戦場を駆ける有翼ノ一角獣《アリコーン》   作:お猿プロダクション

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投稿遅れてしまい申し訳ありませんでした…


間章
間話 1


 20XX年 9月23日 早朝

 日本国 戦略機動打撃艦隊 

 某島鎮守府 

 

 

(……。)

 浮遊しているような感覚さえ覚える微睡みの中、カーテンの隙間から指した朝日が彼の瞼を介して眼球を直撃し、嫌が応でも意識の覚醒を強要された。

「うぅん…。」

 しかし、彼の身体はそれを拒否する。うつ伏せになり、顔を手で覆って再び闇の微睡みのなかに堕ちようとする……一体誰が、これ程に心地のよい場所(おふとん)から進んで出ようというのか?

 しかし陽光の次に彼を微睡みから引き摺り出そうとした声は、余りにも強力であった。

「HEYテ~トク、Morningヨ…。」

「ん、…ん!」

 耳元から鼓膜までをゆっくりと擽るような、甘く濃い吐息の混じる情的な喘ぎ声にも似た囁き。

 ぞわぞわっ…!と興奮と寒気が入り雑じった感覚が背中を走った。それは物理的に彼の頬をひっぱたいて起こすよりも、余程効果的に彼の意識を叩き起こすことに成功する。

 バサッと体に巻き付いた布団をはね除け、バネのように起き上がった。

 首を振り───その視線の先に、“彼女”の姿を認めた。彼女は、悪戯そうにクスクスと笑っている。

「金剛っ…!」

 まだ緩やかな寝間着に肢体を包み、髪も下ろしてロングストレートの装いを持っていたが、彼が誰より、何より大切な“良人”を見紛う筈もなかった。口元を押さえる左手の薬指には、白金の指輪が光沢を放っている。

「ふふふ…Good Morningネ、テートク。」

「その起こし方止めろと…!」

「朝になっても起きないテートクが悪いデース。」

 モゾモゾ、とイモムシの様に布団から這い出てくる提督を見ながら、金剛は言う。

「テートクの好きなミソスープ(お味噌汁)作ってあるから、ホラ!Harry up!」

 金剛に催促されるように、未だ布団に未練を残す重たい身体を起こして朝食の用意されたテーブルに向かう。

 

 今日は金剛の朝食番なのである。

 

「いただきマース。」

「頂きます~。」

 寝ぼけ眼のまま、白米を頬張り金剛お手製のミソスープ(お味噌汁)で喉に流し込む。

「んーうま、うま。」

「ふふ、なら良かったデス。」

 金剛も既に使い馴れた箸を器用に使い、パクパクと食を進めて行く。

「ところで金剛?」

「ハイ?」

「さっきのあれは夜の仕返しか?」

「ン゛ッ!」

 金剛がご飯を喉に詰まらせかけ、ドムドムと胸を叩いた。

「な!?なーんのことてすさ!?」

「言えてないぞ。」

 耳まで赤くして、しかもご飯粒を頬につけたままで、更には噛み噛みで全く言葉になっていない。非常に可愛い。

 

 言うまでもないが“夜”とは“昨晩お楽しみでしたね”である。

 

「もうっ…!」

「ははは。」

 耳を通り越し、もはや顔面全体まで真っ赤になった金剛を見て、提督は軽やかに笑う。

「う〜…!」

 笑われたのが悔しかったか、金剛は反撃を試みた。徐に提督の手を掴んだ彼女は、そのまま自身の下腹部に持ってゆく。そこで提督の手を撫でる様に包み、艶のある声でこう呟いた。

「テートクがナカに出してくれたの、まだ残ってるネ…。」

「ブバッフッ!!!!ゴホゴホゲホゴホゴゲホ!!!!」

 提督は溺れた。

「フヒヒヒヒハハハハハハハ‼︎」

「うぶっ……溺れるところだった……。」

 ゼイゼイと激しく息を切らせながら、淑女らしからぬ下品に笑う金剛を見やる。腹を抱えて、心底笑いっていると、彼女は皮肉らしく言った。

「ひひひ…はぁ〜。…流石のワタシでもここ(地上)で溺れられたら助けられないデース。」

「お前なぁ…。」

 相も変わらず笑い続ける金剛をジト目で見る提督。2人がケッコンしてからの、よくある光景であった。

 

 なんやかんや笑った後。互いに朝食を食べ終え、さぁ片付けと言うところで、金剛がパチ、と手を叩いてあることを思い出した。

「あ、そうそうコレを私忘れてたネ。」

「うん…?」

 金剛が提督に手渡したのは一通の封筒。裏返してみるとそこには“軍機につき口外を固く禁ずる(艦娘を含む)”と記されていた。

 最早こんな“軍機でござい”という封筒を本人ではなく嫁に渡している様な時点で軍機もクソも無い気もしたが…。

「なんだろうな?」

「さぁ…?」

 ビリ

「…フ。」

 少し力を入れただけで破けてしまう“軍機”を鼻で笑いつつ、中身を取り出す。

 そしてその中身を見た彼は驚きの声を隠さなかった。(軍機なのに)

「え!?」

「どうしたんですカー?」

「いやちょっとな…困ったことになった。」

 そう言うと彼は金剛に中身の書面を見せる。(何度も言うが軍機である)

「…!」

「此方に回してくれる筈だった装備と資源がパァになっちまった。」

 書面は“貴鎮守府に運輸予定の装備及び資材に関して(軍機)”と題されたものだった。

 実はアリコーンの運用を開始するに当たって、非常に多くの資材(特に弾薬類)を消費すると考えられたため他の鎮守府から少しずつ譲ってもらった資材各種があったのである。

 加えて、水雷戦力の強化のため中型バルジと6門型の潜水艦用艦首53cm魚雷を2つずつ調達したのだが────

「座礁?こんな海域で…。」

「残念なことになったもんだよ…。」

 資材約10000、装備各種を積んだ輸送船がこの鎮守府に向かう途上、激しい波浪に逢った挙げ句に座礁。乗員はその日の内に救助され人的な損失は無かったものの、座乗した船は海流の影響で如何ともし難く。その日には輸送船の移動を諦め、別日に曳航船を別途用意して改めるはずであったが、どうやら夜間の内に波に攫われ沈没してしまった様で、翌日現場に戻ってみるや重油と船の破片しか無かったのであった。

「資材10000は痛いな…。」

 実は先刻行われた天号作戦に於いてアリコーンが消費した弾薬量は半端では無く、文字通り他の艦娘達と桁が違った。そこで「資材を融通してもらえる」という話が舞い込んできて渡りに船とばかりに思ったのだが、まさかその船が着く前に沈むとは。

「…まぁ、無くなってしまった物は仕方ないデース。こっちで遣り繰りするしか無いですネ。」

 戦艦はワタシを出撃させるとか〜などと本気なのか冗談なのか分からない事を言いつつ、金剛は提督の肩を持つ。

「まぁそうだなぁー…。」

 提督がはぁ…そうため息を吐いたタイミングでコンコン、とドアがノックされる。

「?」

 朝っぱらから誰であろうか。一々彼の元を訪れるのは金剛か、さも無ければ何か別に用事がある者だけだ───つまり訪問者は後者だ。

「何用か…?」

「提督、早朝に失礼する…少し時間宜しいだろうか?」

 訪問者の正体はマティアス・トーレスであった。

「トーレス提督…?あぁ、どうぞ。中に入っても構いませんよ。」

「ではお言葉に甘えさせて頂こう。」

 丁寧な所作で入室したトーレスは一度立ち止まり敬礼する。一応、ここでの上官は提督の方であるからだ。そして向き直り、金剛にも敬礼する。彼女もそれに応え、綺麗な敬礼を返した。

「今回はひとつ、伺いたい事があって参上した。」

「ふむ…とりあえず、座られては。」

 言いながら提督はトーレスに着席を促した。トーレスもそれに従って提督の対面に座り、入れ替わりに金剛は食器類を持って台所に入って行く。「すまんな。」「なんて事ないデース。」と少しだけ言葉を交わし、提督はマティアスと対面する。

「して、伺いたい事とは…?」

「実は“アイオワ”という人物を昨日から探しているのだが、中々見つからなくてだな…。」

「アイオワ…?」

 アイオワといえば、1番最初に思い浮かぶのはロサンゼルス港に係留され博物館として公開されている戦艦アイオワであろう。そして次に思い浮かべるのは“艦娘”アイオワだ。

 しかし“人物”とは…?揚陸艦の乗組員にアイオワという名前の人物は居ただろうか。

「ちょっと待ってください、名簿を確認するので───」

「あぁいや、場所さえ教えてくれれば、自分で向かうが…。」

「…?」

 場所、というが揚陸艦の乗員達は普段使われていない宿舎を開放して使って貰っている。その場所は以前に全員に説明したので当然トーレスも認知しているはずである。それを今更教えてくれというのは…?

「人物であれば、先日説明した特設宿舎にいるので、そこに行けば分かる筈ですが…。」

「…いや、そうでは無いのだ。作戦に参加していた、外国の金髪の女性が居ただろう。確か、彼女だったの思うのだが…。」

 金髪?彼女?アイオワ……あっ!

「“艦娘”のアイオワ…!」

 提督はようやく合点がいった。…どうりで、話が噛み合わない筈だ!トーレスは艦娘のアイオワを探していたのだ。一方で提督はトーレスに「“人物”を探している」と言われたので、人物───つまり“人間”のアイオワを探そうとしていたのである。

 艦娘と人間は違う───それは常識であるし、提督とて例外では無い。しかしこの男、マティアス・トーレスにとってみれば艦娘と人間にさしたる違いがるとは認識していなかったのかもしれない。

「艦娘アイオワなら、艦娘宿舎にいる筈です。そこに行けば会えるかと…。」

「そうか…!時間を取らせてしまって申し訳ない。」

「役に立ったなら良かったです。」

「いや提督、感謝する。───では失礼する。」

 トーレスは本当にアイオワの所在を知りたかっただけだったらしく、用事を済ませると足早に退室した。

 提督も、特に引き留める理由もなかった。

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 同 8時00分

 鎮守府内 艦娘宿舎

 

 艦娘の宿舎の場所は知っている。とは言えこの鎮守府に艦娘は何十も居るので、簡単に見つけられようとは思ってもいなかったのだが…

 

「Good Morning!」

「…おや。」

 なんと真っ正面から特敵の人物と出くわした。それもワハーとばかりに朝にも関わらず爛漫(無邪気?)な笑みを浮かべながらに。アイオワは目立つブロンドヘアーと解放的(物理)な服装をしているので目にしてから日の浅いマティアスでもすぐに覚えられた。

「失礼、アイオワ…かな?」

「ンーYES!MeがUSS-Iowaアイオワ!」

 へへ〜!と間違いなく初対面にも関わらずニコニコと接してくれるのは、彼女の性格から来るものなのかも知れない。

「私はマティアス・トーレス少佐だ。個人的にキミと話をしてみたかったのだが…時間宜しいかね?」

「マティアス…トーレス…?Hmmm…。」

「?」

 突然アイオワは何事かを考え込むように腕を組み、目を閉じて唸り始める。2、30秒ほどそうしていると、パッ!と頭上に電球でも浮かんだように手を叩き、マティアスを指差して言った。

「I Remembered ! Ms. アリコーンのAdmiral!」

「あ、あぁ、そうだ。」

 謎にテンションが高いことにやや狼狽しながらも、応じる。むしろ用があって話し掛けたのはマティアスであったのに、彼女のテンションに押し負け文字通り一瞬で問答を交わす順序が、この時点で完全に入れかってしまった。

「凄かった!Ms.アリコーンの活躍‼︎あんなの見たこと無かった……‼︎‼︎」

「そ、そうか…。」

 ワキワキと興奮冷めやらぬうちに、抱いた感想の全てを吐き出しておきたいと言わんばかりの怒涛の勢いで次から次へと言葉を投げかけてくる。「助かった」「綺麗だった」「強かった」「カッコ良かった」「あの艤装何」「何だワッツ」「とてもジーザスだった(?)」「MeもあんなPowerは出せない」などなど……

 ベラベラと機関砲のように浴びせられる言葉を聞いていくうちに、凡そ彼女がマティアスにここまで興味を示す(というか興奮する)理由が察せられてくる。つまるところ「あんなSuper Powerを持つ艦娘(Fleet Girl)のAdmiralはどんな人なんだろうってっ!気になったのぉ‼︎」という事である。

 目の五芒星を輝かせながら、ずいっ!とアイオワの端正な顔がマティアスの鼻先にまで迫った。元々他者との距離が近い彼女だったが、今回は特に近い。これにはマティアスもやや後ずさらざるをえなかった。

 だがそれは、彼にとっては悪手だったかも知れない。

 右脇腹の、艦番号を示すであろう「61」の文字。その直上で存在感を“これでもか”と主張するたわわで柔らかそうな───だがそれでも程よい張りを有した───たゆたゆと無防備に揺れる2つの乳房に目がいってしまった。

 魅力的な異性の魅力的な部分を無意識に目が捉えてしまう───というものは、これはもう本能に近く、そればかりはさしものマティアスといえども如何ともし難かった。

 スゥ───と不自然に視線を逸らし天井を仰ぐことしかできず、それはかえってアイオワにマティアスの不可思議な行動を訝しめる結果となった。

「…?どうしたの〜?」

 ずいっ───たゆんっ───と上目遣いに顔を覗き込むアイオワ。言葉に詰まるマティアス。

「───!ははァ〜ン…。」

 マティアスが何にたじろいでいるのかを察したアイオワは、にたぁ〜と笑い───さらに一歩踏み出した。元々、然程に離れていなかった2人の距離は“密接”とか“密着”と言うに相応しい程までになる。当然、アイオワの胸から著しく突出した2つの乳房が“むにゅう”と当たり、餅のように形を変える。

 アイオワはマティアスの顔に手を添え、更に顔を寄せた。

「Hmm……近くで見ると、結構ダンディーなNice Guyねぇ。ね、Mr.マティアス?このあと一緒にBreakfast如何…?」

「あのだな…。」

 マティアスには全く想定外なことに、アイオワは他者との距離が近過ぎたのだ。あろう事かナンパまでしてくる始末である。ビジュアル的には完全に立場が逆であるべき、とも言えよう。

 その時、後ろから声がかかる。

「部屋にいないと思ったら…艦長、こんな所で何をしているのです?」

「アリコーン…!」

 そこに現れたのは助け舟か、はたまた…兎も角も現下の状況を打開するには十分であるのは間違いない。アリコーンは紅蓮の眼をアイオワに向ける。

「貴女…?私の艦長に何の様でしょうか。」

「Oh!Youはあの時の…!」

「あの時…?」

 アリコーンの存在に気づくや、アイオワはパッとマティアスの元を離れその背後のアリコーンに駆け寄った。

「あの火力!あのPower‼︎Power is GOD‼︎‼︎Foooo!!!!」

「????」

 初手からテンションが全開のアイオワは、先ほどまでの色気は何処へやら。子供の様にはしゃぎ興奮している。そしてそのアイオワのテンションに、やはりと言うかアリコーンもついて行くことは叶わなかった。

 文字通り目の五芒星を輝かせながらアリコーンを質問攻めするアイオワ───あのミサイルは何だの、どうやってあの戦闘機を墜としただの、島の向こうの敵までどう狙っただの、どうしてCIWSを持ってるのだの…アリコーンが答える前に質問がぶつけられ、さらに答えようとするとまた更に…と言った様に、イタチごっこである。

 怒涛の如き勢いの質問攻めに流石のアリコーンも耐えかねたのか、

「ま、また今度ゆっくりお話ししましょう…?」

 と、話の切り上げを希望した。

「ンー…そうねー立ち話も何だしね。」

 そう言うや、すんなりアリコーンの言うことを聞き入れた。意外にもあっさりアリコーンの申し出を承諾したと思われた彼女だったが数歩歩いた所で立ち止まって振り返り、「そうだ、Mr.マティアス⁉︎一緒に一緒にBreakfast如何かしら!」とナンパする始末であった。

 それに反応したのは何故かアリコーンで、少し怒った様な口調でアイオワの言を制した。

「ダメです!艦長は私と話がありますから、お一人で行って下さいな…!」

 絶対に譲らんとばかりに、グイッ!とマティアスの腕を掴んでアリコーンは牙を剥く。その姿は、まるで威嚇する犬か狼を連想させた(しかし彼女の名のモチーフは翼と一角を持つ馬である)。

「あぁ…時間を取らせてしまってすまなかった。こちらもその時にゆっくり話させてもらうとしよう…。」

 直感的にこのアリコーンをどうにか出来る様に思えなかったマティアスも、彼の方が先に要があって時間を取らせてしまったことは詫びつつ、彼女の言葉に賛同した。

 それにアイオワは眉をハの字にして見せ、

「う〜んGuardが固いし吊れないわね〜。」

 と言って今度こそ誘いを諦める。踵を返し、「bye〜」と手を振りながら歩いて行った。

「やれやれ…助けられてしまったなアリコーン、感謝するぞ。」

「そんな…!私はただ、艦長のお役に立つのが仕事の様なものですから…。」

 先程までの狼の様な剣幕は鳴りを潜め、アリコーンは少しだけ頰を赤く染める。

「ところで、俺に話というのは…?」

「あぁ、あれは半分嘘です。あの女(アイオワ)を追い払うための詭弁ですよ。」

「あ、あの女、な……。」

 随分な物言いだと、マティアスは思う。アリコーンは他の人に対しては当たりが強いのかもしれない。しかしそれはそれとして、彼には気になる単語があった。

「半分、とは?もう半分は何だ。」

「…それは“何故あの女に態々足を運びに行ったのですか?”ということです。何か用事でも…?」

 アリコーンはマティアスに向き直り、真剣な面持ちで言った。マティアス本人には、自分自身がここに足を運んだことにそれ程に疑問を持つものなのか、と内心で思ってはいたが、表には出さず、経緯を噛み砕いて説明することにした。

「俺が以前、“タナガー”と言う戦艦の艦長だったのは知っているか?」

「───はい、私の前の艦ですね……。それが、何か…?」

 何故か壁へ視線を逸らして、努めて冷静なフリ(・・)をして言葉を連ねるアリコーンにやや違和感を持ちながらも、マティアスは続ける。

「部屋に本棚があっただろう。そこにこの世界の軍艦について書かれている書籍があった…気になったのでそれを見たんだが…驚いた。名前こそ違えど凡そ俺の見聞きした艦が多くあった。」

「その中に、タナガーも居た、と…?」

「そうだ。“アイオワ級戦艦”とここでは呼ばれているそうだが───ドニオール級に良く似た艦でな。少し興味が湧いた。」

「……。」

 むすゥ…と彼女は唇を尖らせてみせる。

「アリコーン…?」

「艦長は───」

 グイッ!とアリコーンはマティアスの腕を抱いて胸に寄せる。彼女の、一見華奢に見える腕であったが、男性の大人であるマティアスであってもその膂力には抗い難かった。

「艦長は、今は私の艦長です!…ですから…その───、」

「…?」

 アリコーンが言葉選びに苦心していることをマティアスは悟った。彼女がこのヒト型の身体を手に入れてから日はそほど経っておらず。普通に会話する分には全く問題は無いものの、いざ自身の内に抱えるものを吐露しようとするときに、言葉に詰まるのである。

「焦らずともよい。」

 娘を諭す様な口調───その言葉を聞いたからか、焦る様な表情はアリコーンからは薄れてゆく。

「───ほかの娘に目移りするのは…ダメです。今は私が、貴方が勤めるべき艦なんです…。」

 不安げな、それこそ少女のそれに似た潤んだ上眼で、懇願する様に、か細い声で彼女は言う。

「ふむ…。」

 艦長という職種は、その乗艦に全幅の責任を持たなければならない。艦であれ、ヒト型であれ、それが変わることはないだろう。そういう意味では、自身が責任を持つべき範疇にいるアリコーンに不安な顔をさせてしまうのは、しっかりと職務を果たせていないと言えるかもしれなかった。

「そうだな…すまなかったなアリコーン。今後は気をつける様にしよう。」

「はい…。」

 

 その後、朝食のため食堂に行った2人であるが、当然の如くアイオワとエンカウントし、根掘り葉掘りいらんことまで質問攻めにされたと言うことは、この際わざわざ言うべくもないであろう。




次回から第Ⅱ章となります
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