、1年半近くが経ち、三晴は5年生になっていた。

 

深夜の雨に濡れた道路や植物が輝く、久しぶりによく晴れた6月の朝。

 

身支度を終え、ランドセルを背負った三晴は、自分の部屋の不格好に組み立てられた、とてもアンバランスな机に貼られた、姉の写真に語り掛けていた。

 

写真の前にはうさぎの形に切ったリンゴが2切れ、お皿に置かれている。

 

「なに? 虹姉ちゃん?

……………………

うん。大丈夫だよ。

…………うん。今日は一日中晴れだって。

…………えー、折り畳み傘もってるから平気だって。

……あ、そうだ! 今日、漢字のテスト返ってくるんだ。

最近、私安定して満点取れるようになったんだよ!

…………………うん! ありがとう!

今日返って来たら見せるね!

…………………うん! 期待しててね!

じゃ、虹姉ちゃん! 行ってくるね!」

 

三晴は写真に手を振り、部屋を後にする。

 

 

 

三晴の部屋はあのときの傷跡がそのまま残されていた。

 

倒れた棚や、散らかった本や雑誌は片付けられたが、天井や壁の切り刻まれた跡は修復されない。

 

ベッドや机も、新しいものは買ってもらえず、ボンドでくっつけただけで安定感がなくガタガタしていた。

 

虹が使っていたものをお下がりで貰おうとも考えたが、そうすると虹の死が自分の中で決定的なものになってしまうので結局、元の持ち主の部屋に置かれたままだ。

 

 

虹の部屋はあの日から時間を閉じ込めているように、どこも変わっていない。

 

三晴も母親も、あの日からこの部屋を開けることはなかった。

 

葬式を終え、墓参りに何度も行っても、まだいなくなったことを受け止めきれず、いつか呑気な顔でおはようと出てくる長女の姿を心のどこかで待っていた。

 

 

 

 

 

教室に着いた三晴はランドセルを置くと、頬杖を付き、ぼんやりしながら時間を過ごす。

 

20人近くいるクラスメイトの中に、三晴に話し掛ける者はいない。

 

三晴からしてはそれは普通のことで特段気にしておらず、むしろある時のために一人でいるのは好都合だった。

 

 

2時間の国語の授業が終わり、授業合間の10分休みになった。

 

「虹姉ちゃん。

また満点だよ!

……………うん。ありがとう!

今回難しかったけど、たくさん練習して書けるようになったんだ!

…………うん。帰ったらみせるね!」

 

三晴は次の授業の教科書やノートを出しながら、ぶつぶつと呟いていた。

 

しかし、三晴自身としては対話をしていた。

 

 

 

 

〜〜

 

虹の訃報を聞いた日から、三晴は学校を休んだ。

 

2月、3月とガラクタだらけの部屋から出ることなく、三晴の3年生はあの雪の日で終わった。

 

感情はほとんどなくなり、何も考えない。

 

食事も毎日母親が部屋の前に置く、菓子パンと紙コップに入れられた水道水くらいしかない。

 

菓子パンも一口食べて終わりだったため、もともと痩せ型だった体は、少し触れば折れてしまうのではないかと思うくらい痩せ細り、体の骨格がわかるほど餓死寸前だった。

 

そして、4月1日。

 

部屋の前に置かれた、食事を取りに行く際、切り刻まれて紙切れの束と化した本に躓いた。

 

そのとき、1年前に姉と花見に行ったときの写真を見付けた。

 

その写真は、奇跡的にも被害から逃れ綺麗な状態を保っていた。

 

久しぶりに姉の姿を見たとき、三晴は写真の中の姉が“大丈夫?”と声を掛けてきたように感じた。

 

三晴は今まで失われていた感情を取り戻し、泣きながらこの2ヶ月近くのことを写真に話し続けた。

 

声を発するのも久しぶりなため、言葉にならない声を度々言ったが、気にせず話し続けた。

 

写真の中の姉は同じポーズ、同じ表情だったが、三晴にはしっかり話しを聴き、相槌をうったり、慰めの言葉を掛けてくれたように感じた。

 

話し終えると三晴は、空腹感を覚え、部屋の前の菓子パンをぺろっと平らげ、水道水を飲んだ。

 

それでも空腹感は収まらず、1階に降りると、戸棚にあった菓子パンを貪り一気に5個も平らげた。

 

このとき、三晴は久しぶりに生きた心地がした。

 

止まっていた三晴の時間が動き出したのだ。

 

 

 

新学期、4年生になり、久しぶりに登校した三晴への周囲への対応は変わらなかった。

 

気を遣ってからなのか、それとも元々目立つような子ではなかったからなのか、新しいクラスメイトと誰とも話さず、一日が終わっていた。

 

精神状態を心配されたのか、担任に呼び出されたが、質問にはすべて“大丈夫です”とだけ答えた。

 

三晴は死んだ姉が戻ってきたのだと信じ疑わなかった。

 

独りだけの暗闇の世界に、光が戻ってきてくれたのだと心から思った。

 

それだけで、三晴は存在の価値を、生きる希望を見出していた。

 

 

〜〜

 

 

 

「嘘じゃないって!!

もーう、虹姉ちゃんも勉強しないと、私の方が賢くなっちゃうよ!」

 

三晴は周囲のことを関係なく、どこからか聞こえる姉の言葉と対談を続ける。

 

端から見たら独り言を言ってるだけにしか見えず、その様子を気味悪がってからか、クラスメイトは本格的に三晴に近付くとことをやめていた。

 

 

帰りの会が終わり、三晴はすぐにランドセルを背負い、教室を出て、家に帰った。

 

「見て! 虹姉ちゃん!!

ほら! また満点だよ!

………………うん! ね、嘘じゃなかったでしよ?

それと…………ん? なに?

……え、あっ! 手洗い! 忘れてた!!

………………いいでしょ、ちょっと忘れただけじゃん!

………………はーい。ごめんなさい。

じゃ、ちょっと行ってくるね!」

 

三晴はテストを机の上のボロボロになった雑誌に挟むと、部屋を出た。

 

急いだからか雑誌は端に置かれ、するりと机から落ち、適当なページが開かれる。

 

「お待たせ!

………え? なに?

……………早くないよ! うん、洗った洗った!

………うがいもしたよー!

…………うん、ほんと!

でさでさ、それでね…………ん?」

 

三晴は今日あったことを話そうとしたとき、開かれた雑誌になにかが挟まれていることに気付いた。

 

「なんだろ? これ?

虹姉ちゃん知ってる?」

 

拾い上げてみると、それは小さなメモ用紙だった。

 

道らしいものと矢印があり、恐らく道案内のための地図だと思われる。

 

随分と簡素なもので、どこを示しているか分からない。

 

一つの地点には大きな星印が書いてあり、“●▲■ヒミツ”と字が添えたあった。

 

その字は見覚えのある虹の字だった。

 

「…………………虹姉ちゃん?

何黙ってるの?

あ。そっか! 私への挑戦状だね!

うん。確かに最近学校以外で外出てなかったもんね。

分かった! 行ってくる!!」

 

三晴は地図を持つと、その他なにも持たずに、家を飛び出していった。

 

家を出て左に曲がり、そのまま真っ直ぐ、よく虹と一緒に行った駄菓子屋のところで右に曲がり、よく遊んだ公園を左に曲がるなどして、ジグザグ進んで行く。

 

(懐かしいな。

虹姉ちゃんと外で遊ぶときの定番だったとこだ。)

 

三晴はノスタルジックな気持ちになりながら地図通りに歩き、星印の場所であろう森に辿り着いた。

 

真っ直ぐ行くと、10分で着けるところなのに、ジグザグと遠回りした結果30分掛っていた。

 

(普通に行けるのにわざわざややこしくして……虹姉ちゃんらしいな。)

 

三晴はそんな感想を抱きながら、森の中へ入って行った。

 

 

この森は散歩道として自治体の管理で舗装された道と、天然のまま残っている場所にわかれている。

 

舗装されたところは表面の1割くらいしかなく、そこから奥はロープが張られた柵で囲われ、立ち入り禁止となっていた。

 

 

(うーん……どこだ…………もう少し分かりやすくしてよ。)

 

三晴は地図に書かれていた“●▲■ヒミツ”を求めて、森の中を探すが、30分経ってもそれらしいものは見当たらない。

 

(誰かに持っていかれちゃったのかな?)

 

三晴は合図、もしくは隠した物そのものをすでに誰かに取られたのだと思った。

 

その途端、1時間歩き続けたためかドッと疲れが出てきて、その場でしゃがみ込んだ。

 

「はあ…………。

無駄足だったかな…………」

 

三晴は溜息をつくと、目を閉じて首を上に上げた。

 

その瞬間

 

「…………でも」

 

ここまでの道中や、森で探しているときに感じた姉との思い出が蘇ってきた。

 

「なんだかんだ……楽しかったな」

 

思えばここまでワクワクし、夢中になったのは久しぶりかもしれないと三晴は思った。

 

(さ………帰ろ!)

 

三晴はノスタルジックな良い気分のまま帰ろうと、目を開けて体を起こそうとしたそのとき

 

「(ん…?)

なんだ………あれ?」

 

柵の向こうの木の枝になにか、木の札がぶら下がっているのが見えた。

 

その札にはなにか図形のようなものが書かれている。

 

三晴は目を凝らしよく見る。

 

「上? いや、三角形かな?

………三角形!」

 

札に書かれていたのはまさしく三角形だった。

 

三晴は地図を取り出し、暗号を確認する。

 

「やっぱりあった! 三角!

でも………え? あっちって立ち入り禁止だったような…」

 

三晴は札の近くになにかがあるのではないかと思い、近付きたかったが、ルールを思い出し、躊躇する。

 

(………ま、いっか………ちょっとだけだし…………。)

 

それでも、ちょっとだけと思い、三晴は辺りを見渡して誰もいないことを確認すると、ロープを跨ぎ、立ち入り禁止のエリアに入って行った。

 

落ち葉を鳴らし、駆け足で三角の札がかかった木まで近寄り、札を掴んで他の面も確認する。

 

(あ…! あった!!

えーと、“坂の上”?)

 

すると、底のところに小さく“坂の上”と書いてあり、三晴は辺りを見渡すと、舗装された道と平行なところが、緩やかな坂になっているのに気付いた。

 

(あの上か………。)

 

三晴は坂の方へ走り出した。

 

途中、談笑しながら散歩する老人たちを木の裏に隠れてやり過ごしながら、上へ上へと登っていった。

 

「はぁ…………はぁ…………やっと……登り終わった……」

 

深夜の雨に濡れた地面は不安定で、何度か転びそうになりながら、5分くらい歩き続け、やっと坂を登り切った。

 

ここまで来るとだいぶ木々が鬱蒼としており、少しでも方向感覚を失うと二度と帰れなくなるのではないかと思うほどだ。

 

(札は? ………どこ?)

 

三晴は坂の上にあるであろう札を探すが、どこにも見当たらない。

 

(違ったのかな……。)

 

何度も何度も目を凝らして探すが、札は見付からない。

 

三晴は、帰り道を覚えている内に帰ろうと引き返そうとしたとき

 

(ん? ………なんだ? あれ?)

 

木々の間から、なにか建物が見えた。

 

三晴は森の奥の怪しい建造物に一瞬、不気味に感じたが、どこか惹かれるものを感じ、気付くと近付いていた。

 

その中で、生えっぱなしの2mくらいの草の隙間から木の札を見付けた。

 

「あ! あった!!」

 

草を掻き分け、札を見ると四角形が描かれていた。

 

(あった。

ん? ……てことはヒミツって…………)

 

三晴は更に草を掻き分けると、広い所に出た。

 

そしてそこで、さっきの建物が全容を表していた。

 

(これのこと…!!)

 

三晴が見たのは、ログハウスだった。

 

高床式で階段を登った先に扉がある。

 

森の奥に置いてあるのがもったいないと感じるほど、立派な作りをしていた。

 

(すごい……。)

 

三晴は恐る恐るログハウスへ近付く。

 

どこか胸の奥が温かくなるような感じを覚えながら、自分でも驚くほど、足取り軽く階段を登る。

 

扉の横には小さく“秘密基地”と書かれてあり、その下にはその持ち主であろう16人の名前が連なっていた。

 

(やっぱり、虹姉ちゃんの!)

 

その名前の一番上には“刀根虹”と他の名前より一際大きく書かれていた。

 

よく見ると他の名前もみんな虹の字である。

 

三晴は確信が付き、扉を開いた。

 

「おじゃましまーす」

 

声を掛けながら恐る恐る入る。

 

「うわ! すごい!!」

 

中に入ると三晴は思わず声を漏らした。

 

部屋の真ん中に大きな丸いテーブルが置かれ、お菓子を入れていたであろうお盆が中央に陣取る。

 

その周りには背もたれ付きのものや、丸椅子などバリエーション豊かな椅子が並び、部屋の脇にはソファも設置されていた。

 

外に書かれた16人一斉で集まるにはやや狭いが、それでも10人くらいなら不自由なく遊べるくらいの広さがある。

 

「こんなところあったんだ……。

なんで虹姉ちゃん、教えてくれなかったんだろう」

 

三晴は少し不満げな顔をしながらも、部屋の中を見て回った。

 

最近は使っていないのか、ところどころホコリが溜まっているが、少し掃除しただけでまた新たに使えそうだ。

 

「もう1部屋ある。豪華だな」

 

三晴は奥にもう一部屋続きがあることに気付き、ドアを開いて中を見た。

 

「わあ……」

 

三晴はまた声を漏らした。

 

そこはどこかの家の中の一人部屋と言ってもおかしくないくらい、生活感に溢れていた。

 

時計や棚、机にクローゼットやベッドまである。

 

三晴はその部屋に入るのを躊躇したが、どこか懐かしさを感じ、気付けばその部屋に入っていた。

 

少し抵抗感を覚えながら部屋を物色していると、懐かしさの正体が分かった。

 

(虹姉ちゃん……。)

 

この部屋にあるもののほとんどが、虹が好きだったものなのだ。

 

虹の好み一色で埋め尽くされたこの部屋は虹の部屋と言っても過言ではなかった。

 

三晴は久しぶりに見る、虹の部屋に涙が溢れた。

 

「虹姉ちゃん………!!

居るんでしょ…!? 居たら返事してよ…!!」

 

三晴は部屋の中に姉の姿を探した。

 

この1年半近く、概念として頭の中で姉の像を作り、取り留めていたものが、現実を以って引き離されていく。

 

「来たよ…!! 虹姉ちゃん…!!

私、ここまで来たよ…!!

ねえ…! 虹姉ちゃん…!! 出てきてよ…!!

また一緒に駄菓子食べよ…!

公園で遊ぼ…!

森の中でかくれんぼしよ…!

ね…! 虹姉ちゃん……!!」

 

人気のない深い森の中、いるはずのない人間を探し、呼び続ける哀しい声が響く。

 

その声は数分間続き、次第にすすり泣く声が静かにしていた。

 

 

「虹姉ちゃん……」

 

三晴は蹲って泣いていた。

 

たくさん泣いて少し泣き止み、顔を上げたとき、机の引き出しの文字が目に入った。

 

(なにあれ?

ヒミツ……?)

 

机の一番下の引き出しに“ヒミツ”という張り紙が貼られてあった。

 

むしろ見てくれといってるほど大きくデカデカと赤い文字で書かれている。

 

三晴は中を覗こうとしたが、鍵がかかっているのか開かなかった。

 

「虹姉ちゃんは……ここの鍵は………………

あった!」

 

三晴は机の左の広い引き出しを取り出し、奥を見るとセロハンテープに貼られた小さな鍵を見付けた。

 

虹は自宅でも同じところに隠していたため、勘があたったのだ。

 

鍵を開け、引き出しを引くと中にノートが2冊入っていた。

 

「ノートだ……。

このシールの量………虹姉ちゃんのだな……」

 

表紙を見ると、1つは日記。

 

そしてもう1つは“ハートジャスティス”と書かれていた。

 

「ハートジャスティス?

なんだろ? 虹姉ちゃん、物語でも書いてたのかな?」

 

そう思いながら中を適当に開いた。

 

「うわ、なんだこれ……。

ニードル……バスター?」

 

すると中には光がなんだとか闇がどうとか、ワザはこうなっているとか、こういう特徴なのは敵だとか、ファンタジー色強めな内容が書かれていた。

 

「設定集?

虹姉ちゃん、やっぱり物語書こうとしてたの?」

 

三晴は呆れながらも、ノートを読み進めた。

 

非現実的なさまざまな内容が、まるで実体験のように書かれていることに、半分呆れ半分感心しながら、流し読みで最後まで読み切っていた。

 

途中、心の奥底でなにかデジャヴを感じたが、最後までなにかは分からなかった。

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