「ねぇちゃん!ナギねぇ!準備はいいー!?」
「うん!!」
「ばっちり!!」
授業が終わって放課後、通学路に脇にある花畑沿いの道で、乃々実と凪咲が競走をしようとしていた。
「お二人とも!頑張ってください!!」
二人のランドセルを預かっている亜美も道端の岩に腰掛けて応援している。
「いくよ!位置に着いて。」
「今日は負けないよ……!ばやっちゃん……!」
「わたしだって……!まけないからね……!」
「よーい…………。ドン!!」
審判をする野々の掛け声と共に二人はほぼ同時のタイミングで走り出した。
だが、運動神経抜群の乃々実が徐々に凪咲との距離を引き離している。
凪咲も追い付こうと懸命に走るが、差は一向に縮まらない。
結局、順位が変わらぬまま乃々実がゴールした。
「ねぇちゃん!ゴール!!」
かなり距離が開いてしまい、凪咲がゴールしたのは少し経ってからだった。
「ナギねぇもゴール!」
凪咲はかなり息が上がっており、ゴールした瞬間に膝をついてしゃがんだ。
「だいじょ〜ぶ?」
その様子を見た乃々実が心配して駆け寄ってきた。
凪咲は疲れながらも乃々実を見上げた。
「ふぅ……………やっぱり……ばやっちゃんは………速いね………。」
「でしょ!スポーツならぜっったいに、まけないよ!!」
そう言う乃々実の顔は、まるで疲れを感じさせないほど笑顔だった。
それを見た凪咲は悔しがりながらも乃々実の実力に素直に関心し、微笑んでいた。
「乃々実さん、お疲れ様です。」
亜美は労いの言葉を掛け、預かっていたランドセルを乃々実に渡した。
「ありがとう!あみ!!」
乃々実は亜美からランドセルを受け取り、軽々と背負った。
「柳木さんもお疲れ様です。」
「………はぁ……ありがとう………。」
亜美は凪咲にもランドセルを渡そうとしたが、凪咲は疲れ切っており、座り込んだまま受け取ろうとしない。
「柳木さん、大丈夫ですか?」
「う………うん。大丈夫……。そこ、置いといて。」
凪咲はちょっと無理をしたよなわざとらしい作り笑顔でこたえた。
「は、はい。わかりました……。」
亜美は少し心配しながら、言う通りにランドセルを凪咲の目の前に置いた。
その瞬間だ。
「あ〜〜〜〜〜〜ぁ!!」
乃々実が行き成り大声を出した。
「どうしたの?ねぇちゃん。」
「大声出さないでくださいよ………。」
「何、思い………出したの………?」
皆驚きつつ、呆れた顔で乃々実を見詰めた。
乃々実が焦るように言った。
「わすれてた!きょう、かいものするんだった!のの!あみ!いそいでいくよ!!」
「え〜ぇ………。」
「忘れてたのですね。」
野々と亜美はまた呆れるように乃々実に言った。
そんな事は気にもせず、乃々実は二人を急かすように言う。
「ほらほら!はやくいくよ!!」
「うん!!」
「はい、行きましょうか。」
結局、終始いつも通りのことなので、野々と亜美は怒りなどの感情はなく、自由奔放な乃々実に素直に付いていった。
「じゃあナギー!バイバイ!!」
乃々実がそう言って、凪咲と別れようとした時だ。
「待って、ばやっちゃん!あみ、貰っていい?」
凪咲が立ち上がり、どこか物悲しげな表情で言ってきた。
乃々実は少し考えたような素振りを見せた後、亜美の方を見詰めて言った。
「あみはどうする?」
「私は、別に構いませんが。」
亜美が即答で返した。
「じゃあきまりだね!じゃっ、あみ!あとでね!!ナギーもバイバイ!!」
乃々実はそう言うと、またさっきのように全速力で駆けていった。
「ナギねぇ!バイバイ!!
ねぇちゃん!!待ってぇ!!」
置いてかれた野々も、律儀に凪咲にバイバイしてから、乃々実を追い掛けて行った。
「バイバ〜ァイ!!」
凪咲は二人の走る背中を見ながら、大きく手を振り、別れの挨拶をした。
「さっ、帰ろっか!」
それが終わると凪咲は振り返り、ランドセルを背負いながらわざとらしく元気に言った。
「はい、そうですね……!」
亜美もつられて元気に返すが、どこか心配そうに、凪咲を見詰めていた。
凪咲が歩き始めると、亜美も歩き出した。
何か他愛もない話しをしながら、さっき競走した花畑沿いをつたり、いつもの通学路に戻ると、ふと亜美が尋ねた。
「そういえば、柳木さん。どうして私と帰ろうとしたのですか?」
執着心が強い凪咲も、さっきのような事情があったら素直に一人で帰るときが多い。
だが、今回は一人が引き止められ一緒に帰る事になった。
亜美はそれが不思議だったのだ。
それに対して凪咲はわざとらしく笑い、冗談めかして言う。
「いや〜ぁ。一人で帰るのは寂しーなって………」
そこまで言ったが、亜美の真剣な眼差しを見ると急にため息をつき、表情を曇らせてこう言った。
「やっぱ駄目だよね………。いや、別にね、ばやっちゃんに勝ちたいって思っている訳じゃないよ。亜美も知ってるようにさ、ばやっちゃん、勉強はだめだけど運動は得意だし、何に対しても全力だしさ。敵わないってのは分かってるよ。
でもね、負け方ってのもあるじゃん。ナギ、全然ばやっちゃんに追いつけなかった………。
悔しいじゃん!」
「柳木さん……。」
亜美は俯く凪咲に元気付ける言葉をかけようとしたが、結局何も出なかった。
二人はそのまま何も話さずただ並んで歩き、解散場所のワゴン式カフェのある坂の上の広場へとついていた。
「……。そ、それでは……柳木さん。」
亜美は振り向き、躊躇うことはなかったが、なにか後味が悪い雰囲気を残しながら、別れを告げようとした。
「えっ、あ、うん!バイバイ!」
凪咲はぼーっとしていたのか、俯いた顔を急いで上げて、作り笑顔で手を振った。
「はい。さよう…なら。」
亜美はその様子を心配しながら、とくに何か言うわけでもなく、小さく手を振り家の方の下り坂へと歩いていった。
凪咲は亜美の姿が見えなくなるまで目で追い、どこかソワソワした様子を見せたが、結局何もできず、亜美の姿が見えなくなると顔を曇らせ溜息をつく。
「おーーい!凪咲ちゃん!」
そこへカフェの店主の杉森が、手を振りながら凪咲を大声で呼んだ。
凪咲は声に気付くといかにもめんどくさそうな顔をしながら、車のカウンターまで歩いていく。
「なあに、おじさん。
ナギ、はやく帰ってゲームやりたいんだけど。」
「そんな水臭いこと言わないでよ。
おじさんとこ、見ての通りすっからかんでよ、手持ち無沙汰で困ってたんだよ。」
「テモチブサタ……?
何かよく分からないけど、サクラにはならないよ。
ナギ、来週発売の今やってるゲームの続編買わなくちゃいけないからお金ないから。」
「いやいや、おじさんそんなこと頼んでるんじゃあないよ。
確かに今はすっからかんのがらんどうだけど、お昼はミセスやマダムでいっぱいだったからね。
ただ、明日の小分けも一通り終わっちゃったし、今は暇なわけ、ちょっと相手してくれないかなって。」
「えー。」
凪咲はめんどくさそうな顔を保ちつつ、頭の中で杉森の相手をするか考えた。
新作が発売される前に前作をやり込んでおきたいポリシーをもつ凪咲は、いつもなら最優先でゲームを取り、面倒事にも首を突っ込まないでいる。
しかし今は違った。
何か心にモヤモヤしているものがあり、それを発散したかった。
--亜美は優しいからはけ口にするのは気が引けたが、おじさんなら平気だろう。
凪咲はそう思い、留まることにした。
「分かったよ。相手するする。」
凪咲はそういいながら、ランドセルを前に抱えカウンター席へと座った。
「あれ、珍しい。
ダメ元で言ってみるもんだなあ。」
杉森は驚いた表情をしながら、ふてくされた表情でちょこんと座る凪咲をまじまじと見つめた。
「たまにはね。
一応、よくお世話になってるし、たまには相手しないとね。」
「へっ、そうか、ありがとう。
はい、これお礼ね。
りんご?それともオレンジ?」
杉森はそういうと、凪咲の目の前に空のコップを出した。
「えー、じゃあ、りんご!」
「はいよ。」
杉森は冷蔵庫からりんごジュースの入った冷水筒を取り出し、それをあと一滴でも注いだら溢れそうなくらいコップいっぱいに注ぐ。
「相手ついでで頼みたいがよ、凪咲ちゃん、一昔前のゲームってやってる。」
「まあ、一応、シリーズものなら、ばやっちゃんのお兄さんに借りてプレイしたことが何度か。」
凪咲はコップに顔を近付けてすすると、上目遣いでこたえた。
それを聞いた杉森は微笑を浮かべ、運転席に置いてある荷物からおもむろにゲーム機を取り出し、中のカセットを抜いた。
「これなんだがよ、知ってる?」
そう言いながら、杉森は車の縁にカセットを置く。
凪咲は興味津々に覗き込み、タイトルが見えると急に目の色を変え、興奮気味に語り出した。
「お、おお、おじさん!!
これ、2じゃないですか!!
初代の人気があってか、発売直後から売切れ続出、手に入れたものはクラスの英雄とされ、フリマやオークションだと万超えは確実とされる『中華冒険譚2!!〜ラーメンにメンマを添えて〜』じゃないですか!!
どこでこんな!」
「へ〜、そんなプレミア品だったのか。
俺が中坊のときだったかそんときに少ない小遣いで買ったもんでよ。
最近になって、昔のダチから対人プレイがあるからやらないかって誘われたんだ。
でも、英雄視は……………何やってんだ?」
杉森が発売当時の事を昔の記憶から引っ張りだしながら上の空で話していると、凪咲は広場の隅にある流し場で、いつになく丁寧に手を洗っていた。
「なにって、伝説のゲームを汗と砂利で汚れた手で触るのはもってのほかですよ!」
凪咲は少し怒気の混じった声で返すと、蛇口をしめ、ポケットの中で丸められたハンカチで綺麗に手を拭くと、カセットの前まで戻り、深呼吸をした。
そして、高級な宝石を触るように慎重に持ち上げ、前後左右マジマジと見つめ、恍惚に浸った。
「ホント、凄いですよコレ!
9まで続くこのシリーズのシステムをほぼ完成させたという2!!
ナギ、中(華)冒(険譚)に入ったのは5から何ですけど、その中の登場人物に憧れてヌンチャク始めたくらいなんですよ!
その初登場がこの2!!
ああ、ここで会えるなんて、もーーー死ねます!!」
凪咲は笑顔を隠しきれず、カウンター席のテーブルに突っ伏して、全身を震わせ興奮している。
「凪咲ちゃん。世界に入っているとこお邪魔するけど、さっきの伝説ってどこから聞いた?」
対し、杉森は優しい笑顔で優しく凪咲に聞いた。
凪咲はニヤケたままの顔を挙げ、杉森の顔を見ると赤面し、カセットを元の位置に置き、口元を手で隠すとりんごジュースを飲み、深呼吸をして平静を装うとした。
「ど、どこって………ばや兄から聞いたよ。」
「直樹くんからか……なるほどね。」
杉森は乃々実の兄である直樹から聞いたと聞くと、なぞなぞの答えが分かったかのように納得するような顔をした。
「なに…?」
凪咲はりんごジュースをちまちま飲みながらこたえる。
「凪咲ちゃん、キミ、ハメられたね。」
「えっ!!?
ハメられた…!!
そ…そそそ、そんなことお………」
凪咲は目を丸くし、再び赤面するとコップが割れそうな勢いでテーブルに置き、カセットの表面を覗き込んだ。
「はは、確かにこれは名作と謳われているようだけど、プレミアとはいかないんじゃない。
当時のクラスメイト殆んど持ってたくらいだし。」
「じゃ……じゃあ、さっきの…………………」
凪咲はさっきまでの自分の暴走ぶりを振り返り、顔を火が出るのではないかと思うくらい真っ赤にした。
そして、ゆっくりとイスに腰掛け、両手で顔を覆い言語化できない言葉をぶつぶつと呟いた。
それを見て杉森は満足そうに、ソフトクリームを巻きながら言う。
「いや〜、面白いもの見せてもらったなー。
凪咲ちゃんがゲーム好きなのは周知のことだけど、ここまでとは。
これじゃあ周りに知るじゃなくて羞恥心の方の“羞恥”だね。
あはは」
凪咲はバンっとテーブルを叩き、急に立ち上がると、前のめりになり必死の形相で頼み込んだ。
「おじさん!これはぜっっっったいにナイショね!!
口止め料も払うから!いくらがいい!?千でも万でも!!全財産でも払うから!!」
「まあまあ、落ち着いて。
ほい。」
杉森は必死の頼みに聞く耳を立てず、綺麗に巻かれたソフトクリームを凪咲の目の前に差し出した。
覚悟を決めたような表情で言う。
「このソフトクリームの値段を払えってこと?」
「ぷっ。
はは、なに改まったような顔してんだ。
これはお礼だ。退屈を凌げたしな。」
「………ありがとう。」
凪咲は少々ふてくされながら、ソフトクリームを受け取ると、上の部分をペロッと一口舐めた。
「ん、おいしい!」
「はは、そりゃよかった!
それでだな、このゲームだが………」
「あ、ごめんおじさん!
ナギ、そろそろ帰んなきゃ!来週の新作に間に合わないよ!!」
凪咲はそう言うと、残ったりんごジュースを一気飲みし、杉森に渡すとランドセルを背負った。
「おお、そうか。
凪咲ちゃん、明日も時間取れる?
コイツの詳しい仕様とか簡単なレベリングとか知りたいんだけど。」
「それは、ばや兄に聞いたら?
ナギは忙しいからねー!」
凪咲はそういうと片手にソフトクリームを持ちながら、軽やかに走って行った。
「あっ!ああ、まあ……いいか。」
杉森は呼び止めようとしたが、凪咲の軽快な動きを見て微笑み、カセットとゲーム機を仕舞ってコップを洗った。
下り道、凪咲はソフトクリームを食べながら笑顔で歩いていた。
「やっぱり、おじさんのソフトクリームは美味しいなー。
(………あれ、そういえばなんでおじさんと構ってたんだっけ……………………)
まあ、いいか!」
凪咲は何か重要なことを忘れているような気がしたが、今はすぐ前のことを遡りなくなかったので、何もないことにした。
上のバニラを食べ、コーンをバリバリ食べ終わるときには家に付いた。
「ただいまー!」
凪咲は元気よくそういうと、自分の部屋に直行し、ゲームに勤しむのであった。