戦場を駆ける有翼ノ一角獣《アリコーン》 作:お猿プロダクション
「突っ立ってても話しにくいでしょう。座るといいわ。」
ニュージャージーが座るよう促す。アリコーンがあまりの自然体に面食らっていると、「ほら。」と手振りでさらに促した。
「……では……。」
そうも言われたらアリコーンも断る言葉と理由を見つけられず、おずおずと舟に乗り込む。
舟はいかにも不安定で、少し体重をかけただけで簡単に揺らいだ。おまけに一歩踏み込めば「キィ」。座り込めば「キィ」といちいち鳴いた。
「……。」
「ふふふ。緊張してるわね。」
「ええ、まぁ………。」
どこか悪戯っぽく笑うニュージャージーの姿に、アリコーンの目は変わらず不審と疑念を込めていた。いったい、ここは何なのか?彼女は本当に"あの"ニュージャージーなのか?………ならば、なぜ彼女がここに?或いは、なぜ私がここに?
疑問の尽きないところに、さらなる疑問がアリコーンの目の前にポンと置かれた───桃?
鍔を深く被り、顔の窺えない小さな人‥………否、艤装妖精さんの様な誰かが、2人がかりで3つほど桃を置いていった。そしてそのまま舟の奥の方へと消えてゆく。
「??????」
「まだ食べない方がいいかもね、それ。」
そう言いながら自分はカップに口をつけるニュージャージーの姿に、最早考える方が浪費かと思ったアリコーンは、思い切って口火をつけてみる。
「ニュージャージー……さんでいいのよね?」
「えぇ。さっきぶりね、アリコーンさん。」
「………。」
それは求めた回答であり、想像通りの回答ではあったが、同時にあまり受け入れたくない内容でもあった。何故なら、などと言うまでも無く、彼女は──────そんな心情を知ってか知らずか、或いは顔に出ていたのか………ニュージャージーは何処か思案顔になると「そうだ」とばかりに手を叩いて、アリコーンに提案してみせた。
「
〜〜〜〜〜
いつの間にか、舟は舳先を見えない水平線に向けて漕ぎ出していた。舟を推す
規則正しくぶつかる波の音と、囀る鳥の様に鳴る
「そういえばあの時、凄く頭が冴えた感じがしたんですよね。バリアドローンを船体にメリ込ませて盾代わりにするなんて普段の私なら思い付かない。」
「撤退の命令も聞かずに喰らい付くぐらいなんだから、頭に血が回ってたんじゃない?」
「血はむしろ足りなかったんですけど……艤装も半分にされたのに寸前まで押し負けなかったですし、何かあったのかしら………。」
「ふん………それ、"特効"って奴かもね。」
「トッコウ?」
きょとんとするアリコーンに少し驚き顔で「知らないの?」と問うニュージャージー。アリコーンは「名前くらいしか……」と言って眉をやや曲げた。彼女も艦娘としての教育を受ける際、大体のことは理解したはずだったが、この特効というものに関しては軽く「在る」という事くらいにしか触れられなかった。
「なーんでそういうところちゃんと教育しないのかしら………いや完全に解明されてるわけでもなかったし、半端な事を教えるのもそれはそれで……」
「ニュージャージーさん?」
顎に手を当て、ブツブツ一人言を始めたニュージャージーだったが、すぐに赤髪を振ってアリコーンに向き直る。
「あぁごめん。特効っていうのはね───」
曰く、"艦娘艤装又は艤装妖精さん、又はその両方に発生する、特定海域又は特定深海棲艦又はその両方に対して有意に強い攻撃効果を発揮する現象"であるという。
「大抵、その海で沈んだり、大きな戦いに参加した記録のある艦から派生した艦娘に起きるのだけど………貴女の場合、敵の"ペガサス"と"ユニコーン"に対して発生したのかもね。それも艤装や妖精さんじゃなくて、
「私……?」
「じゃなきゃそこまで強く"執着"しないわ。特効の発生原因の一部は、艤装妖精さんの深海棲艦に対する敵愾心と執着からとも言われてるのよ。」
「……。」
物凄く合点のいく内容だと思った。
あの時──────"ペガサス"と"ユニコーン"への執着も、敵愾心も、普段のアリコーンとは比べるべくも無い程に存在していた。むしろ彼女は、敵そのものに対しては無関心で在る方が多かったのに。
隻腕になってなお"ペガサス"と渡り合い得たのも、ただ奴にダメージが蓄積していただけにしては、都合の良すぎる話だったが、その特効とやらが関係しているなら、話は別になる。
成程………と今更ながらに色々噛み締めていると、ニュージャージーは突然顔を伏せた。赤髪の奥の陽光にも似た双眸は、圧倒的な熱と光を伴っている。
「──────だから、そんな無様な死に方をしたのね。」
「……!?」
突然に放たれた言葉と、隔意に溢れた目付きにアリコーンは驚いて──────その視線が自身に向いてない事を悟り、背後を振り返ってさらに驚いた。
「貴様ら……⁉︎」
そこに居座っていたのは2人──────見紛う筈もない、彼女達最大の敵手となった存在。
"ユニコーン"………そして"ペガサス"!
アリコーンをして「贋物」と言わしめたその出立ちは、よく見れば、アリコーンと相違ある部分の方が目立っている。片や両の腕が無く、片や両足膝辺りから無い。眼も左右片方ずつが真白な髪に覆われ、その奥の色を窺い知ることはできず、見えている方の肌色も血色の目立つアリコーンとは全く異なり、深海棲艦特有の血の気のない白磁で、萎れたミミズの様に走った血管らしきものは青白く映った。
けれども、その漂わせる雰囲気──────或いはモノクロの眼に宿された圧倒的な剣呑さが、アリコーンと異なると言い切れない底知れぬ何かを携えている。驚きもしないほど似ていないのに、驚く程似た存在に見えた。
「いつの間に……!」
「まぁいいじゃない。ヨナの呑まれた肚の中、どうせ同じ行先よ。」
冷たく、だか落ち着き払った声でいうニュージャージーのその言葉は、些か悠長にすぎる。こんな場所で呉越同舟など起きるわけがないのだ。だいたい彼女は、
「なにを─────……⁉︎」
ズバアァァァ……!
アリコーンの言葉を途中で取り去ってしまったのは、ニュージャージーでも"ユニコーン"や"ペガサス"でもない、遥かに巨大な重厚たる鋼鉄の塊だった。
水面が割れ、白濁とした激流を撒き散らしながら巨大な暗灰色の舳先が姿を現した。構造物の穴も破口も別なく水を吐き出し、屹立する様にどんどんと上に向かって艦首を昇らせてゆく──────そのハルナンバーは………「119」。ビュオォーーー………と巨人が管楽器をこさえたか、或いは艦そのものがオルガンと化した様な形容し難い低音が響いてくる。
低音と水流を携えて艦首の全部と艦の中ほどまでが水面から突き出した状態で──────ブルブルと震え、そして止まった。墓標の様に突き立ったその姿は、間違いなく、海上自衛隊 第二護衛隊旗艦 護衛艦[あさひ]のそれであった。
気付くと舟の周囲には、朽木の如くに力なく艦首を突き立てた軍艦が其処彼処に存在していた。錆びついた鋼鉄の水中木は
「これは……」
「船の墓場かしらね………見覚えのある船がある。」
ニュージャージーの目線の先には………なにか凄まじい衝撃を受けたのだろうか、尖塔にも似た形状に破壊された奇妙な円筒が存在した。その円筒形に、アリコーンは奇妙な既視感を覚える。
「潜水艦……?」
「原子力潜水艦[ロードアイランド]。今回の戦いの端緒になった
「………。」
[ロードアイランド]の亡骸だけではない。[あさひ]と共に撃沈された[まべち]の先鋭的なシルエット、天号作戦で沈んだ輸送揚陸艦[ボストン]そして[サン・フランシスコ]のずんぐりとした姿にはアリコーンにも見覚えがあった。ここはニュージャージーの言う様に、本当に沈んだ船の行き着く墓場なのだろうか?
「おマえ、タチ、だけ、ではナい。」
「ワレワレ、の、ハラカラ、も、ココにユきツく。」
口を開く2人。凡そまともな発音をしてはおらず、単語を接続詞というトンカチで無理やり吐き出して、辛うじて意味をなす言葉を紡いでいる。
この2人がいう
「これは……!」
鬱蒼とした艦の墓標の合間に幾艘もの舟が屯していて、しかもそれら一つ一つが密集した木の子に取り付かれた様に"何か"でごった返している。その何かは、とても人の姿形をしていなくて、或いは一つの黒々とした肉塊の様にすら思えたが、一方で何処か少女を思わせる影が重なった。これが、奴らの同胞?………深海棲艦の姿だというのか?
「……。」
一方でニュージャージーは、眉を顰め、だか一方で瞳孔はカッと開き、まじまじとその光景を眺めている。奇妙が勝ったアリコーンに対して、何処か驚愕が勝った、信じられないとでも言う様な面持ちをする彼女の反応に奇妙な感触を覚えないでもなかったアリコーン。
で、あったが。
その光景を見渡した途中、アリコーンは自らにとってはとんでもない物を発見してしまい、そんな事は直ちにどうでも良くなってしまった。アリコーンが見つけた"それ"に、彼女自身の目は釘付けになってしまう。その姿に、今度はニュージャージーが訝しむ番だった。
「アリコーン?」
「………!」
"それ"は、目に映る全てが異様と言えるこの場所にあっても、その中でも一際異彩と存在感を放つシルエットをしていて、かつ、巨大だった。絶対に彼女が知る筈のない物だったが、同時に明瞭な確信を以てその存在を認識してもいた。
中程から真っ二つにカチ割れて、艦首と艦尾をそれぞれ突き立てたその姿──────黒々とした山の如き
見紛う筈もない……実際に目見えた事はなくとも、今の彼女は存在する心が、"それ"を理解していた──────その艦の名を、アリコーンの口が紡いだ。
「アリコーン……だと。」
スプリング海に沈んだ破壊者は、初めて自らの本当の姿を目撃した。
今回、本当はもっと長くする予定だったんですが、分量もそこそこあるし全体としてキリが良く、あと今月中にギリ投稿が間に合わなさそう(最大理由)なのでこの状態で投稿することになりました……まぁ、後悔があるとか言うんではないんですが、元々1話で収める予定だった物が2話分になってしまうのはもう最初から変わんねぇなと言うかまるで成長していないというか