戦場を駆ける有翼ノ一角獣《アリコーン》   作:お猿プロダクション

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許してください、許して下さい!何でも島崎藤村

1月1日に更新って言ったのに……本当に……もう土下座年明けですね。本当にお待たせしまい申し訳ありません。


破滅への前座

 20XX年 17時28分

 北大平洋沖合

 

 

 零式艦上戦闘機21型の翼内に配置されている20㎜機銃から放たれた砲弾の炸裂が、深海棲艦新鋭戦闘機の白球を引き裂き破壊する。だが零戦の死角から忍び寄った敵機の放った一撃が零戦の主翼を撃ち抜き、紅蓮の炎に包み込む。

「シマッタ…!」

 台南空と深海棲艦戦闘機の戦局は拮抗してはいなかった。台南空の零戦隊は機体性能と数の不足を練度と連携で補うしかない。これまでの戦いの多くをそうして勝ち残ってきた彼らはしかし、苦戦を強いられていた。

 

 敵も連携戦を多用していたのである。

 

 1対2の状況を避けられても、絶対数が劣る以上は2対3、2対4という状況を作り出され、戦局を握ることが出来なくなっている。

 今しがた僚機を喪った彼もまた、優勢な敵機に死角を取られ、翼端を食い破られるようにして被弾した。

「ゼンキ、リョウキカラハナレルナ!」

 カチ、カチ、とインカムから音が鳴る。それはマイクボタンを押すだけの簡易な応答───言葉を発している様な余裕すらないのだ。

 

 だが一方で、彼が、彼自信の言葉を遵守出来ているかと言えばそうでは無かった。僚機を喪った彼は、今は味方のカバーを受けられない状態に立たされていた。他の大多数の味方と同じ様に攻勢の余裕と手段を失った彼は回避にのみ専念する。

 直上からの一撃を間一髪で躱し、機体を傾けた先に見えた明滅の実態を判断するまでもなく、弾く様に操縦桿を引いた。パツンパツン、と至近を通過した超音速の弾丸が残す破裂音にも似た不快な高音が響いた。たとえ一撃でも、防弾能力が皆無の零戦にとっては致命打となり得る。

 薄い外版、非力なエンジン、決め手に欠ける武装……………数に劣ることも加味すれば、多少練度が上回るからといって、押し通ることなど到底出来ない相手だったのである。

 そして、それをたった一機で捌き切るには、台南空随一の熟練である彼をもってしても不可能に近い。

「……!?」

 殺気────!!それは上方───雲間の中から現れた白球は4つ……4機が1列になって突っ込んでくる。敵機の一糸乱れぬ動きは、敵の練度も相当なることを今更ながらに感じさせる。

「……ッ!」

 次の瞬間には、彼は操縦管が折れてしまうほどに目一杯横倒しにし、機体を急激にロールさせた。反転する視界────逆さになった天海は、血のように赤みを帯びた薄地に覆われている。

 

 直後に機首上げ(ピッチアップ)……!

 速度を得たままに行われる急激なプラスG機動は、機体とパイロットに凄まじい負荷をかける。赤みがかる視界は次第に暗色に染まり、彼の脳をブラックアウトへと誘ってゆく──────。

「ウォォ……!」

 全身に自身の何倍もの圧力を受け、遠ざかりゆく意識の奥で聞こえる軋みは骨か機体か…………首すら動かない強烈なGを受けるなかで、辛うじて動かせた眼球が捉えたのは文字通り眼前まで迫った敵機の銃口……!

 しかし!それは彼が最後に見た光景ではなかった。燕返しにも似た急転直下とでもいうべき機動に、高速を発揮した敵機の軸線は追いついていなかった。

 紙一重で躱した敵の射弾を見送り、次の瞬間目にも止まらぬ勢いで交差する敵機!グワッ、と空気が機体を叩き、機体を不快に揺らした。首が折れてしまほどに向けた後方───敵機の後ろ姿は遥か遠くにある。

 何とか敵機の一撃を躱したが、敵は一撃離脱戦法を多用する。あの勢いのまま高度を上げられたら厄介だ……そう思った彼は敵機の動きに注視していたが、一向に敵機は機首上げを行わない。

「……?」

 だが、一見不可解に見えた敵機の動きの意味を理解した時、彼の背筋は凍り付いた。

 

 

 〜〜〜〜〜

 

 

 同 17時30分

 

「ダイハチヘンシンテンツウカ。」

 二式大艇のソノブイ投下率は既に7割を数えている。最後の投下線を残し、4機の二式大艇は最後の進路を取り、ソノブイの投下に備えた。

 ───今のところ、敵機の襲撃はない。総計60機にも達する敵戦闘機の大編隊が我が方の迎撃に現れたものの、ほぼ倍近い敵戦闘機を相手に我が制空隊と直掩隊が寡勢にありながらも力戦奮闘中であるからだ。

 その故あって、彼らの任務は間もなく完遂されようとしている。

「ソノブイトウカヨーイ……テー!」

 

 カチン……!主翼のパイロンから解き放たれたソノブイが重力に引かれ落ちてゆく。本来、ソノブイというのは人間が持ち得る程度の重さしかない物であるが、この二式大艇が積んでいるソノブイは極めて巨大で、カプセルも含め230kgもの重さがある。それというのも、このソノブイが対深海棲艦用に特別に製造された代物であり、その複雑緻密を極めたな機構も相まって小型化出来るほどの技術を確立出来ないでいた。

 自然、ソノブイはどんどんと大型化し、爆撃機、攻撃機の搭載量に頼るしかなくなったのである。

 

 一方で、その甲斐あってソノブイは所定の性能を達成し、こうしてその持たされた能力を発揮する機会を与えられているのは幸いだった。

 

 投下された長円形(オーバル)は尾部にフィンが取り付けられており、空中での姿勢安定に一躍買っている。投下から10秒後、パラシュートの白が花開く。

 減速──────。

 

 重量物の着水は例え十分に減速されていても相当な衝撃が伴う。長円形(オーバル)はソノブイそのものではなく、ソノブイの機構を衝撃から守る為の外殻でもあるのだ。着水時にソノブイそのものが壊れてしまっては意味が無い。

 

 そして、着水──────。

 外殻が卵の殻のように分割され、脱落。入手した音響情報を伝達するVHFアンテナと海中に懸下されるソナーを浮かせるためのブイが浮上し、ソナーは節足動物の脚のように探知機器広げ、海中の些細な音も聞き逃さない。

 

「ソノブイ25バン、シンゴウカクニン!」

 ソノブイの敷設が成功し正常に作動したことを示す信号が届いた事を機上整備員の妖精さんが報告する。これで、残り7基だ……機長の肩に緊張が馴染みはじめ、最早緩んでしまっているのでは無いかと思い始めた頃、彼の前身を一瞬で凍らせてしまう様な凶報が通り抜けた。

『テッキニクグラレタ!ヨンキムカッテイル…チュウイシテクレッ!』

「ナニッ……⁉︎」

 さしもの熟練揃いといえども、やはり数に倍する敵を相手取るには厳しかったか!……しかも、その台南空部隊の妨害を潜り抜けた敵は機体性能、練度ともに相当なものであるらしい。

 高まる緊張────だがその裏で彼等が悲観とか、絶望とか、そうした感情に支配されていたかと言えば、そうでは無かった。

「ゲイゲキヨーイ!」

 ガチン……!尾部防御機銃手の妖精さんが九九式二〇粍機銃のチャンバーに弾薬を装填する。防御機銃を構え直した妖精さんの前で、漏斗状の消炎器(フラッシュハイダー)が剣呑な空気を呑み込んだ黄金色の空を睨んだ。

 

 クモの巣のような環状照準器越しに雲間へを凝らすと、妖精さんの目にゴマの実のような、周囲に溶け込まない違和感が目に映る。

 黒点──────アレは、敵機!

「テッキシニン!6ジホウコウ、カズ4!」

 エンジン音や気流の音で声がかき消されないよう、大声で報告を済ませるや、キリリリッ……と動力銃座を動かし、未だ針で突いたような点でしかない敵機に向ける。

 来るなら来るが良い!……防御機銃手の妖精さんの目は沈みゆく陽よりも熱い闘志と自信に燃えていたかもしれない。それというのも、彼の視界に映るのは黄金色の空を背景にした敵機の粒のようなシルエットだけではなく、彼らの僚機がコンバットボックスを組んでいるのが見えているからであった。

 小隊長機を先頭にした4機のコンバットボックスに死角はなく、防御機銃の指向門数も多く出来る。それだけ敵機に妨害をかける事ができ、敵機の攻撃も散漫となり我が方の帰還率と作戦成功率も上がるというものだ。

「ソノブイトウカヨーイ……テー!」

 機首方向から聞こえた掛け声と共にカチン!と音を立ててソノブイが主翼のパイロンから投下される。これで2基目……残り6基。これら全てが投下し終わるまでに、10分と掛からないだろう。その間生き残れれば、我々の勝ちだ!

 

 小さな4つの点々は次第に機影を帯び始め、それは明確な害意を伴った敵機の姿となって接近する。降下している敵機の速度は700km/hを超えているかもしれない。対してこちらは元来低速で、しかも空気抵抗の大きくなる低空を進行している為、エンジンを全開にしていても速度は400km/h程度にしか満たない。あと僅かな時間を置けば追いつかれる。

「カクキ、テッキノセントウヲネラエ!」

『『『リョウカイ!』』』

 無線機をぶん取り、叫ぶ……それは、防御機銃に狙われない敵機を作り出す可能性にも直結したが彼はあえてそれを指示する。何故なら、密集した火力を最大限に発揮する為、単一目標を狙う指示でもあったからだ。さらに言えば、敵の先頭を叩き、出鼻を挫くという意図も多分に含まれていた。

 

 敵機との距離……2000。敵機の形は見えるが、こんな距離で撃っても意味はない。彼らの装備する防御機銃である九九式二〇粍機銃は初期の一号機銃であり、ただでさえ弾道性能が良いとは言えない代物だった。その上で射程外から撃っても無駄弾と言うものだ。

「キョリ1000マデマテ!」

「……!」

 言葉にし、理解するだけなら簡単なそれが当の防御機銃手にとってどれほどのストレスを与えるものか……!この機体に少々と防弾版があるとは言え、敵機と銃口の最も前に身を晒している事実は微塵も揺るぎはしない。防御機銃手妖精さんの震える手は、ともすれば激発にも似た衝動に駆られそうになるが、それが自身を含めたこの機体の命を減らす結果に繋がることを分かっている彼は、理性で衝動を殺す。

 

 距離、1500……まだ遠い!

 感覚がいやに研ぎ澄まされているのか───まるで時間が引き延ばされたかのように、高速なはずの敵機が近づいて来るのが鈍間に感じる。

 

 実は弾道性能の良くない一号機銃では1000mでも遠いが、初弾を送り、その弾道を見て射撃を補正する必要があるため有効射程外でも射撃を開始しなくては手遅れとなる。

 

 距離1200………1100………環状照準器の中央─────からかなり下側に敵機を据える。

 パパパ!

 パパパパッ!

 彼の僚機が先に射程に入り、曵光弾混じりの弾幕を撃ち始める。

「クラエッ……!」

 

 ダカカカカカカ!

 

 彼の構える20㎜機銃が火を噴き、やや山なりの弾道を描いて敵編隊に吸い込まれてゆく。編隊の先頭に向かって全機の防御機銃が狙っているため、その弾幕量は相当なものだった。

 それも、一機あたり尾部機銃と上部機銃の2門で狙っているのだから、その火力は推して知るべしだった。

 

 黄金色の空を計8門の20㎜機銃より放たれた光の雨が彩り──────だがその雨中を縫うように緩急自在の機動を繰り返す敵戦闘機!

「ウォォオオオッ!」

 環状照準器の中で拡大する敵機の姿に緊張と恐怖を強いられ、その感情を掻き消すためにも彼は引き金を引き続けなければならなかった。

 

 明滅………緑色の光弾────!

 

「ウワッ!」

 

 バカカカッ!バリバリィッ!

 敵戦闘機の銃撃!機体を揺るがす衝撃と轟音は搭乗員の全てに滝のような冷や汗が吹き出る。

 目前に散る火花!弾ける外板と飛沫のように散る破片───防弾板が彼の命を守り、二式大艇の頑丈な機体構造が功を奏する形となった。だがそれによって生き長らえただけに、彼は衝撃を受けることとなる。

 

 敵はこちらの弾幕を掻い潜り、先頭の小隊長機(我々)を狙ってきた……!?

 

 普通、コンバットボックスは末端の機の方が狙われやすいものであるが、先頭の機体が撃墜された場合、編隊に空く火力ギャップが非常に大きい。敵はそれを理解し、実行するだけの練度と実力を備えているのか!

 

 攻撃した敵機はそのまま先頭の二式大艇を掠め海面ギリギリで再上昇、速度を高度に変換し再攻撃の構えだ。しかしそうした間にも各機の防御機銃は効果を発揮し、敵機の動きは大回りにならざるを得ない様だった。

 

 敵の球形戦闘機の武装は12.7㎜級が複数丁と考えられている。それならば、バカかアホのように延々と射撃を受け続けぬ限りは簡単には墜ちることはない。

 

「トウカダ!……イソゲッ!」

 

 3基目のソノブイが投下された。数が減る度に任務の遂行率は上がるが、それだけ自身らの命運が減る事でもあり、機体に刻まれた弾痕や防弾板の傷がそれを如実に物語っている。

『テッキィーーッ!マタクル!』

「ウテ,ウテッ!」

 

 ドドドドドッ……!

 ダカカカカ!

 

 再び20㎜機銃8門の一斉射撃が始まった。九九式一号二〇粍機銃は二号銃よりも発射速度が速く、実は濃密な弾幕を形成できる。集中砲火を浴びる先頭の敵機には相当の負担の筈だが───!?

(アタラネェ…!)

 一つの生き物のように、4機一列となって突っ込んで来る敵機は蛇の様に鉛玉の雨を躱し、此方の弾幕など如何程もあらんというばかりだった。

「アタレアタレアタランカ!」

 激情に任せるがまま絶叫し射撃を続けるが無情にも敵機の列から緑の閃光が瞬いた。

 

「──!」

 

 バババンバンバンッ!

 

 重複する被弾音に混じり、敵が放った弾丸の1発がパァンっ!と爆音と衝撃を隔てて耳元を通り過ぎ、外板に穴を開ける。

「ウオッ───」

 弾丸の衝撃に顔を揺らされながらも、20㎜機銃のトリガーを引き続ける。被弾は重なりジュラルミンの破片が搭乗員と機体を更に傷付けた。

 カカカカ……ガチン!

「……ハ⁉︎」

 突然弾丸の供給が止まってしまった……?弾詰まりか!?いや、弾切れ───⁉︎

 射撃を終えた敵機が再び上昇する。今のうちに……!

 20㎜機銃はドラム式弾倉で、45発と少ないのが弱点だった。弾倉を積み替え、空弾倉を箱にしまう───空弾倉は本来重りでしか無いのだが帰投すればまた弾倉としてリサイクルできるので出来るだけ投棄しない事になっている───コッキングレバーを引き弾丸を装填。

 さぁ来い!………再び機銃を構えた時彼が見たものは、眼前に迫った緑光の弾丸が突っ込む光景だった。

 

 

 〜〜〜〜〜

 

 

 同  17時34分

 

『マタヒダンシタ!』『ビヨクニヒダン!オイ、キジュウシュハブジカ⁉︎』『ダイサンエンジンニヒダン!』『タイチョウキヲマモレッ……!』『ダメダ!ヘンタイヲクズスナ!』

「クソ───ッ‼︎」

 二式大艇が攻撃を受けている頃、台南空航空隊もまた、窮地から脱することから出来ていなかった。未だ彼我の間には大きな数の差があり、それ以上に明らかに隔絶した機体性能が決定的な差を設けていた。特に、敵機に対して高い破壊力を発揮しうる20㎜機銃がほぼ弾切れとなっているのが致命的だった。7.7㎜程度では、撃墜は望めない!

 巴戦を仕掛けてきた敵機に食らいつき機首の7.7㎜を撃ち込むが、少々の火花を散らすだけで、やはり堕ちる気配はない。それどころか、巴戦に乗った結果として彼が僚機から離され孤立する状況となる……!

 しまった!……摺鉢戦法か!摺鉢状に円形を描いて敵機を押さえ込み有利な高度と攻撃をを維持し続ける、多対少の状況でこそ成り立つ編隊戦術だ。………こうなっては、逃げるしかない。下手な回避は、それこそ摺鉢戦法の真骨頂が発揮され瞬く間に撃墜されてしまうだろう。

 操縦桿を押し込み、海面ギリギリを占位したままフットバーと微妙な操縦桿の傾きを駆使して右へ左へ緩急自在に攻撃を回避する……避けるだけなら簡単なそれだったが、複数回に渡りバラバラなタイミングで攻撃をするのだからたまったものではない。

 

「クソッ……コノママデハ……!」

『タイチョー!ソッチマデチカヅケナイ!』

 

 僚機も孤立した隊長機を援護をしようとするが、数の利を活かす敵に動きを阻まれ、撃墜されないので精一杯だった。

 どうすれば……?どうすれば……⁉︎頑丈な二式大艇とはいえずっと攻撃され続けて耐えられるわけがない。否、そもそもそれ以前に、直掩すべき我々自身が壊滅の危機にさらされているではないか……!

 通算で10回目以上の回避をし、次は⁉︎と首を後方に捻った瞬間、前から回り込んでくる敵機の影が見えた───注意が後方に行ってしまっている以上、これは、絶対───回避………出来ない‼︎‼︎

「シマッ────

 

 ドン……!

 

「……⁉︎」

 上空から浴びせかけられた弾丸に飲まれた敵機は外板を引き裂かれ、噴き出た燃料に引火して気化爆発を起こし吹き飛んでいった…………それは、最初に襲来した敵戦闘機部隊を殲滅した251航空隊の零戦22型が参入した証だった。

 

『マタセタナ───』

「………スマナイ!」

 

 251航空隊は20㎜機銃弾に余裕のある機体があった。21型に比べ22型は弾丸数が増大していること、敵機の性能、練度が台南空の相対した敵より劣っていた事が主たる原因だった。

 251航空隊の参戦によって数の利は覆され、台南空部隊も勢いを巻き返し始める。

「マモナクダ!アトスコシモチコタエテクレ………!」

『キタイシテオク───!』

 

 

 

 〜〜〜〜〜

 

 

 同 17時38分

 

 

 6基目のソノブイが投下され、残り2基となった頃には、集中攻撃を受けていた小隊長機の二式大艇は満身創痍の状態だった。第2、第3エンジンに被弾を重ねた結果両エンジン共に出火、延焼を防ぐためにエンジンへの燃料供給を止めた為に推力は半分となり、落伍を始めている。ソノブイを投下し終えた残り3機が小隊長機を庇う様に上空に陣取り敵機から射線を遮っていた。

 

 だが敵機も、度重なる攻撃の中で無傷で済んではいない。

 先頭の敵機は特に被弾を重ねていて、白煙を吐いているのが見える。列機も被弾しており、コンバットボックスと二式大艇の防御機銃の面目躍如だった。

 

「ハ、ハッ、ハァッ……。」

 肩で息をした防御機銃妖精さんが、通算で5個目となる弾倉の交換を終えた時、いよいよ視界の端が霞んで来るのを実感した。先程までは軽かった銃のトリガーがいやに重たく感じる。

 改めて掌を見ると、真っ赤に染まった手袋。直撃は避けたが、肩と脇腹を掠った弾丸は彼にとって重傷を与えるのに十分だった。それでも彼は、この機体と彼自身のためにこの場にいなければならない事実に、苦笑を禁じ得なかった。

こんな重傷を受け、出血し、激痛に苛まれる肢身体。今すぐこんな所から消え去ってしまいたいが、そんな事は出来ないことを彼は良く知っている。

「コイヨ……!」

 20㎜機銃にしがみつく様に、彼は構えた。血飛沫を浴びた銃身は熱で血液を赤黒く染め、最初の頃の鈍い輝きを喪っている。それはまさに、彼の命の輝きを表している様で──────

 

「クルゾォッ‼︎」

 射撃音───‼︎僚機の合間をくぐり抜けた敵機………!その瞬間、上空の一角を占めていた僚機も炎を上げた。2番機だ。だが同時に、先頭の敵機も遂に発火、ゆっくりと機首を下げて突っ込んでくる。

『エンジンカラシュッカシタ!』「ショウカシロ!」

 小隊長の怒号が飛ぶ。それと、敵機の射撃が小隊長機を捕らえたのは同時だった。

 

「ウオオオオオオォオォォオオッ‼︎‼︎‼︎」

 

 45発の弾倉全てを打つける如き勢いで、トリガーを力の限り引き続けた。

 

 ドガガガガガガ‼︎‼︎

 

 今度の敵機は至近距離まで近づいて来る!

 重なる被弾───!耳を劈く(つんざく)轟音!それが射撃音なのか被弾音なのか、もはや耳から血を噴き出した彼には解らない。

 ドバッ!

 

「……?」

 

 弾かれた様に彼の胴は機銃から離れた。視界の過半は朱に染まっている──────アニメのコマ送りをする様にゆっくりと引き伸ばされた視界……………

 赤いベールが降り掛かった視界の中で、20㎜機銃弾の直撃を受けた敵機がオレンジ色の炎の中で吹き飛んでゆく光景──────最期の光景を彼は笑顔のうちに迎えた。

 

 

 

 〜〜〜〜〜

 

 

 同 17時39分

 

 

 焔に包まれた球形が砕け散っていく様を上部機銃座から見るのは壮観だった。あれは俺の弾ではない。俺より少し後ろにある尾部機銃座の放った銃撃だ。

 防御銃座からの敵機撃墜は難しいものだが、それをやってのけるとは流石としか言いようがない。

「オイッ!スゴイナ!」

「      」

 

 返事が無い。

「オイ……?」

 気になって銃座から腰を下ろし尾部機銃座の方を見ると、銃座へ繋がるドアから真っ赤な血が滴っていた───まさか!

 しかしインカムから飛び込んだ声が、彼を戦闘に引き戻させる。

『シツコイゾアイツラ……!』

 弾幕を形成し敵機の侵入を阻もうとするが、数を減らした敵機はなおも攻撃を仕掛けてくる……あと何回も喰らって耐えられるものではない。

 動力機銃塔を旋回させ、敵機の方向に向ける。上空には敵の球形戦闘機が降下を仕掛けてくる。射撃………!

 曵光弾を交えた弾丸の雨が上に向かってどんどんと放たれてゆくが、都合よく当たるわけがない。

 第2エンジンを破損した2番機が速度を落とし、それによって生じた防御砲火の間隙を敵機は逃さない……!

 手負いの1番機───小隊長機───を狙い、敵機は銃撃を浴びせてくる。

「ヒダン!ヒダンッ!」

 

 緑光の嵐が吹き荒れ、機体に無遠慮に穴を空けてゆく。一発一発が妖精さんにとっては致命傷になる攻撃で、防弾板に身を守られている彼らの身であっても心臓を鷲掴みにされるような恐怖がある。

 眩いマズルフラッシュも瞬くままに機銃弾を吐き出す20㎜機銃は赤熱化し始め、空薬莢の山を積み上げてゆく。

 ドカン!と凄まじい衝撃音が轟いた後、敵機の黒い影が陽光を遮りかっ飛んで行った。凄まじい風が彼の胴を打ちつけ、ともすれば倒れそうになる。至近弾が防御機銃塔の風防を破壊したのだ。

 危なかった……!だがそれに続く衝撃を彼は味わうことになる。バキバキッバキィッ‼︎‼︎と凄まじい音を蹴立てて機体の外板が吹き飛び、優に1m四方はある様な大穴が穿かれてしまう。

 機体が持たない……!

「アトイッキダ!モチコタエロッ……!」

 

 ソノブイは残り1基……!しかし、敵機が攻撃体制を整えるほうが早い!次の攻撃を耐え忍べるとは、この場の誰もが思っていない。防御機銃のまぐれ当たりと、敵機が神がかり的に攻撃を外す事を祈った。

「クルゾォ──ッ!」『トウカハ⁉︎』「マニアワン!」

 

 だがその瞬間、光芒が彼の眼前を包んだ。燃え盛る敵機──────⁉︎

 敵機の真上から撃ち込まれた弾丸が球形の機体を歪ませるほどに撃ち込まれ、粉砕。更に後方から続いていた敵機も眼前で突然吹き飛んだ機体に驚いたものか、機体を翻し二式大艇から射線を外した。

 急降下の勢いそのままに攻撃から逃れた敵機を追うのは、251航空隊の零戦22型……!

 

『ホントウニマタセタナ……!』『ヤツデサイゴダ!チマツリニアゲロッ!』

 

 逃れようとした敵機──────だがもとより低空、低速での機動力に優れる零戦に、その低空で捕捉されるという事は結果は火を見るよりも明らかだ。

 四方八方からの銃撃によって敵機は瞬く間に火達磨となり、海面でけばけばしい水柱を立てた。

 

 

 

 〜〜〜〜〜

 

 

 同 17時45分

 

 日本国 戦略機動打撃艦隊 

 

 某島鎮守府 

 艦娘寮兼司令部施設 地下1階

 統括作戦指揮室

 

「作戦担当機より連絡。“我、所定ノ作戦行動ヲ実施シコレヲ完遂セシメン”───。」「基地航空隊、作戦海域より離脱───。」「被害が大きい機体は、合流を待たずに基地へ直ちに帰投するよう指示せよ。」「了解───。」

 安堵──────中途までの戦闘状況を固唾を飲んで見守っていた者達は、それをせずにはいられなかった。特に、今次作戦での最高指揮官とたる提督に至っては、背中の冷や汗が踵にまで達さんばかりだった。

 敵の戦力を見誤った……!彼は本作戦前の前段作戦を成功した事よりも、その代償として支払った物の大きさに後悔を覚えずにはいられなかった。

 

 基地航空隊は戦闘機、爆撃機(二式大艇)合計44機の舞台で挑んだものを、戦闘機に最低でも(・・・・)13機の被害を出している。二式大艇も被撃墜は無いものの、敵機の攻撃により相当な被害を被っている。特に編隊長の機体は集中的に狙われ、半身不随の状態だと聞く。

 こんな事であれば、基地航空隊を艦隊直掩や基地防空に割くのではなく、もっと前段作戦で投入するべきだったのだ。

 

「今さらの後悔など遅いな……。」

 苦情混じりに自身へ言い聞かせるような口調で独り言ちに漏らす。

「安い駄賃では無いが、準備は我々有利に整った…‥まずはその事実を好意的に受け止めるしか無いでしょう、提督。」

 傍で、相も変わらず感情の読めない顔をしたマティアス・トーレスが語り掛ける。

「‥‥…そうですな。そうしましょう。」

 落ち着いている───彼はマティアスかここに来る以前に何があったかは知らないが、時折、この落ち着き払った態度がきっと凄まじい修羅場を潜り抜けた末に備わった物なのだろうという事はわかっていた。そしてその年長者の心の余裕が、若者には少し羨ましかった。

 その時──────

 

「ん……?」

 突然、オペレーターの1人が声を上げ、モニターを何度も確認し始めた。

「どうした?」

「今、レーダーにノイズが───」

 艦娘隊の進行と併せて、レーダー覆域は広がるようになっている───だから、前段作戦では基地からのレーダーを頼りにした指揮官制が受けられなかった───。これはレーダー艦を艦娘隊の後方に追従させている為で、貴重な艦を深海棲艦の前に晒すわけにもいかないからだ。

 つまり艦娘隊の進行と比例して遠方の状況も知ることができる。基地航空隊はそのレーダー覆域にちょうど足を踏み入れた頃だが──────

 

「何だ?」

 基地航空隊を示す複数の輝点が消えたり、映ったりしている。これは……?

「レーダーの不調か?」「いえ、違います。」

「……。」

 

 マティアスは顎に手を当て、少し考え事をするような素振りを見せていた。だが数秒もしない内に彼は一瞬にして形相を変え叫んだ。

「不味いッ!」

「⁉︎」

 マティアスが珍しく額に汗を滲ませ立った時には、全てが手遅れだった──────基地航空隊の輝点は、それを示す情報と共に連鎖的に消えていった。

 

 

 〜〜〜〜〜

 

 

 同  17時47分

 北大平洋沖合

 

 

「ニゲロォーーーーッ‼︎」

 

 無線機に力一杯叫んだ後に、251航空隊隊長の零戦は粉微塵に吹き飛んだ。

 

 破壊は突然にして現れ、そしてそれは嵐の如くに友軍を次々と呑み込み、その止まるところを知らないかの様だった。

 もはや切欠が何だったのかすら解らない。突然、彼の左翼を飛んでいた二式大艇の翼が煙に包まれるや爆発を起こし、主翼をバッキリと二つ折りにされ墜落したのだ。

 護衛の251空、台南空の零戦隊は敵襲を直感し直ちに散開、敵機を探そうとするが、周囲に見渡せるのは沈みゆく太陽とそれに照らされた黄金色の雲海と暗い海のコントラストだけだった。事故……⁉︎そんなわけはない!

 ドォン!

 爆轟を轟かせ更に3機もの二式大艇が吹き飛ぶ。その内の1機は胴体を真っ二つにされ真っ逆さまに墜ちて行った。そして、破壊の嵐は二式大艇に止まるわけではなかった。護衛の零戦隊にもその不可視の刃は向けられ、秒を追う毎に指数関数的に被害を拡大させてゆく……‼︎

 最後の二式大艇が機首をバラバラに破壊され飛行のための一切の手段を奪われた空中の棺桶となった頃、ただ1機空中に取り残された零戦21型に乗る台南空隊長は、遥かな上空に小さな点を見出した。それは、どんどん拡大しているように見える。

「アレハ……⁉︎」

 

『こちら鎮守府航空隊管制!そちらで何があった⁉︎応答しろ……!』

 

 インカムから届く音声は確かに彼の鼓膜を震わせたが、彼の脳がそれを認識できなかった。彼の意識は全て、上空から猛烈なスピードでダイブする敵機(・・)に釘付けになっており、彼の機体もまた、その敵機に向けて機首を合わせていた。

『応答しろ……残存機は戦闘せずに撤退‼︎誰か居ないのか⁉︎』

「ブタイハ……ゼンメツシタッ!モウオレシカノコッテイナイ……‼︎」

『何……⁉︎』

 インカムから聞こえた喫驚の声は彼には届かなかった。予想よりも大きかった敵機との距離を誤った彼は、残っていた7.7㎜機銃を1000m程の距離で撃ち始め、その射撃音に掻き消された……という訳ではなかった。

 ほぼ同じタイミングで発射された敵機の30㎜機関砲弾が零戦のカウリングの上部を直撃し、エンジン上部を抉り取り機首の7.7㎜機銃を粉砕、そのままコクピットへ突入。搭乗員妖精さんごと風防を粉砕し、零戦21型の機体をクラッシャーに掛けてしまったかのように容赦なく破壊してしまった……からだった。

 

 

 獲物を全て喰い潰し、当初の目的を達成した黒い機体が成層の高みへと昇ってゆく。音を超越する威力を発揮するエンジンに物を言わせ、彼らは突風の様に突然に齎した破壊の後に、忽然とその場から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 寿号作戦 前段作戦

 被害状況

 

 損失機 零式艦上戦闘機33機 二式飛行艇 7機

 損害機    同   3機   同   1機




とてもまずいですね、進捗が。もっと計画的に早く描けるよう善処したいです……。
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