伊達剣の覚醒
夕方。
近所の小学生たちの下校が、ひとしきり終わり、閑散とした住宅街。
いつもと何も変わらない時が流れる。
そのはずの街の一角に怪しい影が差し込む。
〜〜〜〜〜〜
「刃。図書館行ってくる。
留守番頼んだ」
「ん」
一人の男子が、妹の部屋に顔を出す。
男子の名前は伊達剣。
キリッとした表情と、小6ながら身長170cmと高身長で長い手足が特徴的だ。
その妹である伊達刃は、ゲーム機から目を離さず適当に返事した。
刃は兄と違い体型は標準的だが、顔はそっくりである。
剣は妹の態度を注意しようとしたが、今まで何回も無視されているのでやめた。
手提げカバンを持つと返却予定の本を忘れてないか確認し、玄関を出て、図書館へと向かった。
いつもと変わらない夕方の風景。
もう冬なので日の入りが早く、あたりは暗くなりかけている。
特に何事もなく図書館へ着くと、カウンターへ行き、司書に本を返すと、次に借りる本を探しに行こうとした。
そのとき
「てかさ。お前ぶっちゃけアイツの事どう思うよ?」
「えー、どうもねえだろあんなブス」
机に教科書を広げている高校生くらいの男子2人が、勉強に飽きたのか、場所もわきまえず大声で話し始めた。
その内の一人は椅子に足を乗せ、制服を着崩し、いかにも不良という感じで、誰も注意ができなかった。
剣は迷惑そうに学生2人を睨む。
「ごめんね。剣くん。
最近テストが近いみたいで、少し前から来るようになって」
司書さんは苦笑いしながら剣に話す。
「だからといって迷惑ですよ。
注意しないんですか?」
剣は厳しい声と顔で訊いた。
「したわよ。
でもあの子達、聞く耳一つ持ちやしない」
「そうですか」
呆れながら言う司書さんをよそに、剣は手提げカバンをカウンターへ置いて、学生のもとへ歩いていく。
「ないない!だいたいアイツ……
………? なんですか?」
学生の内の1人が怖い顔して近付く剣に気付き、少し怯えた顔をしながら話し掛ける。
「ここは図書館です。
ファミレスやカフェではありません。
喋るなら外に出て下さい」
剣は臆することなく毅然とした態度で注意する。
学生2人は一瞬顔を見合わせると
「あーー……はい。
そうですよね……ははは」
1人がそそくさと教科書やノートなどをかき集めてかばんにしまい込み逃げるように図書館を後にする。
「しゃーねえなあ」
もう1人の不良っぽい学生は面倒くさそうな顔をしながら、不機嫌そうにして立ち上がり、乱暴に椅子を蹴った。
そして、席を離れようとした瞬間
「待ってください。
この椅子は公共のものです。
蹴らずにきちんと手で押してください」
と学生の態度が気に入らない剣は更に注意をした。
「……あ?」
それに逆上したのか、不良っぽい学生は怖い顔しながら剣の目の前に立つ。
「身だしなみもだめですね。
前のボタンもしっかり留めて、シャツはズボンへしまってください。」
剣は学生の威圧をもろともせず、むしろ服装の注意さえも始めた。
学生は不敵に笑うと振り返り、図書館を後にした。
剣はしばらく学生の行ったほうを睨むと、机と椅子をきれいに戻し、カウンターへと戻った。
「ありがとう。
剣くん、大きくて助かったよ。
あの子達も、小学生なんて思わなかっただろうね」
司書さんは感謝の言葉をかけるが
「注意するのは本来あなたの仕事ですからね。
次はちゃんとしてくださいよ」
と厳しく言うと、本を選びに本棚に向かった。
「相変わらず無愛想だね」
司書さんは頬杖をつきながら呆れたように言うと、業務に戻った。
〜〜〜〜
今日は特に借りたいものがなく、剣は何も入ってない手提げカバンを持ちながら、図書館を出た。
「よう」
すると、待ち構えていたのか、さっきの不良っぽい学生が片手を揚げて話し掛ける。
剣は相手にせず帰ろうとすると、学生は足を引っ掛けてきた。
「おっと、わりいわりい。
つい足が出ちまった」
踏ん張り、転ばずにすんだが、学生は笑いながらそう言う。
「迷惑ですよ。
それに、ここは図書館の前です。
他の人にも迷惑です」
「おいおい、そんな堅苦しいこと言うなよ」
真剣な表情の剣と対象に、学生は軽い態度を続ける。
そして、肩に腕を回し
「知ってるぞ?
お前、まだランドセル背負ってるクソガキだってな」
そう言うが、剣はすぐにそれを払い、歩みを進める。
「ここらじゃ有名なんだよ。
態度も身長もクソでかい小学生がいるってのは
……おい! 聞いてんのか!!」
学生は注意された腹いせに煽るが、相手にされないことに苛つく。
「大声出して迷惑ですよ」
剣は足を止め振り向き、呆れながら注意する。
「おいおい。
聞かないお前が悪いんじゃねえか」
学生は微笑むと再び剣の肩に手を回し
「なあ。
そんな迷惑が嫌なら、あそこの突き当りで話ししようぜ」
と剣が帰ろうとした道を指差す。
(……何言ってんだ?)
剣は学生の言葉に疑問を抱く。
学生の指差す方向は真っ直ぐ続いた道であり、人目につかないような路地裏もない。
通行止めの案内もなく、図書館に行くときもそんな様子などなかった。
「突き当りなんてどこにあるんです?」
「はあ?
そこに決まってんじゃねえかよ!」
学生はそのまま剣を運び、道の途中で投げた。
力強く、剣はふらつきなんとか踏ん張る。
「危ないじゃないですか!」
剣は流石に苛ついたのか、少し怒気を込めて言いながら学生を睨んだ。
しかし、なんだか学生の様子がおかしい。
「なんだ? おい!
どこへ消えた!!」
明らかに目の前にいるのに、学生は剣を見失ったかのように、戸惑い、あたりを探す。
(なにしてるんだ?)
剣は疑問に思いながらも油断させるためかなにかの罠だと思い、警戒しながら後退りする。
いくらか離れたところで、学生は戸惑いと苛つきを見せながらその場を立ち去った。
剣は何が起こったかよくわからず、呆然としながら帰路に着いた。
もう外は真っ暗になっている。
道ではだれともすれ違うことなく、しばらく歩くと、空き地にある横に置かれた土管の影でなにか電気が走る音が聞こえた。
(いたずらか?)
剣はどこかの悪ガキがイタズラしているのではと思い、音のもとへ近付く。
音は土管の中から聞こえてきていた。
剣は躊躇なく中を覗いた。
(……!!)
剣は思わず息を呑む。
中では成人男性と思わしき人物が、全身真っ黒なローブを羽織った性別も体型もわからない人に向けて、手から電流を流していた。
ローブの人物は力なく伸びており、生気がない。
衝撃的な光景に、流石の剣も声を掛けられず、急いで逃げた。
(なんだ……! 殺人!?
とりあえず警察に……!)
剣は交番へと向かおうと走り、空き地を出た。
その時後ろを振り向くと、土管の中の成人男性が出てきており、手に禍々しい珠を持ちながら、剣を見詰めていた。
(……!! 見られた!!?)
剣は恐怖にかられ、走る速度を速める。
だが、次の瞬間剣は足を止めた。
さっきの男がいつの間にか目の前に立っていたのだ。
闇夜に隠れて男の表情は見えない。
剣は刺激しないよう、ゆっくりと後退りして距離を取る。
男は肩を揺さぶると、剣へと近付く。
ゆっくりと、それでも後退りよりかは断然早い。
「くっ……」
剣は安全にこの場を離れることは無理だと悟り、全速力で駆け出した。
だが次の瞬間
「……!?」
急に左脚に力が入らなくなり、地面に転がった。
(痛え……!
なんだ……!!)
剣は再び走り出すため、急いで顔を上げた。
「うわっ!!」
すると、剣の眼前に男の顔があった。
その顔は狂気に歪んでいた。
剣は更に恐怖を覚え必死に立ち上がろうとした。
だが、左脚の感覚がなく立ち上がれない。
剣は反射的に左脚を一瞬見た。
その一瞬、男から目を離すと
(あれ……?)
男は目の前から消えていた。
(なんだったんだ……?)
剣は呆然としながら、立つためにブロック塀へと這う。
「よいしょ」
ブロック塀の隙間に指を掛けながらなんとか立ち上げると、足元にさっき転んだときに落としたであろう手提げカバンを見付け、拾い上げた。
(……! 重!)
だが、今日は本を借りていないので中は何も入っていないはずなのに妙な重量感がある。
中になにか入ってしまつたのかと思い、バッとカバンを広げた。
そこには太い円柱状のものが、布に包まれていた。
剣はその布に見覚えがあったが、どこで見たかは分からなかった。
(……なんだ?
…………ッ!!!?)
その正体を知るため、少しカバンの角度を変えたとき、自分が履いているズボンが見えた。
剣は急に血の気が引き、恐る恐る左脚を見た。
「うわっ!!!」
剣はカバンを投げ捨てる。
宙を舞ったカバンからは、その中身が表れ、赤い液体を撒き散らしながら、ぼとりと地面に落ちた。
(なんだ……!?
なんだ……!??)
剣は腰が抜け、さっきまで左脚があったところをさする。
次から次に起こる不可解な現象に、剣は理解が追いつかない。
「はあ……はあ……」
過呼吸になり、両手で自分の胸を力強く掴んだ。
つもりだった。
「はあ……はあ…………え?」
動かしたはずだった。
“両手”で掴んだはずだったのに、胸を掴んでいたのは“右手”だけだった。
剣はまた恐怖を覚える。
(まさか……)
そして思わず、左脚があったところを見る。
同じ感覚。
さっきの左脚と同じ、感覚が麻痺されている。
そしてその後は……
剣は嫌な想像をしたが、考えないようにするためとにかく動こうと、なんとか立ち上がろうとする。
だが、恐怖で腰が抜けているので、思うように力が入らない。
(とにかく……とにかくここから離れないと……!!
殺される!!)
剣はなんとか力を振り絞りブロック塀の隙間に指を掛ける。
そして、右脚で踏ん張り立ち上がろうとした。
(…………!!)
が、それも無駄だった。
「そん……な」
右脚もぴくりと動かなくなっていた。
ショックで力が抜け、剣は地面に倒れる。
その時の振動でなのか、左肩からなにかが外れた感覚が起こったが、剣は怖くて見れなかった。
(俺……ここで死ぬのか…………)
剣は倒れたまま動かなくなった。
次々と大切なものが失われ、足掻こうとしても無駄に終わる。
剣は死を悟り瞼を閉じた。
その瞬間
残りの右脚と右腕も剣の体から外れ落ちた。
「ここまでか。つまらないな」
朦朧とする意識の中、声が聞こえた。
剣は瞼を開く。
そこにはさっきの男が立っていた。
だが、剣は抵抗する元気はなくそのまま眠りにつこうとした。
「あ、だめだよ。ねえねえ。もっと踏ん張って。
抵抗してくれなきゃ。」
男は剣の肩を叩き、起こそうとする。
それでも剣に反応はなかった。
「……だめか。
はあ。次はもう少し骨のあるやつならいいなー」
男は残念そうに言うと、立ち去ろうとした。
(…………次……)
剣はなくなりそうな意識の中、男の言葉をぼんやりと聞こえた。
(あいつ……次と言った…………。
またやるんだ……こんなことを……)
剣の体がぴくりと動く。
そして仄かに、胸が光り始めた。
「待てよ」
剣は男の背中にか細い声で叫ぶ。
「……?
あれ? まだ生きてた」
「お前……次って言ったな……!
またやるのか……! 一体なぜ……!」
「?
よくわからないな。楽しいからに決まってるでしょ」
「……楽しい?」
「うん。たのしい。
だってそうでしょ? ちっぽけな存在が生きるために苦しんでいるの見るのは」
剣は男の言葉に衝撃を受ける。
人が苦しみ、もがいているところを見て、楽しいだなんて感情が湧き出ることなど、理解できなかった。
そしてそんな危険な思考を持ち、それを実行しているこの男に、怒りが湧いた。
また胸がさっきよりも強く光る。
「迷惑だ!!
自分勝手に、自分の楽しいだけで人を傷付け、ましてや殺すのは許されることではない!!」
剣は力強く叫ぶ。
「俺はそんな曲がったやつが大嫌いだ!!」
胸の輝きが増し、肩や脚の付け根からも光が溢れる。
「許さない? 嫌い?
審判を下せる立場なの?」
「ああ。
俺は自分が正しいと思ったことをする。
間違えたことをしているやつは正す。
だからお前も、俺が正してやる!!」
胸の輝きがまた増し、ついに剣の全身を包み込む。
「正せるかな? そんな体で!」
男は手から電流を溢れさせながら、剣へ突進した。
手応えを感じ、男はニヤリと笑う。
「楽しかった。
さいごまであらがってくれてありがとう」
光が消えた後を想像し、愉悦に浸る。
だが、そんな男の予想は覆される。
「人の体に断りもなく電気を流すだなんて、迷惑ですよ」
「なに!?」
電流は剣の“両腕”によってしっかりガードさせられていた。
男は思わず飛び退く。
激しく動揺し、信じられないような目で剣の体を見る。
「なぜだ?
なぜてあしが!?」
両手両足が復活しているのだ。
元の四肢は地面に転がったままであり、新たに生えて来たようでもあった。
剣は新たな手を何度か握り、感触を確かめる。
そして、男に向き直った。
「はあ!!」
剣は男の胸に拳を突き付ける。
その拳は男にめり込み、そして
「うっ!!」
鋭利な刃物のように、体を貫通した。
「ふん!!」
そのまま剣は腕を払う。
「うぐぁ!」
すると、男の体がその軌道上でスパッと切断された。
「なんだ……!?
とにかく逃げ
男は何が起きているのかが分からず、体を発光させ、逃げようとしたが
「はあ!」
剣が男の脚を狙い、回し蹴りで薙ぎ払うと、男の脚が切断され、男はバランスを崩しそのまま倒れた。
「刃物だ……!
刃物の能力……!?」
男は腕で体を運びながら、目の前にいる覚醒したばかりの能力を確信する。
だが、狼狽し怯えきった男には、もう対処することはできなかった。
「俺は剣だ。
迷惑な奴は、絶対に許さない。
……はあ!」
剣は男を見下ろし、そう呟くと、剣と化した自らの腕で男を貫いた。
男の体は崩壊し、粉々になった結晶だけが剣の手元に残った。
剣は破れた裾や袖からはみ出た、自分の手足を見詰めた。
(なんだったんだ?
今の)
剣は、自分の体から光が溢れた時から殆ど意識がなかった。
それでも、あの危険な男の体を切断し、消滅させた感覚は確かに体に残ってた。
剣は本当に自分の手足が刃物と化したのかと、疑問に思った。
試しに、近くのボロボロになった張り紙を手で擦る。
(……まさかな)
紙には切れ込みなど入らなかった。
(……いや、待てよ)
だが、ここで剣は思い出した。
男の体を切るとき、自分は何かを叫んでいた。
まさかと思い今度は
「はあ!」
叫びながら軽い力で、紙の端を擦った。
すると、紙はスパッと切れていた。
「…………やっぱり」
剣は確信した。
自分の手足は叫んだときだけ刃物になっているのだと。
(うそだろ……)
剣は自分の体が普通じゃない何かに変わってしまったことにショックを覚えた。
これから、なにかの拍子で罪のない人さえも傷付けてしまうのではないかと思った。
それでも、現状、手足を元に戻す手立てはない。
剣は元の手足を拾い集め、手提げカバンに入れると、家に帰って行った。