「おはよう……花奈ちゃん」
「あ! 咲希、おは………」
寝ぼけ眼で挨拶する咲希に、台所で朝食を作る花奈が見たものは。
「………ッ!?」
触覚のように前髪が外にはねた寝癖だった。
(やばい! かわいい!
こんな天使、どれだけ徳を積めば産まれてくるんだ…!?)
「花奈ちゃん。今日の朝ごはんなに?」
「今日は目玉焼きだよー!」
「目玉焼き!?
やったー!!」
朝ごはんの品を聞いた咲希は、眠気が吹っ飛んだか飛び跳ねて喜んだ。
「ふふ。
(ああー! かわいい!!)」
その様子を花奈は内心たまらなく思いつつ、外側では平静を保って微笑ましく見ていた。
「顔洗ってくるー!」
咲希はそういうと、洗面所へ駆けて行った。
「うん! いってらっしゃーい!!
(ああ、可愛かったー!!
何あの寝癖!? 寝癖もかわいいとかもう尊みの極みじゃん!!
……はっ!? 咲希は今、顔洗うって言った!
顔洗うってことは鏡をみる!
そしたら、直されてしまう…!!
写真に……!! フィルムに…!! 一枚でも収めたい!!
直される前に! 一枚でも!!)」
花奈は思い立ち、台所にかかっているタオルを取ると、洗面所の前まで駆ける。
「咲希!」
「……なに? 花奈ちゃん?」
咲希は顔を洗った直後だったのか、顔を濡らして鏡と反対側にかかるタオルで顔を拭こうとしていた。
寝癖はまだ直っていない。
「ごめん。咲希。そのタオル昨日洗い忘れててさ、こっち使って」
「うん! 分かった!」
咲希は花奈のところまで行き、タオルで顔を拭く。
「タオルは私がかけておくから、先に椅子に座ってて」
「はーい!」
咲希は元気よく返事すると、テーブルまで駆けて行った。
(よし!!
咲希はタオルで拭いてから鏡を見る!!
これであの寝癖の延命に成功だ!!)
花奈はタオルを新しいものに変えながら、心の中でガッツポーズをした。
(さあ、後はカメラを持ってきて収めるだけ!)
そう思いながら洗面所を出ようとしたとき
「おっはよー! 咲希!」
と空良の声がした。
(……ッ!?)
花奈は嫌な予感がし、すぐにリビングへ戻った。
「おはよ! 空良くん!!」
「ん? 咲希どうしたー、その………ッ!?」
空良は咲希の異変に気付き、言おうとしたが、不意に殺気を感じ、口を止めた。
その方を見ると、花奈が怖い顔をして空良を見ていた
「? なに? 空良くん?」
途中で言葉を止めたので、咲希は聞き返したが
「う、ううん。なんでも……。
今日もかわいいなーって。
あはは」
事情はわからないが、なにか余計なことをいえば姉に殺されそうだと直感し、空良は笑って誤魔化した。
「えへへ!
ありがとう!」
「空良」
なんの曇りもなく返事する咲希の奥で、花奈は手招きする。
「う、なんだよ。姉貴」
空良は渋々近付くと、花奈は空良の肩に手を回し小声で言った。
「いい? 空良。
私ちょーーっと取ってくるものあるから、代わりに目玉焼き移しといて」
「ああ。わかったよ。
でもそんなこしょこしょ言わなくても」
「いい? その間絶対に余計なこと言うなよ?
言ったら空良が大切にしているフィギュアを捨ててやっても」
「ちょ! 姉貴!? それだけは!!」
「花奈ちゃん、空良くん。何やってるの?」
二人のやりとりを気になった咲希は覗き込むようにして聞いた。
「ううん! なんでもない!
お姉ちゃん、ちょっと部屋に取るものあるから、咲希はテレビ見てて待ってて!」
花奈はさっきの怖い顔はどこえやら、笑顔で咲希に答えた。
その変貌ぶりに、空良は半ば呆れ、半ば恐怖する。
「うん! 分かった!!」
咲希は言われたとおり椅子に座り、テレビの番組を子供番組に変えて見始めた。
「じゃ、空良。
よろしくね」
「お、おお」
花奈は肩に手を置き、脅すように言うと、部屋に向かって行った。
「なんだったんだよ…。
そういえば咲希、さっき言おうとしたんだけどさ………」
「あったー! カメラ!!
咲希は写真に写るの好きだからきっと撮らせてくれるぞ!!」
花奈は胸を膨らませ、ルンルン気分で部屋を出た。
「あれ?」
しかし、ロフト部分から見えるテーブルに咲希の姿がない。
花奈は急いで階段を駆け下り、目玉焼きを皿に移す空良に詰る。
「空良! 咲希は!?」
「ああ、咲希なら」
「空良くん!どう?」
空良が答えようとしたとき、洗面所から咲希が出てきた。
「え?」
その姿を見て、花奈は呆然とした。
「お! ちゃんと直ってる! かわいいぞ!! 咲希!!」
跳ねていた髪が花の形の髪留めで留められ、寝癖がなくなっていた。
「うん! 教えてくれてありがとう!!
あと見て! もう髪留めもしちゃった!!」
「ああ! 似合ってる!!
なあ、姉貴もそう思………ッ!!?」
明確な殺意と怒りが向けられ、空良は恐怖を覚える。
「え? ちょ、姉貴? なに怒って……
ん? 姉貴、カメラなんか持ってなにを……?」
「空良……あんた………あんたね………!!!」
「ちょ、姉貴…!?」
花奈の怒りが爆発しそうになったそのとき
「ねえねえ花奈ちゃん!
見てみて! 寝癖がうまく戻ってくれなかったから髪留めで止めたんだ!似合う?」
と無邪気に咲希が言った。
「………ッ!!?」
よく見ると、留めている部分から少しだけ跳ねているところがはみ出ている。
「うん! 似合う似合う!! もうかわいいの極み!!」
それもまたかわいく、怒りはどこかへ吹っ飛んでいた。
「写真撮っていい!?」
「うん!! いいよ!!」
こうして、早苗家のミニ撮影会が始まり、空良のフィギュアも捨てられずに済んだのであった。