戦場を駆ける有翼ノ一角獣《アリコーン》 作:お猿プロダクション
出来るだけ更新頻度を取り戻せる様に頑張ってまいります!
20XX年
9月30日
18時20分
北大平洋沖合
上空8 000m
「サムイナ….」
高空─────冷えた大気は当たり前のようにエンジン排気の水分を
ネ20改ジェットエンジンはその機体が高空にありながらも充分な推力を提供し、高速を以て目標への進行を可能としている。
「………。」
操縦桿を持つ手が震える様になってどれ程経っただろうか─────しかし、これでもいつかを思えば随分マシになったものだ。役に立たないどころか火傷に怯えなければならない電熱服に身を包み、いつ上り切るかも分からない高空を目指していた頃とは、天と地ほどの差がある。
妖精さん用に特注された防寒服はこの高高度にあって、少なくとも凍えるほどの寒さを感じることは無くなっていた。
発艦から暫く────撤退する敵攻撃隊を追走し敵艦隊への攻撃を企図した文字通りの反撃に列なるのは、彼らだけではなかった。それは後方………赤城、隼鷹より発艦した流星改攻撃機を中心とした戦爆雷連合62機からなる攻撃隊第2波が迫っている。
発艦のタイミングこそ第1波、第2波でほぼ重なっていたものの、橘花改の高速性が両者の攻撃隊を波状攻撃の様にせしめる結果となっていた。
「………。」
傾けた機体、その向こうに見える雲海…………そのさらに先に、胡椒の粒もかくやとも思うほどに細かい点々の連なりが存在した。それこそが今現在彼らが追走しつつある敵編隊であり、その敵編隊が向かう先に、彼らの向かうべき目標──────敵艦隊がいる筈だった。
よもや敵も、高度8000mもの高空から追跡を受けているとは思うまい………敵艦隊のレーダーが気掛かりではないでは無かったが、作戦中にレーダーを起動するのは逆探───逆探知───によって自身の位置を暴露する事にも繋がりかねない。よって、敵艦隊はレーダーを起動していない可能性が高い…………という訳だったが、希望的観測、或いは賭けに近い戦法なのが彼には癪だった。
しかし先手を取られた上に我が方は敵艦隊の位置を把握しておらず、一方的に攻撃されるリスクを背負い込んでいる現下の状況を鑑みれば、何もせぬよりは博打のような一手であっても打つべきなのもまた確かであり、彼も理解していた。
とは言え、この攻撃が完全に博打なのかと言えばそうでもなかった。8000mの高空が、彼等を守ってくれるからだ。
敵に探知され迎撃機が上がったとして、高性能な過給機を持たないレシプロ機がこの高度まで昇るには相当な時間を要し、その間に此方はより敵に接近したり有利なポジションを取ることが出来る。すなわち空戦を有利に進める上での必須条件の一つである高度の有利を、最初から得た状態で戦端を開くことができる、という訳だった。
再び目線を転じた海原…………さながら真っ黒いカーペットを思わせる海面に、散りばめられた砂金を思わせるさざ波。それらを背景にして、飛び続ける黒点は敵機編隊─────だがその編隊は発達した密雲の中に姿を消し、見えなくなる。
「………?」
それを見た編隊長の眉が僅かに歪んだ。
何故、雲を回避しない?
航空機にとって雲は厄介な相手の筈で、視界不良や着氷による機体性能の劣化、場合によっては乱流をも伴う雲はそれだけで墜落の危険性がある。
あれほどの雲量だ、スコールも発生しているかもしれない。
追尾が敵に知られたか………?だがその懸念は拭われた。その雲の下、黒い海面に生じている幾何学的な白線の群れ──────それは明らかに自然の波ではない。
それを裏付ける様に、白線の先には終わりがあって、そこで蠢く黒塊──────予測は確信に変わり、その確信は彼の口元を弧に歪めさせる。
あれは
まさかスコールの下に隠れていたとは……!これではいくら上空から見張ったところで発見は困難だったに違いない。
そのとき────彼は雲間から現れた別の黒点を目にする。それらは、ゆっくりとだが此方に向かって上昇してきているようにも見えた。敵機………?
そこまで来て気付かない彼ではない。我々は察知されている………!
レーダーピケット艦が居たか、或いは敵艦隊に接近した時点で普通に探知されたか……しかし何れにしても、敵の反応は遅きに失した。敵機が橘花改を迎撃するには彼等はあまりに高く、速すぎた。
そしてそれは、次なるアクションを取れる戦術的イニシアチブも彼らにあることを意味する。
「ゼンキ,コウゲキイチニツケ!」
号令の下、一斉に主翼を翻した橘花改の編隊は密雲を超え、二手に分散。何れも高度を下げて行くことに変わりはなかったが、急速に高度を下げる部隊と、ゆっくり高度を下げる部隊とで別れている。
緩降下を続ける部隊の中に、彼────攻撃隊隊長────の橘花改はあった。高度をある程度落として、緩降下爆撃をする狙い…………橘花改には急降下爆撃をする機能────例えば、ダイブブレーキ───が装備されていない。だが同じく戦闘機の枠に収まる零戦などは降下時の角度を抑えた緩降下爆撃を対艦、対地攻撃に使用しており、橘花改のような機体でもある程度の精度を保った攻撃が可能だ。
彼は元々爆戦───戦闘爆撃機────乗りで、緩降下爆撃には腕があったのだ。今回のような任務にはうってつけの妖精さんという訳である。
高度を落とす内に、橘花改の速度は時速700kmを超えてくる。落下速度も加味されるが故に、エンジン出力を絞っていたとしても、簡単に最高速度以上に達してしまうのだ。
機体の軋む音、大気を切り裂く風切り音、そして計器の中で目まぐるしく変化を報じる速度と高度────それらの全てに神経を集中させ、隙あらば空中分解にまで達そうかという程の機体をあやす。
だが障害はそれだけではない。降下前から見えていたゴマ粒の様な点の群は、見る間に敵編隊の姿へと輪郭を変えてゆく………!
多くはないが、無視し得ない敵だ。本来なら自慢の30㎜機銃で相手してやるところだが────如何せん今は腹に文字通りの爆弾を抱えており、とてもではないが
『ヤツラハマカセロ。』
インカムから耳を打つ声、同時に機内を影が横切る────攻撃隊は爆弾を抱えていない、少数の護衛用の橘花改を伴っていた。その護衛機が隊長機の前に躍り出て敵機との矢先に占位したのだ。
「リョウカイ……ゼンキ,タコヤキハムシダ!ワレニツヅケ!」
機体を高速でバンクさせ、ひっくり返った天地の空中で操縦管を思いきり引いた。
急降下────!
ガクン!と強烈な加速度に体がひきつり、機体が悲鳴を上げる。薄暗くなった視界の端で、突然動きを変えた我が方に、驚いた様に慌てて進路を変えた敵機の姿が映った。
(……!)
そしてそれらが翼を翻した瞬間、その隙を狙っていた護衛機が機関銃を打ち出した。30㎜機銃の威力が発揮される────弾け飛ぶ様にして砕け散る敵機!
数では劣っているものの、あくまでも護衛の本懐を成し遂げようとする護衛戦闘機隊に形ばかりの敬礼を送り、攻撃隊隊長は改めて敵艦隊に目を向ける。降下をしているために、敵艦隊はかなり上の方に見えていた。
眼科に棚引く航跡は12、中心に6隻の主力らしき艦を配置した典型的な輪形陣の機動部隊…………艦載機が周辺に居るため、この艦隊が空母を伴っているのは確実だった。問題はどの艦が空母なのか───?
目を凝らしてみると、輪形陣の内側にいる6隻、その先頭の2隻に特徴的な形状を確認できた。それは見慣れた、異様に巨大な帽子様の構造物─────空母ヲ級か!
機動部隊にしては空母の数が少ない事から、もしかしたら前衛打撃部隊のような目的で編成された艦隊なのかも知れない。敵の主力空母艦隊ではなさそうだが、寧ろ都合が良い。敵の数が多過ぎては、目的を達成し切れるか怪しかった。
高度は6000m前後──────爆撃を行うには、些か高度が高い。禿鷹のように艦隊の上空で旋回を繰り返しながら高度を落とす。
ドンッ……!
「!」
瞬間、目の前に生じた複数の火球に彼は目を見開く。敵の対空砲弾の炸裂────!
機体強度と構造上、ここから一息に急降下し攻撃できないのが何時も彼はもどかしかった。この期に及んでもなお、彼らが緩い角度での降下を強いられていることに変わりはない。
しかし炸裂はまだ疎らで、十分な対空火網には至っていない。敵が此方に対応しきる前に、蹴りを入れてやらねば!
意を決し、フットバーを踏み倒した先─────急激に傾いてゆく水平線─────絨毯をも思わせる、夕焼けに輝く海面─────幾何学的模様を航跡にして浮かべる敵艦隊─────
その瞬間、コックピットの外に見える景色の全てがこれまでの倍以上の圧迫感を持って押し迫って来ていた。打ち上げられた対空砲火は秒を数える毎にその密度を増し、爆煙が空域全体に広がってゆく。
「ウオォ……!」
緩急自在の機動を繰り返し対空砲火網を躱し続け、確実に高度を落とす─────永遠とも思える時間の中で凄まじいプレッシャーとGに耐え続け、彼は高度計を注視した。高度は4000mを切るところにまで差し迫っている。
「ゼンキ,ツヅケ!」
号令一下、降下を開始する────瞬間、ぶわっ!と空中に投げ出される様な感覚のあとに、押し潰されるかの如き猛烈な加速が彼の体を襲う。
機軸を合わせ、敵艦隊を射爆照準器に捉える─────改以前はこの照準器どころか照門すら存在せず、棒切れ一本しかなかったというのは本当だろうか─────それだけで、敵の対空砲火が一掃増したように思える。下や横から撃たれるより、正面から撃たれる方が余程の圧迫感を与えた。
───────瞬間ッ!!!
「ワ!!」
ドン!バリバリバリッ!!!!
黒煙が視界を覆い、機体に無数の火花が光血走った!
機体が凄まじい衝撃に見舞われ、機体が砕け散ってしまうのではないかとすら彼には思えた。
至近距離で炸裂した砲弾の破片が、彼の乗機を強かに打ったのだ。幸いにも、引火はしなかった。
しかしそれが、ただの幸運でしかなく次の瞬間には彼と彼の乗機が火だるまに包まれていない、という保証は何処にもなかった。
それを示唆するかの如くに─────
パァン!と音を立てたかと思うほどの勢いをもって弾丸が機体のすぐ横を突っぱ抜けてゆくと、彼の視界の端でオレンジ色の明滅が起きる─────確認するまでもない────それは、砲弾の直撃を受け木っ端微塵に打ち砕かれた彼の列機の、断末魔の輝きだった。
遅れて木霊する遠雷のような爆発音………それを鑑みる余裕もなく、彼等はひたすらに砲火の中を突っ込んでゆく………!
照準器の中で、海の絨毯を背景にした敵艦の輪郭がみるみる内に肥大化する。高度は間も無く2000mを切った!
「テーー!」
号令の下、列機が一斉に500kg爆弾を投下する。そして彼自身も爆弾の投下レバーを引いた瞬間に感じた違和感に、彼の背筋は凍り付いた。
〜〜〜〜〜
18時42分
同 高度20m
艦隊の輪形陣に突っ込んでゆく幾重もの白線はさながら刺突を繰り出す槍騎兵のようだった。橘花改の織り成す悌団は小麦色の高原をも思わせる海面を這うように進み、掻き立てる水飛沫はV字に割られ橘花改の通過した場所に波立つ白跡を残してゆく。
航空機による超低空の進行─────レーダー波から逃れる為の飛行──────それが攻撃なら、普通は雷撃を誰もが想像したかもしれない。
だが彼等は違った………橘花改は高速のジェット機であって、魚雷など投下しようものなら魚雷本体が衝撃で吹き飛んでしまう。しかも魚雷の搭載能力など有してはいない。では、何のために?
航空機による低空攻撃は、何も魚雷によってのみ成される訳ではない────
「ミエタゾッ──!」
水平線から見えた敵影、はじめはほんの尖塔の様だったそれらは僅かほどの間に明確な隊伍を成した艦隊へとその装いを変えてゆく。
彼我の距離30km程か、一度水平線から顔を覗かせた敵艦隊は、みるみる内に拡大してきているようにも見える。これも、海面高度にあって時速600kmもの高速を発揮出来るが故か!
「!」
その時、敵艦隊の直上に見えた黒点に視線が吸い寄せられる。黒点………否!それは明らかな航空機のシルエットを持ち、一直線に敵艦へ向かっている………!
「ナンダ!?」
『タイチョウガヤラレタ……!!』
「ナニッ⁉︎」
被弾した爆撃隊長機は、操縦索を破壊されていた。主翼端と胴体下部───シャチに腹を食い千切られた鮫のように抉り取られており、至近弾の一撃はその一切の操縦、操作系を奪っていたのだ。
ダイブブレーキを持たぬ橘花改は加速の一途を辿り、その勢いが衰える様を想像することすら出来ない。
「……!」
脱出しろ!……そう言葉にしようとした彼の口は直後に白歯に阻まれ負熟練であるが故に彼は解ってしまったのだ。あの速度、あの高度からの脱出は不可能で、仮にコクピットから出られたとして、その先に待っているのは、死──────‼︎
『アトヲ──』
「!」
『タノムゾッ…!』
明滅………直後に立ち昇るキノコ雲──────それは漢の命が放った最後の輝き──────その炎の
他にもいくつも生じた水柱と爆炎が、敵空母2隻を包む。そのうち1隻は破孔から凄まじい勢いで焔と黒煙を吐き出している。
"ゼンキ、トツゲキセヨ"
彼自身が手旗信号に込めたその短い意味だけが、今するべきことを何よりも明瞭に指していた。
戦友の死を惜しむ時間も猶予も方法も今の彼らは持ち合わせてはいない──────
彼我の距離10kmを切った!今更になって気付いたのか、思い出したように敵の対空砲が砲撃の唸りを上げた。
しかし海面高度20m以下の超低空を這うように飛行する彼らを前に、有効な対空射撃は出来ていない………炸裂は疎ら、或いは海中に突っ込み高々と水柱を突き立てる。
だが距離を詰める毎に砲撃の精度は上がっていた。乱立する水柱と爆煙の密林を、橘花改はさながら狙いを定めた毒蛇の如き獰猛さと俊敏さを持って突撃してゆく………!
ドン…ドン…!コクピットの内部にすら響く敵砲弾の炸裂と着弾はそれを受ける者に無限とも思える圧力を与え続ける。敵艦隊まであと数km!!
「ゼンキ、ヨーイ!」
槍衾の如き弾丸の雨を浴び、機体を不気味に金属音が打ち鳴らす。
スロットルレバーを押し開き、エンジンへ大量の空気を送込む。比例的に推力は破格の向上を見せ、尚速度を上げる。
キイィィィィ………!!
狂ったように轟くエンジンの咆哮が、頼もしく機内に響き渡る。下方という機体の逃げ場は既に無く、僅かな操作ミスがそのまま海面へのダイブへと繋がる極限状態で、自機のポテンシャルに全幅の信頼を寄せる事が出来るという意味では、やはり橘花改は戦闘に身を置く妖精さんにとって優秀な機体だった。
距離は詰まる──────敵艦隊の輪形陣、その外輪部を形成する敵の防空巡洋艦が、大量に備えられた自慢の高角砲と機関砲を用いて、此方に向かって弾幕の嵐をその密度と苛烈さを増しながら浴びせ掛けてくる。
海面を荒々しく気立てる航跡すら肉眼で見える距離──────!
距離1kmを切り、敵巡洋艦の持つ異容もその細部に至るまで確認できた。黒を基調とした艤装は黄金色の空と海の乱反射の中で不気味に佇んでいて、ヒト型の概形でありながら異常に大きな掌とバイザー様の偽装を被りその奥にある筈の表情の一切を伺わせない頭部が、その存在の異常さとおどろおどろしさを一層に際立たせていた。
「───⁉」
瞬間、列機のひとつが剥ぎ取られる様に翼を失い、次の瞬間には主翼を軸にした凄まじいスピンを繰り出しバラバラに崩壊しながら海面に叩きつけられる。だが動揺する暇もなく、彼は眼前の敵巡洋艦を睨み付けた。
奴は、我々が輪形陣の内側に入らないよう全速で機動し、我が方の企図を挫かんとしている。
スロットルレバーを引く───落ち着きを取り戻すように咆哮を収めるエンジン───
輪形陣の内側には、手負いの空母と尚健在な戦艦、巡洋艦が存在し、その戦術・戦略的価値は高い。
フラップ展開───
価値の高い戦艦や空母を護る為、まるで我が身を盾にする琴も厭わぬ様に攻撃隊の進路上に陣取り、それは今に至るまで続けられている。
正に──────
瞬きを忘れた充血した眼が、攻撃のその瞬間に至るまで照準器の環の向こうで大きくなる黒々とした敵影を頑として離さない!
そして──────敵の砲はおろか、機関砲や機銃の射撃の明滅すら見える距離まで近づく……!!
「テーーッ!!」
───引かれた爆弾の投下レバー。
───海面へ突っ込む爆弾。
否──────それは、さながら水切りの石のように海面を跳ね、そしてその勢いを保ったまま、更に海面を蹴り飛ばし前方へと弾体を跳ね飛ばしてゆく………!!!
彼らが抱えていたのは、魚雷でも唯の爆弾でもなかった。水面で跳ねるよう特殊な外版を取り付けられた爆弾。トビウオを思わせるそれは、適切な落下角度と速度によって衰えることなく海面上を跳ね飛ぶ黒体──────
唯の爆撃方法ではないこれは……
実は挿絵を挟む予定でした。が、中々決めきらない+遅延で見送りました…
ごめんちゃい!