ハートジャスティス 番外編集   作:ココリンク

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1人目

2003-02-10(月)

 

 

「この銭湯は非常に良い。

星星の須臾の瞬き。

その儚さを体現する内装は、忙しい現代人の心を緩やかな夢の中へと誘うのだろう」

 

学校帰り、虹の紹介で銭湯天野へと来ていた善治は、壁一面に広がる星の装飾に見惚れながら、湯船につかっていた。

 

「虹さんは本当に大らかな心の持ち主だ。

この銭湯の素晴らしさを感じ取ったのも必然と言うわけか」

 

善治は、天真爛漫だがどこか芯の強さを持つ虹を大きく評価していた。

 

ハートジャスティスを結成するとき、虹をリーダーに推薦したのも善治だった。

 

「ここの長男の竪倫さんも良い人だ」

 

そして、1ヶ月前に覚醒し、ハートジャスティスに加わった竪倫にも尊敬の意を示していた。

 

真面目で、年上にもかかわらず圧力をかけない態度に、サブリーダーの座を渡そうかとも考えていた。

 

それは竪倫が部活動に所属し、あまりハートジャスティスの活動に参加できないということで、なしになり、結局、元喜とまたその座を争うことになった。

 

 

 

 

十分に浸かると、善治は浴場から出て洋服を着るとエントランスへと出た。

 

「ありがとうございます。

いい湯でした」

 

善治は受付にいた、竪倫の母親に声をかけ、お辞儀した。

 

「どうもね。

今度またいらっしゃい、子供たちの友達なら大歓迎よ」

 

竪倫の母親は和やかな笑顔を見せた。

 

その笑顔で、この銭湯に来た人は更に和まされるのだと善治は思った。

 

「ええ。

我が師--祖父、松尾善良と共に来たいものです」

 

「ええ!

いつでも待ってるわよ!」

 

「はい。

それでは失礼いたします」

 

善治は深くお辞儀をすると、扉を開け銭湯を出た。

 

「あ。

ありざしたー」

 

外へ出ると、千恵が前の歩道を掃き掃除していた。

 

千恵は善治の姿を見ると面倒くさそうな顔をし、適当に挨拶した。

 

それには善治は顔を顰める。

 

そして、千恵の足元を観察した。

 

「ふむ。

これはいただけないな」

 

善治の難色を示す言い草に、千恵は不機嫌そうな顔をした。

 

「なんですか?

またお説教ですか?」

 

千恵は善治と視線は合わせず、掃き掃除したまま言った。

 

「はてはて。

君は一体全体……なにゆえそんななのかね?」

 

「そんなに説教したいなら、パトロールでもすればいいじゃないですか。

またそうやって“わがし”がなんやかんや言って、町の平和を守っててくださーい」

 

説教されると思った千恵は、皮肉のように言いながら荒あらしく掃き掃除を続ける。

 

善治はため息をつくと、千恵の肩を掴んで、自分の方へ体を向けさせた。

 

「人と話すときはへそを向ける。

今どき幼稚園生でもすることだ。

なにゆえ、君はそんなこともできない?

我が尊敬する天野竪倫の令妹とは思えぬ所業だ」

 

「ちっ」

 

千恵は舌打ちをすると、善治の手を振り払い、掃き掃除に戻った。

 

「聴いているのかい?

僕は君のためにと思い、言ってやってるんだ。

あ、こらこら。そこまだ小さな包装紙の切れ端が残ってるではないか。

自然のため、こういうのを見過ごすのは全く以て配慮が足らん。

いいか、我が師--祖父、松尾

 

そこまで言ったとき、善治に箒が投げられた。

 

「おっと……」

 

善治は片手でキャッチし、千恵を蔑んだ目で見た。

 

「これはいったいどういう

 

「うっさいな!!

そんなにぺちゃくちゃぺちゃくちゃ言うなら、お前がやればいいだろ!!

キモいんだよ!!死ね!!」

 

千恵は泣きながらそう言うと、走っていってしまった。

 

「これは……!

はあ……聞き捨てならないな。

やはり教育が必要みたいだ」

 

善治は顔を顰めながらそうつぶやくと、箒を玄関の扉に立て掛け、千恵を追い掛けた。

 

 

 

 

 

「(もう!!

なんなの!!

6年生だからって偉そうに!!

あのゴミもさっき拾おうとしてたし!!

お前じゃなかったらちゃんと目見て話すっつーの!!)

あーーもうーー!!」

 

千恵は特に宛もなく、怒りを発散させるためにただひたすら走りながら叫んだ。

 

そして、曲がり角を曲がろうとしたとき

 

「おわっ!!」 「うっ!!」

 

人とぶつかった。

 

「いたた……

わっ! あわっ……ええっと、ごめんなさい!」

 

千恵は急いで立ち上がり、誰とぶつかったか確認できないまますぐに謝った。

 

「いてて……

だいじょーぶ! あたし、ちょっと体がじょう……

って、千恵ちゃんじゃーん!!」

 

「……え?

!! 虹さん!!」

 

ぶつかったのは、虹だった。

 

千恵はすぐに立ち上がり、手を差し伸べる。

 

「大丈夫でした!?

ごめんなさい、私えっと」

 

焦る様子を見せる千恵に、虹は優しく微笑みかけると、千恵の手を取り、立ち上がった。

 

「大丈夫だよ!

千恵ちゃん、優しいね」

 

虹は優しく言いながら、千恵の頭をなでた。

 

千恵はさっきまでの善治との対応の落差に、涙がでて来てしまう。

 

「……え!?

千恵ちゃん、どっか痛いの!?」

 

虹は慌てて訊くが、千恵は首を振るだけだった。

 

「え?

じゃ……じゃあ、どうしたの?

なにか嫌なことでも

 

虹が訊こうとすると

 

「そこに居たのか」

 

と遠くから声が聞こえた。

 

「……?

あ、善治くん!」

 

その声は善治のものだった。

 

「…?

どうしたの? 千恵ちゃん?」

 

善治に見つかった千恵は、虹の後ろに隠れた。

 

その間にも善治は千恵へと近寄る。

 

「これは。

虹さん。こんにちは」

 

「こんにちはー」

 

善治は虹に挨拶すると、その背後にいる千恵を覗き込んだ。

 

「今日こそ、あなたのその腐った性根を叩き直してやろうか」

 

「えっと……どうしたの?」

 

虹は状況がのみ込めない。

 

「虹さん。

あなたからも言ってやってください。

天野千恵。

彼女は本当に人としてなってない。

掃き掃除も適当、会話の時に目を合わさず、人が為を思い言葉を送ろうとしたときに箒を投げ捨て、挙句の果てには僕に

 

「善治くん」

 

苛立つようにして話す善治に、虹はやれやれといった表情で、言葉を止めさせた。

 

「ちゃんと千恵ちゃんのお話も聴いた?

例えそれがいいことでも自分だけ話してるだけじゃ、ただの押し付けだよ」

 

「ですが。

僕と向き合う姿勢がまるで感じなかった。

それに彼女は僕に最悪の言葉を言ったのですよ。

他の行いを許しても、それだけは謝罪の一つがほしい者です」

 

「そう……」

 

虹は困った顔をすると、千恵を見た。

 

「千恵ちゃん……なにか善治くんに言っちゃったの?」

 

まだ啜り泣いており、話せそうにない。

 

「ごめんね……善治くん。

さっき急に泣き出しちゃって……

また今度謝りにいくから……今日は

 

「虹さん。

それより」

 

虹はなんとかこの場を抑えようと、善治に声をかけたが、善治はあたりを見渡し警戒し始めた。

 

「……?

え!? まさか!!?」

 

虹も気付き、あたりを見渡す。

 

「この時間、あまり人通らないからわからなかった……。

もう……こんなときに…!」

 

いつの間にか、敵の侵略地点──灰色の世界へと入ってしまっていたのだ。

 

虹と善治の様子から、千恵もそのことに気付き、涙を拭って目を開けた。

 

そのとき

 

「……!!」

 

足元に見覚えのある、うねうねつるつると蠢くものを見付けた。

 

「きゃああああ!!!」

 

千恵は1ヶ月前の恐怖を思い出し、思わず叫んだ。

 

「うわ!!?」

 

近くにいた虹は、千恵の悲鳴に驚き、思わず飛び退き警戒を崩してしまう。

 

その瞬間

 

それは虹のお腹へと勢いよく伸び、強く殴打した。

 

「がはっ……!!」

 

一瞬の無防備になった隙を付かれ、鳩尾への強打は虹は思わずしゃがみこんでしまう。

 

「虹さ……むぐっ!!

 

千恵が虹を心配し、思わず叫んだ瞬間、それは千恵の口の中へと飛び込んだ。

 

「うっ……!!

ぅぅー……!!」

 

どんどん奥へ奥へと入り込み、気道の確保がしづらくなっていく。

 

「言の葉は、長きも切れる凶器だ」

 

善治がそう言うと、近くの庭先に生える木の葉が鋭く尖り、それに発射され、切断した。

 

「ぬぐっ……

ぷはっ!!

はあ……はあ……はあ……」

 

勢いが止まったことにより、千恵は口から吐き出し、荒々しい呼吸をした。

 

「あら。

1人殺れたと思ったんだけどな」

 

女性の声が聞こえ、善治は声の方に注意を向ける。

 

そこへは1人の女性が立っていた。

 

ボディラインがくっきり見えたピッチリのスーツ。

 

顔はスーツとは不揃いなフードに隠れて見えないが、少しだけ覗く妖艶な唇。

 

千恵はその姿を見て、恐怖で体が震えた。

 

1ヶ月前、天野兄妹を襲った、触手を操る闇の侵略者──ハンドクルがそこに立っていた。

 

「はあ……はあ……

ガンバースト!!」

 

虹は強烈な吐き気に催されながらも、ポケットからボールペンを取り出し、ペン先を出すと、そこからエネルギー弾を発射した。

 

ハンドクルは不敵に微笑むと

 

触手を射線上に配置し、エネルギー弾を防いだ。

 

「無駄よ」

 

ハンドクルは余裕そうにゆっくりと、3人に近寄る。

 

そして、まっすぐと指をさした。

 

(……!

まずい攻撃される!!)

 

千恵は前回の戦いで、ハンドクルが指を指したところへ触手が来ることを覚えていた。

 

遠くからなので詳細はわからないが、虹へと伸ばされている。

 

千恵は伝えようと声を出そうとしたが

 

「む・だ」

 

ハンドクルは千恵の口の動きを見ながらそうつぶやく。

 

すると、木の葉により切断された触手の断面から、また新たな触手が生え、一直線に千恵の口へと突っ込んで行った。

 

「虹さ……むぐっ!!?」

 

「え……!?

千恵ちゃ……

うっ!!」

 

虹が千恵の声に反応し、後ろを向いた瞬間、触手は虹の首へと巻き付いた。

 

「虹さ……むっ!!?」

 

善治も声を出した瞬間に、触手が足元から勢いよく伸び、口の中へと入りこまれてしまった。

 

「……!!

……!!

(だめだ……声が!!)」

 

虹はボールペンを触手に向け、エネルギー弾で破壊しようとしたが、声が出せないので、力が使えない。

 

「ふふふ。

あなたたちの弱点は声。

不憫よね。

声に出さなきゃ、なんの技も使えないなんて」

 

ハンドクルはもがき苦しむ3人の姿を見て、ただただ笑うだけだった。

 

(なんとかしなければ……。

僕と天野千恵は口を塞がれ、虹さんは首を絞められている……。

打開したいものだが、敵の言う通り、声を出さない限りは……技を出すのは無理だ…………

だが)

 

善治は庭先の木に視線を向けた。

 

すると、木の葉が1枚ゆっくりと、舞い散り地面に落ちる。

 

その後、2枚、3枚と散った。

 

その瞬間

 

強風が吹き、木の葉は風に舞う。

 

そしてその風に乗った落ち葉は

 

それぞれ3人の触手を切断した。

 

「なに…!?」

 

ハンドクルは動揺する。

 

「技を使ってないのに……!

こんな葉っぱに……なぜ!!?」

 

「ぷはっ……

はあ……はあ……人の口にものを入れるなら……はあ………もっと味の良いものだとありがたいな。

不味くてかなわん

……ふう…………」

 

善治は荒々しい呼吸をしながら、したり顔で言った

 

「はあ……はあ……

すごいよ……善治……くん……」

 

虹も、なんとか確保できた呼吸をしつつ、ボールペンを構え

 

「連続ガンバースト……!!」

 

なんとか技名を叫び、触手を根本からエネルギー弾で破壊した。

 

「そこの美麗な頭巾の方。

僕を相手取るときは、自然を相手取ると考えてもらった方がいい。

我が師--祖父、松尾善治のコトバを送ろう

“世界其れ即ち独りに非ず。

風が自然が生き物が助け合い、手を取り合うこと、其れ世界也”

風が、自然が僕らの味方。

お天道様のこの街の元は皆平和。

それらを乱す不届きは、お天道様のように明るい僕らが成敗してあげましょう」

 

「な……何を言ってるの?」

 

動揺のまま長い口上を聴いたハンドクル。

 

そのせいなのか

 

「ガン

 

こっそりと背後を取っていた虹に気づけなかった。

 

「バース……

 

虹は闇の侵略者の弱点の胸元を貫こうとした。

 

そのとき

 

「……!!

千恵ちゃん!!

後ろ!!」

 

千恵の背後に、蠢くものが見え、思わず注意を促すために叫んでしまった。

 

「けほっ……けほっ………

……え?」

 

千恵は思わず後ろを振り返ろうとしたそのとき

 

「危ない!!」

 

善治に突き飛ばされた。

 

「……いた……

なにするんです……」

 

千恵は転がり、急な突進に文句を言おうと顔を上げた

 

「……………ぇ」

 

が、目の前の光景に目を疑った。

 

「善治くん!!

……ガンバー……うっ!!?

 

虹は動揺し、善治の名を叫んだあと、涙ぐみながらトドメの一撃を思い出し、技名を叫ぼうとしたが、ハンドクルに直接首を捕まれ、持ち上げられてしまった。

 

「ふはは……

ふははははははは!!

無様だね!!

一人くらい道連れにしようと思ったら、とんだ馬鹿な奴らだ!!」

 

「あ゙あ゙あ゙……!!!」

 

ハンドクルは興奮したようで言いながら、虹の首を折ろうと、更に力を強くする。

 

(嘘……そんな…………だって………。

嘘だよね……)

 

千恵は酷く動揺する。

 

目の前に見える

 

鋭利な触手により、“首をはねられた善治の姿”を見て。

 

「リボンの小娘!

お前のことは気付かなかったよ。

このまま生きてたら、私達を脅かす大きな脅威になるだろうね」

 

「あ゙あ゙あ゙あああぁぁぁ……!」

 

ハンドクルの力が更に強くなる。

 

それに比例するように、虹の叫び声が力を失っていく。

 

(ごめん……善治……くん…………

私が……すぐに……攻撃しなかったから…………

 

気道が確保できなくなり、虹の意識が失われた。

 

「さて……残りは雑魚1人だけみたいね」

 

ハンドクルは千恵を見ると、千恵の首元を指差す。

 

そして、善治の命を刈り取った鋭利な触手は千恵に襲いかかった。

 

「アクアウェーブ!!!」

 

千恵は力の限り叫び、両手から水を発射。

 

凄まじい水圧は触手を一撃の下、粉々にした。

 

銭湯の前。つい、口に出してしまった言葉。

 

思い掛けず突発的に出してしまったものだったが、それが善治にかけた最後の言葉だった。

 

「はあ……はあ……

死ねって言って……死ぬやつがいるか!!」

 

千恵は立ち上がり涙ながらに叫ぶ。

 

「威勢だけはいいわね!

でも、あんたも死ぬのよ!!」

 

ハンドクルは手から触手を千恵にむけて伸ばした。

 

千恵は両手を合わせ、手を開く。

 

「アクアウェーブ!!!!!!」

 

千恵は街中に響くのではないかと言うほど、大きく大きく声を出し、直径1mはあるのではないかというほどの数流を出した。

 

触手と水流は互いにせめぎ合う。

 

「うああああああああああああ!!!!!!」

 

千恵は叫んで叫んで叫びまくる。

 

喉がイガイガし、張り裂けそうになっても叫んだ。

 

「……なに……!!」

 

ついに水流は触手を押し返した。

 

「くっ……!!」

 

ハンドクルは踏ん張り、手に力を集中させるが、全身全霊をかけた水圧はとどまることを知らない。

 

「うあああああ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!!!!!!」

 

過剰に溢れる能力に体がついていかないのか、目から鼻から耳から。

 

あらゆるところから血が流れる。

 

それでも千恵は叫ぶ。

 

そしてついにハンドクルの目の前まで到達。

 

「くっ…!!?」

 

あと数cm、目と鼻の先まで水流が来たとき

 

「あ゙あ゙あ゙あ゙……うっ……!!

がっ!!」

 

急に千恵の叫び声が止まり、水流が途切れた。

 

(なに……喉が……喉に……なにか……!!)

 

千恵は喉になにかが蠢いているようなムズムズ感を覚え、次の瞬間

 

「がはっ!!」

 

千恵の口から、あの触手が飛びだしてきた。

 

「残念ね!!

今、発動したのよ!!

あなたの口の中に入れた触手は、あなたの喉に闇の粒子を植え付けた!!

それがいま、発現したのよ!!」

 

勝ち誇るかのようなハンドクル。

 

右手に力を改めて込め直し、狙いを定める。

 

(うそ……やだ……やだやだやだ……

気持ち悪い……死にたくない……死にたくない!!)

 

千恵は口の中を触手に弄り回される気持ち悪さで、声を発することができない。

 

ハンドクルの攻撃に抵抗することができず、もう怯えて死を待つしかなかった。

 

「こんなに楽しませてくれたのはあなた達が初めてよ!!

来世でまた、戦えるといいわね!!」

 

ハンドクルは興奮した様子でそう言うと、触手を千恵に放とうとした。

 

その瞬間

 

「ガンバースト……」

 

ハンドクルの足元からエネルギー弾が発射され、ハンドクルの胸を貫いた。

 

虹の意識が回復したのだった。

 

間一髪のところで、正確に弱点のコアを貫いた。

 

「間に合った………」

 

ボールペンが虹の手を滑り落ち、やり遂げた虹は静かに腕を下ろしまた、目を閉じた。

 

「う……うそ……

そんな……生きてたの」

 

コアを撃ち抜かれ、形を保てなくなったハンドクルは、困惑のまま粒子となり空中へと消えた。

 

 

「えほ!!

えほ!! えほ!!」

 

能力者が消えたことにより、千恵の中の触手が消えた。

 

だが、触手によって奪われた命は元に戻らなかった。

 

千恵の目の前には、さっきまで鬱陶しがっていた生意気な首のない男の子と、生死不明な少女が倒れている。

 

千恵は頭の中がぐるぐるとし、よくわからなくなった。

 

「……………

う……うう……

うわああああああああああああああ!!!」

 

千恵は泣いた。

 

恐怖に泣いた。

 

不安に泣いた。

 

安心に泣いた。

 

罪悪感に泣いた。

 

その日、平和だったこの街に1人の犠牲者が出た。

 

 

 

松尾善治

死亡 享年:12歳

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