ハートジャスティス 番外編集   作:ココリンク

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松尾善治の覚醒

2002-10-06(日)

 

「なるほど。

それは大変だったな」

 

「にゃー」

 

よく晴れた日曜日の昼間。

 

子供たちの声が響く公園で、ひとりの男の子がベンチに座り、膝の上で子ネコを撫でている。

 

男の子の名前は松尾善治。

 

おっとりとした優しい顔立ちをしている。

 

その見た目に違わず、子ネコを撫でる手も優しい。

 

「にゃ」

 

子ネコが急に立ち上がり、遠くへ駆けて行く。

 

善治は向かう方向を見る。

 

そこには毛の色がそっくりな大人のネコがいた。

 

(お迎えが来たのか。

達者でな)

 

善治は子ネコに手を振り、見送ると大きく体伸ばし、背もたれに寄りかかると、近くの大きな木を見上げた。

 

まだまだ暑い日が続くこの陽気。

 

そんな暑さを遮るこの木陰は善治のお気に入りの場所なのだ。

 

「くるっぽー」

 

ぼーっとしていると、今度は一羽のハトが善治の足元に近寄ってきた。

 

「おや。

君はこの前の」

 

「ぽっぽー」

 

善治がハトに目を向けると、ハトは善治の肩に飛び乗ってきた。

 

「この場所に足繁く通うとは。

君もなかなか見る目がある」

 

善治は目を細めハトに優しく語りかける。

 

ハトは首を傾げ、善治の頭の上に乗った。

 

「風情なものだ。

……だが」

 

善治は怪訝な顔付きになり、また木を見上げた。

 

「木の揺れがいつもとなにか変な気がする。

なにかの凶兆なのだろうか?

……君はどう思う?」

 

善治は目線を上に向け、ハトに尋ねたが、ハトは飛び去ってしまった。

 

(なにかあったとしても、我々がなにかできることではないか。)

 

ハトの後ろ姿を眺め、善治は悟ったようなことを考えた。

 

(……さて、チャッピーの散歩の時間か)

 

ふと、時計を見ると、犬の散歩の時間が近付いてきていた。

 

 

 

 

一旦自宅へ戻り、軽食を済ませた善治は愛犬のチャッピーを連れて、散歩へ出かけた。

 

「うわあ、でっかいワンちゃん!」

 

その最中、大きな赤いリボンをした中学生くらいの少女がすれ違いざまに目を輝かせながら、思わず声を上げていた。

 

すれ違ってもなお感じる視線に、善治は立ち止まると振り返り

 

「触りますか?」

 

とその少女に尋ねた。

 

「いいの!?

触る!」

 

少女はとびきりの笑顔を向けると、チャッピーのもとへ一目散に駆けた。

 

そして、手の甲をゆっくりと差し出し、チャッピーが手を嗅ぎ終わるをしばらく待つと、体の側面から撫で始めた。

 

「わあ! もふもふ!」

 

少女の口調は興奮しているが、撫で方は優しい。

 

その姿に善治は感心していた。

 

「イヌとのコミュニケーションをよく知ってますね。

“いきなり触らず、においを嗅いでもらってから撫でる”」

 

「うん! だってそうしないと元ちゃんに怒られちゃうもん!」

 

「元ちゃん?」

 

「そー! 元ちゃん!

親友で幼馴染なんだー!

……あ、ここどうだ! あー! もふもふ!!」

 

少女のなでなでにチャッピーはうっとりした表情になっている。

 

善治は微笑むと少女に顔を向けた。

 

「赤いリボンのお姉さん。

もしお時間ありましたら、場所を移しませんか?

ここは歩道。道幅もそこまで広くありませんので」

 

「あ! そうだね!

あたしは大丈夫! いつもなら早く帰らなきゃだけど、今日は妹が宿題いっぱいだから、ゆっくりできるよー!」

 

「妹さんもおられるのですね。

……では、そういうことでしたら、ぼくのお気に入りの場所へ。

この子もよろこびます」

 

「ワン!」

 

善治はチャッピーを撫でながらそう言うと、歩き始めた。

 

チャッピーも嬉しそうに吠えた。

 

 

「やったー!」

 

少女は嬉しそうに両腕を上げ、善治の後を付いていく。

 

「あ、そだ!

お名前なんですか?」

 

「チャッピーです。

ゴールデンレトリバーで、今年で3歳になります」

 

「そーなんだー!

かわいいお名前だね!

……あ、あたしは刀根虹! 中学1年生!」

 

「かっこいい苗字ですね。

では、ぼくも名乗らなければ不躾というものか…

ぼくは、松尾善治。しがない小学6年生をさせてもらっています」

 

「えっ!? 小6!?

なんか、すごく、え、いや!

見た目は違和感ないけど話し方とかすごい大人っぽーい!」

 

「よく言われます。

祖父の影響でしょうかね?

風情を大切にする人で、小さいときはよく共に散歩へ行き、侘び寂びの心を叩き込まれたものです」

 

「なんかよくわからないけど、すごい!!」

 

 

 

話しながら歩き気付けば、善治が昼間のんびりしていた公園に辿り着いた。

 

(……おや?)

 

だが、善治は違和感を覚えた。

 

(おかしい……いつもなら、ひとりかふたりか一人がいるはず)

 

まだ15時くらいだと言うのに、公園には誰もいなかった。

 

普段から散歩コースに設定していて、この時間によく通るのだが、雨の日さえも人が集まることも多いこの場所に、人が誰もいないことなど初めてだった。

 

(やはりこれは、なにかのしらせなのか?)

 

「どうしたの? 急に難しい顔して?」

 

善治が立ち止まり、深く考えていると、虹が横から覗き込んだ。

 

「いや、なんでもない。

少しぼーっとしていた」

 

「えー、気を付けてよ」

 

「すまない。ぼくの悪い癖だ」

 

善治はシニカルに笑うと、公園に入ろうとした。

 

だが、

 

「わふっ」

 

チャッピーは踏ん張り、動こうとしなかった。

 

「? どうした?」

 

善治はリードを何回引いてもチャッピーはてこでも動かない。

 

「珍しいな」

 

「どうしたの? この公園嫌い?」

 

「いえ、むしろ大好きでいつも好んで入りたがるはずですが」

 

心配する虹に、善治は不思議そうな顔をしながら、チャッピーのリードを引っ張るがやはり全然動かない。

 

「嫌がってるならいいよ。

さっきたくさんもふもふしたから」

 

「そうですか…

いやでもしかし、ここまでご足労掛けて申し訳無い」

 

「ゴソク……?

大丈夫だよー! お話もできて楽しかったから、それに、こんな楽しそうな公園も発見でき……」

 

虹は必死になだめようとし、公園の方を見た瞬間、一瞬にして青褪めた。

 

「逃げて」

 

「……え?」

 

天真爛漫な少女から急に、鬼気迫る声が聞こえ、善治は思わず手を止めた。

 

「どうしたのです?」

 

「いいから! 逃げて!」

 

虹は必死に善治へ叫ぶと、“それ”にまた目を向けた。

 

忘れることのない、1ヶ月前の記憶。

 

肝試しの下見で行った廃墟で、“それ”と出会った。

 

大型の体型。

 

黒いローブに身を包み、顔には太極拳のお面がついている。

 

生気が感じられない佇まいの男。

 

“それ”が木の後ろからこちらを覗いていた。

 

「はやく!!」

 

虹が叫んだ瞬間

 

「ーー!!」

 

男はうねり声を上げながら、虹たちの方へ襲い掛かってきた。

 

「うわ! なんだ、あの奇怪なものは!?」

 

善治は初めて見る男の姿に驚き、思わず手からリードを離してしまった。

 

「わふ!!」

 

すると、チャッピーは公園から逃げるように走っていった。

 

「チャッピー!」

 

善治は一瞬、男と虹の姿を見たが、チャッピーを放っておけず、チャッピーを追いかけた。

 

 

(……逃げてくれた…………)

 

残った虹は、震える手をなんとか動かし、ポケットからシャーペンを取り出した。

 

そして、恐怖と覚悟の混じった表情で男を見詰めた。

 

(1か月前……あれが夢じゃないなら)

 

虹はシャーペンをノックし、芯を出す。

 

「(できるはず!)

ガンバースト!!」

 

そしてシャーペンを男に向けると、力強く叫んだ。

 

すると、シャーペンの芯の先端から、光の弾丸が発射された。

 

(できた…!!)

 

虹はその反動で後ろに倒れる。

 

その手応えで、この1か月試すことができず半信半疑だった、自分の能力を自覚できた。

 

だが、発射の反動で狙いがずれてしまい、光の弾丸は男のわきをすり抜けてしまう。

 

(しまった…!)

 

虹は顔を上げ、男に命中していないことがわかると、立ち上がり、再びシャーペンを男に向けた。

 

「ーー!!」

 

しかし、構えたときにはもう男は目の前にいた。

 

男はシャーペンを手で振り払う。

 

「あっ…!!」

 

虹は武器を吹き飛ばされ思わずそれを目で追ってしまい、男からの注意をそらしてしまった。

 

「がはっ……!!」

 

その瞬間、虹の無防備な腹に男の拳が殴りつけられた。

 

なんとか意識はあり、体に力も入る。

 

虹は腹を当てる男の腕を掴むと、自分の髪の毛を一本、引っこ抜いた。

 

「いて……

痛いけど……ガンバース

 

「ーーー!!」

 

虹は自分の髪の毛から弾丸を出そうとしたが、その前に、もう片方の腕で今度は顔面を殴り付けられた。

 

腕を掴む手が離れる。

 

全身の力が抜け、膝から崩れ落ちる。

 

「はあ……はあ…………」

 

かろうじて意識はあるが、視界が朦朧としている。

 

虹はなんとか顔を上げ、男の姿を捉えようとしたが

 

「ぐっ……」

 

背中に足を乗せられ、身動きが取れなくなってしまった。

 

「う……うぅ………

あぐっ……」

 

虹はなんとか起き上がろうとするが、男の力に敵わない。

 

「三晴……」

 

虹は命の危機を感じ、思わず最愛の妹の名を呟いていた。

 

その瞬間、背中にぞわぞわとする感覚がした。

 

(いやだ……いやだいやだ死にたくない。

だれか……だれかたすけて)

 

虹はなにをされるのか分からないが、良くないことが起こることだけは確信していた。

 

男は手に闇のエネルギーを収縮させていた。

 

そのエネルギーが球に形成される。

 

男がエネルギー弾を投げつけようとした。

 

そのとき

 

「はあ!!」

 

善治が男に体当たりしようとした。

 

「……え?」

 

だが善治の体は男の体をすり抜ける。

 

「ーー!」

 

男は邪魔に思ったのか、エネルギー弾を善治に当てた。

 

「うっ…!?」

 

背中に直撃をもらい、善治は倒れ込むが、踏まれる虹の姿を見て、ヒリヒリする背中をさすりながら、なんとか立ち上がった。

 

「そこの貴方。

いたいけな少女を足蹴にするとは何たる卑劣。

今の奇怪不可解その現象。

それは魔術かまやかしか。

なんの種かは知らないが。

お天道様とあの木の元は皆平和。

この公園を荒らす輩は誰であろうが許さん!」

 

恐怖を感じさせない、勇敢な表情で見栄を切る。

 

その瞬間、風が強く吹き、公園の木の葉がさわさわと揺れる。

 

葉っぱが一枚落ち、善治の手元へ落ちると、善治は葉っぱを握り、胸に手を当てた。

 

すると、善治の胸が光り輝く。

 

(……この光…………

あたたかい……)

 

倒れる虹もこの光に気付いていた。

 

そして、その暖かさと安心感に思わず微笑んでいた。

 

「ー……」

 

男は虹から足を離し、善治に警戒を向けた。

 

「いざ、尋常に勝負」

 

善治は拳を握り、

 

「はあ!」

 

男を殴ろうとした。

 

だが

 

「ーー!」

 

その手は簡単に止められてしまい、木の方へ放り投げられてしまった。

 

「え……?」

 

なんとか顔を上げ、見ていた虹は拍子抜けし、唖然とした。

 

善治は木の幹に背中を打ち、倒れるがすぐにまた起き上がる。

 

「やはり、僕1人の力ではこの程度か。

……だが、その根っこから不埒な貴方の胸に刺さる、我が師--祖父、松尾善良の言葉を贈ろう」

 

「ーー……!!」

 

善治は飄々とした態度で男に話すが、男は聞く耳を持たず、拳に黒い粒子を込め、突撃する。

 

「“世界其れ即ち独りに非ず。

風が自然が生き物が助け合い、手を取り合うこと、其れ世界也”」

 

駄弁っている間にも男は目の前に来ている。

 

しかし、善治は動こうとしない。

 

「あぶない……! にげて……!!」

 

虹は必死に叫ぶが、善治はなお動かない。

 

「心配など御無用です」

 

善治は虹にそう言い、優しく微笑みかける。

 

男が殴ろうとしたその瞬間

 

「ーー…!?」

 

地面から巨大な根が生え、男の胸貫いた。

 

「え……」

 

あまりの唐突なことに、虹は目を丸くする。

 

男はしばらくじたばたしたが、しだいにその勢いもなくなり、脱力すると、粒子になり消滅した。

 

「……すごい」

 

虹は終始自分のペースに持っていっていた善治に、圧倒されていた。

 

「大丈夫ですか?

赤いリボンのお姉さん」

 

善治は軽い足取りで、虹の元に歩み寄り、優しい顔で手を差し伸べた。

 

「……うん。大丈夫!」

 

虹はその表情を見て、どこか安心し、ニコリと笑うと良の手を取って立ちあがった。

 

「ありがとう。

助けてくれて。

もうだめかと思ったよー!」

 

「人助けは常の心。

問題ありません」

 

「ううん。

善治くんは命の恩人だよー!

あとで恩返しさせて!

どこに住んでるの?」

 

「ありがたい心掛けですが、結構です。

人助けの輪は皆で繋ぐもの。

この受けた恩は忘れぬうちに、困っただれかを助ける原動力に使いなさい

……と祖父はよく言ってました」

 

「なんかよくわからないけどわかった!

……あれ、そういえば、チャッピーちゃんは?」

 

「途中で、買物帰りの母と会い……

あ、そうだ、無理やり押し付けたのではやく戻らなければ……

それでは僕はこれにて、どうかお体の方お大事に」

 

「うん……ありがとー!

ばいばい!」

 

虹は笑顔で手を振り、善治の背中を見送った。

 

「(あたしも、三晴のとこかえ…………)

…………あ!!

買物!! 忘れてた!!」

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