数分経ち、叫んだり扉を叩いたりしても反応がなく、無駄だと思った明人は、扉の前で座っていた。
叩き過ぎた両手はヒリヒリする。
喉も渇いているが、それを潤す水はない。
明人はなぜ閉じ込められなきゃいけないのかと、近くに横たわるバケツを蹴っ飛ばし、八つ当たりしたが、しばらくしてそんなことしても意味がないと悟り、ただ待つことにした。
(そうか……しんはサボってたんじゃなく、不来方にやらないように強制されていたのか……)
明人は今ようやく、なぜ真也が係仕事をサボり、やらないよう忠告してくれたのかが理解した。
(不来方……アイツ、ぜってえ許さねえ…!)
明人は百合の身勝手な言い分に腹を立て、戻ってきたらどうしてやろうか考えながら、百合が戻るのを待った。
「さっちー! お待たせ!」
「あ! 百合ちゃん!!」
校庭に戻ってきた百合は、花壇から少し離れたところで、蝶々を追い掛ける咲希に声を掛けた。
「おかえりー!
あれ? 竹内さんは?」
咲希は手を振りながら、百合に駆け寄ると、不思議そうに訊いた。
「熱出しちゃったみたい。
ほら、お顔赤くしてたでしょ?
やっぱり熱あったみたいだから、今保健室にいるよ」
百合は立ち止まり、心配するような口調で、さも本当の事かのように言った。
「そっかー。大丈夫かな?」
それを聴いた咲希は、明人を心配して、少し暗い表情をする。
百合は一瞬、咲希に見えないように不満げに眉を顰めると、すぐに自然な笑顔になり、
「心配しないで、元気だから」
と伝えた。
「ほんとに! なら、よかった!!」
咲希はまた明るい表情になり、嬉しそうに言った。
2人は横に並んで花壇に向かって歩き始める。
「そうだね。
さっちは雑草とか取ってくれた?」
「うん! ちゃんとねっこから取ったよ!!
あ……百合ちゃん。枯れちゃったのどうする?」
咲希がちょっと顔を暗くして訊く。
百合は心配した顔付きになった後、花壇の隅に置かれた枯れた一輪のチューリップを見た。
昨年、咲希と百合が一つずつ、一緒に植えたもので、百合が植えた方が枯れてしまったのだ。
「落ち込まないで。さっちのせいじゃないよ。
お花はいつか枯れちゃうから、仕方ないよ」
「………うん」
百合が慰めるが、咲希はあまり元気が出ない。
百合も一輪枯れていたことは、明人が来るまで待ってるときに気付いていたため、“雑草取りだけ任せて、自分が抜いた方が良かったのでは”と少し後悔した。
「ごめんね。さっちは優しいからね。
枯れてるの取っちゃうの、心苦しかったよね。
私のはだめだったけど、さっちの赤いチューリップが残ってるから一緒に育てよ。ね」
百合は優しく諭すように言うと、花壇に付いたので 持ってきたジョウロやスコップを置いた。
「うん」
咲希はいつもの明るさとまではいかなかったが、暗い表情から戻っていた。
百合はそれを見てちょっと安心すると
「さっち。ごめんだけど、竹内さんのランドセル、届けに行かないといけないから、またここで待っててもらっていい?」
と、明人のランドセルを乱暴に持ち上げて、咲希に訊いた。
「えー。あ、じゃあ! わたしも行く!!」
咲希はさっきもだいぶ待って、退屈していたため、付いていこうとした。
「だめ!!」
百合は恐い顔になって、思わず叫んでいた。
咲希は急に大声を出されたため、たじろいでしまう。
「………あ、ごめん。さっち。
竹内さん、熱出してるから、移っちゃ大変だから」
百合は急いで笑顔に戻り、小さな咲希の目線に合わせてしゃがみ、必死に弁明する。
「ごめんね。言い方悪かったね。
私怒ってないよ」
「ほんとに?」
「うん! 本当!!
強く言ってごめんね」
「いいよ。
……わたしのため……だもんね?」
「うん!
だから、待ってて」
百合は咲希の頭を撫でながらそう言う。
咲希はまだ納得出来ていないような表情だったが、小さく頷いた。
「ありがとう。
じゃあ、行ってくるね」
百合はそう言いながら咲希の手をギュッと握ると、走って行った。
「うん。………行ってらっしゃい!」
咲希はちょっと寂しそうな顔した後、笑顔で手を振って見送った。
鍵が開く音がし、扉が開いた。
「……! 不来方!! お前な!!」
外から入る眩しい光の中に、百合の影を見た明人は、溜まった鬱憤を晴らそうと、言い寄ろうとすると
「おっと…!」
百合が無言でランドセルを投げ、明人は驚いて言葉を止めてしまった。
「………どういうつもりだ? 俺のランドセルじゃねえかよ。
しかも少し汚れてるし」
明人はこれでもかと、睨みながら百合に詰る。
「出ないの? せっかく開けてあげたのに」
しかし百合は質問に答えず、また、悪びれる様子もなくそう言った。
「は? ……ったく。意味分かんねえよ」
明人は言い返そうとしたが、何を言っても会話にならないと思い、小さく呟きながら、倉庫を出ようとした。
「その前に、待って。
どこ行くつもり?」
百合は、手に持っていた丸めた新聞紙を明人の前に出して妨げた。
「教えねえよ」
「……そう。
どうせ花壇でしょ?」
「……そうだよ。
だから何だ」
明人はランドセルを背負うと、新聞紙を払いのけ、早歩きでこの場から去ろうとした。
「係を私物化してほしくないんだよね」
百合は、顔だけ明人に向けながら言った。
「……は?」
明人は立ち止まり、体は動かさず、睨むようにして百合を見る。
目があった瞬間、百合は顔を前に戻した。
「友達といられるからとか、意中のあの子と一緒にいられるからとか。そんな不純な気持ちで係仕事をしてほしくないの」
明人も、相手が目を合わせるつもりがないと悟ると、視線を戻す。
「だったらお前も一緒だろ。
友達と……早苗さんと一緒にいられるから生き物係やってんだろ?」
「そんなわけないよ…!」
明人の後ろからそう聞こえた瞬間。
「…ッ!?」
顔の横スレスレに、新聞紙が矢のように飛んで来た。
「……てめえ…!」
反射的に振り返ると、百合が悔しそうな顔をし、睨みながらこちらを見ていた。
明人は落ちた新聞紙を掴み、百合に近付いて新聞紙を振りかざした瞬間、動きを止めた。
百合は反射的に閉じていた目を、恐る恐る開ける。
「………私は。
私とさっちは、生き物が好きだから生き物係をしてるの。あなたみたいな人と一緒にしないで」
百合は手を硬く握りながら、またあの力強い目力で明人に言った。
「お前とは話にならない」
明人は呆れたような口調で新聞紙をあさっての方向を投げ捨てる。
そして、侮蔑の目を送りながら振り返り、また立ち去ろうとした。
百合は目を潤わせ、少し泣きそうになったと思うと、何か閃いたのか、含み笑いをする。
「私の言うこと守らなかったら……さっちに、竹内さんのあることないこと言いふらすよ」
明人は立ち止まり、また視線だけを百合に向けた。
「さっちは純粋だから、私の言う事は信じてくれるの。
……何が言いたいか分かるよね?」
「脅しか? 人の気持ちを利用して、友達に近付くなとか、係仕事をするなって禁止するんだろ…!
やっぱりお前が一番、係を私物化してるよ!!」
「そんなつもりはない!!」
明人の返しに、百合はまた逆上する。
「花壇だってもっと色んな花育てたいし、教室にだって色んな植物を置きたいけど、さっちには育てるのが難しかったり、花粉症の人がいたりで、私も色々我慢してんの!!
だからあなたも、どうせ一時の恋愛感情で係を選ばないで!!」
「そんなの知るかよ! たかが係だろ!?
なにそんなに熱くなってんだよ? バカじゃないのか!?」
「………ッ!?」
明人の言葉に、百合は目の色を変え、一心不乱に明人に近付き、そして、
「うわっ…!!」
明人をランドセル越しに、力強く押した。
明人は転びそうになるが、なんとかふんばり、すぐに百合に振り返った瞬間
「謝ってよ」
と百合が言った。
「は……?」
「謝って!!
たかが係って言ったことに謝って!!」
百合は顔を赤くし、泣きそうになりながら、叫んだ。
「ふざけんなよ!!
謝るのはお前だろ!!」
明人は動揺することなく、怒りをぶつけるようにキツく言う。
相手が女子だから堪えているが、男子なら今頃殴っているだろう。
「謝って!!!
生き物係って、生き物を育てる係なの!!
命を預かる係なの!!!
他の係よりも責任がある係なの!!!
生き物係を侮辱しないで!!
その程度でしか考えていないあなたが生き物係を名乗らないで!!
人の好きなことをバカにする人はさっちに近付かないで!!!」
「てめえ…!
俺はそこまで
勝手な物言いに明人はついに我慢の限界に達し、百合の胸ぐらを掴み“そこまで言ってない”と言おうとした瞬間
「竹内さん! 何やってるんですか!?」
と袴田先生が間に入り、二人を離した。
百合は蹲って泣き出し、明人は侮蔑の目を百合に向けながら、居心地悪そうにした。
「大丈夫ですか? 不来方さん?」
袴田先生は百合の背中を撫でながら優しく訊くが、百合は泣いてばかりで答えない。
しばらくすると袴田先生の目は明人に向けられた。
「竹内さん。これは一体どういうことですか?」
明らかに詰問口調。
タイミングが悪く、明人が百合を一方的にイジメた風になっている。
誤解を解こうと、一から説明しようとも、先生からの評価が高い百合が、“自分を閉じ込めた”とか“背中から押された”と言っても、信じてくれないだろう。
「……知らねえよ」
明人は何もかも面倒くさくなり、そう言うと校門へと走り出した。
「竹内さん…!? ちょっと、待ってください!!
竹内さん!!」
袴田先生は急いで追い掛けるが、すぐに見失ってしまった。
百合は2人がいなくなると泣き止み、何か衝動に駆られたように新聞紙を回収して、急いで花壇の方まで走っていった。