2002-12-28(土)
(最近、幼馴染の様子がおかしい。)
冬休みに入りもう3日目。
寒々と冷える曇り空の下、中1の吉田元喜は幼馴染の後を付けていた。
元喜の視線の先──その幼馴染である刀根虹は、つけられているとはつゆ知らず、のんきにスキップしながら歩いていた。
大きな赤いリボンに留められたポニーテールが元気に揺れている。
(格好はいつも通りだな……)
元喜は行動を観察している。
虹は元々自由奔放で、何をするのか予測できないところがあったが、最近はその度合いが著しく上がっていた。
一緒に帰宅することを拒んで来たり、ケガをすることが多くなったり、気が付けば指でっぽうを作って撃つふりをする姿を見るようになったり。
(まさか……虹。
悪い男に誑されているんじゃ)
そんな危なっかしい様子を見て、元喜は虹がバッドガールの道へ進んでいるのではないかと思い、ヒヤヒヤしていたのだ。
電柱や曲がり角を経由し、いかにも後を付けているという風にしているため、すれ違う人たちがみな、奇妙な目を向けていた。
それでも、元喜は気が気でなく、虹の一挙手一投足をマジマジと観察していた。
「もし。そこのお兄さん」
そんな中、一人の少年が元喜に話し掛けて来た。
「うお…!」
接近に全く気付いていなかった元喜は、驚き、思わず声を上げてしまった。
少年はやれやれとした表情をする。
「今日日、この寒空の中付き纏い行為とは頂けない。
男子たるもの、意中の人を見付けたら、毅然と立ち向かうがよい」
「は……はあ」
元喜は困惑した。
見た目は一個下の小学生くらいなのに、なぜか年寄りの説教を聞いているような気分になった。
物を語るその目も何百年も生きた仙人のように、悟りを開いたようだった。
(……いや、待てよ)
だが、元喜はその特徴を虹から聴いたことがあった。
秋頃に友達になったという、“ふーりゅーじん”の少年、松尾善治。
(それがこの子か……)
元喜は前から気になっていた珍しい人物に遭遇できたことに感心し、思わず頷いていた。
「そうか。その気になったか。
ならば思い立ったが吉日。
ぼくも協力してやりましょうか」
善治は元喜の頷きが、自分の言葉への解答だと思い、虹の方へ体を向け
「おうい! そこの赤いリボンのお姉さん!」
と呼び掛けた。
「なっ!? ばか!!」
元喜は焦りながら、善治を引き寄せて曲がり角に隠れた。
「なにすんだよ。
バレたらどうすんだ」
元喜は小声で怒鳴った。
「はて?
お兄さん、あのお姉さんへ胸襟を開く決意をしたのでは?」
善治は動じず、不思議そうな顔をした。
「きょ……? きょうきんをひら……
よく分かんねえけど、違うから!」
「元ちゃんなにしてるの?」
元喜が弁明しようとしているところに、さっきの呼び掛けで来た道を戻った虹が顔を出した。
「わあ!」
驚いた元喜は思わず飛び退き、ファイティングポーズを取った。
虹も真似してファイティングポーズを取ると
「ぷっ! ははは!!
元ちゃん! びっくりし過ぎ!」
すぐに笑みが漏れ、姿勢を崩して元喜の反応を指さして笑った。
「……? おや、御二人とも、御知り合いでしたか?」
元喜が虹のストーカーだと思っていた善治は、仲睦まじい様子の2人に尋ねた。
「そうだよ!
幼馴染なんだー!
ねっ!」
虹は元気に答えると、同調を求めるように元喜に向かってウインクした。
元喜は面倒くさそうな表情をすると、
「ああ」
と一言だけ言った。
「なるほど。これは失敬。
てっきりぼくは、元喜さんが、虹さんに恋慕していたとばかり」
「……?
れんぼ?」
聞き慣れない言葉に、虹は頭を傾げる。
「そんなわけないだろ」
元喜は呆れた様子で呟いた。
「恋慕。
それを告げるは春の心。
温かく、初々しい、甘酸っぱい柑橘類の
「要するに恋してるって事だ」
善治が遠い目をしながら解説をしているところに、元喜は呆れた様子で横槍を入れた。
それを聴いた虹は、一瞬ポカンとした顔をすると
「えっ!!?」
と驚きに大声を出し、顔を真っ赤に染めた。
それを見て、元喜は目を細め
「別に俺がお前のこと好きとか一言も言ってねえし」
と淡々と言った。
虹はつまらなさそうな顔をし、頬に手を添え、少し顔を反らすと、横目で元喜を見た。
「じゃあ、元ちゃんはあたしのことキライなの?」
「そうとも言ってねえだろ」
元喜の言葉に、手で隠れた口角が少し上がった虹は、緊張で熱くなった体を落ち着かせようと深呼吸した。
「むむ? それでは、なぜ元喜さんは虹さんの追跡を?」
2人の関係性が分かった善治だったが、尾行していた理由が分からず、また元喜に尋ねた。
「……え!?
元ちゃん! あたしの後、ついてきてたの!?」
虹は気付いていなかったようで、また驚きの声を上げた。
「お前、少しは周り警戒しろよ……
バカでも顔はかわいいんだから」
「バカでわるかったね!」
「いや、バカというか無理無茶ばかりの無鉄砲!
最近だとなんだ!? 怪我してないときのほうが多いじゃないか!?
それに、すぐ黙ってどっか行って
「それは……えっと…………それは!」
虹は敵と戦っているのだと言いたかったが、それを言ったところで、火に油を注ぐようなものだと思い、反論できなかった。
「“それは”もなにもないだろ!
今日も一人でどこか行こうとして!
まさか……悪い男に
「どうどうどう。
純情なことこの上ない。
ですが、一旦落ち着きましょう」
ヒートアップする元喜に、善治は宥めるようにした。
「君には関係ない」
だが、元喜は制止を振り切り、たじろぐ虹の肩を掴んだ。
「虹! 俺はお前が心配なんだ!
本当に怪我すること多くなったよな!
前から転んだりすることもあったが、出血や痣はそこまで酷くなかっただろ!?」
「大丈夫!! ほんとに!! 大丈夫だから!!」
虹は元喜の手を跳ね除け、声を上げて元喜に叫んだ。
「お前の大丈夫は信用できない。
お前は無理しすぎだ。
三晴ちゃんも悲しむぞ。
少しは人に頼れよ」
涙を流しそうになる虹を見て、元喜は冷静になり、説得するように言うが
「……元ちゃんには関係ないもん」
虹は目をそらし、唇を尖らせた。
「思い遣りというものか。
素晴らしい青春の1幕だが、ここで一旦幕間らしい」
2人の話しを黙って聞いていた善治だが、急に間に割って入り、真剣な眼差しを虹へ向けた。
「え……でも……?」
虹も一瞬だけ、引き締まった顔つきになるが、すぐに元喜の顔を見て困惑した。
「なんだ急に?
君には関係ないと言っただろ」
元喜は善治の体をどかそうと、腕で払おうとしたが
「そう焦るでないぞよ。お兄さん」
善治は元喜の腕を掴んで止め、諭すように言った。
そして、チラッと右を見ると
「雑草の如き頑なな心意気はお見事。
だが、それは時に雁字搦めの壁として塞がるよ」
と説いた。
「……?
何言ってんだ? お前?」
元喜はよく分からない例え話を無視し、もう一度払おうとした。
そのとき
道端に生える雑草が光り出し、ぐんぐんと伸びると、3人を囲い始めた。
「……!?
なんだ……これ?」
元喜は突然の奇妙な出来事に困惑する。
「善治くん。
どっち?」
虹は真剣な表情で、カバンからボールペンを出すと、ペン尻をノックしながら、善治に訊いた。
「3時の方向。
あちらです」
善治はさっきチラリと見た方向に指を差した。
「ありがと!」
虹はそう言うと、ボールペンを示された方向へ真っ直ぐ構えた。
「虹……?
お前、何を」
「元ちゃん!
黙ってて!」
困惑する元喜に、虹は一瞥もせずに返す。
雑草の囲いは更に伸び続け、3人の背丈を越してしまった。
その瞬間
ドンドンと2度、雑草の壁から鈍い音が聞こえたと思うと、着弾地点にはバスケットボールくらいの穴が空いていた。
「ガンバースト!!
ガンバースト!!」
虹はすぐにそう叫ぶとボールペンの尖端から2つの光の弾が発射された。
弾は穴を通り抜け飛んでいく。
「「ーー…!」」
そしてすぐに、鈍い音と共にうめき声のような声が聞こえた。
しばらく経ち、雑草の囲いが崩れ、散り散りになった草たちは風に乗り、宙を舞っていった。
「二弾命中。流石です」
「うん。
……でも、まだ親玉を倒したわけじゃないよ」
拍手をし、称賛の言葉をかける善治と対称に虹はボールペンを構えたまま警戒を解かない。
「善治くん。
気配はわかる?
どっちのほうが粒子濃そう?」
「先ほどの3時の方向に異質を覚える」
「わかった。
すぐやらないと逃げられる………。
あたし、行って来る」
虹と善治は敵の居場所について話し合い、虹はすぐに仕留めに行こうと走り出そうとした。
が、
「待て」
と頭を抱える元喜に腕を掴まれ、止められた。
「……あ」
近くに元喜がいたことを思い出した虹。
表情が元のあどけない少女のものに戻る。
「え……えっと…………
あー!! あたし! お買い物の途中だったー!!
三晴が楽しみにしてるりんご買わなきゃなー!!
あはははは!!」
虹はわざとらしい大声を出して誤魔化すと、また走り出そうとしたが、元喜は更に力を入れて虹を止める。
「元ちゃーーん!
放してよー! もーう! あたしのこと大好きかぁ?
やっぱりそのなんだっけ……えっと……あ、ちょっと待って、鼻くらいまででかかってるんだけどなあ……
って、鼻までならもう出てるやろがい!
やろがいって…! あははははは
あ! れんぼだ! そー! れんぼれんぼ!!」
「虹!!」
誤魔化し続ける虹に、元喜は怒鳴った。
「まあ、待て待てどうどうどう。
一旦冷静に。
ほら、広大な青空を流れる
「うっせえ!!」
善治はまた仲裁しようとしたが、簡単に一蹴されてしまった。
「なんかもう色々あるし、なんか色々ややこしい面倒くさいし、信じられねぇことばかりで言葉にならないからさ!!
とりあえずこの一言で片付けるぞ!
バカ!!!」
怒鳴られた虹は、すぐに涙が溢れ出し、咽び泣いた。
元喜は怒りと困惑が混ざった荒い息遣いでしばらく虹を見ると、視線を善治に向けた。
「君はなにか知ってるのか?
今、虹が何をしたのか?
あの草の壁。 それにあのボールペン。
そして、鈍い音にうめき声のこと」
「はて? 僕には関係ないのでは」
善治は散々コケにされたので、白を切ろうとしたが、元喜の顔に威圧された。
「おっと……そうは問屋が卸さないっと……。
いいでしょう。
これは僕たち少年少女が歩んできた、光と闇の戦いの歴史」
「そういうのいいから。
要点だけ言え」
「…………。
僕と虹さんは、平たく言えば能力者となる。
僕は植物を操る能力。彼女は物を銃にする能力。
俗世間から隠された暗い闇を光で照らし、現し世を支配せんとする悪しき物との闘諍の日々を送り
「難しい言葉はやめろ!」
「…………。
もういい。結構だ。
これが人に物を頼む態度か?」
善治は説明中になんども怒鳴られたことで、へそを曲げてしまう。
「……は?」
「第一。
幼馴染だからとはいえ、付き纏い行為をする無粋な輩に物を教えるというのも無理な話しであったか」
自己流の風流を貶され、内心苛立ち始めた善治は、感情を乱してばかりの元喜に説教をし始める。
「お前!!」
元喜は激怒し胸倉を掴んだ。
「血の気が多い……。
きみには禅を勧めよう。
……虹さんの幼馴染と聞き、どんな人格者との推察だったが、どうやら当てが外れたようだ」
善治は憐れむような口振りで、無抵抗のまま元喜を見上げた。
元喜も、年下で無抵抗な男の子に手を出すことはできず、苛立ちのまま善治を見下ろすだけだった。
そのとき
「うっ…!!」
善治がピクリと全身を痙攣させると、苦しそうなうめき声を出し、口から血を吐いた。
「……!!?
善治くん!!?」
泣いていた虹は、善治の声に反応し、顔を上げて心配する。
「……なっ……
なんだ………」
元喜は不意に感じた恐怖に後退りした。
善治を掴む手を放すときに、ふと見えてしまった。
長く鋭い二枚の爪のようなものが、善治の腹を刺し貫いていた。
すぐに爪は引っ込み、善治に空いた2つの穴から血が垂れる。
「不覚……」
善治は力を失い前に倒れ、元喜は咄嗟に体を支えた。
(……いた…!!)
それにより、善治の後ろに隠れていた敵の姿が虹の視界に見えた。
ヒョウのようなスラッとした細く長い体。
その両手には大きな鉤爪のようなものが付いている。
鋼のような光沢があるが、右手の尖端は血に染められていた。
「ガンバースト…!!!」
虹は考えるよりも先に、ボールペンを敵に向けて、弾丸を放った。
しかし、敵は冷淡な表情を一切変えず、弾を躱すと、一瞬で虹の前に躍り出た。
「えっ……」
急接近に虹は驚きと恐怖で何も出来ない。
「虹…!!」
元喜は支えていた善治を放るようにして、地面に寝かすと、敵に向かって走り、タックルした。
「………なっ……?」
だが、敵への攻撃は能力による光パワーが必要。
覚醒していない元喜の体は、粒子体の敵の体をすり抜けるだけだった。
「おわっ!」 「うわ!」
だが、通り抜けた先にちょうど虹がいた。
勢い付いた体当たりは虹に直撃し、2人は倒れ込んだ。
しかしそのおかげで、虹への敵の攻撃は2人の頭上を掠め、躱すことができた。
だが、敵は攻撃の手を緩めない。
右手を大きく振り上げ、2人丸ごと串刺しにしようとした。
「落ち葉さえ乱れて舞う混沌さだ……」
ふと、善治がそう呟くと、敵の周りにつむじ風が吹いたかのように、落ち葉が敵の周りを舞い始め、視界を奪った。
「虹さん……
撤退しましょう」
「うん…!
元ちゃん! 逃げるよ!!
あと、善治くん運んで!
ゆっくりやさしくね!!」
「……あー、もうよくわかんねえけど!」
元喜は急いで善治の下へ向かう。
善治は力を使い果たしたのかぐったりしており、息も荒くなっている。
「虹の頼みだからな」
元喜はそう言いながら善治を背負うと、先に逃げた虹を追い掛けた。
「それで、なんなんだよ!
あれは!?」
走っている中、元喜は虹に質問する。
「敵! 悪い人!」
虹は逃げるだけで手一杯で、端的に答えた。
「なんで虹が戦ってるんだ!?」
「選ばれたから!」
「選ばれたって……なににだよ!?」
「知らないよ!!」
「はあ!?」
虹は振り向き、元喜を見た。
その表情は決意でもあり不安でもあった。
「あたしも知らないよ……
どこかの誰かが“おめでとうございます”なんて言いに来たわけじゃないもん!
急に胸が温かくなって、気付いたら力が溢れてたの!」
「はあ?
なに冗談みたいなこと言ってんだよ?
気付いたらって? は?」
元喜は虹の言うことが俄には信じられず、冗談を言っているのではないかと思ってしまった。
「冗談じゃない」
しかし、虹の真面目な表情を見ると、すぐにそれは真実だと分かった。
「えほっ! えほっ!」
おぶられている善治が、走っているときの衝撃からか、咳込み、また血を吐いてしまった。
「……おい、大丈夫か?」
元喜は声をかけながら、後ろを向く。
敵の姿はなかった。
「虹! 一旦休憩するぞ!
このガキが血吐いた」
「え…!?
えっと、うん!」
虹もあたりを見渡し追っ手が来ないことを確認すると、立ち止まった。
「よいしょっと……。
おい、大丈夫か?」
元喜は一旦、善治をブロック塀によりかからせるようにして座らせた。
善治は息を漏らしながら、頷くだけだった。
「黙ってたら可愛げのあるガキなんだけどな」
元喜が小言を言っていると、虹がおずおずと口を開いた。
「あたしたちは生まれたときから、戦うことを運命付けられたの。
胸に強くて温かい光を宿し、姿を見せた敵に立ち向かう戦士としてね」
「さっきから聴いてるが、なんなんだよ?
敵とか能力とかって?」
元喜の疑問に虹は首を横に振った。
「分からない」
「……は?」
「あたしたちもよく分からない。
でも
「でももなにもないだろ!!」
元喜はまた声を荒げた。
「よく分からないのになんで戦うんだよ!!
なんで死にかけるような危ないことしてんだよ!!
なんで……なんで虹ばっかりにツラいことが起こるんだよ!!」
必死な表情で虹の肩を強く掴み揺らした。
「そんなの知らないよ!!!!」
虹は元喜の腕を強く引き離した。
顔を赤くし、泣いている。
「戦いたくて戦ってるんじゃないもん……
死にたくもないもん……
さっきだってすごくすっごく怖かった……
逃げたいよ……戦いたくない…………もう、能力も光も全部捨てて何も知らずに生きたいよ…………」
目の前で涙を流し続ける。
さっきまで、不思議な力を使い、敵と戦っていたはずなのに、まるでその覇気は感じられない。
ただの非力で戦いとは無縁な少女の姿だった。
「虹……」
元喜は虹をゆっくりと抱き締めた。
虹は嗚咽を漏らしながら、強く抱き返した。
「俺も戦う」
「無理だよ……」
「無理じゃない」
「無理。
元ちゃん……能力ないよ」
「でも、その可能性はあるだろ?」
「……え?」
思わぬ言葉に虹が顔を上げた。
その瞬間、虹は元喜から体を放した。
「……虹?」
元喜は心配になり声を掛けた。
虹の全身が震えていた。
その表情は恐怖一色だった。
(……まさか?)
元喜は後ろを振り向く。
(来た…!)
そこには先ほどの鉤爪の敵が、ヒョウのようなしなやかな動きでこちらに近付いて来ていた。
「元ちゃん!!
善治くん、お願い!!
ガンバースト!!!」
虹は虚勢を張るように、わざと大きな声を出した。
光の弾は敵に向かうが、敵はするりと弾を躱してしまう。
だが、まだ一発撃てるくらいには距離がある。
虹はボールペンを構えて、正確に狙いを付け
「ガンバース
技を放とうとした瞬間
「…………え?」
敵は大きく地面を蹴り、善治と元喜の横を素通りし、一瞬にして虹の前に躍り出た。
虹はまた反応ができない。
能力が遠距離型なため、接近への対処になれていないのだ。
敵は右の鉤爪を振り下ろす。
「う……いやあああッ!!」
虹は咄嗟にボールペンでガードするが、すぐに両断されてしまい、鉤爪は虹の胸を縦に斬った。
それだけに留まらず、左の鉤爪を真っ直ぐに構え始めた。
刺し貫いてとどめを刺すつもりだろう。
「あ……ああ…………
(元ちゃん……)」
虹はもう、絶望の中、涙を流すしかなかった。
敵の鉤爪が動き始め、虹を貫こうとした。
そのとき
「虹…!!」
敵の体をすり抜けた元喜が、動き始めた鉤爪に自らの体を刺したのだ。
「……元ちゃッ…!
えほっ! えほっ!」
虹は驚き、思わず声を出したが、胸の痛みで咳き込んでしまった。
「ぐっ……!!
(い……いてえ……!!
やばい……今まで受けた痛みの中で一番痛い!!!)」
元喜は受け止められたはいいものの、それから何も出来ない。
「うっ…!!
ぐああああああ!!!!」
敵は怯むどころか、鉤爪を捻り、元喜の胸を抉った。
元喜は発狂し、視界がチカチカとし始めた。
体にも力が入らない。
そんな中、敵は右の鉤爪を振り上げた。
無防備な元喜へのとどめの一撃だ。
「元ちゃん逃げて…!!
元ちゃ……えほっ!! えほっ!!」
虹は痛みに蹲りながら必死に呼び掛ける。
「に……じ…………」
元喜は掠れ声で虹を呼んだ。
虹は顔を上げ、目を合わせた。
「……!
バカ!!!
ガンバースト!!!」
虹は元喜の表情を見ると、必死な表情になり、2つに割れたボールペンの尖端の方を持って、弾丸を右の鉤爪に放った。
「がはっ……!!」
しかし、大きく叫んだ結果、体に負担がかかり、胸や口から血が多く漏れる。
そんな決死の一撃も、敵に取っては痛くも痒くもないようで、少しの時間だけ興味を変えさせるだけに過ぎなかった。
けれども、その少しの時間もあれば十分だった。
(はいはい……格好よく死なせてはくれないのか…………
痛過ぎてもういっそ虹を護って死ねるならって思ったけど…………。
あの虹が許してくれるわけないよな!!)
元喜の胸が光り出し、そして
「いつまでそうしてんだよ……」
自分の胸を抉り続ける敵の腕を掴んだ。
「……ッ!」
敵は溢れ出す光に危機を感じたのか、初めて声を漏らしながら、鉤爪を抜いて後ろに飛び退いた。
元喜の胸の光は、全身を包む。
そして、両腕の前腕に腕輪のようなものが装着され、左手には透明の菱形の宝石を持っていた。
「覚醒……したんだね…………」
虹は元喜の覚醒を見届けると、地面に倒れ込んでしまった。
「ああ。
確かに、よく分からねえな!」
元喜は、そう言いながら宝石を強く握った。
すると、その宝石は強く光り輝いた。
中々攻撃がないため、敵は再びしなやかな動きで、元喜に接近し、鉤爪を突き立てる。
「おっと……!
まだ途中でしょうが!」
元喜は左の腕輪で鉤爪をガードした。
そして、右の腕輪のくぼみに左手の輝く宝石を嵌め込んだ。
“シャイニング”
すると、元喜の脳内に言葉が響いた。
(シャイニング……輝き………
宝石の特徴かなにかだろうな)
敵は反対の鉤爪を突き立てる。
「っと!!
邪魔すんなよな!!」
元喜はまた右の腕輪でガードした。
そして、脳内にまた言葉が響き、元喜は無意識に口に出した。
「アーマード!」
すると、右の腕輪に嵌められた宝石。
そして、左にも嵌められていた透明な宝石。
その2つが光り輝き、その光で、敵は弾け飛ばされた。
光の粒子が宝石から放出され、全身を鎧のように包み込む。
右半身は強く輝く光の鎧。
左半身は特徴のないただの鎧。
最後にヘルメットのバイザーが降り、全身甲冑の姿になる。
「鎧の戦士か!
これなら怖くないな」
元喜は手を開いたり閉じたりしてみたり、軽く跳ねたりしてみた。
動きも問題なく、バイザーも透過性が高くて視認性が抜群だ。
敵は急に変わった相手の姿を見て、下手に攻められずに様子を見ている。
「来ないのか?
ならこっちから行かせてもらうぞ!」
元喜は敵に向かって突進する。
そして、右手を強く握りしめ
「シャイニングパンチ!!」
と叫び、敵に拳を打ち付けた。
敵は咄嗟に鉤爪でガードした。
元喜はにやりと笑うと
「それ、いただくよ」
と鉤爪を刃が触れないよう、左手で握り、そのエネルギーを左腕の透明な宝石に吸収した。
すると、宝石から光のエネルギーで作られた剣が精製された。
「よっと!」
元喜はバックステップで一旦距離を取ると、剣を右手に構えた。
「はああ!!」
元喜は叫びながら、敵に斬りかかったが、それもまた鉤爪に防がれる。
「なんてな」
元喜はそう言いながら、すぐに剣から手を離した。
不意をつかれた敵は一瞬隙を晒してしまう。
元喜はまた右手に力を込める。
「シャイニングパンチ!!」
「ーーッ!!!」
敵の鳩尾に強烈なパンチが繰り出され、敵は2メートルくらい吹き飛び、地面に倒れた。
「とどめだ」
元喜は敵を見下ろしながらそう言うと、助走をつけ、大きくジャンプした。
「シャイニングキック!!」
足に光の力を集結させ敵を大きく飛び蹴りをかますと
「ーーーーーーーーッ!!!!!」
敵はうめき声と共に、体の形を留め切れずに粒子体となり、爆発した。
敵がいなくなったことで、腕輪のエネルギー排出が切れ、元喜を纏う鎧は光の粒子になり霧散した。
「……さて、あとは」
元喜はそう言いながら、虹に歩み寄った。
虹は蹲ったまま動かない。
肩で呼吸しているため、死んではいないがその呼吸はとてもか細かった。
「俺が早く覚醒していれば……
悪かったな。 虹」
元喜はそう言いながら、腕輪を外し宝石を取ると、腕輪を、虹に装着した。
そして、宝石に自分の光の力を込め、虹に付いている腕輪に嵌めた。
すると、虹の全身が淡い光に包まれた。
宝石と腕輪を介して、元喜の光の力を虹に分け与えているのだ。
虹の呼吸が安定してきた。
「よかった。
上手くいった。
…………ガキの方もか」
そう言うと、元喜はもう片方の腕輪を外し、おなじようにして善治にも付けた。
「う……ううん」
5分くらいしたら虹は目を覚ました。
「起きたか」
「元ちゃん……覚醒、したんだ……」
寝起きでまだぼんやりとしている虹は、少し嬉しそうな表情をしていた。
「ああ」
元喜は虹から腕輪を外しながら、頷いた。
「でも……なんでわかったの?
元ちゃんも、覚醒できるって?」
「? なんでだ?」
「だって……能力に覚醒する可能性あるって」
「……あー……あれか。
なんとなくだよ」
「……え?」
「お前ができたんだ。
多分、俺にもできるってそう思っただけだ」
「あれだけあたしのこと心配して……。
それで死んだらどうするの?」
「お前が死ぬよりマシだ」
キザっぽく言う元喜に、虹は拗ねたような表情をし、無言で元喜に軽くパンチした。
「痛! なにすんだよ!」
元喜は怒るが虹は無言のまま、軽いパンチを続ける。
「おい……虹……!
こら、やめろって!」
元喜は手でガードし、最後には軽く頭を叩いた。
そこで虹のパンチは止まる。
虹は元喜を見上げていたが、しばらくすると口元が緩み始め、微笑みながら元喜の手をどけて立ち上がった。
「言いたいこといっぱいあるけど。
もうこれでいいや。
バーカ!」
虹は意趣返しのようにイタズラに笑いながら言い放った。
「お前には言われたくねえよ」
それを見て、虹が元気になったのだなと思った元喜も思わず微笑んだ。
「……あ、ねえ!
元ちゃん! 元ちゃんのその能力って、他の人に力分け与えられるんだよね?」
「……ん? ああ……多分?」
「じゃあ! いいこと思い付いた!!
今からちょうど行こうとしてとこ! 元ちゃんも着いてきて!!」