戦場を駆ける有翼ノ一角獣《アリコーン》 作:お猿プロダクション
決戦の前哨戦となる空戦回です。お楽しみください!
20XX年 17時05分
北太平洋沖合
二式大型飛行艇の翼が大空に上がってはや数時間が経過しようとしていた。
陽が傾き、黒い海と黄金色を呈した雲海を湛え始める眼下───それはさながら豪華絢爛の限りを尽くした絨毯のようで、見る者を圧倒する荘厳さをも持ち合わせている。
二式大艇の、必ずしも見晴らしが良いとは言えない操縦席からでも、その様はありありと確認できた。
美しい………だがこの海が、これから俺達の命運を決する戦海と化すのだ──────操縦管を握る妖精さんの手に、汗が滲み、力が籠る。
『……!』
その時に気づく。ブルブルと揺れる操縦管。おれは、震えている───?
緊張、あるいは縮み上がっているのか?───否、これは武者震いだ。
これまで彼らの乗る二式大艇はその持てるスペックを活かす場が与えられてこなかった。一式陸攻をはじめとする大半の爆撃機、攻撃機を凌駕する爆弾積載量と、圧倒的な航続距離───しかし、彼等がこなしてきた仕事と言えばその絶大な航続力だけ活かした友軍機の誘導くらいで────それはそれで重要な任務であることは理解していたが────この機体の性能をフルに活かせているとは言い難かった。
……だが!今度の任務は違う。
2tにも及ぶ爆弾積載量を活かして大量のソノブイを搭載し、大航続距離によって広範囲にわたりソノブイをバラ撒く。飛行艇としては必要十分以上の防御火器と防弾性能を持つ本機にうってつけと言えよう。
漸く与えられた真価を発揮するこの場で、この機体の力を存分に見せつけてやろうというものだった。
『……オッ。』
レシプロ機特有のプロペラが空気を叩く音と共に音が二式大艇を追い越した。熟練揃いで腕を鳴らす台南空所属の零戦21型、251航空隊の零戦22型からなる戦闘機隊計32機だ。16機ずつの編隊が直掩機と制空機で別れている。
彼らの操る初期型零戦自体は、その性能こそ必ずしも優れているとは言いがたいが、彼ら熟練も熟練、エリートの手に掛かれば瞬く間に侮り難き恐るべき能力を持った戦闘機に早変わりするのである。
運営には彼らベテランにより高性能な機体に乗って暴れてもらいたいところらしいが、なんでも彼等が言うには「ワルクハナイガオレラニアワネェ」だそうで、機種転換を拒んでいると聞く。
そんな人間達の思惑をよそに、二式大艇より100km/h程度しか優速を持たない零戦はゆっくりと編隊の前に遷移する。二式大艇の直掩に当たるのは台南空の零戦21型だ。
彼等がいる限り、向こう暫くは安泰が続くだろう───具体的には、敵艦隊に近づくまでは。
だがその安泰は、早くも彼らの望む形で崩れるのかも知れなかった。
『イ201ヨリニュウデン!テキカンタイヲハッケンシタモヨウ。』
通信士の報告。来たか───機長は口角を上げる。
主力艦隊の出撃に先立ち出撃した、伊201、伊19、伊168、伊58の潜水艦4隻全てが敵艦隊の予測進路上に散開線を敷き、目標を見つけたならば敵艦隊発見の報を発することが命ぜられていた。
旧海軍の行ったような、とにかく広い範囲に設定された固定的かつ機械的な散開線ではなく、すでに限定された予測航路上に展開する散開線の為、敵との遭遇率は高い筈だった───そして、その目論見通りに伊201が敷いた散開線に敵艦隊が現れたのである。
「シンロヲヘンコウ、ヘンタイヲミツニセヨ……!」
8機編隊の二式大艇がゆっくりとその長大な翼を翻し旋回を始める。一糸乱れぬその動きは、彼らの練度を窺わせた。
「タイチョウ、ヨテイクウイキニタッシテモコノママデユクノデスカ?」
「イヤ、ヘンタイデコウドウスル。」
若干の高度差を設けた状態で、4機ずつの密集した編隊を形成し進撃する──────彼が編隊を崩したがらないのには理由があった。
いかに頑強な二式大艇と精鋭の護衛機が付いているとはいえ、敵戦闘機の攻撃よって綻びが生じ得る……自ら敵艦隊のいる方向に向かっているのだから、その確率は時間を追うごとに鰻登りだ。
よって、味方護衛機の迎撃をすり抜けた敵機に対する最後の防御手段として、彼は単機ではなく、密集した編隊で形成する防御火網で迎え撃つ腹積もりだった──────コンバットボックスと呼ばれる戦術隊形だ。
高度差を設けることで互いの死角を減らし、密集することで防御火器の威力を最大限発揮する───ある程度の威力を発揮する20㎜機銃を真下以外の全周に指向できる防御火力を活かさない手はない。
4機ずつのコンバットボックスが2つ───計8機とさして多くない編隊が、少しでも効果的な防御火網を形成するためにも、単機での行動はあり得なかった。
──────暫くの進行の後、編隊は伊201の散開線から予測される敵艦隊の進路上に躍り出た。幸い、これまでに敵の襲撃はない。
ここまでは順調───そして、ここからが悩み所だった。
彼らの荷物───ソノブイ───を投下する予定範囲は広い。単機で予定海域均等に広がって敷設すれば、時間は少なくすむ筈だ。だが、敵機の襲来に遭えば瞬く間に撃墜されてしまうだろう。
かといって、編隊を維持したままの敷設も、余分に時間を掛け、敵機襲来のリスクが付きまとう。時間がかかるだけに、現れる敵機の数も増えていく筈だ。
リスクか、時間か─────この点、ブリーフィングの際には“各自の判断に任せる”とされていた。良く言えば現場を尊重し、悪く言えば責任判断の放棄────編隊長は決めかねていた。
「ヘンタイチョ。ジブン,イケングシン。」
「ン,ナンダ?」
編隊長の苦慮を知ってか知らずか、彼の身を預けている二式大艇の機長が言う。
「ショウタイカ,ブンタイゴトニコウドウサセテモラエマセンカ。タガイノリョウキナラ,スイモアマイモシリツクシテオリマス。」
「フム…。」
4機、又は2機編隊での行動。中途半端、と言ってしまえばそれまでだが、どちらか極端な方を選ぶくらいであれば、まだマシなのではないか?
「ヨシ,ソレデイク。カクキハブンタイゴトニコウドウ,ツミニヲトウカセヨ!」
「リョウカイ!」
間もなく、2つの編隊に別れた二式大艇は、大きく間隔を空けながら平行に移動する。
目に見える数は少なかったが、その翼下にぶら下げている新兵器のことを思えば、我が方の戦果は規定のもののように思えてくる───無論、そんな事はあり得ず、彼らの後に続く主力艦隊や海自護衛隊の活躍あってこそだが───その先鋒を勤めている自覚が、機長に熱いものを込み上げさせる。
「ソノブイトウカヨウイ…!」
「ヨーイ……トウカ!」
ガチン……!本来は爆弾や魚雷がその位置を占有する主翼下のパイロンから、黄金の波を立てる紺碧の海に切り絵の様に黒い影を落とした物体が放たれる。それこそが新型ソノブイそのものであり、彼らの切り札の一つ。
250kg爆弾を8発搭載できる二式大艇には、やはり8個のソノブイが搭載されていて、それを8機とも装備している。これらを全てバラ蒔けば、周辺海域に合計64個のソノブイにより形成されるソノブイ・バリアが完成する───予定通りに行けば、だが。
───そして予定とは、得てしてその通りに行かないものである。
「キチョウ!テッキ…!」
「ム…!?」
視線を転じた先───黄金のベールを纏った天空に針で穴を空けたような影がひとつ。
敵の偵察機か……?護衛の零戦が動き始めた頃には、雲間に逃げ込み見えなくなっていた。
「ミツカッタナ…フセツイソグゾ!」
~~~~~
同 17時17分
敵機発見の報を受け、高まる緊張感の中で、251航空隊編隊長はもはや自身のもう一つの身体となった愛機の操縦管を弄り、機体を上下左右へと微妙に動かす。その何れもが彼の思い通りに機動し、寸分の狂いすら感じられない。重量わずか2トンの格闘戦闘機の動作は軽い。
この軽く素直な操縦特性がいいのだ───彼は思う。確かに、
零戦22型はエンジンと機体形状を改良した前型である32型をその更に前型の21型と同様の機体形状に戻した型で、21型と比べてほぼ上位互換の性能を持ち合わせている。20㎜機銃の弾数が8割増になっているのも喜ばしい点だった。バブルキャノピーに起因する視界の広さも、他の零戦シリーズと同様に有する利点と言える。
きっと俺がこの機体以外に乗り換えたとして、ロクに使いこなせずに撃墜されてしまうであろう。
しかしどんな機体に乗っていようと撃墜されないあらゆる心掛けは必要だ。
視線を転じた眼下には傾いた水平線と視界の半分以上を占め始めた雲海が広がっている。水平線が本来あるべき“水平”を取り戻したとき、彼の機体の高度計は5000mを示していた。
「ゼンキ,コウドヲイジシケイカイヲツヅケヨ。」
高度をとった戦闘機は位置エネルギーが大きく、それだけで戦闘を優位に進められる。
彼らの練度と、高度優位の状態を維持すれば、多少敵の数が多くとも十分善戦できる筈だ。
その力を以て───彼らを護る……!眼下の雲海の、その更に向こうで見え隠れする機影───二式大艇───を瞳に焼き付け、決意を新たにする。
その時──────
『……キチョウ!イチジノホウコウ,カホウ!』
「……!」
それは、真っ白な紙の上に散らかされたコショウの粒のように小さい点々の集まりだった。彼らでなければ見つけることすら出来なかったろう。
敵機……!
「カッキ,ショウタイゴトニサンカイ。シジアルマデコウゲキマテ……!」
蜘蛛の子を散らすように、瞬く程の間に16機の密集した編隊は4つの編隊に別れてゆく。その間に投棄される増槽───残燃料が開口部より漏れ出し飛沫のように飛散する。揮発した燃料が飛行機雲のような白線を残した。
これで零戦の身軽さは更に増す。
敵機は此方より約1000から2000m下方に位置している。彼はここから急降下からの一撃離脱を仕掛ける腹積もりだった。
高度優位による急降下攻撃は本来、格闘戦闘機である零戦の得意とする戦法ではなかったが、出来ない訳ではない。他の戦闘機に出来て、零戦にだけ出来ないことなどないのだ。
『テキキガキテイルガ,ダイジョウブカ?』
「スグエンゴスル。ニンムヲゾッコウシテクレ。」
『……ワカッタ。』
敵機の接近に感づいた二式大艇は不安だろうが、なんの事はない。必ず我々に課せられた任務を完遂してみせる。
ゆっくりと操縦桿を押し倒すと、それに合わせて機体もゆっくりと機首を下げてゆく。彼らの駆る零戦の限界速度は時速にして700kmにも満たない。蛇行を繰り返し、やはりゆっくりと加速する──────程なくして時速は600kmを超える。機体がビリビリと不気味に震え出すが、彼にはそれが心地よい。己の力量のみで、機体の限界まで振り回す快感……!
九八式射爆照準器に表された
我が方よりも、下方にいる直掩機である台南空と二式大艇に注意が行っているようだ。
───愚かな敵だ!貴様の喉を掻き切る刃は、もう直ぐそこまで迫っているのだぞ!
三重の環を持つレティクル一杯に敵戦闘機の機影が迫った瞬間───彼我の距離100m───機銃の発射レバーを握る。必中の距離で、7,7㎜も20㎜も別なく放った。
機首が敵機に接さんとする様な距離なら、弾速の遅い20㎜機銃でも偏差は不要だ。
射撃は一瞬、だがその一瞬があれば彼らには十分すぎる。
バリバリィッ‼︎
敵機との交差の瞬間、自分の放った機銃弾に機体を喰い破られる敵機の断末魔が聞こえた。
操縦管を引く───急上昇!視界の大半を占めていた海の黒は急速にその面積を減らし、空雲の黄金色が風防の外を侵食する。計器の速度計は自機がみるみる速度を失っていることを示し、そのすぐ下にある高度計は自機の上昇を指し示していた。
運動エネルギーを位置エネルギーに変換し、上空から再び攻撃機会を伺う。敵は、四方から襲来するこちらの攻撃に完全に意表を突かれた形となった様だ。眼下に見える敵影は、数機を失った混乱から立ち直っていない。
「ヨシ、ツヅケ!」
『リョウカイ!』
再度の降下───しかしいかに混乱の渦中とはいえ敵も素人ではない。零戦の攻撃に気づいた敵機は蜘蛛の子を散らす様に散り散りになって攻撃目標を逸らそうとしている。
しかしそんな事は彼らにはお見通しだった。機体を振り回し急激に減速する───零戦は高速域での舵の効きが悪い───舵のキレを取り戻した零戦に背後を取られるというのは、最早撃墜されたも同然である。
タタタタッ!
機首の7.7㎜機銃が軽快な発射音を響かせた。7.7㎜機銃弾には威力の期待は出来ないが、初速が高く偏差があまり必要ないのは好評だった。また発射速度が20㎜機銃と比べて高いのも、好ましい。
曳光弾の現す素直な弾道が敵機に吸い込まれてゆき、幾つもの火花を散らす……だが撃墜には至らない。
だがそれで良い───彼の目的は撃墜ではなく敵機が回避機動をとり、被弾面積を増大させた時に必殺の20㎜を撃ち込んでやる事だったのだ。
目の前の敵機が被弾の直後、大きく翼を翻し旋回した。しめた!とばかりに機体を90度バンクさせ零戦も追従する。
反転降下するタイミングを逃さず、射弾を撃ち込んでやる……!そんな思いで発射レバーにかける手に力を込めるも、敵機は一向に旋回を止める気配はなかった。
………まさか、この敵機は我が零戦と巴戦を演じようというのか?
───愚か者め!格闘戦性能では随一の能力を誇る零戦に巴戦を仕掛けるとは、自殺と同義なのだぞ。
機体を90度バンクさせ敵機の後を追う。
「……ッ…!」
強烈なGが彼の身体に襲い掛かり、全身が潰れんばかりの圧力にさらされる。次第に暗くなってゆく視界───ブラックアウト……!だがそれにも構わず、更に空戦フラップを最適な角度に展開させ、旋回性能を底上げする。
暗がりの様に光の無い視界の中で、ゆっくりと迫る敵機の無防備な背面!
機銃の発射レバーに力を込めかけた瞬間───
『タイチョウ,コウホウテッキ!カイヒ!』
「!」
鼓膜を叩いたインカムの声に従い、操縦管を引き千切らんばかりに押し倒し、フットバーを踏み砕かん勢いで蹴り飛ばす。
弾かれるように強烈な横Gが彼の身体と零戦の薄い外板襲い、軋ませる。操縦管の震えは、機体の悲鳴だった。
一瞬にして反転した天海の向こうで、緑の光弾が突き抜けた。
回避していなければ直撃していただろう……やはり敵もバカではない。数機が一組となり被攻撃機を僚機が援護するロッテ戦法を使い、致命的な攻撃の手を出させないでいる。
だが──────
バツン!と敵機に火花が散るのが見えた。彼の僚機が背後の敵を撃ったのだ。
今やパイロット個々の技量だけでなく、ロッテ戦術やシュヴァルムを始めとした編隊空戦戦術を行わせても251航空隊等ベテラン達の実力は特級品だ。
「ハイゴハマカセルゾ.」
『リョウカイ!』
改めて敵機を探す───必要はなかった。上昇反転した敵機が逆落としに急降下を仕掛けてきたからだ。
「……!」
根から折れんまでに操縦管を横に倒し、思い切り機体を滑らせた後には、射撃音すら聞こえるような至近距離で敵機と交錯した。
そのまま背面飛行───からの急降下!
天海が逆さになった視界の先で、先程彼を襲った黒点を見る───敵は降下で得た速度で高度を稼ごうと機首上げを行っている。
拡大する敵機の無防備な背面!
レティクル全体を埋めるほどに近接した瞬間、機銃の発射レバーへ込める力に躊躇は一切要らなかった。
~~~~~
同 17時25分
『アラテダ!』
「───!」
251航空隊が倍近い敵機相手に奮戦している間、直掩隊である台南空部隊にも早くも仕事が回って来る運びとなっていた。
黄金色の雲に穿かれた切れ間に見えた機影は約30ほど。数で言えば251航空隊が相手している物と差して変わらない。
だが問題が一つ、時間を追う毎に確実になっていった。
「……メンドウダゾ,アレハ.」
近付いてきた機影は、有機的なシルエットではなく、より単調な円形を持った物だった。
『タコヤキドモダ……!』
球形の機体形状は深海棲艦の新型戦闘機の特徴だった。その見てくれから“タコヤキ”などとよく言われているが、チンチクリンな見た目と裏腹に、その機体性能は高い。単純な機動力以外、ほぼ全ての性能でこの零戦より勝っている。
特に速度性能には大きな隔たりがあった。2000馬力級エンジンと同等と推定される“なんらか”───深海棲艦航空機の推進力は何なのか解明できていない───により叩き出される時速600km以上の高速は零戦が逆立ちしても及ばぬ領域だった。
──────恐らくは、アレが敵の迎撃本隊と見て間違いあるまい。敵は最初に囮の30機を繰り出して護衛機を引き剥がし、次いでの30機で二式大艇を攻撃する算段だったのだろう。後続部隊の方が高い性能を有している機で構成されているのがその証左だ。
………だが!と、操縦管を握る手に力が籠る。
敵との数と機体性能に於いて劣勢にありながらも、彼らは“勝つ”積もりでいた。個々の練度だけでなく組織的な連携に裏打ちされた自信と彼ら台南空部隊の誇る実力は、優勢な相手にも十分抗えるはずだった。
奴等に教えてやらねばなるまい──────自分達が行っているのは、巧妙な計画と連携力を背景に行われた“作戦”ではなく───只いたずらに兵力を分散させ此方につけ入る隙を十分に与えた“愚行”だったことを………!
本当は一纏めにするつもりだったんですが思ったより長引きそうでやむ無く分割して投稿します……(いつもの)
感想、高評価お待ちしております!