戦場を駆ける有翼ノ一角獣《アリコーン》   作:お猿プロダクション

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お盆休みなのでなんとか時間を使い潰して投稿できました!
第Ⅱ章最終話です!
次回は間章となり、その次からはいよいよラストスパートとなります!

DLC LRSSG Debriefing I
を聴きながらお読みください


デブリーフィングⅡ

 20XX年 9月26日 21時12分

 

 日本国 戦略機動打撃艦隊 

 

 某島鎮守府 

 

 艦娘寮兼司令部施設 1階

 

 作戦会議室

 

 

 このとき、普段はなかなか見せる事のない笑顔を横瀬・ホワードが湛えていたのは、その場にいる多くの者にとって不快な物であったに違いない。本来なら笑顔というのは当人や含め周囲の人間も朗らかにするものだったが、この時、この場合に限っては明らかに逆だった。

「こっの……!」

「やめろ天龍!座れ……!」

 其処彼処に包帯を巻き、関節部分だけ繰り抜かれた様な球体関節人形じみた格好になった天龍が、提督に押さえ込まれている。

 

「アゥ……私の紅茶が……。」

 

 そしてその悶着に巻き込まれ、金剛の紅茶が逝った。

 

 負傷しているにも関わらず、大の大人が本気で組んでやっと抑えられている状態であるのが、艦娘が如何に人並外れた力を持った存在であるかを、戦場から離れたこの場においても、如実に示していたと言える。

 

 ─────だからこそ、そういった人並外れた力(イレギュラー)を危険視する人間も少なくはなかった。

 

「アリューシャン列島周辺の敵戦力を撃滅し、潜水艦の合流も阻止した。所属不明船艇も撃沈!作戦は大成功だ!」

「何が大成功だ……!」

 怨嗟にも似た荒れる感情を顕にし、天龍は眼前の男を睨み付ける。提督の制止を降り切ろうと暴れる、包帯に巻かれた腕が痛々しい。

 

 天龍の激昂はもっともだった。それはただ天龍が損害を負ったからではない。作戦の途上、赤城を大破に至らしめた敵と内通しているかのようなホワードの言動を、彼女は一切納得していなかった。

 そして、彼が「大成功」というには、本作戦の攻略主隊である第200合同任務部隊(CFT-200)───特に、艦娘部隊───の被った損害が余りに大き過ぎる事も天龍の怒りを買った。

 

 その天龍を文字通り全力を尽くし抑える提督が、彼女に続けて言葉を重ねた。

「准ッ……将、連中は……貴方を知ってオッちつけ天龍…!知っていた様だが……!」

 天龍との組み合いで言葉が途切れ途切れになりながらも言う提督に、男───ホワードはそんな提督の話に取り合わない様な口調で「貴官は混乱している様だ。医師の診察を受けろ。今後の指揮に関しては診断書を見て判断する。」と吐き捨てた。

 ガタッ!

「っ!」

 ホワードの言葉以上に、一角で鳴った音に提督は青ざめた。目元に暗い影を落とした金剛がヅカヅカとホワードに向かって行ったのだ。「おい、金剛待て!」……提督の言葉にも、今回に限っては取り合わなかった。その目は深海よりも冷たく、深く、暗い感情に包まれている。

 血筋の走った拳もそのままに、大きく腕を振り被りながらも歩幅を大きくする金剛の胴を、提督ではない別の腕が押し留めた。

「金剛さん……ダメっ!」

「離してヤマト!このファッキン野郎もう許さん……!」

 散々ぱら無茶苦茶な命令をし、他人に対する態度もお世辞にも良いとは全く言えず、その上艦娘を明らかに見下す言動。それだけでも十分癪だったものが、彼女の最も大切な人に対しあの様な侮辱にも等しい物言いをされては、金剛にとって最早、腹に据えかねた感情を抑えておく理由が無くなっていた。

 熱水の様に、わなわなと噴き上がる怒気を眼に滲めながら、大和の静止を振り切ろうとする。しかしながら金剛よりも体格に恵まれ、力も強い大和を振り切るのは、金剛では難しい事だった。

 

「いい加減にしろ……!憲兵を呼べ!」

 良くも悪くも艦娘を理解しているホワードは額に吹き出た冷汗もそのままに、「憲兵」「憲兵」と連呼する。

 そんな彼の下に一本の通信が飛び入った。

『そうだ、“ケンペイ”を呼べ。』

 その声の主に、一同は一様に表情を強張らせざるを得なくなる。

富守(ともり)統合幕僚副長!」

 

 統合幕僚副長……その職は、陸海空自衛隊を一体に運用するための“特別の機関”である統合幕僚監部(JSO)の実質的なNo.2だった。

 

 艦娘の運用は本来、防衛省とは別の組織である運営───艦娘運用国営非営利団体───によって為されるものだったが、軍事的ノウハウを圧倒的に溜め込んでいる防衛省が実質的に運営の上位組織となっている。制服組では無い提督やホワードにとっても、いわば雲の上も同然の人物だった。

『作戦は確かに成功し敵戦力を撃破、主力艦隊の進攻も想定を遥かに上回る損害が響いた遅れはあるものの、貴隊らの活躍によって概ね成功しつつある───だが今回重要なのは作戦の成功というだけでは無い………北分析官、説明しろ。』

 ここにきて北の名前が出たことに一同は少し訝しがったが、ただ1人、横瀬・ホワードの顔だけが先程以上に強ばった。

『すいません、まずプロジェクターを点けてくれますか……ありがとうございます。C2Uから上げてもらった情報によれば、例の武装船艇はある民間軍事会社から盗まれた物と判明しました。』

 北の要望に応え、提督がプロジェクターを付けたところで、彼の説明が始まった。

 

 C2U……サイバー空間戦闘部隊(Cyberspace Combat Unit)とは、自衛隊において、第5の戦場と目されるサイバー・インターネット空間における戦闘を指向した組織で、前進組織はサイバー防衛隊にあたる。

 前身組織よりも規模、装備、人員何れも充実化しており高度に電子化された現用装備のインターネットウイルスや外部からのクラッキングへの対抗措置だけでなく、自衛隊側から敵対組織のコンピュータへのクラッキングや、コンピュータネットワークの破壊という攻撃的行為を行うことも想定されており、未だ───人類同士の争いに関しては───専守防衛を堅持する自衛隊にあって、最も攻撃的な組織と言って過言ではなかった。

 

 そのC2Uが民間軍事会社に行ったクラッキング(インターネット不正侵入による情報の窃取)によって更なる事実が判明していた。

 

『例の2人の素性についても判明しました。男の名は縁寂 健男(えんじゃく けんお)、女の方は 縁寂 紀井(えんじゃく きい)。2人は横瀬准将の言っていた通り(・・・・・・・・・・・・)兄妹で、この民間軍事会社に勤めていた経歴があります。この2人は今から三日前、姿を消しました。』

 

「「「………。」」」

 ───“兄妹仲良く地獄へ墜ちてしまえ!”連号作戦の途上、あの高速武装船艇が現れたときにホワードが吐いた台詞を忘れている者はこの場には存在しなかった。

 一同の視線が集中したとき、ホワードは誰とも眼を合わせぬよう顔を俯かせた。その額はバケツを頭から被ったような冷や汗に溢れている。

 

『両親は既に他界、特に母親は10年前に“艦娘狩り”の被害にあっています。妹の方も───こうした経緯が、彼らの動機だったのかも。出題者(Questioner)がもういないので、この件は投了ですが。』

「艦娘狩りか……。」

 

 艦娘を預かる職位に身を置く提督にとって、その言葉は世にも忌々しい響きをもって彼の鼓膜を震わせる。

 他の艦娘の面々も、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。

 

 数年前まで、“艦娘狩り”と称した子女無差別殺傷事件が国際的に相次いだ時期があったのである。

 

 カメラ通話ではないので、此方の重苦しい面持ちを通信越しの北が知る筈もなく、彼は本題を進めた。

『更に……このスペック表を見てください。』

 プロジェクターに表示されたものは“FAC-YM-T-2199”と題された三面図の画像付きのスペック表であった。これは、この民間軍事会社の保有している船艇だという事を北は教えた。

 

 全長50~60メートル

 排水量200~300トン

 76ミリ単装速射砲一基

 欺瞞体発射装置一式

 艦娘装備流用新型ソナー一式

 同新型レーダー一式

 他……

 

「……?」

 添付されている画像に見覚えのある艦娘が幾人かいたが、確証が得られなかった。

 そして、そのスペック表を見た提督は顎をしゃくった。

「こいつは……民間が持つにしては随分なものを積んでいるが、これと連中になんの関係が?」

 他の者達も概ね同じ気持ちだった。

『じつは、この武装船艇は短時間の内に改造されていることが判りました───さて問題です。この船は、何?』

 北がそう言うや、先程のスペック表の隣に、殆ど同じような構成のスペック表が映し出される。題されているのは、“FAC-YM-T-2202”。

 

 全長50~60メートル

 排水量300トン以上

 76ミリ単装速射砲一基

 艦娘装備流用艇首533ミリ魚雷発射管

 チャフ、フレアディスペンサー一式

 アクティブ赤外線妨害装置一式

 艦娘装備流用新型ソナー一式

 同新型レーダー一式

 船体防護用バルジ

 他……

 

 そして添付画像には、アリコーン達が下した高速武装船艇と瓜二つの船艇の三面図があった。

「「「………!!」」」

 ───呆然と驚愕。それ以外に、今の彼女達を言い表す言葉は必要無かった………否、一つだけあったかもしれない。それは──────失望。我々が深海棲艦から命を賭して守っている人間側の方が、我々に向かって砲門を向けてくるのか?─────日々を「人々の平和の為に」と戦禍の中に置く艦娘達にとって、恩を仇で返される様にも似た衝撃を持って齎されたのだった。

 

 武装船艇との接触以来、裏にあるのはこういう事であろうと言うのは多くが予想していた事ではあっても、こうして現実に突きつけられるものではそのショックは天と地ほどの差がある。

 

 そして提督も、彼女達と似た衝撃の渦中にあった………ただし、その衝撃の向けられた先は、艦娘達のそれとはまた違うものにあった。

「これは……!」

『答えに気付かれましたか提督。そうです、これには本来貴方の鎮守府に届くはずだった装備(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)が複数含まれています。』

 提督には思い当たる節が一つ存在した。あれは、9月23日の早朝───確かマティアス・トーレスが私用で訪ねて来た時だ───この鎮守府に物資と資源を運び込む予定だった船の座礁を、書簡という形で知ったのだ。

 確かに、今にして思えば今や限られた深海棲艦の勢力圏外である安全な航路で、幾ら波浪が激しかったとはいえ、そう簡単に座礁するものであろうか?深海棲艦戦争以前からも長く使われている航路なだけに、未確認の暗礁というのも考えずらい。

 

 まさか。

 

『都合よく良い荷物を載せた船がある。出来るだけ隠密に荷物を頂きたい。さて、どうする?』

 

 北のクイズ癖か、問題口調の問い掛けに提督は“回答”する。

「座礁させられた……?」

『正解!……C2Uのアクセスで得られた情報では、船に工作し、座礁後の“手順”までも記されていました。そして、この発案者の中に貴方の名も連なれていましたよ。横瀬・ホワード准将。』

「………。」

 背後から剣山のように突き立てられる刃よりも鋭い視線を努めて無視し、憮然とした眼差しでプロジェクターの一角、[Sound only]とだけ表された2つの四角を睨んだ。

『横瀬准将、君は愚かな男だ。その上、作戦中の通信は君が裏切り者であることを示唆している。』

「それについては、國史海将にご確認下さい!誤解と判る筈です……!」

『國史海将は作戦内容の責任は全て君にあると言っている。』

「な……!?」

 ホワードの顔から生気が失われ、白人系の血が混じる彼の肌は一層にロウのような白さに浸食されてゆく。

『だから“愚か”と言ったのだ。君が“米国の危険思想人物名簿(ブラックリスト)”に乗っていることを我々が知らないとでも思ったか?───日本を舐めすぎたな………何度も言わせるな。権兵(ケンペイ)を呼べ。』

「その必要はねぇ。」

「……。」

 最早提督の拘束が無くなった天龍が項垂れるホワードの前に立つと、未だ包帯にまみれた右拳を掲げる。

 

 バキッ!

 

 室内いっぱいに響く程の音を鳴らして、ホワードの体は頭から倒れ伏した。

『……何かあったか?俺は何も見なかったが。』

 

 

 〜〜〜〜〜

 

 

 同 21時25分

 

 

 権兵に両脇を押さえられ、さながらアメリカはアリゾナ州で撮影され当時の西ドイツで記事が出たとされる「捕らえられた宇宙人」の様な力無い格好で部屋からの退出を余儀なくされた。

 但し、室内の人数は変わっていなかった。ホワードと入れ替わりにガタイの大きな男が入室してきたからである。

 部屋の一角に座っていた一人の女性が、その男を目に留めるやいきなり立ち上がり、焼けつくほどに待ち焦がれたとばかりに「艦長…!」と感嘆の声を上げた。

「何を感極まっている……。」

 マティアスは出迎えたアリコーンのオーバーリアクションにやや尻込みする。ほんの数時間を要事に急かされ、席を外していただけだと言うのに───アリコーンは作戦参加艦だった為、最初からこの部屋にいることが命じられていた───………だがアリコーンにとっては、その数時間が苦痛にも等しかった。彼女にとってマティアス・トーレスという存在は単なる上官、異性として以上に心中に残る人物だったのだ。

「どちらに行かれてたんですか…?」

 何処か湿気の篭る口調で

「ミス・アカシに頼み事をしていた物が形になったと言って来たから、其方に行っただけだ。」

「アカシ……。」

 途端、アリコーンの赤い眼に影が落ちるのをマティアスは見た。しかしその眼光は衰えるどころか、マグマの如き鈍い輝きをもって燃え盛っていた。さながら、夜間、溶岩に溢れる火山の火口を覗き込んだかの様な光景を思わせる──────それは明らかに“マティアスの口から自分ではない女”の名前が出た事による(八つ当たりにも似た)対抗心の為せる技であったが、当のマティアスはそこまでは気付かない───彼の察しが悪いのではなく、アリコーンの情緒を隠す技が巧いのだ───替わりに「どうした?」と問うが正直に答えられるわけがなく「なんでもありませんわ。」と言葉を濁すにとどまった。

 彼にとって引っかかるものはあったが、それ以上に引っ掛かるものと彼は先ほどすれ違っていた。

 アリコーンが確保していた彼女の隣の椅子に腰掛けたマティアスは、ホワードの事を聞いた。

「先程罪人の様に両脇を抱えられた准将とすれ違ったが、何かあったのか、提督?」

「ンン゛ッ!」

 誰かが吹き出しかけた。マティアスの言い草が、現場を見ていないのにも関わらず余りに言い得て妙だったからだ。提督が先程の一悶着を一通り説明する。

「なるほど。だから頬が随分と酷い目になっていたのだな。」

 

 PI.PI.PI…

 マティアスが納得すると、頃合いよく電子音が響いた。起動されたままだったプロジェクター[Sound Only]のウィンドウが展開され、彼我の通信が開始される。相手は北 聖人分析官だった。

『今回の戦闘で、重要なデータが手に入りました。例えば……敵の超長距離砲撃の軌道は、ディプレスト軌道だった………これを観て。』

 そう言って映し出されたのは、 連一号作戦の舞台となったアリューシャン列島はデラロフ諸島……を中心においた、北アジアから北米迄を映した地図だった。そして、その中央からやや離れた場所に示された、広大な同心円と、その中心点から放射状に伸びる放物線───アリコーンとマティアスは、それが一体何を示すものであるのかを瞬時に理解する。

 

 ディプレスト軌道というのは、弾道が非常に低くなり射程が限られる代わりに迎撃が難しくなる特性を持っている。これは、弾道ミサイルに当てはまる軌道(・・・・・・・・・・・・・・)だった。

『敵は弾道ミサイルに匹敵する、超長射程砲(スーパーガン)を隠し持っています。推定出力は500メガワット毎秒。これがミニマムエナジー軌道で打ち出されると、3000キロは飛ぶ……!』

「「「……‼︎」」」

 絶句───先刻のホワードの様に、この場に居るほとんどの面々から血の気が失われてゆく。空調が効いているとはいえ、腕を庇い異常に鳥肌を立てるものもいた。

 

 北の言葉は、絶望そのものを体現していた………深海棲艦との戦争開始から数年、奴らの手強さは骨身に染みている。それでもここまで戦ってこれたのは、ひとえに彼我の間に圧倒的な戦力格差が存在しないからだった。

 人類と深海棲艦の間には凄まじいまでの戦力的隔たりがあったものが、艦娘の登場によってそれが解消されたのだ。それをいきなり射程3000キロというのは……それに対処可能な技術も、対抗可能な装備も彼女達は有していなかった。

 艦娘登場以前、或いはそれ以上の戦力格差を突然に叩きつけられたという事に他ならない。

 

「やはりか……。」

 一方で、マティアスとアリコーンは、この期に及んで落ち着き払っていた。

『そちらにアリコーンと、マティアス少佐はいますか?』

 突然自分の名が出たことに少し驚きつつ、マティアスとアリコーンはそれぞれ「ああ。」「ええ。」と返事をする。

『実は、アリコーンのスペックに関する機密について、一部解除を受けました。この場で話して宜しいか聞きたい。』

「それなら……俺が全てを話そう。彼女のことを最も知っているのは、少なくともこの現場においては俺だからな。」

「……!」

 瞬間、アリコーンが愛の告白を受けた乙女をも思わせる湿度の籠った眼差しをマティアスに向ける。───彼自身、アリコーンの含む感情を何とはなしに感ずるところはあったものの、今回は差し置いた。ただ事実を言ったまでに過ぎない。

 マティアスはアリコーンに向き直り、彼女の視線と相対する。

「いいな?アリコーン。」

「はい……!」

 同意をとった彼は、一度、この室内に全ての顔を俯瞰する───みな少女だ。彼女達の持つ力は、人が聞き及ぶだけでは俄に信じ難い物だろう。

 だがきっと、これから話すアリコーンの本当の力も、彼女達に同じくらいの衝撃をもたらすのかも知れなかった。

 彼は高らかに云う。

「彼女の事を話す前に、皆に一度言っておかなくてはならない事がある───これから話すことは全て、事実である。原子力潜水巡洋艦アリコーンの、本当の力だ……!」

「「「──────!」」」

 自然、空気が張り詰めた。短くも、男の“演説”には聴く者に一種の緊張を強いる迫力があった。そして、その迫力と、これまでのアリコーンの経緯がこれから話すことへの真実身を強くする

 

「───宜しいな。では話すとしよう。まず、分析官は半分正しい。」

『半分……?』

 北が通信越しでも分かりやすい程の疑問符を付けた声を返す。衝撃と、疑問の入り混じった声だった。

「敵が超長射程砲(スーパーガン)を有している事は正しいだろう───何より今作戦でそれが露呈した。」

『では、もう半分は……?「』

「……アリコーンは、本当は最大射程5000キロになるレールキャノンを有している───深海棲艦も、同様の武装を隠し持っていると考えるべきだ。」

『5000……⁉︎』

「最初から最大出力で砲撃するわけがあるまい。奴らは出力を絞り、その性能を隠匿しようと画策したのだろう。」

 俺がそうした様にな……とは口にしなかった。

 何れにせよ、マティアスの言葉はこの場にいる者にとって───否、此処にいない北にとっても───衝撃と臀部の冷え込む様な恐怖を伴って受け入れられた。実は、彼女たちにとって3000キロも5000キロも大して変わらなかった───どうせ何方にも対処出来ない(・・・・・・・・・・・・・)

 だが戦略的に、この差はあまりにも大きな意味を持っていた。5000キロなどという途方も無い射程は、人類から深海棲艦に対する安全圏(・・・・・・・・・・・・・・・)を完全に消し去る(・・・・・・・・)。──────これまでも、深海棲艦による陸上への攻撃は度々存在してはいた。沿岸域への艦砲射撃を始めとし、艦載機による内陸への空爆、重爆機の戦略爆撃───だがこれらは何も、対抗手段が存在する。艦隊や航空機の迎撃、あるいは沿岸砲と高射砲による反撃……場合によっては深海棲艦の攻撃を退ける事も出来た。

 だが3000キロはもとより、5000キロともなると、沿岸域はおろか存在を確認出来ないような沖合いからも砲撃を打ち込み、十分に内陸部へ届かせる事が出来る。

 そして使われる砲弾は恐らく、天龍を大破にまで至らめた────

「このレールキャノンに、アリコーンは主に二種類の砲弾を使用する。ひとつは諸君も知っている広域炸裂砲弾だ。」

 

 あの砲弾の威力は、ある程度は装甲化している軽巡洋艦の天龍すらたった2発で大破───しかも何れも至近弾で、二発目に至ってはかなり離れた場所での弾着だ───せしめる程の威力がある。そんなものを、例えば人工密集地の、砲撃を受けることなど想定していない建物が一撃でも喰らってしまえば、ただでは済むまい。

 この一種だけでも十二分に恐るべき存在だと言わざるを得ない。

 

 ………では、そのもうひとつとは?

 

「もうひとつは───戦術核兵器だ。」

 

 ヒュッ───息を呑む、という単語が示すそのものが、正にこの瞬間起こった。

 この場に居るほぼ全てが、その衝撃のあまりに出すべき驚愕の言葉すら喪い、全員が同じタイミングで肺を空気で一杯にし呼吸すら忘れ、全身を襲った卒倒するような喫驚の残響に身を任せていた。

 

『……それは、核砲弾と言うことですか?』

 ただ一人、現場に居合わせなかった北だけがその喫驚の中の人ではなかった。

「正解だ。」

 クイズ好きの北に合わせてか、マティアスはトリビアゲームの解答風な応えをする。

「核砲弾!?」「バカな……!」

 北の言葉に我に帰ったのか、次々と異口同音の言葉を連ねる面々。

『ですが、アリコーンが核砲弾(それ)を使えるのが本当だとして、彼らも我々もその為の砲弾は持っていない───。』

「いいや、違うな。君たちは彼女達の力を見誤っている。」

 どこか含むもの言いをするマティアスに、北は先程の返しのように、クイズ口調で“解答”した。

『答は───深海棲艦?』

「………惜しいな。また半分正解だ。答は深海棲艦()艦娘(味方)の両方だ。」

『それは、どういう』

 ───事です、という彼の言葉は続かなかった。バタン!という強烈な音によって開け放たれたドアによって遮られたのだ。

「誰か……⁉︎」

 提督が闖入者に誰何を問うが、答えはすぐに得られた。目立つピンク髪をおさげ風に纏めた女性──────

「いやぁ……ちょっと失礼まス〜……。」

「……明石か⁉︎」

 

 流石に勢いが過ぎたと思ったか、最初のドアを開け放った時が嘘の様に、バツが悪そうに入室する明石。手には見慣れないアタッシュケースが持たされていた。

「トーレスさんに頼まれていた物、完成したら持って来てくれって言うから……ほら!ちゃんと持って来ましたよ!」

 急いで来たからか、少しだけ息を切らしながら、手にしていたアタッシュケースをマティアスに渡す。

「これが答えだ……。」

 アタッシュケースを開けると、中から2人の妖精さんがひょこっと出てくる。2人がかかりで、弾丸に似た何かを運んで来た。

「ご苦労だったなエドガー、ズール。」

「ハイ!」「アリガトウゴザイマス!」

 円筒からペン先だけが飛び出た様な一見奇妙なデザインをしたそれは、見る者によってはAPDS(装弾筒付徹甲弾)の様だと言う印象を与えたかもしれない。

「まだ扱いには慎重にしなければならない。」と言って、ガラス細工を扱う様な手付きでその弾丸様の物体を手に取る。

「これがその核砲弾だ───先日の作戦で奪取した核魚雷をもとに、アカシに頼み込んで開発して貰っていた。」

「ああ……。」

 アリコーンだけが、マティアスと明石が一緒にいた理由に納得した一方で、他の面々は違った。

「核魚雷は米国の物の筈。許可も得ずに勝手に開発というのは……。」

 提督は核砲弾そのものより、核魚雷から勝手に転用したことを危惧していた。向こうからなんと言われるか───

「情報が共有されれば良い、だっただろう?運営もアカシが話を付けてくれた。」

 天号作戦の後、この鎮守府に置かれたMk.52核魚雷は“完全な情報共有が為されれば良い”という条件によって、日本本土に送られていた。

 そちらで得られた情報を下に魚雷そのものを転用してこの核砲弾は製造されていた───核魚雷を他の兵器に転用するかの如何は問われていなかったのだ───通常の兵器としての制限は当然設けられていたが、艦娘艤装の用途に関しては何も縛られていなかった────。

 

「だが、黙っていたのはすまないと思っている。」

「あと数日あれば、しっかりとした形になります!」

 自信満々に明石が言う。

 そして、この核砲弾もまた騒乱の火種となる

 ───

「でも、ここに核砲弾があるっていうことは……?」

「深海棲艦も……!?」「そんな!」

「そうだ。“核魚雷は奴等の手の中にもある”。」

「「「……!!」」」

 

 その言葉だけで、その先にある悪夢を予想できない者はいない。深海棲艦とほぼ同等の地からを持つ艦娘の、明石が関わって核魚雷かは核砲弾を作れるのならば、“同じく核魚雷を鹵獲している深海棲艦も、核砲弾を作っている可能性”があったのだ。

 

「核攻撃の応酬……!?」「そんな事したら核戦争だぜ……!」「私そんな下品なことしませんよ。」

 

『さて、では問題です。核抑止が成立しない条件とは?』

 会議は踊れど、されど進まず───というより、艦娘達の余計な喧騒を紛らわせるために問い掛けのような喋り口調になった。

「おいクイズ野郎いい加減にしろ……!」「まぁまぁ、良いじゃないですか……。」

 緊張感に欠けるともとれる北の言動に、ホワードをぶん殴っても尚腹の虫が収まらない天龍を大和が諌める。

 

「それは……テロリストによる核の使用、とかだな。」

 提督が言う。当然ながら艦娘よりも提督の方が、人間同士の争いに造詣が深い。

「正解!」

「流石デース提督!」

「これくらいは大した事じゃないよ。」

 相互確証破壊────核兵器という分不相応な力を手にした人類が確立した、究極の狂気の具現。だがそれは、国家を持つ人間同士でしか成立しない。

 

 国家同士で核兵器を使用する事によって、核報復の応酬となり、互いが破滅する。国家ではないテロリストが核を使用したところで、報復すべき主体となる敵国が存在しない───だから抑止が成立しないのだ。

 

「……だが深海棲艦はテロリストじゃねぇ。」

「いや、分析官は正しい。深海棲艦は国じゃないし、何処から来ているかも解らん。海という事以外、定住地もない。奴等は陸地の何処にでも攻撃し放題だが、俺たちは違う。」

 陸と海の面積比は3:7。単純に相対する面積も倍以上の差がある。奴等は適当に撃ち込んでも此方の倍以上効果的に破滅を齎す。

 

「……アリコーンと同等の能力を持つ深海棲艦がいたとして、直ちに我々の破滅が始まるという訳ではないぞ。」

「「「───!」」」

 通夜もかくや、という空気の中マティアスが発した言葉は、暗闇に投じられた松明のような希望を心中に与えただろう。

「分析官、敵の潜水艦が北上をやめ、南下しているのは事実だな?」

『え、ええ。南下する当該潜水艦を伴う艦隊をLEO偵察衛星が捉えています。』

 

 ───実は、これは偶然だった。CTF-200(第200合同任務部隊)の一部を壊滅に至らしめた存在を血眼になって探しに探しまくった結果として、偶然米軍の低軌道(LEO)偵察衛星に捉えられたのである。

 敵討ちとばかりに燃える米軍は、今も複数の監視・偵察衛星を初めとしたあらゆる情報収集手段でこの艦隊を追跡していた。

 

「ここからは私見だが、敵はこの核魚雷の転用のために他より充実した陸上基地化されたアリューシャン列島に行った可能性がある。それをアリコーン達が叩き、その後の作戦も首尾よく運んだからこそ、敵は行く宛を失ったのだろう───さてここで問題だ分析官。我々の猶予はどれ程ある?」

 北のクイズ好きに乗じたマティアスは“問題”を出した。『今度は間違えませんよ。』と少しだけ嬉しそうに北は答えるが、この期に及んでそんな雰囲気を持っているのでは緊張感に欠けると言われても文句は言えなかっただろう。

『正解は数日から数週間……!南方諸島にも深海棲艦の拠点は存在します。ある程度設備が整えてある場所なら、奴等の望むものが 手に入るでしょう。』

「くそったれ……!」

 敵に対する憎悪と自身の無力、その双方がない混じりになった滲むような声が天龍の口から絞り出た。

『深海棲艦は人類の人工密集地等をある程度把握しています。そこに核を打ち込まれれば────』

 想像に難くない、分かりやすい地獄(・・・・・・・・)が再現されるであろう。

 北が太平洋を取り囲むユーラシア、南北アメリカ、オーストラリア各大陸の映った大きな地図を表示し、そこに広い円を重ね出す。

『もし敵が核を手にしたら、恐らく始めに狙われるのは環太平洋地域の何れかでしょう───例えば東京、上海、シドニー、ハワイ、米国西海岸……狙い場所は枚挙にいとまが無い……こう考えてみても、やはり敵は、核を撃ち込む気だ。』

 広大な太平洋を隠れ蓑に撃ち込まれる核の恐怖──────一つだけ救いがあるのは、この事態が人類同士の争いによって齎された訳では無い事だろうか。

「分析官問題だ。こいつらは一体何者だ?」

 提督が問う。問いかけに近い口調ながらも、その実は確認にも似た感情も孕んでいた──────優秀な頭脳を持つ分析官の考え(解答)の確認。

『───正解は深海棲艦でしょう。でも僕はこう呼ぶべきだと思います。』

 一拍置いて、強調する様に北は解答する(言った)

『絶対に止めなくてはならない敵……!』

 

「……正解だ。」

 

 答え合わせをしたのは、提督ではなく、複数の真っ赤な円に全域を囲まれた環太平洋地域の地図を顎をしゃくりながら見るマティアス・トーレスだった。

 

 

 

 〜〜〜〜〜

 

 

 同 21時59分

 鎮守府内 艦娘宿舎

 

 

「───アリコーンサン……!」

「?」

 作戦会議室でのマティアス・トーレスの皆を牽引してゆく様な“演説”───実際には全く違うが、彼女の頭ではそう変換される───に心酔し、その言葉の端々までを反芻させ、声色を回想し脳内で再生する。頭の中に彼の言葉が蘇る度、快感にも似た衝撃が頭から爪先まで走った。そんな余韻に浸っている時、この行為を中断する様に無粋にも声を掛ける行為を本来なら彼女は嫌ったであろうが、今回は相手が別だった。

 

「コンゴウさん。」

 

 連号作戦の折、事前に意図しないながらも互いの背中を預け合った身としては、多少の親近感も湧くと言うもので、ほんの少しだけ自分の時間を奪われるくらいは何とも思わなかった。

「どうされたんですか?」

 どうやらこの宿舎中を探し回っていた様子で、肩で息をしている。何か重要な話でもあったのだろうか?

「急に呼び止めてSorryネ……どうしても聞きたいことがあって……。」

「いいんですよ……して、聞きたい事とは?」

「あの時、どうやって魚雷を避けたんデス?私にはHitした様にしか見えなかった……。」

「あの時……?ああ。」

 直ぐにアリコーンも思い当たった。シンイを名乗る男の駆る高速武装船艇に酸素魚雷を放たれた時だ。

「───あれは、ちょっとしたトリックですよ。」

「トリック………?」

「そうです。」

 

 アリコーンは説明する。

 

 あの時、直前で急減速したのは、何もヤケクソになった訳ではなかった。

 実は彼女には、対潜水艦・対対潜航空機様に水上ジャミングブイが搭載されている。敵のソナーを潰すための自爆機能も備わっているそれを、制動の際に射出し、直後に起爆させていたのだ。

 結果、酸素魚雷は爆圧の衝撃で誘爆。ジャミングブイは爆発音こそ大きいものの、威力は魚雷に遠く及ばない。水柱が魚雷のものとしか認識されなかったのはそのためだった。

 

「デモ、あの後アリコーンサンは消えて───」

「コンゴウさん……私の艦種をお忘れですか?」

「艦種って……原子力潜水───あ!」

「気付きましたか?私はあの時、水柱に紛れて潜行し、息を潜めていたのですよ。」

 金剛はすっかり忘れていた。彼女の水上での獅子奮迅の活躍ぶりにすっかり目を奪われていたが、アリコーンの本来の艦種は“原子力潜水航空巡洋艦──────潜水艦なのである。

 とはいえその特徴を偽装撃沈に使おうと咄嗟に思いつく突飛さと行動力はやはり異常と言わざるを得なかった。

「そんな事を兵器でやってしまうなんて、アリコーンサンは、やっぱり凄いデース。」

 金剛の素直な称賛だったが、アリコーンはこれを固辞した。

「いいえ、私は、艦として能力が優れているだけです。他は特別じゃありません────私からすれば、コンゴウさんみたいに近場で撃ち合える度胸を持つ方が、称賛に値すると思いますよ。」

 艦長に自慢できることは少し増えましたけどね、とアリコーンは付け加えた。

「………Thank Youネ。」

 アリコーンとは違い、金剛は素直に言葉を受け取る。やや渋い顔をしてはいたが。

「……そういえば、その艦長サンは何処デース?」

 キョロキョロと額に垂直に手を当て、周りを見渡すようなポーズを金剛は取った。

「艦長は、先程の“演説”で少々引っ張り凧のようで……先に戻るよう言われました。」

「てっきり他の娘にナンパされたかと思ったネー。」 「は……!?」

 先程の話の流れからは考えられない発言を置いていった金剛は、「スッキリしたネ!グッバイ!」とそそくさとその場から消えてしまった。今から追いかけても間に合うまい。

 艦としてのスペックなら彼女に劣る所など殆ど無いのに、生身ではこうも違うものか、と彼女は痛感する。

 普通に、女性としては金剛の方が数段彼女より格上なのだろう。

 

 アリコーンは自身の掌を見下ろす。……白い手だ。頭では知っていても、この手は。身体は、あらゆる汚れを知らない。

 

「わたしは、未熟なんだろうな……。」

 

 普段の彼女からは考え付かない少女の様な声は、その瞬間消灯した宿舎の闇に呑まれ反響することなく消えた。




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