戦場を駆ける有翼ノ一角獣《アリコーン》   作:お猿プロダクション

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お待たせしました……今回、ついに最終回です。色々ゴチャついてしまいましたが……。
けど、最後に少しお知らせがあります。あとがきまで読んでやってください!


その一角、未だ折れず

 マティアスは医官や鎮守府の関係者の他に、アリコーンの艤装妖精さんを引き連れていた。直接床を歩かせてる訳でなく、何人かの職員の手にするボックスに入っていたり、彼の肩に乗っていたりする。

 

「……………。」

 

 目も合わせられぬアリコーンの姿勢に、彼も思うところがあった。さして口を開くでもなく、引き連れた妖精さんのうちの1人をヒョイと摘んで、彼女の膝下に下ろす。

 

「……!」

 

 乗組員妖精さんの顔は、この世界に人の身として生まれた時には不思議と頭のなかに入っていた──────向こう(ストレンジリアル)と此方では、見た目のちんちくりんさであるとか、頭身が違い過ぎるとか結構な勢いで違っていて、それが面白おかしく感じた時期もあったが──────それもあってか、彼女の前に下ろされた妖精さんの顔には直ぐに思い当たった。

 

「ルイス・バルビエーリ中尉……!」

 

 ────再び本人の前で口にする事は未来永劫ないであろうと思っていたその名を口にする。………そう彼こそは、寿号作戦にアリコーンが参戦する事を眩ませる陽動の為に行われた偽装偵察を実行した、SACS隊でも腕利きのパイロット………であった。

 

「何故……」

 

 予想外の再会の喜びと高揚より、彼女の頭を襲ったのは困惑だった。偽装偵察の途上、予想外の迎撃にあった彼はアリコーンに熱核弾頭の砲撃を進言し、その終末誘導の役を請け負った。それ自体は、ここに生まれる以前彼女達がアンカーヘッドで使ったのと同じ手段ではあったが、決定的に異なるのは前回はSLUAVを利用した事。今回は──────

 

 だから、彼がここにいる筈はないのだ……!だからこそ、「何故」と。

 

「中尉は、正確には終末誘導をしなかったそうだ。」

 

「………?」

 

「命中寸前で機体のデータリンクを切り、機体情報の更新を絶った上で離脱した。砲弾は、最終更新が行われた地点を記憶して突入するという寸法だな。」

 

 アリコーンの誘導砲弾はその長大な射程と精度を両立する為、誘導装置に二重三重のバックアップが存在する。その内の一つが今回バルビエーリ中尉が行った、"終末誘導が切断されてもその最終更新点を目指して自己誘導する"というプログラムであった。

 

 その上、離脱の際、敵機の攻撃と衝撃波で機体が破損し操縦系統も大きく破壊されたようで、唯一生き残ったアナログ系の1チャンネルのみという這這の体で帰って来たのだという。

 

「………貴様とは大違いであるな。」

「………!」

 

 その実覚悟していた、冷たく放たれたその言葉はそれでも存外に彼女の心を抉った。その言葉の意味するところ、真意に、マティアスがそう告げるより以前から薄々思うところがあるからだった。膝下のバルビエーリ中尉からすらも目線を逸らすように、老婆の如くにアリコーンの背は丸くなってゆく。

 その背中へ鞭を打つような言葉が、容赦なく放たれる。

 

「貴様にも多少の言い分はあろう。だが、俺は、貴様を監督する人間として、貴様自身の生命と財産を投げ打つが如き言動は強く戒めねばならん。」

 

「……財産?」

 

貴様は(・・・)独りで戦っているつもりか(・・・・・・・・・・・・)?」

 

「─────!」

 

「貴様自身。貴様の"アリコーン"としての艤装。そしてそれを司る300名の乗組員。それら全てが無ければ潜水艦────いや潜水艦娘"アリコーン"は決して戦力を発揮し得ない。」

 

「……。」

 

「………俺の言っている意味が分かるな?」

 

「はい……。」

 

 俯きつつも返事をするアリコーンに、マティアスは「何より」とさらに言葉を重ねる。

 

「貴様がここにいる事すら、貴様の力ではないのだ。そこの伊201がどうやって貴様を救出出来たか、分かるか?」

 

 マティアスが顎をしゃくって指した伊201を上目で見て、言われるがまま考える。しかし考えれば考える程、伊201の潜航能力、水中推力ではアリコーンの巨大をどうしたって動こうはずもないように思えてくる。応急修理女神で艤装が回復したとて、地力が底上げされる訳ではない。問答で出るタイプの答えではない事は分かっていたので、マティアスは早々に結論を語った。

 

「乗組員達が艤装内の浸水防止に全力を割いた結果、貴様が沈んだ時少なくない空気が閉じ込められた………おかげで貴様は海中で傾いたまま漂っていたそうだぞ。」

 

 左舷艤装が破壊された後でも中央船体と右舷船体は比較的損害が軽微で、気密が確保できている箇所が多く存在した。その上、戦闘の途中からアリコーンが武装の指揮権をほぼ全て掌握した事もあって艤装妖精さんに手隙が生じ、艤装内の密閉作業と防水作業を急ピッチで行うことが可能であった。即ち──────伊201の非力でもアリコーンを海面まで持ってゆくという難題を可能にしたのが、この時生き残っていたその浮力だったのだ。

 

「ムリかな〜と思ったんスけど、案外イケて良かったっす。」

 

 鼻先を擦りながら、少し自慢げに言う伊201。──────実は、その後浮上した際アリコーンの捜索に戻って来ていた味方艦隊に深海棲艦の残党と誤認され、あわや同士討ち………という洒落にならない危険な一幕があったのだが、その事を「肝が冷えたっすよ」と冗談めかして言ってみせる伊201。それに対して、アリコーンは如何にも深刻な面持ちで「随分、面倒をかけたわね」と感謝か謝意かも判別付きそうもない言葉を漏らした。

 

 伊201がこんな薬にも毒にもならなさそうなエピソードをおどけてまで言って見せたのは、多少なりアリコーンを和ませられないかという魂胆がありはしたのだが………。

 アリコーンがそれを理解しなかった訳ではない、寧ろ解っていたからこそ余計に罪悪感にも似た感情がふつふつと沸き起こってきて、ヤスリにも似て彼女の胸中を削った。それが痛くて苦しくて、余計に口元がきつく締まる。

 

 ぎゅうと握られた拳に、豆の様な手が添えられた。それは、彼女の膝下でずっと一連の流れを見守っていたバルビエーリ中尉のもの──────彼女の心境からは場違いなほどにちんちくりんだった妖精さんの手はしかし強く、勇ましい。小豆にも似た黒い目もまた、芯の強さをそのまま映し出している。

 

 ───独りで戦っているつもりか?

 

 理解している筈のその言葉が、この期に及んで強くぶり返してくる。

 

 あの場にいたのは私だけではなかった。彼もいた……彼らもいた………!

 

「………ごめんなさい。」

「……!」

 

「何がだ。」

 

「みんなを忘れたこと、危険に晒したこと、独り善がりに戦ったこと、艦長を裏切ったこと──────」

 

 ぽつぽつと、呟いた。否……零れたという方が正確かも知れなかった。押し出される様にして口を突いた言葉を止める手段を、アリコーンはもう持ち合わせていない。

 傍に立つ伊201も、その姿を口と目とを丸くして見ている。

 

 鬱蒼とした樹海にも似てアリコーンの胸中に広がる後悔──────否、それは懺悔だった。

 

 危機の中、自身を救い出してくれた伊201への。

 

 出撃の際、「今度は帰ってくる」と言ったバルビエーリ中尉への。

 

 激情に任せ一人で突き進み、ひたすらに危機に晒してしまった、乗組員妖精さん達への。

 

 何より──────命令を反故にし、向けるべきでない言葉を向けてしまったマティアス・トーレスへの…………。恐ろしさにも似た情けなさの余り、いっその事この場で折檻してくれれば良いとすら思う様になった。

 

「……自らが何をしたか、それを理解しているならば今この上言うことはない。」

 

 立て掛けてあったパイプ椅子に腰を下ろし、マティアスは毒の抜けた様な軽い調子の声で語った。本当にこれ以上問い詰める気が無いらしく、一転して気の緩んだアリコーンは目と口と鼻が点になった。

 

「負傷者の尋問は今回の主題ではない………そうだったな、提督?」

「無論………だからお前も事前にここに呼んだのだぞ、フオイ。」

 

「あ、ハイ……分かってます。」

 

 今度は伊201の表情が硬くなる番だった。確かに、よく考えればマティアスがアリコーンを詰めるためだけに提督や明石、屈強な兵隊を連れて来る必要は無い。

 

 腰を下ろしたマティアスに代わる様にして一歩前に出た提督の目は、些か怒髪衝天気味であった──────その意味を理解しているのはアリコーンもだったが、伊201の方が明確に"そう"であった。

 

「俺がここに居るのは、両名の今次作戦における複数の抗命、並びに独断専行による重度の危険行為への処分を言い渡しに来たからだ。………質問はないな?」

 

 典型的な問いかけ文的な言い方であったが、この時に限っては完全に同意を強制するタイプのものだった。有無を言わさぬ言葉の強さと重さが、提督の喉を震わせる。

 

「はい……。」「な、無いデス……。」

 

 つい、とアリコーンは伊201を片目で見やった。先程までの調子は何処へやら、冷や汗をかいて、緊張している様子だ。この時彼女が疑問だったのは、伊201がこうしてやたらとギクシャクしている事だった。抗命等様々あろうが、どう考えても熱核兵器の独断仕様の方が重大である──────だがそうこうしている内に、提督は懐から2枚の紙を取り出し、それをさながら裁判の" 手持幡(びろーん)"の様にバッと眼前で広げてみせた。

 

「まず伊201だが………度重なる抗命に加え指示に無い独断の攻撃、これにより艤装ならびにその運用妖精を危機に晒した事を踏まえ、貴様は船籍を剥奪(・・・・・)の上、艤装は解体処分とする!」

 

「エーーーッ!」

 

 がーーん!と如何にも分かりやすくショックを受けるのは当然伊201。さながら雷に打たれたかの如くの衝撃に襲われたのは想像に難くない。それはそれで当然なのだが………アリコーンもまた、信じ難い緊張と衝撃の渦中にあった──────それこそ、先程まで無様に涙していた事を忘れる程の──────彼女(抗命罪)でこれなら、私はどうなるのか?

 

 いち個人による熱核兵器の独断使用など論外甚だしい──────なんの報せも無く直ちに頸を括られていても文句が言えないように思う。

 

 そして提督の口が開かれる──────

 

「アリコーンは艤装運用権及び妖精管理権の剥奪、並びに禁錮処分とする。なお、期限は未定とする(・・・・・・・・)。」

 

「…………!?」

 

 呆気に取られたのは他ならぬアリコーンだった。あまりにも………あまりにも、軽過ぎるのではないか?──────確かに艤装運用権及び妖精管理権限の剥奪は艦娘に適用される罰則規定の中では重たい。これは即ち、艦娘の艦娘たる所以を根刮ぎ奪い去る行為であって、事実上その艦娘を艦娘では無くする処分である──────加えて、禁錮となれば──────しかし、それは犯した事態が"通常"の場合。

 

 アリコーンのそれは明らかに"通常"とはかけ離れ過ぎている。声を忘れた疑問符が口の代わりに全身から吹き出して、その帰結としてアリコーンは無言のままマティアスを見つめた。無論彼女は、餌のお預けをくらった齧歯類の様な、無力で情けない顔をしている自覚が無い。

 

「………北分析官が協力してくれたおかげだ。無論、俺や提督もだが──────貴様を"本解体"から遠ざけるだけで大層揉めた。」

 

 本解体………単に艦娘の艤装を解体するだけなら"解体処分"。では、艦娘の艤装では無い部分(・・・・・・・・・・・)に適用される解体とは?…………即ち、"そういう事"だ──────寧ろ、アリコーンはそれを予期し、そして覚悟していたのだが──────その未来は訪れなかった。

 

(驚いているな………当然だ。)

 

 一方でマティアスは、目をぱちくりして驚き半分困惑半分といった表情のアリコーンを見て、無理もない、と内心に溜息をつく──────実はこの決定を引っ張り出せた事はマティアスにとっても驚きの方が大きかったのだ。彼女の酌量について様々奔走した彼がそうなのだから、アリコーンの驚きも当然の事だった。

 

 

 〜〜〜〜〜

 

 

 時はやや遡り、10月4日。アリコーンと伊201の処分についての会議が行われている…………特に今回はアリコーンの存在ひいては艦娘そのものの存在(・・・・・・・・・)に不服を感じていた、一部背広組高官の息が掛かった運営高官ら"タカ派"の働きかけが強かった──────かつてここを賑やかせた横瀬・ホワードもその一派だ──────事もあり、特に難航した。

 

「───艦娘アリコーンは危険である。事実、彼女の艦長だったと名乗るマティアス・トーレス新米少佐も彼女を制御出来なかった。結果として熱核兵器の独断使用に走り、これは規律違反を超過する異常事態だ。艦娘アリコーンの本解体はもとより、監督不行き届きによりマティアス・トーレス新米少佐にも重罰を課するべきである!」とは、そのタカ派高官の口から飛び出た言葉だったが、これは流石にマティアスとて看過出来ない言い分だった。

 

「わたしとアリコーンには、提督と艦娘としての最低限の習熟期間しか設けなかった挙句、そんな産毛も生えぬ新人を立て続けにかの様な大規模作戦に投入したとあらば、拭えぬリスクがある事は承知であられる筈。加えて、今時の寿号作戦以前はアリコーンは常に私の命令に従っており、言うなれば初犯である。熱核兵器の独断使用に関しては私も含めて処罰を受ける所存だが、それを以てアリコーンを本解体に至らしめるのは、明らかに過剰である……!」

 

 苦しい言い分だった。前半は明確に真実であったしそれを覆そうなどとは向こうも思ってはいなかったが、それ以上にアリコーンのしでかした事態が重過ぎる。熱核兵器の使用というだけでも問題なのに、それが独断とあれば尚更──────また、運営高官らは米海軍主力戦艦艦娘の一角を担っていた戦艦ニュージャージーの損失も問題視している節があった。米国の"タカ派"の息が掛かった者が幾人もいるのだ。

 

「戦艦ニュージャージーの轟沈は、アリコーンが十分に交戦行動をとっていなかったからではないか?これは交戦の忌避とも取れ、重大な問題である!」

「……!?」

 

 この時、マティアスはよく己を律することが出来たと少しだけ褒めたい気分だった。エルジアにいた時でも、これ程に向かっ腹の来る事はなかなか無かった。──────こいつらは、戦場を知らないのか?戦場に立つ者たちの事を、一度でも案じた事があるのか⁉︎

 

 生前、多くの場において人々を先導──────或いは、扇動──────したマティアスだったが、こと戦場においては話は異なる。

 

 彼は寧ろ戦場に率先して立ち、その多くで「英雄」と称えられる功績を重ねてきた。その彼から言わせれば、ああした組織の上で胡座をかく人間が得てしてする無慮、浅慮こそか雪だるま式に歪みとなって、現場の人間に対する負荷となるのだ。

 マティアスは抗論する。

 

「戦闘概報に拠るならば、ニュージャージー轟沈に際してアリコーンが干渉出来る時間は殆ど無かったと言って良い。それに対して責を求めようというのは甚だ理不尽であるし、凡そこの場にいる者が行うべきことでは無い……!」

 

「それは結果論ではないか………!現に、主力戦艦を一隻失っているのだぞ!」

 

「───結果?……では、アリコーンが抗命し熱核兵器を使用した事で結果的に敵を殲滅出来た(・・・・・・・・・・・)件に関して、あなた方のするべき統一した見解は"結果が良好につき不問"に処する事ではないのか?」

 

「なに……!?」

 

 "タカ派"高官らの追求は蛇の様にしつこく、そして周到──────しかし、マティアスの弁舌はそれを上回った。彼とて伊達に"コンベースの英雄(the Hero of Comberth Harbor)"の異名を頂いた訳ではなかった。"タカ派"高官の口にした矛盾を、高波の中で的を射る正確さで見抜き、更に追撃の言刃が矢雨となって降りかかる。

 

「"本解体"をも視野に入れた貴方がたの言動は、アリコーンの立場を無益に追い詰め彼女の排除を強いているとしか思えない。」

 

「バカな!………抗命に次ぐ熱核兵器の無断使用が問題ではないと言いたいのか?」

 

「それについては、あなた方の統一見解を頂いたはずだ。」

「詭弁だ………!」

 

 震える手で机を叩き、椅子を蹴飛ばして立ち上がった高官の隠す気もない怒気を、マティアスはこの時内心で笑った。一端の覚悟も信念も無いものがする、典型的でつまらない怒りと恥辱の発露だ、と。その一方で論戦の殆どを外野として見学するに徹せられていた提督は、マティアスのライン越えギリギリ──────否、反復横跳びかもしれなかった──────の言動に内心冷や汗をかきまくっている。

 

「……私も、アリコーンの行動には問題ありと考えるが、本解体はやや行き過ぎに思う。艤装の解体程度に止めるべきではないか?」

「自分も賛成だ。何よりあの大戦力をこの一件のみで失うのは惜しく思う。」「いや、不問でよいはずだ。彼女の判断は正しい。」

「それでは、隊の規律が保てぬではないか!何らかの処罰は必須であろう。」「伊201もこの際放っておけまい?」「今は、艦娘アリコーンの処遇決める場だぞ……!」「前例が無く、この際棚上げというのはどうか?」「無責任すぎる!!」

 

「……!」

 

 運営も"タカ派"の一枚岩ではない。"タカ派"とは殆ど逆の立場で艦娘の運用に頗る甘い"ハト派"とでも言うべき"穏健派"、そして大多数を占める日和見主義者がいよいよ口を破り始めた時、議場は舞踏会の如き喧騒に包まれる。こうなると最早、マティアスと"タカ派"だけの弁論では意味をなさない。

 

『──────随分と賑やかなようだ。』

 

 時刻は12時30分。千日手の議論を終わらせる、ある男の声が電子音に紛れて厳かに議場へ響いた──────男の名は、富守(ともり)。その肩書きは、統合幕僚副長──────かつて横瀬・ホワードを折檻した、自衛隊統合幕僚監部の実質的なNo.2……!今度は画面の一角で無機的に[Sound only]とだけ表示された額縁では無く、本人のリアルタイム映像だった。 

 

 当然全身では無くバストアップのみの映像な為、全身、引いては本人そのものの空気は窺い知れない──────だが些か荒い映像越しであっても、確かに伝わる軍人が得てして有する厳かさを、その恰幅の良い男は持ち合わせていた。

 

 一見穏やかに見えた丸い目、だがその実闘牛を思わせる明確な爆発力を内包した獰猛な黒目を伏せ、ひと言『遅参とリモートで失礼するよ』と言った彼の手元では、目を通したばかりであろうレポートが彼の手によってまさに整えられようとしていた。その中に含まれた文字列にマティアスはふと気づく物があり、提督に目配せするした。二人の視線が交錯する──────やはり、間違いない。あのレポートは、北 聖人 分析官のもの………!

 

『………さて、会議を踊らせる暇があるなら、私がここで"個人的見解"を述べても構わんが。』

 

 一応、富守統幕副長は「個人的」と前置きをしたものの、その彼が直接放つ言葉は、その意味を持たない。政権意思決定の中枢にまで食い込む彼の言葉には不文律にも似た強制力があった。この場にいる全員がそれを理解していたし、間違いなく彼自身もそれを"武器"にここへ参入している。そしてそれ以上に、その彼の口を引き出した北分析官の情報伝達術……!提督はもとよりマティアスも、心中で北に手を合わせて頭を垂れた。

 

『アリコーンの独断は問題であるが、それによって作戦が成功裏に終わった事は事実では無いかね?私は、情状酌量の余地があると考えるが。』

 

「……!」

 

 それは覆しようも無い、文字通りの決定的な一言──────それにより、方針は最早決まったも同然だった。

 

 ──────では、情状酌量とはどの程度を言うのか?

 

「──────艦娘権は剥奪すべきだ。そのうえで禁錮が妥当だろう。」   

 

 これは"タカ派"の発言だった。憮然として腕を大仰に組んだまま詰まらなさそうに言った彼は、本解体こそ口にしなくはなったものの、その主張は"艦娘としてのアリコーンを抹消する"ということで一貫している。

 

 一方──────

 

「艤装運用権に留めるべきではないか?これまでも、大体艦娘の命令違反による処罰はその範囲で留められてきたはずだ。」

「報告によれば、艤装の損壊が激しく当分運用できないらしい。それでは運用権の剥奪だけでは無意味だ。本人の禁錮も必要だと考えるが……。」「拘留だけでは、流石に処罰として軽すぎる。妖精管理権限ならば、艤装の修理状態に拘らない筈だ。」

 

「──────あくまで権利剥奪という体をとるならば、禁錮を並行して期限付きにしてはどうか?」

 再び会議が踊り始めた時、それを留めたのは提督の言葉だった。

 

「艦娘として、艤装運用にしろ妖精運用にしろ、権利剥奪は重罰に値する。それに禁錮となれば、尚更。………外向き(・・・)にも、十分措置と考えるが。」

「……。」

 

 提督の「外向き」という言葉にピンとこない者はいなかった。ある者は外部機関を想像し、ある者は国外への影響を考える──────だが何れにせよ、大きな反論の声はなく──────最終的にアリコーンへの審判は以下のようになった。

 

 ・アリコーンの行動には重大な問題があることを認むる。

 

 ・特に二点、命令違反及び無許可での熱核兵器使用は、規律上並びに地域安定上極めて懸念すべき事象である。

 

 ・しかし今次作戦における交戦対象の脅威度*を鑑み、爾後対象が戦闘行動可能な状態の場合に生じる人的被害は1週間以内に1000万名、中長期的に10億名に上る可能性があり*これを撃破しない選択は危険であった。

 

 ・加えてアリコーンは極めて硬度な特攻効果の発現を確認しており*また、負傷による重度の失血から短期的に心神衰弱になっていた事から、かかる事態に対する責任能力が欠如していた点に、注意を要する。

 

 ・よってアリコーンへの処置について情状酌量はこれを認める。

 

 ──────「*」は、北 聖人分析官による報告書に依る。

 

 

 

 

 

 〜〜〜〜〜

 

 

 ──────よって、あの処分となる。一通り二人への通告文を読み上げた提督はフゥと一息ついた。厳しい顔つきは普段のとっつき易いそれに戻っていて、口調も柔和になっていた。彼の目線はアリコーンからその傍に立つ伊201に移っていて、それが若干忍びなさそうな空気を漂わせていた。

 

「因みにな、アリコーンと比べて伊201の処分が重く見えるのは、全体で釣り合いを取るためだ。アリコーンでゴネた分、お前にまでカバーが回らなくてな………。」

 

 突然、慰めなんだかそうじゃないんだかよく分からない真実をカミングアウトされた伊201は、再度「えーーッ!?」と鳴いて、抗議する。

 

「わたしゃー、トバッチリで解体ですかァ!?」

 

「いやお前の艤装解体は妥当だと思っているぞ。心配するな。」

 

「エーーーーッッ!?」

 

 伊201の見た目の"痛そう"具合だけは一丁前だったが、弦の様に張った若い声は彼女の好調なるを示している。それが果たして、彼女の自覚するとこであるかは定かではないが、提督は「病室でうるさいぞ」と伊201の頭を小突いた。

 

「まぁ、単に除籍解体というわけでは無いから、あんまり心配するな……色々考えてある。」

 

「本当っスかぁ……?」

 

 小突いた手でわしゃわしゃと伊201の髪を撫で、「一応な」とだけ付け加える。なお信用出来なくなった、とアリアリと顔に書いてある伊201を横目に見ながら、マティアスが口を開く。

 

「"身体を休めよ"と言った手前、些か説教臭くなり悪かったが説明(・・)は終わりだ。乗組員達も、貴様の姿を見て少しは安心しただろう。……そうだな、副長代理?」

 

「ハイ!」

 

 コクコク、とマティアスの肩に乗る妖精さんが頷く。………思えば、体格の良いマティアスの方に乗っている小さい妖精さんの組み合わせは些かアンバランス過ぎて、その事に気づいたアリコーンは少し「ふっ」と笑ってしまった。はしたないと思って慌てて口元を押さえるが、そんな事は意味がない。ここに詰めている者たちはそんな事を思わないからだ。

 

「笑えるのはよいことだ、心の余裕の表れであるからな。ここからは医官に任せ、俺は出るとしよう……後は先刻言った通り、身体を休めることだ。」

 

 言って、アリコーンに背を向けようとしたマティアスを、提督が小声で呼び止めた。多人数が押しかけ、つま先が触れ合いそうな小部屋の様になったこの部屋でもその声は抑制されている。

 

「───ところで、少佐。アレ(・・)は渡さなくて良いのか?」「必要か?今は医官に任せて、休ませてやりたいが……。」「今後は暫く営巣入りになるだろうし、少佐も自由に行動出来まい?……我々も一時退室する。」「そこまで気を遣うことではあるまい。」「いや!気を遣うことだ……!ほらフオイ、お前も部屋を出るんだぞ。」「えーー?」

 

 そう言って、この場で最高権力者である提督はせっかくマティアスが連れて来た医官や彼自身が従えていた職員や兵士──────今にして思えば、彼らはアリコーンや伊201の監視役だったのかもしれない──────あとは伊201を連れて、さっさと室外へ出てってしまった。なお、アリコーンの乗組員妖精さん達はおてけぼりである。

 

「大袈裟な人だ……。」

 

「カンチョウ、ワレワレハココニイテモヨイノデショウカ?」

 

「いい、構わん。」

 

 言って、マティアスは先程腰掛けていた椅子に再度腰を下ろし、アリコーンと目線を合わせる。

 

「提督からこんなものを預かっていた。」

 

 彼が懐から取り出してみせた一つの小箱を、アリコーンは戸惑いと共に見つめた。ただの小箱ではない事はアリコーンにも一目で分かった。小箱の外装に設えられた見慣れないベルベットの起毛が、独特の光沢を放っている。

 

「それは……?」

 

 おずおずと聞くアリコーンの口調には、心中から湧き上がる何かを必死に押さえ込もうとしている辛さが滲み出ていた。ともすれば、ほんの一撫でしただけで吹き飛ぶ様な危うい間欠泉の如くに──────一方でマティアスの口振りたるや静謐で、淡々とした物でしかなかった。

 

「うむ。細かい正式名称は"書類&(及び)指輪一式"とかいう、俗には"ケッコンカッコカリ“というものらしい。」

 

「……!」

 

「曰く"艦娘保護の為に付けられた艤装出力の自動制限を解除し、本来定められている制限出力以上の性能を発揮する為の装備"………だそうだ。」

 

 艦娘には「レベル」と言われる練度概念が存在する。本来数値化することが難しい職人的、マンパワー的要素──────あくまで参考程度、と言う条件付きだが──────を客観的に測る為の指標で、当然レベルが高いほど優秀な艦娘として認識される。だが「レベル」は、実態としては艦娘そのものには着目されておらず、艦娘艤装の方(・・・・・・)に重きを置いた指標となっている──────即ちレベルとは、"その艦娘がどの程度艤装の性能を発揮出来ているか"という指標となる。

 

 そして普通、艦娘艤装の練度(レベル)上限値は99までと定められている。これはマティアスも語った様に出力過剰で艦娘そのものを傷付ける危険性があることと、そうして“暴走"した艤装そして艦娘の制御する術を、人類が持ち合わせていない事に起因する。

 

 この「ケッコンカッコカリ」と称される書類と指輪は、それらの危険性を既知とした上で艤装のリミッター解除を了承する為のサインと、その解除キーとしての役割を持つ指輪なのである。そしてそれは、責任者たる提督と、運用者たる艦娘の間に、確かで強固な信頼関係がなければ果たせぬ誓約──────いま、マティアスがアリコーンに差し出したものが、それであった。

 

「要は」「───ダメです。」

 

「……?」

 

「受け取れません……!」

 

 マティアスの言葉を遮って、その指輪を辞したのは他ならぬアリコーン自身だった。彼女の横になるベッドの傍に纏めて置かれた(・・・・)乗組員妖精さん達は、それを各々の驚愕と絶句の表情で見聞きしていた。あの(・・)彼女(アリコーン)がマティアス・トーレスの指輪を断った……!?それは彼らにとって青天の霹靂であり、喫驚仰天の出来事だった。

 

「わたしに、そんな資格は……無いんです。」

 

「───あの時、貴方に向けるべきで無い言葉を向けたんです。わたしは──────貴方に拒絶されるべきなんです。左腕も千切れて………今付いているのは、あいつら(深海棲艦)と同じ贋物で……こんなもので受け取って良いはずが無いんです………私は………」

 

 です、です、と、語尾を飾らず一辺倒に漏れる声。さめざめとした言葉の羅列が、数珠繋ぎになって溢れていた。震える肩を抱いてギュウと丸くなった背中は、マティアスと乗組員妖精さん達以外に見る者の居ない今の自分を、ともすればこの世の全てから覆い隠そうとする様な情けなさと、切なさがあった。

 

 堪えていた言葉を吐き出す様にアリコーンは言う。

 

貴方のアリコーン(・・・・・・・・)では、無いんです……!」

 

 萎んだ風船の如くに縮こまる彼女を見下ろすマティアスは、だが霧中を彷徨う様な、或いは夢幻に見せられた様な困惑に満たされた目をしていた。それはアリコーンの独白に対する感慨への無理解が為せる物ではなく、寧ろ全てを聞き、そして理解したからこその物だった。

 

「アリコーン──────貴様は重大な勘違いをしている。」

 

「……?」「……!?」

 

 その言葉はアリコーンにとって………と言うより、乗組員妖精さん達にとっては万雷に打たれた様な衝撃が走る。この期に及んで「勘違い」な事があるものか!?あんた今、乙女子(マドモアゼル)に向かって指輪を差し出したんだぞ!?

 

「艦娘の中ではこれを好んで左手薬指に付ける者もいる様だが──────今回それは関係ない。」

 

(((ソンナワケナイダロウガァーー!!!)))

 

 この場に乗組員妖精さん以外の人物が居ないのは、二人にとって幸運であったかもしれない──────一応、妖精さん達は事の大きさとマティアスの意図を理解してはいたが、それはそれとして"指輪"が問題だった。

 

 ヤキモキしながら見守る妖精さん達を尻目に、マティアスは話を続ける。岩が転がるように止まらず、聞く者にとってそれは規定の事であるように思えた。

 

「俺はお前に伴侶になれと言っているのでも、一生を添い遂げろなどと言っているのでもない。 俺が貴様にこれを託せる(・・・・・・・・・・・)、と思える艦娘になれと言っている。これはそう言う話だ。」

 

「……!」

 

「それに」と言って、マティアスはアリコーンの左手を指差した。

 

「左腕は動くか?」

 

「は、はい……。」

 

「それを動かしているのは誰だ?」

 

「わたしです……。」

「ではそれは誰の腕だ?」

「……わたし、です。」

「結論は出たな。」

「それは……!」

 

「詭弁とは言うまい。純然たる事実だ。以前(・・)にも言ったことがあるが……。」

「……!」

 

 マティアスの言葉に、アリコーンは思い当たるところがあった。それは彼女の初出撃の折──────敵攻撃機群をCIWSで薙ぎ払ったあの時。「退屈」と言い放ち、自動迎撃であることを理由に「自分の意思ではない」と固辞するアリコーンに、マティアスは「お前アリコーンの戦果だ」と言って聞かせていた。

 

 そしてその思いは、なにもマティアスだけのものでは無ことを、アリコーンは今更ながらに知る。ふと気付くものがあり視線を落とすと、彼女の艤装妖精さん──────乗組員──────達の細々(こまごま)とした視線の波が、彼女に向けて注がれていた。先程までのヤキモキして、浮ついていた物ではなく、

 

 その意味に考え及ばない程、彼女は無神経ではなかった。膝下のルイス中尉を左手で掬って、軽く握ったり指で弄んでみる………華奢な彼女の指先は間違いなく彼女の意思通りに動いていて、これ以上にこの手の持ち主を証明する手段は無かった。

 

 不意に湧き上がる、深海から浮上する様な決意───────彼女が顔を上げ、再びマティアスとの視線を交錯させたとき、思わずため息を吐いたのはマティアスの方だった。それは、消して不快なものでは無い。

 

 彼の眼前で溶岩の如き熱量を取り戻した、アリコーンの紅い、強く優雅な、破壊者の目──────。

 

(わたくし)は必ず──────必ず、貴方から指輪を授かれる艦娘になってご覧に入れましょう……!」

 

自信に満ち足りた声!そうだ………どれほど打たれようとも、痛め付けられようとも、そして彼を裏切る結果になるとしても──────この翼が堕ち、角を折られない限り、必ずこの(ひと)のために全てを成し遂げる。

 

その信を必ず勝ち取る。

 

それがこの私──────アリコーン(有翼の一角獣)なのだ……!

 

 

 

 〜〜〜〜〜

 

 

 

 20XX年

 

 10月4日 11時59分

 

 日本国 某所 タワーマンション高層階

 

 

 モニター上に展開された幾つものウィンドウは先程から大きな変わり映えを見せていなかった。強いていえば、「Alicorn Report」と題されたウィンドウに書き足される文字列と、時刻を刻む時計の数字のみ。そしてその時計の時刻が丁度12:00を示した時──────ピロリピロリ!ピロリピロリ!と高音を交えた不快感を残す電子音を鳴らし、定刻の訪れを部屋の主人に告げる。

 

 しかし、肝心の部屋の主人は最早それを必要とはしていなかった。

 

「大丈夫だアリクサ、2時間おきの目覚ましはもう必要ない。」

 

 苦笑がちに、この部屋の主、北 聖人は言った。しかしその目元は、野球選手が日中の眩しさを嫌って付けるアイブラックもかくやと言うほどの濃く広いクマが出来上がっており、今もアリクサのコールが無ければ寝落ちしていたかも知れない。

 

 画面上で、思い出した様にウィンドウが開かれデータの入ったファイルを行き来させる。"COPYING"………緑色が黒く空いたデータバーを埋め尽くしてゆく様を見ながら、北はこの事態を引き起こした元凶たる人物を恨めしそうに思い起こした。

 

「"聖人、サマリーだけでいい。レポートを"なるはや"でくれ、官邸5階にお渡しする。"」

 

 少し顎をしゃくらせて、彼に地獄の一言を命じた上司の真似をする。その上司が口にした官邸5階………それは即ち、東京都は千代田区 永田町に構える総理大臣官邸、その5階を示す言葉であった。それの意味する事とはつまり、この一連の事態──────ひいては、アリコーンという艦娘そのもの──────が、艦隊やその司令部、果ては運営まで飛び越えて、政権中枢に纏わる場所に迄も強い関心事として捉えられているという事実。

 

 そんな場所に放り込まれる彼のレポートが適当であって良い訳はなかった。「サマリーだけでいい」というその文言は凡そ信頼に値せず、むしろサマリーだけであるからこそ、伝えるべき、強調すべき点を抜粋してキーに打ち込んでいかなければならなかった。その苦労たるや………!

 

「おかげでこっちは80時間眠れなかった。」

『>78時間52分』

 

「OK……」

 

 ぐいと背を伸ばしてみると、やれ背中から、やれ肩から"パキッパキッ"と小気味いい音が鳴った。…………思い返せば、最後に寝てからこの部屋で朝日のオレンジ色を見た回数は大体4回くらいだった気がする。こんなにも寝ずにいるのは脳にも身体にも良く無さすぎるが、時間がその休養を許してはくれなかった──────これほど夜をぶっ通しで眺め続けたのはいつ以来だろうか?

 

 とはいえ、それも間も無く終わろうとしている。

 

「さて、あとは結論だ。アリコーンが特異点(シンギュラリティ)だとして、彼女を排除しなくても良い理由は?」

 

 北の開いていたウィンドウに上乗せするようにして、画面いっぱいを占めるほどの巨大なウィンドウが表示される。この操作を行なっているのは彼ではなく、その相棒。そして、そこに記されている文字と情報は北もよく知っている。

 

 天号作戦、連号作戦、寿号作戦──────いずれもここ最近に我々を賑やかせて行われた、特別大規模な作戦行動だった。そして、これら3つの作戦には"時期が近い大規模作戦"というだけではない重要な共通点がある。

 

『>"ありこーん"ガ参加シタ全作戦デ実際ニ観察サレタコトガアル』

 

 件の艦娘アリコーン。既存の、既知の艦娘という枠から大きく逸脱した存在。それは戦力的にも、彼女を取り巻く環境的にも当て嵌まった。彼女と同時に現れたマティアス・トーレスなる男も含めて、危険視する声も少なくなかった。そもそも寿号作戦からして、彼女の存在が発端の一端を占めていると言ってよい。

 

『> 調査対象ノ行動ヲ模倣スル マタハ追尾行動ヲスル従属対象ノ生存率ハ高マル』

 

 このレポートは、彼女の今後の処遇を決定付けるための「懇願書」でもあった。

 

 無用か有用か。

 

 危険か安全か。

 

 今後も艦娘として──────否、共同体の一員として我々が受け入れられるか否か(・・・・・・・・・・・・・)──────核の使用も含めて、それら全てを吟味する。それらの全ては、彼の間も無く提出されるレポートと、彼の相棒の出す、そこに占められる結論に掛かっていた。

 

「……もう少し官能的に。」

 

 そして相棒の結論は、こう締め括られた。

 

『>"ありこーん"ニツイテイケバ生キ残レル』

 

 同時に、画面上で幾つもの画像とデータ化されたグラフを含めたウィンドウが展開される。彼女────アリコーン────の参戦する前後で、あるいは同時期に行われた作戦の規模とその戦果、彼我の損害が纏められたものだ。ここにある数字の大半は、彼とアリクサ(相棒)が纏め、連ねたものだった。

 

 その何れにおいても、アリコーンの参戦あるいは、その存在によって友軍の被害は僅少に、敵の被害は莫大になることを示すデータを示していた。「一度目は偶然、二度目は偶然の一致、三度目は必然」………物事の事象にそんな言葉をつける時もある。無論その言葉に全幅の信頼を寄せているわけではないが、アリコーンを取り巻く今後を考えるに足る大きな要素なのは間違いなかった。

 

 その意味するところは理解している…………それどころか、この結論そのものはあれが望んで、あるいは思い描いていたものでもあった。けれども、次に続く言葉には、彼も少し驚かされる。

 

『>彼女ハミンナヲミチビク』

 

 ───導く?

 

「……本当に?」

 

 導くとは、みなの前に立ち先導し、そのすすべき道を切り拓くこと。──────なるほど確かにアリコーンはその全ての戦いに於いて進んで先頭に立ち。そして敵を砕き、壁となって敵の弾から庇防していた。

 

 ──────それは、その背を追うものに「あの人に付いていけば大丈夫」と思わせる、灯りを掲げて"導く"英雄の如くに映るのに違いない。

 

『>高度ニ有意』

 

「君にしては論理的じゃない結論だ。」

 

 そして……ああ、と今更ながらに気付く。論理的でないのは僕も同じだ(・・・・・・・・・・・・・・・)………と。心からの苦笑と共に漏れ出たその言葉にも、どこか楽しそうな声音が漂っている。

 

『>へへへー』

 

 それに応えたものか、或いは別の理由からか───彼の相棒も、余りにもぎこちない機械音声の笑い声を届ける。記憶にある限りとても聞いたことのないそれには北も本当に笑った。それこそ、ここ数日出なかったほどの声と口角の上げ具合で、少し口元が疲れるほどだった。

 

「ふっ、ははは………いまの君の笑い声なの?」

 

 落ち着けるようにして、マドラーをカラカラっと鳴らしてコーヒーを啜る。同時に画面上で全ての作業を終えたことを示す"COMPLETE"の文字が表示されたとき、分析官 北 聖人とその相棒アリクサが成すべき全ては終わった。ふぅ、と一息ついて席を立った男の背には、多忙に押し込められた故の疲労とそれによって達成された全てへの感慨が溢れ出ていた。

 

 

 

──戦場を駆ける有翼ノ一角獣(アリコーン) 完──




これまで読んでいただきありがとうございました!ブルーオーシャン戦略が上手くハマったのか、思った以上の方に読んで貰って大変嬉しい限りです!

さて、今回は確かに最終回ですが………それは、この物語の主人公「アリコーン」に限った話。今作は作劇と作者力の都合上オリジナルの艦娘キャラを何人か出しており、彼女達の物語まではまだ終わり切っていません………「エピローグ ○○」と言う形であと数話続きます!
最終回詐欺みたいになって申し訳ないですが、これも最初から決めていた路線ですので、何卒お付き合い頂きたく……では、また次回!
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