戦場を駆ける有翼ノ一角獣《アリコーン》   作:お猿プロダクション

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久々にこんなに描いた…


導かれし者

 導かれし者

 

 なんだ…?

「…⁉︎」

 海面!

 ザバッ、と顔を出した男は久方ぶりの新鮮な空気を味わった。

「フゥッ、フゥ…はぁ…。」

 何故……俺はこんな所にいる?

 男は混乱していた。何故ならば彼は本来こんな所にはいない…死んでいる筈だからだった。

 あの日──9月14日。翌々日のオーレッドへ艦砲射撃決行の日の為にピアニー海溝へ向かっていた。だがその一歩手前で────忌まわしい三本の爪痕を尾翼に背負ったソイツに彼らの艦は叩き沈められた。スプリング海PX80443海域…味気ない、彼らの墓の名前がそれだった。

 だった…そう、“だった”のだ。そうである筈だった。

 それなのに…何故俺は此処でのうのうと息を吸っているのか?300名の部下と…俺の艦、原子力潜水艦アリコーンと共に死んだ筈だ。偶然…助かったのだろうか?何処かの破口から、艦外へ吐き出されたのか。

(乗員は…。)

 彼は周囲を見渡す。一面の海…生存者はおろか浮遊物の一つとして無い。

 変わりに別の物を見つけた。

「陸地…。」

 水平線の一角を占める緑の陸。PX80443は幾つかの島嶼こそはあったものの、あんな水平線を埋めるような大きな大地はなかった筈だったが…?

 しかし、ここでぷかぷかずっと浮いていても何も変わらないし何も起きない。

 一先ずは陸地に向かって泳ぐことにした。

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 

 20XX年

 9月19日 11時21分

 日本国 戦略機動打撃艦隊 

 某島鎮守府 

 

 防波堤の上で、紫電の色を纏った女性が海風に髪を靡かせていた。

 美しい女性ではあった。しかし水平線を望む目は何処か虚ろいでおり、有り体に言えば死んだ目をしている。何に対しても無感動で、眼前に広がる美しい海にも、心からの感動を覚えているわけではなかった。替わりに…

「────海って…。」

 こんなにも美しいものだったか────と感慨を覚えていた。彼女はこんなにも長く海を眺めるのは久方ぶりで、戦海と深海以外の記憶に乏しい彼女は暫く静かな蒼色の海をぼうっと眺めていたのだった。

 

 ────だがこの静かな海も、“この世界”ではもうすぐ身近なものでは無くなってしまうかも知れない。どうやら“私”はそれを防ぐためにこの場に、この姿で生を受けたらしかった。

 なんて、皮肉なんだろうか。

 私に守る事が出来たものなんて、人なんて…1つとして、1人としてなかったと言うのに。その私にこの海を、世界を救えというのか。

 ────莫迦莫迦しい。

 そして、自分の姿を思い浮かべる。自分の一生にあまりにも似つかない綺麗な女性の姿を。何故こんな姿になったのか?

 

 この世界にこの姿で私の生を望んだ者は、何を思い私に人の似姿を与えたのか?

 

 ザパッ

「?」

 防波堤の下で、それまで波浪が打つ音とは異なる波の音が聞こえた。なんだろうか?と思い下を覗き見る。

「…?」

 スーツ姿の、ガタイの良い男だった。息切れしている…というか、どうやってここまで来たのだろう?

 スパイ────にしても白昼にしかもスーツ姿で現れるとは考え難たい。一先ず彼女は、男を引き上げることにした。

「あの、そちらの方!」

「!」

「手を…」

 言って、屈んで手を差し伸ばす────「申し訳ない…!」男はそう言って手を伸ばした。ゴツゴツとした男性らしい手だ。

 ギリギリの高さで掴まれた手をグイッと引き上げる。彼女の身体は見かけに依らずかなりの力が出る。恰幅の良い成人男性1人を引き上げるなど何の造作もない事だった。

「お⁉︎」

 まさか一息で引き上げられるとは露ほども思わなかったのだろう、男は驚いた様な声を出して防波堤の上に上体を置くこととなった。

「醜態を晒してしまって申し訳無かった…。」

 男はびしょ濡れになった髪と制服を整え、彼女に向き直った。思った通り、かなりガタイの良い男性だった。間近で見るとより一層その事がよくわかる。そしてその幅広い体格が、男の身につける制服の下に隠された頑丈で堅牢な筋肉により成されている事くらい、異性をあまり目にしたことの無い彼女にでもすぐに分かった。

「態々助けてもらい、感謝する。」

「いえ、そちらこそ大丈夫…です、か…。」

 面を上げ、男の顔を正面から見たところで、彼女の目は釘付けとなった────男が、好みであるとか、一目惚れしたとかそんな下らないことではない。

 もっと大切な…

「────艦長?」

「は…?」

「何故知ってるのか」と言わんばかりの男の反応は、彼女の心中の困惑を確信へ変えた。

 やや垂れた前髪や眼。濃い無性髭、彫りの深い顔とオールバックの髪型は余りにも見覚えが…いや見覚えは無かったが、彼女は間違いなく目前の男を“知っていた”。

「確かに私はエルジア海軍潜水艦アリコーンの艦長だが、何故?」

「…!」

 瞬間、彼女の顔は喜色に染まる。『アリコーン』とは、彼女の名だった(……・)

「艦長っ!」

「え?わ!な、なんだ⁉︎」

 アリコーンは飛んで抱きつく。男は突然の事にバランスを崩し、押し倒される様にして床へ背を打った。

 男は困惑する。一応、自分の事を「艦長」などと呼び慕う女性は幾つか心当たりはあるにはあった。かつて艦長を務めてきた戦艦タナガーや潜水艦アリコーンの乗員達だ。だが彼の記憶には「紫電の髪を束ねた妙齢の見目麗しい女性」と言う乗員はいなかったはずだ。

「失礼ですがお嬢さん、以前お会いした事が…?」

 この質問には、“もし知人ならここが何処なのか分かる筈だ”ど言う期待も多分に含まれていた。

 しかしながら、眼前に佇む紫電の女性の唇からもたらされた言葉は────

「あぁっ、失礼しました。私の事分かりませんよね。」

「いや分からない…申し訳ないが確かに、そうだが…。」

 ────衝撃そのものだった。

「無理はありません。知らなくて当然ですもの(………・・)。私が艦長を一方的に知っていた(………)と言っても過言ではありませんわ。」

「それはどういう────」

 彼女は男の言葉の尾を待たなかった。

「初めまして艦長。私は原子力潜水航空巡洋艦“アリコーン”。あなたの艦です、マティアス・トーレス艦長♡」

「…はァ?」

 マティアスは生まれてから最大級の気の抜けた声を上げた。

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 同 12時20分

 鎮守府内 

 艦娘寮兼司令部施設 4階 

 提督執務室

 

 コツコツコツコツ…

 さほど狭くは無い────むしろ1人用としては広いぐらいである────はずの執務室は物が少ないからか、人が少ないからか、やたら音を反響する。机を叩く爪の音が丸で耳元で鳴り響いているようにすら感じる。喧しいので机を叩くのをやめてみるが、それではとても気が落ち着かないのでやはり爪で机を打つ。

「こーんなのどうすれば良いんだよ。」

 面倒な書類…件の“新型潜水艦”の処遇。なかなか此方の言う事を聞かないばかりか、今は許可も取らずに外出している。権兵(けんぺい)達も大おおわらわだ。他の艦娘達とは全く違う剣呑な雰囲気を常に漂わせていた彼女には、“艦娘との交流”を義務付けられている身であってもなかなか気が引けた。

 余りにやんちゃ(自由奔放?)な行動に、いい加減運営(艦娘運用国営非営利団体)も痺れを切らしたのか“解体か保留か期日までに諸々の理由と記した上で決定せよ”という旨の書類を先日送りつけてきた。

 で、その期限が明日と来た。

 決めれるわけが無い。彼女の持つ力の如何をー自分の一存で決め付けていい様にはどうしても思えなかった。

(正直な話!…手元に置いておきたい艦である事は間違いないんだが。)

 いかんせん1人勝手が過ぎる。一応“運営”という自衛隊とは違う組織が運用していることになってはいるが、その管轄は殆ど海上自衛隊の下にあると言ってよく、その様式なども海自に則したものになっている。

 詰まる所、規律に厳しい自衛隊の下に造られている組織の我々もやはり規律を問わなければならない、と言う訳である。

 だがその反面、彼女の能力は目を見張るものがある。“妖精さん”という、艦娘にだけ「完全な」意思疎通が可能な存在がもたらした彼女────アリコーン────の持つポテンシャルは、判明しているだけでも既存の艦娘を遥かに上回るもので、潜水艦としては余りに異端だった。彼女の力を全力に発揮することができれば、現在の深海棲艦との勢力拮抗を破壊する事すら出来よう。

 戦術、戦略的観点から観ると、あの艦娘を手放すのはあまりにも惜しい。

 

 ────そんな様に書類と睨めっこをしている時、コト、とその書類の上にティーカップが置かれた。

「hey テートク!workも大事だケドちゃーんと休憩も取らなきゃダメヨ〜?」

 秘書艦の金剛が紅茶を差し入れてくれたのだ。

「金剛〜。書類の上に置くなといつも言ってるだろう。」

「こうでもしなきゃ、テートクは休まないネ。」

「まったく…」

 金剛には敵わないな────そう言って提督は紅茶を口に付けた。

 

 ────で。

 

 グァシァァァァ!!!!!!!!!

 

「ブッ⁉︎」

 突然にブチ開けられたドアは凄まじい衝撃音を発し、提督の喉を通ろうとしていた紅茶を噴き出させた。

「な、何⁉︎」

「…⁉︎」

 金剛は金剛で、驚いたのかティーカップを持ったまま微動だにしない状態で全く開け放たれたドアに佇む人影を見ていた。

 紫電の髪、地獄の業火にも似た瞳の色────それはつい先ほどまで提督の脳ミソをパンクさせんばかりに悩ませていた存在…

「アリコーン…!」

 と────

「えっと、誰デスカ?」

 アリコーンは見覚えの無い外人風なガタイの良い男の腕を掴んでいた。服はかなり濡れている。

「えぇ…なんと言えばいいか…。」

 外人とは思えないほど流暢な日本語を喋る謎の男は何から話すべきか、悩んで言葉に詰まっている様子だった。その悩んでいる男を他所にアリコーンは嬉々とした表情でこう言い放つ。

「提督さん!私この方の下でなら働いてあげてもいいですよ。」

「「「はァ?」」」

 何言ってんだコイツ、と言わんばかりの疑問形を漏らしたのは3人(・・)。提督、金剛、そして謎の男。…どうやら、当の連れてこられた男本人も、どう言う状況なのか余り理解できていない様子だった。

 が、理解出来てないのは提督らも同じである。と言うかなんなら彼らの方が理解出来ていない。

「ええっとアリコーン?それはどう言う意味だ…?」

「言葉通りの意味ですよ。艦長(・・)の指揮下でなら私は…私や私の乗員300名も喜んで任務に当たるでしょう。」

「乗員…300名…?」

 提督らにとっては意外なことに、アリコーンの言葉に最も反応したのは、「艦長」とアリコーンに呼ばれた謎の男だった。

「アリコーン、それは本当か…⁉︎」

 肩をガシッと掴まれたアリコーンは一瞬、驚いたのか体を震わせたが直ぐに男に向き直り、自身ありげに言う。

「はい。私アリコーン以下、乗員約300名、艦長のご帰還を待っていました…!」

 カッ!…とハイヒールを鳴らし、アリコーンは今までからは想像出来ないほどの美しい姿勢で敬礼────自衛隊式ではなく、見た事のないものだったがおそらく敬礼だろうと提督らは思った────をする。それを見た「艦長」と呼ばれた謎の男もアリコーンと同様の敬礼を返した。

 が、当然提督らはこの状況についてはいけない。そしてそれ以前に────

「あー、アリコーン?まずその人は?というか何処から?」

 アリコーンがさも当然の様に連れて来た男は、明らかに部外者である。曲がりなりにも軍事施設であるこの鎮守府に“部外者”の存在は色んな意味で許されない。

「これは…失礼。」

 男は濡れに濡れていた髪と服を少しばかり整え、提督に向き直る。その所作一つ一つに、軍人特有のキレを感じさせた。

「私はエルジア王国海軍、マティアス・トーレス大佐。救助いただき感謝します。」

 男の放ったその言葉に、今度は提督が固まった。

「エルジア…・?トーレス…。」

「テートク?」

 エルジア王国。マティアス・トーレス。そのいずれも、彼は知っていた…知っているが、それだけだった(……・)。それもその筈。エルジア、マティアス・トーレス、その何れもが“架空の存在であるはず”だったからである。アリコーン建造後に得られたデータや、アリコーン本人(?)の証言からしかその存在を確認できなかった。

 

 エルジア王国とは、「アリコーンが沈没以前に所属していた国、海軍」ということになっている。

 

 マティアス・トーレスとは、「アリコーンの戦没時の艦長」ということになっている。

 

 これらは重要機密事項だ。他者が知っていていい情報ではない。

 しかし、それを何故目の前にいるこの男が知っているのか?

 スパイか?だとしたらこんな風に堂々と振る舞っていることに違和感を感じるが…アレだろうか?エロ漫画的にアリコーンを籠絡して情報を引き出したのだろうか?

「テートク今変な事考えてるネ。」

「そ、そんな事ない…!」

 金剛には常に内心を見透かされている様な気がした。

「なにか…?」マティアス・トーレスを名乗る男は敬礼の姿勢を崩さないまま、訝しげに問い掛ける。

「いや…!何でもない。とにかく話を聞きたい…別室に案内するのでそこで待っていていただきたい。」

 取り敢えず権兵に差し渡すか…と面倒事を遠避ける判断を提督は下した。

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 同

 地下2階

 

「…?」

 ここの責任者らしき人物に「別室に」と言われつられて来たその別室は、明らかにこう、よろしくない感じの部屋であった。具体的にいえば“自分で使った事のある”感じの部屋で、何時頃かといえばアリコーンの艦内で698日間海底に籠もっていた時である。

 

 2人組の男に連れられ部屋に入るや否や拘束具を付けられる。その後、椅子に座る様促された。

 前面には机があって、向かい側には二つの椅子が設けられている。さらに奥の壁に沿う様に、長机が並ぶ。その上には書類が四散していた。

 その机の側にある椅子に軍服の男が座り、そのの視界を遮る様にドッカ、ともう1人の軍服の男がマティアスの対面に座る。高圧的な目がマティアスを睨め付けた。

「まずアンタが誰か教えてもらおうか。」

 明らかに尋問であった。

 しかしこの施設を見るに付け、軍事施設の類であろうことはアティアスにも容易に想像がついた。そこに故意ではないとはいえ不法に侵入した形になっている以上、この様な対応になるのは当然である。

「故意ではないとはいえ、貴国の施設に不法に入ってしまったことは詫び申し上げる。申し訳ない。」

「…?」

 思っていた反応と違ったのか、眉を顰める男。

「あんたは軍人の類の様だが…?」

「たしかに、私はエルジア海軍の────」

「そう言う話ではない!」

 ダンッ!と男は机を打った。

「アンタが例の艦娘からその情報を得たのは分かっている。何処の国の差し金だ?ロシアか、アメリカか?まさか中国や韓国ではあるまいな。」

「…?」

 今度はマティアスが困惑する番だった。ロシアだアメリカだ中国だなど、聞いた事もない国の名前を羅列され、言葉から察するにスパイだと疑われている。存在しない国のスパイなどと言われては首を傾げる以外に出来る事はなかった。

「ロシアとかアメリカとか…何を言っている?俺はユージア大陸、エルジア王国海軍の人間だ。」

 実際はアリコーンの出航直前にエルジア軍から離脱しているので、絶対にエルジア海軍の人間である、と言えるわけでは無かったが…。

 だがそれを聞いた男は怪訝な表情を引っ込ませ、驚き混じりに片目を吊り上げた。

「ユージアだと…?」

 おい、と男は背後で座っている同僚を呼ぶ。

「何か…?」

「例の艦娘の資料、持ってこい。全部だ。」

「了解した。」

「…?」

 2人の男のうち1人が部屋から出て行き、ガチャンッとドアが閉まった後には静寂が支配した。徐に携帯モニターらしき物を取り出た男はそれを眺め始める。出て行った男が持ってくるであろう物を待っているのか、マティアスの対面に座る男は腕を組んだまま特に喋らなくなった。

 と思ったら男は前触れもなく切り出した。

「こいつは…」

「何です。」

 男は携帯モニターの画面をマティアスに観せた。よく観るようとして、身を少し乗り出す。拘束具がガチャっと鳴った。

「…?」

 モニターを観る…映像だった────少し画質が荒いが────おそらく監視カメラの類だろう。例のアリコーンを名乗る紫電の髪を持つ女性に海から引き上げられ助けられた、防波堤が映っていた。

「この映像を少し巻き戻す。」

 ◀︎◀︎

「これは────」

 巻き戻しされた映像には、紫電の髪の女性に防波堤から引き上げられたマティアスの姿があった。正直な話、大の大人────それも自分である────が一見華奢に見える女性1人に悠々と引き上げられる様はあまり観られたくない物があった。

「あんたが最初に言っていたらしい“事故でここに来た”というのはどうやら本当のようだ。…だが、全ての疑いが晴れたというわけではないから、暫くこのままでいて貰う。」

「…了解した。」

 渋々、頷きながら了承する。いかんせん立場が弱い上に此方がそれを拒絶する理由も手段も無い。

 姿勢を元に戻すと、ガチャガチャと拘束具の金属が擦れる。

 ガチャン。

 拘束具のそれとは違う金属音…ドアが開け放たれ、先ほど何かを取りに行っていたもう1人の男が戻って来た。

「例の書類、コピーを借りて来ました。」

「さすがに原本は無理か。」

 書類を受け取った男は、パラパラっと目を通して────1枚の紙に目を止め、それを取り出した。

「今から幾つか質問をする。」

「はぁ。」

「この質問の答え様によっては、あんたの処遇も変わる。」

「…わかった。」

 そう言われると、マティアスは体から力を抜いた。今後、自分がどうなるのかの瀬戸際だ。余り緊張した状態で、重要な局面を迎えるものでは無い。

「まず、アリコーンについてだが…建造場所は何処の国だ?」

 男は書類をマティアスに見えないよう机の下に隠しながら聞いた。

「?」

 マティアスは一瞬困惑した。机の下に書類を隠すと言うのは原始的だが非常に効果的で、此方からは物理的に見えない上に覗こうとすれば怪しまれる。何かの反射を狙って視線を泳がせてもやはり怪しまれるのである。

 しかし彼が惑ったのはそんな些細なことでは無い。どう答えるべきか悩んだのである。

 …アリコーンの建造から就役に至るまでの経緯は、実はかなりややこしい。

 

 そもそもアリコーンことпроект(プロイェークト)аликорн (アリコーン)は超シンファクシ級潜水艦としてユークトバニアにおいて1998年に起工、計画が開始した。しかし2000年代には船体の完成はみもののオーシアとユークの戦争…環太平洋戦争には武装や兵装システムの未完成、能力の未成熟さから実戦投入は見送られたのだった。そして戦後の2011年、オーシアとユークトバニアの間で締結されたSTART-3こと第3次戦略兵器削減条約によってスクラップとなる事が決まった────アリコーンの艦生はここで終わるはずだった、が。

 ユージア大陸はGRトレーディングの介入によって大きく変わった。

 廃艦予定の筈だったアリコーンはスクラップにはならず、あろうことか他国────エルジア王国────に売却されたのである。その上、GRトレーディングと同じ資本系列のGRマリン・アンド・シップスがアリコーンを再生。2015年、エルジア王国で進水したのだった。

 

 

 つまりは、生まれはユークトバニア、育ちはエルジアと言うことで、「建造された場所」を明確にするのがややこしく感じたのである。

 だがアリコーンを航行可能なまでに建造し仕上げたのは間違いなくユークトバニアで、エルジアは擬装や近代化を行ったに過ぎない。だから────

「ユークトバニア連邦の筈だ。」

 とマティアスはキッパリ答えた。彼は自分の艦長を務めた艦について誰よりも詳しく、理解していると自負していた。乗員だけでなく、艦を理解せずしてどうして軍艦の艦長が務まろうか?

「ふむ…では次。」

 頷き、感情の一端も知らぬかのような表情と声音で男は質問を続けた。

 

 マティアスの生年月日や生まれ故郷。個人情報をこれでもかとばかりに詳細を掘りまくられた。

 さらに、何故か乗艦していたアリコーンについての質問をし始めた。

 アリコーンを進水日と就役日────2015年1月1日と2019年8月11日。

 アリコーンの乗組員数────最大(・・)350名。

 エルジア海軍でのアリコーンの立ち位置────即応予備艦隊のラーン艦隊に配属され年単位でほぼ放置されていた。

 そして、アリコーンの戦没理由────航空機による爆撃。

 

 そうした問答を続けるうちに、マティアスはふと思いつく。

「俺の身分を証明できる物があれば、大丈夫なのでは無いか?」

「あんたが“エルジア”とか“ユージア”とか言わなければそれでよかったんだが(………)。」

「?」

 書類に何やら書き込んだ上、携帯モニターをタップして弄る。

 

「…よし、あんたの処遇が今決まった。」

 男はもう1人の男に目配せする。

 書類片手に仁王立ちしていたもう1人の方の男はマティアスの背後に回り込むと…

 ガチャンッ

「!」

 マティアスの両手を封印していた拘束具が解かれ、彼は自由となった。これがその処遇?

「これは…?」

「極めて信じがたい事が起きている。」

 椅子から立った男は未だ椅子にかけたままでいるマティアスに立つように促した。

「だがその事情を説明するのには君1人では足りない。もう1人が必要だ。」

 男はドアのロックを外す為にドアノブへ手を掛けようとした瞬間────

 ドッガァァッバァンッ‼︎

「「「‼︎⁉︎」」」

 三者三様の表情で驚愕を顔面にありありと表す。ドアは吹き飛ばさんばかりの勢い(というか実際ぶっ飛んだ)で解放され、ドアのあった部分にはスラッと伸びた黒い足とブーツがあって、そしてマティアスはその脚に僅かだが見覚えがあった。

「…アリコーンか?」

「艦長〜〜ッ‼︎‼︎♡♡」

「ウオ…!」

 ズムンッ!とマティアスの胸に紫電の髪を従えた重量物が突っ込む。アリコーンは長身で、その上胸と腰に持ってるもん(・・・・・・)は持ってるので全体的な質量は大きいと言えた。恰幅がよく、大柄であるマティアスと言えどもそれなりの(重量)物が飛んで来たとあっては、流石に後ずさった。

「あぁ艦長!お会いしたかった…良かったです…!もしも未だ出てこないようだったり変な音聞こえたりするようだったら全部吹っ飛ばしているところでしたわ!」

 ギュウッと締め付ける彼女の腕は華奢に見えたが、とても強くマティアスを抱いていた。彼女が本当にアリコーンだというのなら、この一見繊細な腕からはとても考えられないような膂力は、最大30万馬力を発揮する機関による物なのだろうか。

「そ、そうかアリコーン。所で先程“事情を説明するには1人では足りない”と言っていたがそれは…?」

 アリコーンが胸に顔を埋めるのをよそにマティアスは男に問うた。

「そうだ。君と、その艦娘…アリコーンだ。」

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 13時00分

 同 2階

 大会議室

 

「…!」

 かなりの大部屋に通されると、数人の黒服の者達と先程マティアスを尋問していた男と似た格好をした男が数人待っていた。そしてそれら物々しい雰囲気を漂わせた者達に囲まれる様に、あの白い軍服を纏った男────確かアリコーンは「提督」と呼んでいた────がいた。

 その彼らに対して、マティアスの傍らに立つアリコーンはマグマの如き瞳に明らかな怒気を募らせた。

「そう、睨まんでくれ。」

 白軍服の男────提督────は苦笑いを浮かべる。どことなく愛嬌のある顔に思えた。

「まずいくつか話さなければならない事がある。そこに掛けて下さい。」

「…分かった。」

 ピリッとした空気が張り詰める。マティアスが彼らに対して冷たく警戒している事、それに対する男達のプレッシャー、そしてアリコーンの放つ強烈で刺すように冷たい憤懣(ふんまん)の視線…普通の人間であれば胃に穴が開いてしまうかもしれない。

「まず、貴方とアリコーンについて話さなければならない事が2つある。」

 眉を潜める2人。

 その2人の視線に込められた意図を知ってか知らずか、提督は敢えて彼らを見ようとせず、そばに立っている男に「例のもの、頼む。」と一言だけ言う。

 すると、コト、と金属的な音を立ててマティアスの前にアタッシュケースが置かれる。

「…これは?」

「先ず、中身を確認しなすって。話はそれからです。」

「…。」

 訝しげにマティアスはロックを外し、ケースを開けた────中には過剰なほどに厚い布に覆われた一枚のカード。巣の中に守られている卵を、どことなく思わせた。

「これは?」

「あなたの新しい身分証だ。」

「と言うと?」

「これを言うには、もう一つの話をしなければならない。」

 黙ってマティアスは片眉を顰める。明らかに面倒事…嫌な予感しかしない。

 

「聞こう。」

「貴方はもう元の場所には戻れない。」

「…⁉︎」

 即答に近いその言葉は、マティアスに十分ずきる衝撃を与え、眼を大きく開かせた。

 

「────どういう事か」

「説明はさせて頂く。そのために呼んだ。」

 

「まず」と言って提督は人差し指を立てる。

「貴方が帰れない理由。それは、遽には信じ難いが────此処は貴方が居るべき場所ではないからだ。」

 軽く頷く。居るべき場所ではない、というのはマティアスとて承知している。此処がエルジアではない別国の軍事施設であり、且つ、彼はそこに事故とはいえ不法に侵入している。正当なわけが────

「恐らく、貴方が思ってる“居るべき場所ではない”という意味ではない。」

「…何?」

「おかしな言い方をすれば、貴方はここではない(………)全く別世界から来た(………)、という事だ。」

「それは一体、どいう意味だ…?」と聞くマティアスに対して、提督はさも当然だと言わんばかりの顔でこう言い放った。

「言葉通りの意味だ。我々にはどうやっても、そして貴方がどんな努力を尽くしても貴方の元居た世界には戻る事は出来ない。」

「…!」

 提督は「これはこの短時間で出した我々の予測であるが」と前置きをして続ける。

 まず、アリコーンを名乗る紫電の髪を帯びた女性の事。提督はマティアスの隣を占有する女性を指して言う。

「彼女は正真正銘、潜水艦アリコーンだ。恐らく、貴方の知るアリコーンで間違い無いだろう。」

「…。」

 遽には信じ難い、といった表情を浮かべマティアスは“アリコーン”を見る。

「まだ信じられて無かったのですか?」

「あぁ、正直今もだ。」

 アリコーンはぷくぅーと頬を少し膨らませて見せるが、それが一体どんな効果をマティアスにもたらしたのか分からないまま、提督は話を続ける。

「彼女がアリコーンだと信じられないのも無理はないでしょう。人間が軍艦を名乗るなど普通なら異常。」

 アリコーンは暇そうに頬を膨らませたままである。

「普通なら…?」

「彼女らは“艦娘”という。」

「艦娘?」

 聞き慣れぬ単語だった。提督は艦娘という存在について、大まかに説明しはじめた。

 深海棲艦という存在により人類の生存圏が大きく脅かされている事、それによって人類は海から離れ内陸に閉じ込められつつある事、その深海棲艦に対抗出来る“有効な”戦力が艦娘と呼ばれる特殊な存在である事。

 そしてその深海棲艦と艦娘関るらしい資料映像を数十分に渡り観せられた。

「ということは、このアリコーンも?」

「そう、艦娘です。普通の人間では無い。」

「そんなバカな────」

「話があるんですよ。観たでしょう、映像?」

「…。」

 映像の他にも、マティアスには心当たりがひとつあった。地下階で尋問を受け終えようとしていた時、彼女は片足で重厚な扉を蹴破ったどころか蹴り飛ばしたのである。

 人間業じゃない。その上それが華奢な女性がやったのだから尚更だ。

 

「そして貴方が元の場所に戻れないという結論を我々が出した理由、それはアリコーンという潜水艦がこの世に存在した事は一度も無い事です。」

「何をバカな…!」

「事実です。現実として全ての国のあらゆる資料にアリコーン…そこの艦娘に当たる潜水艦は存在しなかった。」

「…。」

「つまり此処ではない、全く別の世界から、貴方は貴方として、アリコーンは艦娘としてこの世界に何故か現れてしまった、という事です。」

 マティアスは隣に座る女性を見る。上目遣いでアリコーンはマティアスを見返した。

「そんな荒唐無稽ことが、提督は信じられるのか?」

「その荒唐無稽な存在である艦娘がいるのですから、この上1つ2つ荒唐無稽な存在が現れても、然程ではありません。」

「では…俺はどうするのか?」  

 不満と不安を混ぜこぜた様なその言葉に、提督は少しだけ口角を上げる。

「それが2つ目の話です。その身分証を見て欲しい。」

 言われた通りに、アタッシュケースの身分証を取る。硬質で光沢がある。一見、贋物には見えない。表面の上半分には、いつの間に撮られたのかマティアスの顔写真と、恐らく尋問するときにマティアスから聞き及んだ情報からだろう、生年月日や名前等も記載されていた。

 そして下半分…そこで彼の目は止まる。

 “日本国 艦娘運用国営非営利団体 配属・戦略遠征戦闘群 階級:新米少佐”

「これ…は?」

「貴方の新しい立場だ。我々は貴方を歓迎する。」

「つまり、部外者の俺に此処で働け、と?」

「有り体に言えばそうなる。」

 マティアスは顔を顰めた。異常だ。普通、軍事施設に見ず知らずの部外者を居座らせ、剰え働かせるなど…この「日本」とか言う国の危機管理はどうなっているのか?

「無論、普通に働いてもらうわけではない。そこのアリコーンと一緒に、だ。」

 提督は隣に座るアリコーンを指して言う。

「つまり、どう言うことだ?」

「その艦娘…その()が貴方と一緒に居させてくれるなら存分に暴れてやる、と言うのでね…簡単に言えば、その艦娘の手綱を握ってやっておいて欲しい。」

「俺にアリコーンの指揮を執れと?」

「そう言うことです。理解が早くて助かります。」

 確かに、以前まで潜水艦アリコーンの指揮を執っていたのはマティアスだ。だが今、彼の隣を我が物顔で占有するアリコーンは艦娘という人形の存在であり、というか見た目はまんま女性だ。潜水艦時代のように指揮を執れるか否かと言えば、不安の残るところではあった。

 しかし…。

「────了解した。俺以外、アリコーンの指揮に適任はいないのでしょう。元いた場所に戻れないとあらば他に選択肢はない。引き受けよう…こうして立場も用意して貰った身の上だ。寧ろ、ご厚意感謝する。」

「こちらも、協力に感謝する…アリコーンの潜在スペックは我々の把握している限りでも既存のパワーバランスを大きく塗り替えると我々は確信している。その彼女が動いてくれるのは、我々としてもありがたいのです。」

 アリコーンは、それ1隻で空母打撃群に相当する火力投射(パワープロジェクション)能力が存在した。もし、人型である艦娘としてその能力がこの華奢な女性であるアリコーンにあるのだとしたら、それはそれは凄絶な力を発揮するだろう。

「お任せを。アリコーンの力を存分に発揮させてやりましょう。」

 自身ありげに、マティアスは言った。握手を求める提督の手をぐっと握る。

 そしてその横から「やったわぁ!」と紫電が突っ込んだ。

 

「これでやっと艦長と一緒になれる〜!」とマティアスの首にぶら下がりながら言う世話の焼ける艦娘を、彼は低い声で一括する。

「アリコーン。俺の艦を名乗るなら、先ずは美しく、エレガントであれ。さもなければ許さん。」

「ハッ、ハイ…。」

 萎縮したアリコーンはヒュッ、と小さく息を漏らして、そう言った。

 

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 東京都 某所

 某タワーマンション 高層階

 

「はい、はい…。分かりました…全く、長電話すぎて耳が痛いなぁ、もう。」

 スマホから耳を離した男は、パソコンに向き直る。

「男の件は内部で隠匿、例の潜水艦の手綱を握れるかどうかが鍵だ。」

 パソコンを起動。そこに映る画面には、マティアス・トーレスと書かれれた男の画像と潜水母艦アリコーンと書かれた女性の画像があった。

「アメリカもこんな時に、面倒な仕事を作ったもんだ…。」




直次回から本格的に物語スタートです

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