戦場を駆ける有翼ノ一角獣《アリコーン》   作:お猿プロダクション

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活動報告の方にも書きましたが、これは11月投稿の最新話「帰着と、そして……」の改訂、加筆版のようなものになっております。

遅筆に加えて文章の組み立てにも失敗してしまい、こんな杜撰なカタチで物語終盤をお見せすることになって本当に申し訳ない……


その翼、未だ墜ちず

 戦闘終結より数日──────鎮守府の病棟の一角に設られた即席の、だがそれにしては充実した設備のある病室の一角で目を覚ました女性を見下ろす、大柄な男の影がそこにはあった。

 

「目が冷めたか、大馬鹿野郎。」

「………?──────!?」

 

 見ず知らずの光景に頭が処理落ちしていた所………聞き覚えと馴染みしかない声が響いた事によって脳にスパークが走った。

 

 電気ショックで叩き起こされた心臓の様にガタン!と緩急激しく飛び起きた彼女は、二重の衝撃に襲われる。"大馬鹿野郎"こと彼女──────アリコーンは思わず呻いた。

 

()っ………!!」

 

 鈍痛、激痛。鐘を内側から何度も打ちまくっている様に猛烈なそれは、ばくんばくんと彼女の心の臓が跳ねる度、血流に乗せて新たな痛みを伴って来ているようであり、ぶるぶると震えながら嘔吐(えず)きそうになる全身を抱いて、力無く項垂れた。

 

「当然だろう。今少し横になっていろ。」

 

 見下ろすようにして彼女を見ていた男は言う。男──────マティアス・トーレスは長い着物でも畳むように、彼女の身体を横たえる。乱れた髪がパサと音を立てて花弁にも似て枕元に広がった。柔らかい白地のシーツを背景に咲いた紫電の花弁は、明らかに以前よりその威勢を欠いていた。

 

 立てば腰に届きそうな程に長く艶やかだったアリコーンの紫電の髪は、今やその中ほどでぶつ切り(・・・・)にされていて、毛先の揃えなど無いに等しい、雑多で無造作な状態だった。

 

「髪は、随分短くなったな。」

「……。」

 

 特な感傷もなく、あっけらかんと言うマティアスへの返答の様に、アリコーンは肩から胸にかけて掛かった髪を掬う──────焼けた跡がある。毛先はやや縮れていて、黒い煤の様な汚れらしきものも目立った──────その光景に、彼女の中で何か動かされるものがあった訳では無いが、如何とも言えない違和感を持ってそれを眺める。

 

 ヂリっヂリっと指先で弄ばれる髪先は痛んではいたものの、それを一々憂うほど彼女の心は乙女ではなかった。むしろ、そうした髪の状態そのものはマティアスにも似て無感動のまま眺めておりアリコーンの興味はむしろ(それ)を弄る指先にこそあった。

 

「………?」

 

 痛みという意味では、それに疑問を入れる余地もない。そもそもこの場にいる事そのものが、何よりマティアスが横にいる事すらも疑問といえば疑問だったが、彼女にはそれよりも圧倒的な違和感、疑問が付き纏っている──────それは、髪を掬った自らの手そのもの──────

 

 戦海に消えたはずの彼女の左腕は、そのあるべき場所に回帰していた。  

 

「……!!」

 

 マティアスを目にした時は飛び起きそうな程───というより実際に飛びかけた───に驚いたものだったが、ここまで驚きが来るともはや放心に近い状態になり、一周回って、人は驚くと本当に言葉を発せなくなるのだなぁ、などと呑気に考える程度には、脳みそのバッファが追いついていなかった。

 

「艦娘というのは、凄いものであるな。」

「艦長、これは………。」

 

 困惑が過半を占めた顔を向けるアリコーンを見下ろし、こう告げる。

「まずお前は、なにも知らんであろう。そもそもここにいる訳もな。それも含めて医官を呼んでから話すから、そこで待っていろ。」

 

 待っていろ──────と言われても、体の痛みが引いたわけでもないし、なにより彼女の体は点滴の管やら、定期的な電子音を鳴らすポータブル型の心電図から伸びたケーブルやらに繋がれていて、動くことなど出来ない。彼女はその気ではなくとも、一にも百にも言われるがまま待つしか出来はしないのだ。

 

「今お前がやることはシンプルだ。命令を受け、身体を休めよ。」

 

 ………その後マティアスが退室する際、態々そんな言葉をかけたのは、彼が終始冷静に見せていても"もしや内心では自分の身を案じてくれていたのだろうか"などと箸にも棒にもかからない、しょうのない事を考える程度には彼女の脳みそは回復していた。

 

 

 

 〜〜〜〜〜

 

 

 

 マティアスが退室したあと、手持ち無沙汰も良いところのアリコーンはすることがなかった。さりとて何か身体を動かそうという気にもなれず──────そもそも傷付いて床に伏した状態でそんな事をしよう等とは思わない──────殆ど自動的に、瞼を閉じるに至った。

 

 視界が取るべき色を無くし、翻って脳裏に浮かんだ情景はあの時(・・・)──────"ユニコーン"そして"ペガサス"を確実に滅ぼすべく撃ち放った自身の熱核砲弾──────その爆発と衝撃波がもたらした津波の如き濁流に飲み込まれた瞬間のこと。断崖絶壁もかくやとばかりにそそり立ったそれは、明らかに……そして確実に彼女の生命を奪うに足る威力を持っていたし、実際にその筈だった。

 

 さらに思い返せば、あの(・・)不思議な、不気味な場所での邂逅──────其処での出来事も、やり取りも、鮮明に覚えている──────私は確かに(・・・・・)、あの場に居た《・・・・・・》!あの赤髪の………アリコーン達の目前で、忘れもしない、忘れられる訳の無い壮絶な最期を遂げた彼女との会話すらも──────完全に、一字一句間違い無く、とは言えないが──────概ね記憶にある。

 

 記憶にあるという事は、それを体験しているという事に他ならない──────ではやはり、私は一度……?──────だが、やはりその記憶の中にある彼女が放った言葉がよぎる。

 

 ──────舟を降りたほうがいい。

 

 彼女が──────ニュージャージーが、現世から常世へと緩やかに流れる、あの沢に浮かんだ舟の上で、そう言い放った意味を理解できない彼女ではなかった。

 

 しかしそれでも、それでもだ──────思わずにはいられない。何故、私はここにいられるのか?

 

 あの時、確かに私は沈んだ!………死んだとかそれ以前に、物理的に海中へ没した筈なのだ。艤装の潜水艦としての注排水機能は死に絶え、船殻はだらしなく大穴を空けていた。左船体が殆ど消滅(・・)した結果として相対的な浮力を獲得してはいたが、その後にあの濁流である。死ぬ死なない以前に浮いていられる訳がない(・・・・・・・・・・・)

 

 

「う〜ん……。」

 

 どうも寄る瀬がなく目を瞑ってみたものの、それはそれで頭が研ぎ澄まされてしまっていらぬ考え事が増えてしまう………ペンローズの階段じみて、分かりもしない事をグルグルと。………これでストンと眠気が迫って来てくれるようなら良かったが、相変わらず身体の芯からくる鈍痛はアリコーンをリラックスさせるはずもなく。暫く痛みだけど付き合っていかなければならないのか、と溜息を吐きそうになった時──────

 

 

「──プクス」「んん?」

 

 明らかに空気が笑った。………具体的には、悪戯をした子供がカーテンの向こうからほくそ笑むような。息を吹き出すのを堪える笑いが、この部屋のどこかで鳴った。無論、姿は見えない。「何もない」と言わんばかりに、変わらず挿し込む陽光が室内をぼんやりと照らす───いや、そんな訳は無い。

 

「誰かいます?」

「……。」

 

 姿を隠しているものに語りかけても無駄なのは分かってはいたが………これで声をソナー代わりに使えたなら便利ですねぇ、などと考える。とはいえ、彼女は元来耳が良い──────潜水艦艦娘は総じて耳が良いらしいが、彼女もその例に漏れなかった──────声を掛ける事で何かアクションを引き出せないものだろうか?それで物音でも鳴ったら、誰何も出来ようというものだ。

 

「戦傷に伏せる子女の部屋に潜もうなんて、随分と下品で美しさのかけらも無い者がいたものですね。」

「……。」

 

「最も手負いとはいえ、もちろん私も抵抗しますよ。拳で。」

「……。」

 

 少し趣向を変えて煽ってみても、不明者は一向に姿を現さない。

 

 小部屋の一角とはいえ、意外と死角の多いこの場所。カーテンの裏なり、薬品の入ってるだろう重厚なタンスの裏なり、果てはこのベッドの下までも。

 

 これでは埒が明かぬと踏んだ彼女は、美しくもエレガントでも全くないが、有効ではある方法で事態の打開を図る。

 

 

「───なんなら今ここでキンキンに喚き散らしても良いんですよ。」

「タンマ!それは待って下さい姐さん(・・・)!」

「……!?」

 

 わっ!と蜂の巣を突いた様に騒いでアリコーンの前に躍り出たのは、何と彼女の見知った顔──────

 

「フオイ……!?」

 

 些かバツの悪そうに、へへへ……と目を泳がせて頭を掻くその少女は間違いなく──────ニュージャージーと同じく、アリコーンの目前で確かに生命を絶った筈の伊201だった。

 

 

 

 

 

 〜〜〜〜〜

 

 

 ゴォン……!!

 

 大音響、大激動!直撃したホーミング魚雷が発生させたバブルパルスによって、伊201の艤装は完全な破壊を受け、本来なら彼女の生命と艤装を最終的な破壊から守護する筈の大破ストッパーすら発動せず、永遠の沈黙を強いられる筈であった。心臓も肺も、それらを支える潜水艦としての艤装も、深海の暗闇の中に消え失せようとしていた。

 

 しかしそれを待ったをかける者が1人……1人?深海の色に染め上がってゆく視界の端で、白いハチマキが翻った。

 

 ぼんやりとした輪郭をまとった和船が伊201を掬う様にして現れ、そこに七福神かもあらんとばかりに幾人も応急修理要員妖精さんが乗り込んでおり、それらを束ねるかの様にして立派な法被を纏い電動ドリルを手にした妖精さんが現れる。

 

(……!)

 

 ───なら、この子貴女にあげるわ。

 

 アリコーンがそう言って、だいぶ雑に手渡したその妖精さんは………実は伊201自身もこの頃てんで世話になったことがないので、すっかり忘れていた。

 

 それは、対深海棲艦戦争において、軍艦一隻に匹敵する或いは上回る戦術、戦略的価値があるとも言われる艦娘の艤装、ひいては艦娘自身の生命を最終的な損失から回避する為の最終手段。

 その妖精さんの名は──────応急修理女神……!

 

 バリッ……!

 

 電気ショックにも似て、刹那にも満たない衝撃が伊201の体を駆け巡った。それがあたかも点火スパークのように、ばくん、ばくん、と彼女の心臓に再び火を灯した。そして、それに呼応したかのように、彼女の艤装内で水圧に潰され、爆発の衝撃に斃れた妖精さん達も息を吹き返す。

 

 応急修理女神が手にした電動ドリルで、応急修理要員妖精が抱えた木材角材で、伊201の崩壊寸前の艤装を修復し、卓越した技術で妖精さん達を蘇生し、ついに伊201が轟沈する運命を回避したのだった。

 

 

 

 〜〜〜〜〜

 

 

 

「──────というワケなんスよ。」

「そんな効果が……。」

 

 

 伊201が──────少なくともアリコーンにとって──────起死回生を遂げた裏にはそんな事情があったのかと、やや呆ける。

 

 まさか、あの法被とハチマキをした妖精さんにそんな効果があったとは……提督さんの言った「お守りみたいなもの」とは、過言ではないというか、明らかに力不足に過ぎる言葉だった様に思える──────最も、この効果を理解していたとてアリコーンが応急修理女神を素直に手にしたとは考え辛いが──────。

 

「おかげで、姐さんを助けられたんスよ。」

「……?」

 

 続く言葉に、アリコーンは首を傾げた。「どういう事?」と伊201に続きを促す。

 

「姐さんがやられた時、もの凄い衝撃波が来てせっかく直してもらったのにまたやられちゃったんスよ。」

 

 これは熱核砲弾(ミニ・ニューク)の水中爆発だと、アリコーンは直ぐに理解する。彼女の撃った砲弾は直撃せず、水面に突入した後に起爆していた。水中衝撃波は空気中のそれよりも遥かに速く強力で──────爆雷や魚雷などはその効果を使った最たるもの──────伊201はその煽りを受けたのだ。

 

「それでまた直ぐ中大破だったんスけど、おかげで浮上が遅れた訳でして。それで、海中をフラついてる姐さんを見つけられたんですよ。」

 

 伊201の言うには、衝撃波で再び損壊した艦体を庇いながらゆっくり浮上したところ、海中が落ち着いて来るにつれて妙な雑音が聞こえ始め……………そこに生来の魚心が働いて確認しに行ってみると、海中を宙ぶらりんで漂っているアリコーンを発見したのだという。

 

 崩壊した左舷を下にした、ほぼ横転した状態で沈降したアリコーンを見つけるという光景には流石の伊201も慌てふためき、船殻の悲鳴も電動機の絶叫も完全に無視して、出しうる限りの最大速度で浮上したのだ。しかも──────

 

「あの時、深海棲艦の生き残りだと思われて現場にいた全員に滅茶苦茶殺気向けられたのは生きた心地しなかったッスね。」

 

 

「……!!」

 

 その時、驚き半分感心半分と言った塩梅で話を聴いていたアリコーンの脳に、落雷にも似た衝撃が走る。確信めいて、アリコーンは震える唇で尋ねた。「……貴女が私を引っ張る時、右手を掴んでいた?」返事はただひと言、「はい、そうッス。」

 

 あっけらかんと。

 

 けれども、アリコーンにとってはそうでは無かった。

 

 

 そうか。

 

 

 そうなのか……。

 

 

 そうだったのか……!

 

 

 "──────その手形の持ち主が、youを待ってるわ。"

 

 あの時の言葉──────彼女は、私などを"師"と仰ぐこの出来過ぎた弟子は、ただ沈みゆく私を引き揚げただけではない!文字通りの死地から、ずっと私を掴んで、離さずにいてくれたのだ……!

 

 理解し、それを頭が受け入れた時、熟れた果実をそのまま潰すように、彼女の真紅の瞳からポロポロと大粒の涙が溢れる。その涙は、救ってくれた感謝であって、その彼女への感激であって、大言壮語を吐いた羞恥であって、そんな自身への怒りであった。

 

 傍から見れば、突然咽び泣いたように見えるアリコーンを案じて、伊201は少し慌てて、アリコーンのベッドに歩み寄る……………よく見れば彼女もまた、其処彼処(そこかしこ)に包帯を巻かれ、頬に鼻にと救急絆創膏を貼られ、生傷と共にある身体だった。

 

 その事実が余計に、アリコーンにとっては嬉しく、だが真綿で首を絞める様に苦しい。あぁ、私自身の器量の、何と小さいことか!

 

「ね、姐さん!?」

 

「──────世話を、かけたわね……。」

 

 

 

「全くだ。」

 

「「……!」」

 

 

 突然の第三者の声!驚きに満ちて首を転じた先で──────マティアス・トーレスが先の宣告通り医官を連ね部屋のドアを明け放っていた──────たがその後ろに提督や数名の職員、更には数人の兵隊らしき人物をも携えている。

 

「か、艦長───」

 

 この時………アリコーンは心から慕う筈のマティアスに目を合わせることが出来なかった。




次回で「戦場を駆ける有翼ノ一角獣(アリコーン)」は最終回となります。
なるべく早く、風呂敷もしっかり畳んでお送りしたいと思いますので、皆様どうか、最後までお付き合いくださいませ……!
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