07/23(土)
日が暮れ空がオレンジ色に染まる夕方。
「咲希! お待たせ!」
花畑で、百合と話していた咲希に、明人は手を振った。
「明人くーーん!」
咲希も嬉しそうに手を振る。
「ひさしぶりー!」
「……おう」
木曜日の話し合いは、咲希が起きる前に終わってしまったので、咲希からしたら、夏休みに入ってから明人に会うのが今日が初めてだった。
明人は咲希の無邪気な笑顔を見ると、急に緊張が走った。
目が泳ぎ、咲希と顔を合わせられない。
百合からの冷ややかな視線も感じた。
「はなびー!
はやくいこー!」
咲希は花火にワクワクし、百合と手を繋いで、早く出発しようと催促する。
「そうだね!
屋台もやってるみたいだしそこも行こっか!」
百合はワクワクする咲希を見ると、自分も楽しくなり、すぐに近くの自然公園まで歩き始めた。
「うん!!
明人くんもいこー!」
「あ……ああ!」
咲希は歩きながら、振り返り明人に手招きする。
明人は返事をすると、後ろをついて歩いた。
「うわあ!
いっぱい!!」
自然公園に着いた3人。
お祭りのように屋台が並ぶ様子に、咲希は目を輝かせる。
「あ! 百合ちゃん!!
わたあめ!! わたあめあるよ!!」
「本当だ!
食べる?」
「うん!!」
百合は咲希の返事を聞くと、咲希の手を引き、わたあめ屋まで歩いた。
明人も後ろを着く。
「わたあめくださーい!」
「はいよ!
300円だよ!」
「はーーい!」
咲希はポケットから花柄の小さなお財布を出すと、100円を取り出した。
「200円は私が出すね」
百合もポケットから直に100円玉を2枚取り出す。
「……あ、俺も出すよ」
明人はいい格好見せたいと思い、100円取り出そうとしたが
「あなたは半分じゃ足りないでしょ?」
百合は明人を睨みながら、少し低い声で言った。
「はい、300円ね。
まいどあり」
屋台の人は、咲希と百合から300円を受け取ると、咲希にわたあめを渡した。
「ありがとー!」
咲希はお礼を言うと、わたあめにかぶりついた。
「おいしい!
百合ちゃんと明人くんも食べる?」
咲希は2人にわたあめを差し出したが
「竹内さんはちょっとじゃ足りないから、もう1つ買うからいいよ。
私はさっちの残った分食べるね」
明人が反応する前に、百合はわたあめを咲希へ向き返した。
「わかった!
……あ! ヨーヨーつり!!」
咲希は素直に返事すると、ヨーヨーつりの屋台が見えて、1人走り出した。
「さっちー!
走らない!!」
「……あっ!
はーーい」
百合が注意すると、咲希は走るのを止めて、百合と明人の方を振り返り待った。
「結局、邪魔するのかよ」
明人は告白を促しながらも、いつものように咲希との関わりを邪魔する百合に、苦言を呈した。
「そう?
邪魔しているつもりはないよ。
いつもどおりだよ。
……さっちー!!」
百合は淡々と明人に言うと、嬉しそうに咲希へと駆けていった。
(そのいつも通りが邪魔なんだよ)
明人は少し苛ついたが、それを見せないよう堪え、咲希のもとへ走った。
花火が始まるまで、あと10分になった。
「さっち、あともう少しで始まるよ。
トイレは平気?」
公園の時計を見た百合は、隣でたこ焼きを食べる咲希に訊いた。
「いく!」
「わかった。
たこ焼き持っててあげるから、行ってきな」
「うん!!
あ、じゃあ残り2個2人にあげる!!」
咲希は百合にたこ焼きを渡して、そう言うと、トイレに走って行った。
「ありがとう。
転ばないでね!」
「はーーい!!」
トイレは見える範囲にあったので、百合はそのまま見送った。
咲希がトイレに入るのを確認すると、百合はたこ焼きを一個頬張り、明人に渡した。
「さっちにありがとういいなね」
「はいはい」
明人は呆れた顔をするとたこ焼きを受け取り、食べた。
「あなた告白できるの?」
たこ焼きを飲み込んだ百合が、明人を睨みながら呆れがちに言った。
「どういう意味だよ。
お前に邪魔されなきゃできるに決まってるだろ」
屋台をまわってる中、ほとんど蚊帳の外だった明人は焦りでイライラしていた。
そのためか、少し語調が強くなっていた。
「何その言い方?」
「そのまんまだよ。
告白くらいどうってことねえよ」
「強がり。
震えてるよ」
「武者震いだ。
……お前こそ、今日はいつもより咲希にべったりだったな。
形だけでも咲希に恋人ができるのがこわいのか?」
告白の緊張を紛らわそうと、明人は百合を煽り、有利性を取っても気持ちを落ち着かせようとした。
「うるさいな。
知らない人に取られないための穴埋めって言ったよね。
だからあなた。さっちに変なことしないでね」
「変なことってなんだよ」
「変なことは変なこと。
……知らないなら別にそれでいいけど」
「……は? 何言ってんだ?」
ピンと来ていない明人に、百合は呆れたような安心したような顔をした。
「なんでもない。
あと、場所変えるよ。
人が多くなってきた」
花火が上がる時間につれ、人が多くなっている。
百合は山の方を見ながらそう言った。
「百合ちゃーーん!
明人くん! お待たせ!!」
トイレを済ませた咲希が戻ってきた。
月詠山
「なんでこんな山なんだよ」
百合が移動すると言って来たのは、自然公園から少し離れた山の登山道だった。
毎年の注目スポットの自然公園から離れた場所に案内され、明人は問い質す。
「お姉ちゃんに聞いたの。
……さっち、疲れてない?」
「だいじょうぶ!」
百合はそれだけ言うと、隣で歩く咲希に声をかけた。
「あ……そう」
明人は妙な説得力を感じ、大人しく着いていった。
「ここもおむねが温かくなるねー」
少し進むと、咲希が言った。
「そうだな」
明人も、いつものお花畑にいるときかそれ以上に感じる胸の温かさを覚えていた。
「百合ちゃんは?」
咲希に訊かれた百合は、自信の胸に手を当てる。
「私は……よくわからないな。
(さっち、よくお花畑に行くと、胸が温かくなるって言うけど、この山の神聖な力と関係あるのかな……?
ていうか、あの人も本当に温かくなってるの?)」
百合は時折咲希の体に起こる不思議な事象に疑問を感じていた。
「ここだよ」
「わー! すごーい!!」
5分くらい歩いたところを、少し脇道にそれると、広い場所に出た。
あたりも開けているので、見晴らしも良い。
走り回れるくらい開けているので、咲希はテンションが上がり、繋いだ百合の手を振り回している。
「はやく! はやく!」
咲希は走り回りたくなったのか、百合の手を引っ張る。
「わかったわかった」
百合はやれやれという顔で、広間へと歩く。
そのとき、上空が明るく輝くと思ったら、パーンという音が聞こえた。
「あっ!
はなびー!!」
花火が打ち上がり始めたのだ。
3人はそれぞれ空を見上げた。
人も少なく、見栄えも良い。
(やっぱりお姉ちゃんはすごいな)
絶好の穴場スポットを紹介してくれた姉の凄さを百合は改めて感じた。
(始まった……花火が)
明人はドキドキ高まる温かい胸を抑える。
そして、咲希を見た。
花火の光が反射する。
純粋に花火を楽しむ無邪気な笑顔。
瞳に映る、多彩な輝き。
何もかもが素敵で可愛くて愛おしい。
いつでもどんなときでも心に思っていた人を、恋人にできる。
「はーーふうーー」
明人は深呼吸すると、百合に目配せした。
百合はしばらく花火に見惚れていたが、明人の視線に気づくと、静かに頷いた。
「さっち、ごめん。
ちょっとトイレ行ってくるから」
「わかったー」
「良い子で待っててね」
「うん」
咲希は花火に夢中なのか、ほとんど片手間で返した。
百合は咲希の手をギュッと握ると、元来た道へ走り、岩陰に隠れた。
咲希の隣が空いた。
「……きれい……だな」
明人はおなじ側の手足を同時に出しながら、咲希の隣に立った。
「うん」
咲希はずっと花火に夢中になっている。
明人はモジモジとし、明らかに緊張の色を隠せていないのに、それに気付いていない。
明人はいつでも話し掛けられるはずのに、なかなか言葉が出ない。
大きく聞こえる花火の音が鬱陶しく思うほど、緊張で声がか細くなる。
それでも、いま勇気を出して言わなければ、何も始まらない。
せっかく掴んだチャンスを無駄にしたくない。
「咲希」
明人は咲希に顔を向け、真剣な声で呼んだ。
「……?
なに?」
咲希は不思議に首を傾げ、明人と顔を合わせた。
その瞬間、一際大きな花火が上がった。
「わーー! すごいね!
明人くん!!」
「……あ、ああ」
咲希の興味が花火へ戻ってしまう。
明人はせっかく告白するならロマンチックに行きたいと思い、花火大会の日にしたが、こうなるなら、何気ない場所で普通に告白したほうがいいのではないかと後悔した。
「百合ちゃんも見れたかなー?」
明人は咲希から視線を外してしまい、花火を見上げた。
明人がなにもしてないときでも、花火は何発も何発も上がる。
時折上がる大きな花火が上がる頻度が増え、佳境に近づいているのがわかる。
早く告げないと終わってしまう。
明人はそう思い、また咲希に顔を向けた。
「……咲希」
「なあに?」
咲希はさっきよりも花火に夢中になっており、顔を合わせてくれない。
(ここで言うんだ……!
竹内明人……男を見せろ!)
明人は自分を鼓舞し、深呼吸すると
「咲希!」
と大きな声で咲希を呼んだ。
「なあに?」
咲希はやっと明人と顔を合わせた。
「好きだ!
俺は、咲希が好きだ!」
明人は目をつぶり、咲希へ叫んだ。
「うん!!
わたしも、明人くんのことすきだよ!」
赤面する明人に、咲希は無邪気に答えた。
明人は一瞬喜んだものの、咲希の言う好きが、自分の思う好きと違うことに気付くのはそう遅くはなかった。
「いや……そういうことじゃなくて
……その」
「……ちがうの?
すきじゃないの?」
「それも違くて……えっと」
明人はどぎまぎしてしまい、説明しようとしたが、グダグダすると締まらなくなると思い、姿勢を正して、真剣な顔で咲希を見詰め
「俺と恋人になってください」
そう言いながら、手を差し出した。
「うん! いいよ!!」
咲希は迷う様子もなく、即答した。
「……え?
いい……の?」
明人はそんなすぐに返事が来るとは思わず、呆然としてしまった。
「さっち! お待たせー」
隠れていた百合が、手を振りながら戻ってきた。
「あ! 百合ちゃん!!」
咲希は百合を見ると、百合のもとへ駆け寄り、手を繋いだ。
「きいてきいて! 百合ちゃん!
わたしね! 明人くんと恋人になったんだよ!」
「…………そうなんだ。
……よかったの?」
嬉しそうに報告する咲希に、百合は優しく微笑みながら訊く。
「うん!!
恋人って仲の良い男の子と女の子のことでしょ?
わたし、男の子で1番なかよしなの明人くんだもん!」
咲希の無邪気で素直な発言に、百合はどこか安心したような顔をした。
「そっか……さっちらしい」
百合は咲希の頭を撫でる。
その動きはどこかいつもよりも荒々しかった。
明人はまだドキドキが続き、また同じ側の手足を同時に出して、2人のもとに歩く。
「咲希……ありがとう」
「うん!!」
「恋人になったからってとくに何か許すってわけじゃないからね」
「うるせー。
お前のことだから元からそうだと思ってるよ」
「あと、さっちにはそんな汚い言葉遣いしないでね。
真似したらどうするの?」
「しねえよ」
「ふ……ふふふ」
明人と百合が言い合っていると、突然咲希が笑い出した。
「……さっち? どうしたの?」
「ううん!
なかよくなってよかったて思ったら!」
「え?」
「4月のとき、明人くんと百合ちゃんは仲良くなれるかな心配だったの。
だけど、今一緒に花火見に来てる。
それに、なかよさそうにお話もできてる!
わたし、すっごく嬉しい!!
だってわたしたち、3人で生き物係だから!!」
咲希が嬉しそうにそう言うと、空に大きくハート型の花火が上がった。
3人は一斉に空を見上げた。
咲希は目を輝かせ、百合は微笑む。
明人は恋の成就の祝福に思え、咲希のことを幸せにすること、咲希を一生守る事を心に決めた。