ハートジャスティス 番外編集   作:ココリンク

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池田沙弥香の覚醒

2002-10-13(日)

 

 

「お姉ちゃんのバカ!!

もうしらない!」

 

白いシュシュで留めたポニーテールの女の子が、泣きべそをかきながらマンションの一室から飛び出した。

 

彼女の名は池田沙弥香(いけだ さやか)。

 

沙弥香は時々涙を拭いながら、階段を降りる。

 

そして、2階に降りると、階段から曲がり、とある一室の前まで駆けた。

 

インターホンを押すと、すぐに同年代の女の子が扉を開けた。

 

「入っていいよ。

さっちゃん」

 

扉を開けたのは三本春流(みもと はる)。

 

ショートボブをした女の子で、沙弥香の親友だ。

 

「はるるー!」

 

沙弥香は春流に抱きつく。

 

「またケンカしたんだね。

さっちゃん、怒ったときの声、大きいから2階にいても4階のさっちゃんの声はすぐわかったよ」

 

春流は沙弥香の頭を撫でながら、背中に手を添えて家に上がらせた。

 

 

 

 

 

「お姉ちゃんったらひどいんだよ。

大切に取っておいたアイス食べちゃって!

部活が今日大変だったとか言ってさ!

疲れたから食べちゃったって!

ひどくない!? ひどいよね!!」

 

春流の部屋に入った沙弥香は、春流の母親から出されたオレンジジュースとクッキーに食らいつきながら、春流に愚痴っていた。

 

「確かにひどいね、我慢してたのに」

 

春流はクッキーを食べながら、うんうんと頷いて聞く。

 

「でしょー!

言い訳ばかり言って、謝らないで。のんきにテレビ見て大爆笑!

うちがお姉ちゃんのおやつ間違えて食べちゃったときは謝ったのにゲンコツなのに不公平!」

 

「ねー、この前大きなたんこぶ作って逃げてきたよね」

 

「まあでも、確かにここ最近お姉ちゃん、部活忙しそうだし……それに、うちもあのアイスいつ食べようかずっとずっと考えてたら何ヶ月か経っちゃったし、我慢するかなー。

うち、オトナだから」

 

「まだ小学4年生でしょ」

 

春流は苦笑いしながら、クッキーに手を伸ばす。

 

「でも、もうオトナの半分だよ」

 

沙弥香も手を伸ばし、あっとなる。

 

クッキーは残り一枚しかなかったのだ。

 

「はるるが食べなよ。

うち、我慢するから」

 

沙弥香はすぐに手を引っ込める。

 

「じゃあ、遠慮なく」

 

春流は悪びれる様子もなく、クッキーを手に取ると

 

「わたしとさっちゃんで食べよ」

 

と、クッキーを2つに割り、大きい方を沙弥香の口に無理やり入れた。

 

「さっちゃん、我慢しすぎ。

それでいっつもお姉さんに爆発して、大声出して逃げてくるんでしょ?

我慢弱くなったほうがいいんじゃない?」

 

春流の言葉に、クッキーを食べ終えオレンジジュースで流した沙弥香は難しい顔をする。

 

「そんなこと言われても、うちのお姉ちゃん、暴力姉ちゃんだったから、もう我慢が染み付いちゃったから無理だよ」

 

「お姉さんの前がだめでも、わたしの前ならできるでしょ?

だめ?」

 

「だめじゃない……。

はるるがいいなら、はるるの前で我慢弱くなりたい」

 

「うん。

……でも、さっちゃん。

この話もう数え切れないくらいしてるけど、いつそうなるの?」

 

「なれたらなってるよー!

もう……はるるは一言多い…!」

 

2人は不満そうな顔でしばらく見つめ合う。

 

そして少しすると、表情が緩んでいき

 

「「ふふ、ははははは」」

 

と一緒に笑い始めた。

 

 

 

 

 

 

10-17(木)

 

(はあ……はるるがいないとやっぱりモヤモヤするなー)

 

学校が終わった帰り道。

 

春流が体調不良で学校をお休みしていたので、沙弥香はとぼとぼと一人学校から帰っていた。

 

(いや、一人でも大丈夫!

うち、オトナだもん! ガマンガマン!)

 

沙弥香はなんとか自分を奮い立たせ、大手を振って歩いたが、次第に元気がなくなっていく。

 

(はあ……ちょっと休もうかな……)

 

ちょうど近くに公園があり、憔悴した目で見ていたが

 

(いや……先生からあまり寄り道しちゃだめって言ってたからだめだめ。

ガマンガマン)

 

と、寄り道をせず、家までまっすぐ帰ろうとしたが、すぐ立ち止まってしまう。

 

「はあ……

(給食の余ったプリン、食べたかったなー。

体育のバスケ、もっとシュートしたかったな。

総合の発表で、発表係、やりたくなかったなー)」

 

「そこのおさげのお嬢さん」

 

沙弥香が思わずため息を漏らしていると、公園の方から声がした。

 

沙弥香が振り向くと、ハトを頭の上に乗せた少年が話しかけて来ていた。

 

「浮かない顔してどう

ピピピピピピピピピピ!!!!

 

少年が話している中、沙弥香は無言で防犯ブザーを鳴らす。

 

その音に驚き、ハトは少年の頭の上から飛び立ち、少年はハトを目で追った。

 

そのすきを見て、沙弥香は急いでその場を去った。

 

「嗚呼……。

迷える若者に、我が師--祖父、松尾善良の有り難き言葉を贈りたかったが、年端のいかない娘にはまだ早かったか」

 

少女は沙弥香の背中を目で追い、そう独り言を言うと視線を近くの木へ移した。

 

 

 

「はあ……はあ

(なにあのお兄さん、こわ!

ハト乗ってた! 頭に! ハト乗ってた!)」

 

逃げ切った沙弥香は膝に手を付き、息を漏らしながら、後ろを確認した。

 

(いないね……

はあ……はるるー…!

明日は学校きてー!)

 

付いて来てないことがわかると、一安心し、心の中でそう願い、とぼとぼと歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

夕方、16:00あたり

 

「あら、さっちゃん。

こんにちは」

 

「こんにちは」

 

お使いを頼まれた沙弥香は、春流の様子が気になり、気付けばインターホンを押していた。

 

出たのは春流の母親だった。

 

「はるるは?

元気……ですか?」

 

「大丈夫。

もう調子良くなったから、明日には学校行けるよ」

 

心配そうな沙弥香に、春流の母はしゃがんで目線を合わせ、優しい口調で言った。

 

「ほんとうですか!?」

 

沙弥香に笑顔が戻る。

 

春流の母もニコリと笑う。

 

「うん。本当。

でも、今は寝てるから、起きたら“さっちゃんが学校に来るの楽しみにしてるよー”って伝えておくね!」

 

「ありがとうございます!」

 

「うん!

……あ、これからお買い物?

偉いわね、がんばって」

 

「はい!」

 

沙弥香は元気に返事をし、お辞儀をするとスキップしながら、お使いに向かった。

 

 

 

 

 

(あっしたーははっるるに会えるー!

あっしたーははっるるに会えるー!)

 

沙弥香はニコニコ笑い心の中で歌いながら、スーパーへ向かっていた。

 

明日の姉のお弁当に使う冷凍食品を買い忘れていたそうで、春流のところへ向かう口実にと、自分から買って出たのだった。

 

その結果、いい知らせを受け取れたので、とても上機嫌なのである。

 

(おっつかーいおっつかーいたっのしいなー!)

 

気分がのり、またスキップをし始める。

 

が、

 

「うわっ!」

 

足の運びがうまく行かず躓いてしまい、転びそうになる。

 

なんとか片足でけんけんし、転ばずにすんだが勢いは止まらず、前へ前へと行き、

 

「あ、あぶなーーい!!」

 

曲がり角から現れた少女に叫んだが間に合わなかった。

 

「うわっ!」 「いたっ!!」

 

2人はぶつかり、沙弥香が上に乗る形で倒れる。

 

「……いてて

…………あ! ごめんなさい!!」

 

沙弥香はすぐに少女の上から降り、謝る。

 

「だいじょーぶ!

ご覧の通り! ピンピンしてる!

あたし、他の人よりも丈夫みたいなんだー!」

 

少女はにこっと笑うと、勢いよく立ち上がり、その場で元気よく跳んでみせた。

 

「そうなんですか、よかった……です。

(大きなリボン……かわいい)」

 

沙弥香は安心したと共に、その少女の頭に大きな赤いリボンがついているのが見え、そのかわいさに見惚れていた。

 

「ん…?

ああ、これ?

いいでしょ、あたしのお気に入り!

きみのそのシュシュもかわいいよ!

……あ、そうだ!

お買物!! りんご買わなきゃじゃ!!

じゃあね!」

 

赤いリボンの少女は、流れるように話すと、元気に手を振って走って行った。

 

(……なんだったんだろ

……でも、かわいかったな)

 

沙弥香は呆然としていたが、快活で明るい少女に憧れの眼差しを向けていた。

 

(……あれ?

なにか落ちてる)

 

しばらくして、沙弥香もお使いを済ませようと、歩こうとしたら、落とし物に気付いた。

 

「……ねえ、君」

 

そんな中、急に後ろから声が聞こえた。

 

「……なんですか?」

 

沙弥香は恐る恐る後ろを振り向く。

 

そこには、トレンチコートを着た背の高い男が立っていた。

 

珍しくまだまだ残暑が続くこの時期に不似合いな格好に、疑問をいだき、沙弥香は念の為防犯ブザーに手をかける。

 

「ここはもともと人通りは少ない方かな?

おじさん、ここで調べものしているけど中々データが取れなくてね」

 

「……さあ?

うち、あんまりこの時間ここ通らないからわかりません」

 

「……そっかー」

 

「ごめんなさい……あの、うち、お使いの最中なので、もう、行ってもいいですか?」

 

「ん?

ああ、大丈夫。ありがとう」

 

「……はい」

 

沙弥香は小さくお辞儀すると、早歩きで逃げるように去ろうとした。

 

だが、さっきの落とし物を思い出し、通りがかりに拾おうとスピーチを緩め、しゃがんで拾おうとした。

 

そのとき

 

「きゃっ!!」

 

背中に強い衝撃が起こり、沙弥香は地面に倒れた。

 

「いてて……」

 

沙弥香はヒリヒリする背中をさすりながら、さっきの男の方を見た。

 

「……あれ?」

 

だがそこに男の姿はない。

 

(いない……?

なに?)

 

沙弥香は防犯ブザーをギュッと握りながら、あたりを見渡す。

 

(……ん?

……なに? あの人?)

 

どこにも男の姿はなかったが、別の奇妙なものを見た。

 

さっき自分が通ってきた道に、女の人が歩いている。

 

それだけなら、なにもおかしなことはないが、奇妙なことに、その通行人はまっすぐでなんの障害のない道を、ジグザグに、ときには大きく周りながら歩いていた。

 

足取りは普通で、テレビでよく見る酔っ払いとは違う。

 

(こわっ! なに……!?)

 

沙弥香は恐ろしくなり、逃げようとした。

 

そのとき

 

「君には、あの女性の動きはどう思う?」

 

また背後からあの男の声がした。

 

「……!?」

 

沙弥香は恐怖で体が動かなくなる。

 

後ろを振り向きたくても振り向けない。

 

震えることしかできない。

 

「不思議だ。おかしい。

そう思ったはずだ。

でもね、そう思うのは君だけだ。

選ばれた力を持った君だけだ」

 

(力……?

なに? なんなの?

何を言ってるの?

こわい……たすけて!

…………そうだ、あの人に)

 

沙弥香は勇気を振り絞り、防犯ブザーを引き

 

「たすけてくださーーい!!」

 

と叫んだ。

 

だが、女の人は気にする様子も見せず、沙弥香の横を素通りして行ってしまった。

 

「……え?

なん……で?」

 

沙弥香は助けてくれなかったショックの前に困惑が勝った。

 

女の人が、明らかに自分のことを認識していなかったりからだ。

 

こんな道の真ん中で怪しい男の前で防犯ブザーを鳴らし、叫んでいたのに。

 

いくら無関心な人でも、鳴らした瞬間に驚いた様子を見せるはずだが、女の人は何一つ様子を変えなかった。

 

「君は特別だ。

だから、この世界がわかる。

この世界に入れる」

 

男は沙弥香の顔を覗き込むようにしゃがみ、怪しい笑みを浮かべる。

 

「この街の調査に来たつもりが、まさかいきなり獲物が引っかかるなんてなー!」

 

男は沙弥香の顎をなぞるように撫でる。

 

沙弥香は恐怖でなにもできない。

 

「わからないことだらけだねー

……でも、わからなくていいよ」

 

男はそう言うと、懐から拳銃を取り出し、沙弥香のこめかみにあてた。

 

「君は今から死ぬから」

 

男が引き金を引こうとした。

 

そのとき

 

「ガンバースト!!!」

 

少女の叫び声と共に、光の弾丸が飛んできて、男の体に命中した。

 

「くっ……。

……おやおや、特別な人がまだいたとは」

 

男は飛んできた方向に注意を向け、距離を取った。

 

弾丸がした方からは、さっきの赤いリボンの少女──刀根虹が駆けてきて、沙弥香の前に守るように立ち塞がった。

 

「落とし物を探しに戻ったら……。

なんなのあなた!? その銃はなに!?

この子になにしたの!?」

 

虹はシャーペンを男に向けながら、問いかける。

 

「さあ。

答える義理はありません」

 

男は余裕そうな笑みを浮かべながらそう言うと、ゆっくりと横へと歩き、そして、きゅうに姿が見えなくなった。

 

「…!?

どこに!?」

 

虹はあたりを見渡すが、どこにも男の姿がない。

 

「……きみ!

立てる!?」

 

虹はこの場にい続けるのは危険だと思い、沙弥香に訊いた。

 

沙弥香は小さく頷き、フラフラしながら立ち上がった。

 

「よし……逃げよ……!」

 

虹は沙弥香の手を引き、逃げようとした。

 

そのとき、

 

(……ッ!!)

 

沙弥香の足に何かがあたり、強い痛みが走った。

 

だが、沙弥香は逃げるため、なんとか痛みを我慢し、虹と共に逃げた。

 

 

 

 

 

「はあ……はあ…………ここまで来れば……大丈夫……だよね?」

 

大通りまで逃げた2人。

 

虹は息を切らしながら、あたりを見渡し、追ってきてないなを警戒する。

 

沙弥香は足の痛みがどんどんひどくなり、すぐにでも座り込みたかったが、迷惑をかけてしまうと思い、我慢して立っていた。

 

「……とりあえず安心かな……?

あたしは刀根虹。

今、あたしがしたことはヒミツね。

……きみは? お名前は?」

 

「……池田沙弥香です」

 

「そう、沙弥香ちゃん。

……沙弥香ちゃん、足、見せて」

 

「……え?」

 

虹は優しく微笑むと、沙弥香の足を指差した。

 

「ずっと痛かったんでしょ。

無理させてごめんね」

 

虹はしゃがむと、沙弥香の靴を少し脱がし、靴下をめくった。

 

「こんなに腫れてる……

誰かに見て貰わないと」

 

「……なんで?」

 

「……え?

だって、あたしじゃ治せないし、治してもらわないといけなく」

 

「そうじゃなくて、なんでわかったんですか?」

 

沙弥香の問い掛けに、虹は優しく微笑んだ。

 

そのとき

 

沙弥香の顔の横を、禍々しい粒子を纏う弾丸が通り過ぎ、通りの反対側の建物に着弾した。

 

その建物は破壊されることはなく、その地点だけなぜか暗くなった。

 

虹は顔つきを変え、振り返る。

 

「妹がいるの。

いっつも無理しちゃう子だから、そうやって我慢してても気づいちゃうの」

 

そこに人の気配はない。

 

虹はシャーペンを取り出し、あたりを見渡し警戒する。

 

「安心して、あたしが沙弥香ちゃんを助ける。

だからちょっと休んで

 

“休んでて”と言い切ろうとした瞬間。

 

胸に硬いものが当たる感覚がした。

 

「……て」

 

虹の表情が、絶望に染まる。

 

見上げると、どこからか現れた男がニヤリと笑う姿が見えた。

 

それを最後に、胸に強い衝撃が起こり、虹は朦朧とする意識の中倒れた。

 

「虹さん!」

 

沙弥香は虹に駆寄ろうとしたが、足に体重が乗ったその瞬間、強い激痛が走り、その場に座り込んでしまった。

 

「君は特別だけど、まだ覚醒はしてないか。

特別になりたてほやほやだー。

それなのに、痛いのに我慢して、偉いねー

強いねー、大人だねー」

 

「うちはオトナじゃない」

 

嫌味のような発言に、沙弥香は涙ながらにつぶやく。

 

「偉くない。強くない。

ガマン強いけど、ガマンしたらはるるに怒られちゃう」

 

沙弥香の胸が光りだす。

 

「……なに?」

 

男は困惑した表情になり、拳銃を構え、様子をうかがう。

 

「はるると約束した。

明日、学校で会おうって。

だからうち、ガマンしない!

ガマンしなくていいところはちゃんと!

ガマン弱くなる!!」

 

沙弥香の胸の光が強くなる。

 

そして、その光は全身を包み込む。

 

「くっ……!!

覚醒か!?」

 

男は目を細めながら、沙弥香の様子を見る。

 

虹も、うっすらと目をあけながら、ぼやける視界で見ていた。

 

光が弾けると、沙弥香の隣には光の玉が浮かんでいた。

 

「いけええ!!!」

 

沙弥香は男をキッと睨み、光の玉を男に飛ばす。

 

「くっ!」

 

男は禍々しい弾丸を放つが、光の玉の威力は高く、弾かれる。

 

「なにっ……!

ぐわっ!!」

 

男は玉に直撃し、吹き飛ぶ。

 

「やべえやべえ……

とりあえず引くか……」

 

男はすぐに立ちあがると、また急に姿を消した。

 

「…………は……うち……なにを……?」

 

沙弥香の表情が、いつものあどけないものに戻る。

 

何が起こったのか自分でも理解していないようだった。

 

「……あ!虹さん!! 大丈夫ですか!? 虹さん!!」

 

だが、それすらも考える暇もない。

 

倒れている虹のもとに駆け寄り、声を掛けることしかできない。

 

そのとき、沙弥香は気付いていなかった。

 

足の痛みが引いていたことに。

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