戦場を駆ける有翼ノ一角獣《アリコーン》 作:お猿プロダクション
感想欄に勘のいい読者がいますねぇ!
エピローグ 伊201
某島鎮守府
提督執務室
「船籍移管式ぃ?」
フオイ──────もとい、「元」伊201──────が疑問系とはこう発音するとばかりのオーバーな口調で語ったその言葉に、彼女自身には聞き覚えがなかった。
処分の期間が明けたフオイは、早速提督執務室に呼び出され、その言葉を聞かされたのだ。そしてそれを語った主は、言葉少なに肯定する。
「そうだ。」
「私の船籍は剥奪なんじゃ?」
「お前からはな。お前から別の艦娘に、正式に「伊201」の船籍が移されるんだ。」
「私以外の伊201ィ───……?」
フオイは訝しげに自身の上官を見遣った。こういうタイプの嘘をつく人では無い事は知っているし、信頼もしている──────だがそれ以上に、自身にこれから起きる事が信じられなかった。艦娘の船籍を移行させるなど、聞いた事がない………いくつかの疑問が彼女の脳で産まれては霧散し、埋め尽くす。
──────聞いたことがないだけで、今まででも存在したのか?そしてもう一つ、彼女には大きな疑問が。
「……
「………。」
伊201の吊った目が更に鷹のように鋭くなって、彼女の提督の目を貫く。彼女は、自分の不用意な行動が原因となって齎された、言ってしまえば"妥当"な結果に不満がある訳では無かった。
一方、前述の通り問題はあるにせよ、確かな練度に裏打ちされた数々の戦歴を背負い、伊達に「伊201」として潜水艦隊の一翼を担って来ていない彼女に形成された、プライドにも似た意志が、その既定路線に露骨な疑義を呈したのだ。
「艤装に対する練度、という意味では当然未熟だ。しかし……艦娘としての資質は十分だ。」
「……それは、提督が直に感じた意見?運営の書類に目を通しただけ?」
「両方だ。」
「…………じゃあ、いいや。」
フオイはあっけらかんと、さも興味を失ったように頭を振った。癖のある伸びた前髪がピョンと跳ねて、これ以上の話は突っぱねる───と言っているように提督には感じられた。
退室を命じるかわりに、提督は質問する。
「これから用事があるのか?」
フオイは腕を組み少し考える素振りをしてから、少し大仰な仕草で言った。
「ちょっと
そう言うとフオイは「では、失礼します!」と敬礼し、サッサと踵を返して退室してしまう。気が早いんじゃないか、と思わないでもないが──────提督という立場にあっても、"艦娘と妖精さん"の関係から見れば門外漢に過ぎない彼は、その事に深く突っ込む気など起きず、そのままフオイの背中を見送った。
〜〜〜〜〜
某島鎮守府
艦娘艤装整備ドッグ
艦娘艤装用のドッグは、通常の船舶用ドッグとは異なり露天ではなく日光を遮る、工場のような作りになっている。これは巨大な船舶を押し込める必要のない事に起因する空間的余裕や、艦娘艤装のサイズ上必要となる作業性、整備性を確保する為の構造だった──────だからここを、「ドッグ」では無く「整備工場」と呼ぶ者もいる──────一方、空調や換気が行われているとはいえ、閉鎖空間に近いこの場所では、やはりそうした工場特有の臭いもまた立ち込める。加えてあちらこちらで行われ、止まる事を知らない重機の音、工具の音。露天と比べても、居心地は五十歩百歩だった。
埠頭に直結する、この工業油と鉄の臭い、騒音に満たされた空間にフオイが足を踏み入れた時、彼女にとっては意外な先客がそこにはいた。
「姐さん?」
やや薄暗いドッグ内にあっても、何処からか光を浴びて輝く紫電の髪色。目を引く長身と合わさって、灯台のように目立つ彼女を見落とす、ましてや見紛う事などフオイにとってはあり得なかった。
紫電の女性──────アリコーンは、背後から掛かった聞き馴染みの声に少し弾んだ声で応えるのだった。
「あら……フオイ。貴女もここに?」
「っ───ハイ。」
普段のフオイならば、「ッス!」と言っていただろう。彼女は、アリコーンの前では敬語を交えつつも言葉を崩す事が多かったが、この時ばかりはそうでなかった──────アリコーンの両脇には、その一挙手一投足を抑制するが如くに、大柄な男が立っていたからだった。嵐の前の静けさを連想させる、彼らの漂わすただならぬ空気がフオイにそうさせた。長身のアリコーンと比べても「大柄」なのだから、その大漢振りは推して知るべしである。
そしてそれ以上に………彼女がアリコーンに近付くまで彼らに気付かなかったのは、単にこの男性達が薄暗い中で目立ち難い黒のスーツを身に纏っていたから……という訳ではない。
男達のしている、気配を悟らせない立ち居振る舞いが主たる原因だ──────海そして……中に身を潜める事を生業とする潜水艦娘種にあって、水中性能に関しては高い部類に位置していた「元」伊201たるフオイには、それが生粋の───それもかなり高度な───軍人の為せる業である事を悟った。
何故、そんな存在が彼女、アリコーンと共に?………それを口にするほど彼女は愚昧ではなかった。アリコーンのその身は、未だ自由の下に存在しない事を、フオイはこの時に知ったのだ。
「……姐さんも、艤装を見に?」
「えぇ。どの程度、やられているのかまだ見てなかったから。」
そう言うとアリコーンは、両脇に砦の如く構える黒服に「宜しいですか?」と聞いた。黒服の返答は短く、ただ一言「構わない。」………と。アリコーンの行動はここまで制限されているのか?
フオイが加わりドッグの一角へ歩を進めると──────陽の当たらぬ庫内。その一角で磔はりつけにされた咎人の如くにワイヤーに釣らされ、力なく項垂れるアリコーンの艤装があった。
「……!」
薄暗い庫内にあってもなお、艤装の崩壊ぶりはひと目にして分かった。その姿を見て、フオイはギョッとして目を剥いた。元来、アリコーンの艤装は紺色に近い暗めの船体色をしていたが、それらは今や燻った炭の色に変わっていた。これらはアリコーンの沈没直前、船体各所の大容量リチウムイオン電池が、度重なる被弾の末に限界を迎えた結果、発火、燃焼した挙句、焼き炙られたからだった。
表面の吸音タイルは融解して其処彼処で結合していて、元の面影を窺い知ることすら出来ない。船体に穿かれた破孔はその量を数える事すら億劫で、最早タンクのベントと付けるべき見分けすら付かなかった。
そして何よりも──────
「……。」
艤装の左舷側にポッカリと空いた、抉り取られた様な破壊跡に、フオイの目は釘付けになる。
レールキャノンの直撃──────想像を絶する"災害"とも形容すべきそれは、艤装のシルエットを丸ごと変えてしまっている。左舷船体は丸ごと消えていて、その衝撃を受けてか、嘗ては大筒を思わせた重厚長大な中央船体も歪に形を変形させている。
よく、こんな有様で生きていたと思うし、自分も
「あっ……アリコーンさん!……とイ───じゃなかった、フオイも来てたんですね。」
背後から声がかかる。この場で最も聞き馴染んだ者の声だ。二人して振り返ると……腰ほどまである長いピンク髪を垂らし、横髪はおさげ風に纏めた女性の姿。ミニスカート風にアレンジされた袴の、普段見慣れた姿ではなく、このドッグ内にあって最も目立たぬ
「明石さん!」
「お世話になってます。」
フオイとアリコーン、それぞれが挨拶代わりに声を上げて会釈する。明石はそれに「いえいえ」と手を挙げて答えながら、二人のそばに並んで艤装を見上げた。
「だいぶ厳しい状態ですよー、コレ!」
厳しい、という言葉を使った割には明石の声は溌剌としていて、前向きである様に聞こえた。だがそれは艤装の状態そのものに対してでは無く、彼女自身の知的好奇心と半ば諦観に近い投げやりによって嵩増しされた言葉でもある。
明石は続ける。
「まず左船体が駄目ですね〜お手上げです。全体の穴もどう塞いだものか……修理できる自信も保証も無いですし、出来たところで以前の能力を発揮できるかどうか!イヤー参りましたね!はっはっは!」
スパナをぐるぐると手で玩ぶ明石の顔は笑ってはいたが、その眼は工業油の様に濁っていて、平たく言って凡そマトモには見えない。死んだ目の魚がそのまま笑ってる様なアンバランスさでずっとケラケラと肩を揺らしているものだから、アリコーンとフオイは揃って顔を見合わせて眼前のカタカタ笑う熟練の工作艦を心配するより他にない。
「だ、大丈夫ですかアカシさん……?」
「大丈夫かって⁉︎いやいやいやいやいや‼︎そんな訳ないです‼︎だってモノも手段も無いですからね!前回穴空いた時はまだ良かったですよ数箇所穴だけでしたから!でもコレ!今回!見て下さい!無いんですよ!修理する所が!吹っ飛んで!無い!一から作らなきゃ!どうやって?誘導電気推進とポンプジェットなんて知りませんよンなもん艦娘の艤装にある訳ゃ無いでしょーがというか全体の三分の一が吹っ飛んだのに何で貴女生きてるんですか?不思議ですねぇ!」
「そ、そうですか……。」
突然一人だけ時間が加速した様に怒涛の勢いでベラベラ喋り出す明石に圧倒され、さしものアリコーンも後ずさった。「あ……失敬。」と明石が正気を取り戻すのに十秒ほどの時間を要したが………落ち着いてからよく見れば、目元のクマも深く色を刻んでいる。アリコーンの艤装修理に光明見出せぬ中、彼女───否、きっとこのドッグに務める殆どの者───はここで四方八方に手を尽くしているのだろう。
「おほん。それで、おふたりとも、アリコーンさんの艤装を見に来たんですか?」
「いえ……私はそうですが、フオイは。」
「アタシは……たぶん最後の機会だから、艤装とみんなにお別れでも、と。」
「……お別れ?」
「船籍移管つって、艤装もアタシのモンじゃ無くなるらしくて。」
「……?」
明石は何処か釈然としない顔で話を聞いていたが、フオイにはそれが分からなかった。視線を泳がせてアリコーンを見てみても、やはり似た様な反応をしていた。もしかすると、明石は艤装のことで頭がパンクしているのかもしれないし、アリコーンは移管どころか───期限未定の───権利剥奪である。如何にアリコーンといえども、知らぬ事にはアンテナを張れる訳ではあるまい………フオイはそう考えた。
「あ、明石さん、アタシの艤装は何処にあるっスか?」
「……ん?あぁ、貴女の艤装ならいつもの6番ドッグに格納されていますよー。じつはあれの修理にも結構手間取ってますから、感謝して下さいよ〜!」
パンっと大きい胸を叩く明石。思えば、伊201の艤装も"ペガサス"による未知の攻撃───後に対潜短魚雷の類であることが分かったが───を受け轟沈した後、応急修理女神が発動。一時的に修理されはしたものの間も無くアリコーンによる核爆発の水中衝撃波を喰らっている為、明石曰く「ややこしい」壊れ方をしていた様だ。
それを
「有難うございます……!」
「まぁ、私の本分ですからね!私以外の人にも、顔合わせたらお礼言っておいて下さいね。」
「はいっ……!」
敬礼し、「じゃっ、失礼します!」と残して駆け足で去るフオイの後ろ姿を見送ったアリコーンと明石は、少し顔を見合わせてから、どちらともなく話し始めた。
「……何か、勘違いしてません、あの子?」
「細かい話は私も分かりかねるのですが、恐らくは……。」
などという話声はもう姿の見えないフオイの背には届きもしないだろう───最も、たとえそれほど離れていなくとも、ここの機械音忙しく喧しいドッグ内で会話を盗み聞きするというのは難しい事柄ではあるが……。
それを知ってか、アリコーンはフッと破顔して紅い目を巡らせた。
「まぁ、多少面白い目にあってもいいでしょう。損して恥かく、というわけでもありませんし。」
縄目の恥の身にも等しい肩身で言うその言葉には、明石は些か反応しづらい物があったが、一方で不肖の弟子を可愛がる良師の影を見たように思えた。
だが良師は半ばその自覚に欠けている。首をしゃくって見せ、艤装の有様を自虐にも似た口調で言葉にする。
「いざ目にしてみると……期限が明けたとして、私の戦力化は難しそうですわね…………また以前の様に埃かぶりに没頭かしら。」
「何とか出は尽くしますが───例のドロップ艦娘とやらにちょっと期待するしかないです……面目次第もありません。」
〜〜〜〜〜
同
6番ドッグ
ここは彼女が艤装を纏い、出撃し、そして帰って来ていた場所。そして彼女が求める物は、明石の言った通りやはり存在した。伊201の艤装──────彼女を彼女たらしめていた物が、普段と何ら変わらぬ形でその場に鎮座しているのは、フオイにとっては寧ろ意外な形で受け止められた。
「……?」
何で艤装がそのままなんだ?……今にして考えてみれば、唯でさえ多忙──────アリコーン以外にも、寿号作戦参加艦娘もその過半数が損傷していた──────な明石さん達が態々、船籍剥奪となる私の艤装を修復してくれたのは何故……?ウンウンと唸って頭の回転数を上げてみても、解らないことは解らなかった。
「アレ、フオイ。」「ドウシタノー?」
そんな事は他所に、フオイに気付いた妖精さんが艤装からひょっこりと顔を出した。顔と言わず体と言わず、全身に付いた黒い工業油もそのままに出て来たその妖精さん達は、整備妖精さん達のようだ。先程まで中身をいじっていたのだろう、それぞれスパナやレンチを手にしている。
「ヒサシブリジャン。」
「あ、あぁ、久し振り……かな?」
処分期間の間ここに来ることなど出来なかった訳であるから、日数が空くのも当然であった。
………思えば、こんなに日を空けて妖精さん達と顔を合わせなかったのは初めてかもしれない。それを思うと、眼の前に転がる金属の塊と、掌程しかない小さな友人が、無性に恋しくなる彼女がいた。これまで幾多の戦歴を積んできた彼らと、決別しなければならない時が来るとは……!……しかもそれが、一切反論の余地のない自分自身の過失に依ってである事実が、深海の水圧よりも重くなって彼女の心に伸し掛かった。
そして、彼女はその重圧から逃れられるほど、浅薄ではない。
「テンケンテツダイニキテクレタノ?」
「マッテタゼ、オソカッタナ!」
「マッタクムチャシテクレヤガッテ、コッチノコトモカンガエロヨナ!」
しかし、小さな友人は彼女の心中までは見通せなかった。お叱りを受けた少し律儀なお調子者が帰ってきたか、くらいの心持ちで、彼らはフオイに言葉を掛けている。
彼らのかけてくれる声、態度がこれまでと変わらない慣れ親しんだ物であることが、より一層、彼女に確信めいてそう思わせる。ここで彼らの出迎えを壊してはいけないと思い、フオイは努めて普段通りの顔と口調を作ってみせた。
「あぁ、ゴメンな!」
フオイは初めて、自分に演技の才があると思った。
…………そしてフオイが「少し外の空気吸ってくる」と言って埠頭の岸壁に腰かけ足を放り出すのは、艤装の点検を手伝い始めてから僅かに20分程度の出来事であった。
「……。」
そして、彼女は自分の胸中──────というより、今日ここに来た本当の目的を皆に告げられずにいた。「作業を手伝う」という口実は、それを告げるのに十分過ぎる時間、猶予を与えていた筈だったし、彼女自身もそう考えた。だが──────その"猶予"を20分に縮め、皆の下から一度背を向けたのは、他ならぬ彼女自身であった。
艤装の点検をし、作業を手伝っている合間、彼女の脳はかつてない程に締め付けられていた。今まででの言動から態度、その結果や今の状態を考えた結果、実は自分が想像を絶する小心者だったと気付いた時、フオイは自らの居場所にすら完全に自信が持てなくなり、まるで逃げるようにして望んで来訪したはずの艤装を後にしたのだ。
「はぁ………
「………何がですか?」
「わぁ!?」
突然視界外から、だが至近距離で掛けられた声に驚き、急速浮上時のドルフィン運動よりも激しくバンッ!と真上に跳ねたフオイは、着地もままならずその場で転倒する。
「痛たた……。」
「あの……大丈夫ですか。色々……。」
仰向けに倒れ込んだフオイの前に、黒い手が差し伸べられる。肘上まで長い丈を持った長手袋の様だ。だがその下に隠された腕は一目するだけで分かるほど華奢でしなやかだった。「色々」に込められた意味は考えない様にして、フオイはその手を取り引き起こしてもらう。
「……!」
その時の力の入れ方に、フオイの身体が僅かに強張った。強い……!若木のような腕をしながら、そこには鉄筋の如き確かな芯と力が込められている。黒手袋の先──────フオイが視線を上げると、そこには少女の姿があった。
薄灰色に近い明るいグレーの髪をX字型のヘアピンで留めていて、胸辺りまでありそうなやや長い後ろ髪も、綺麗に纏められている。深い紺色をしていて、特徴的な前髪や、膨らんだ後ろ髪をそのまま遊ばせているフオイとは対照的にも思えた。
ただ服装は、流石に異なる。普段の艤装装備時と同じ水着の上にセーラ服を重ね着したようなフオイに対して、少女は寒色系中心の涼しそうなパーカーを着込んでいる。
「……あんた、だれ?」
「……それは、こっちが聞きたいけど。」
ぐいと引っ張られて立ち上がり、その勢いのまま口にした言葉はどちらかと言うと失礼寄りではあったが、眼前の少女はそれ自体を咎めはせず、逆に誰何する。
「貴女こそ、誰?見た所鎮守府の関係者……っぽいけれど。」
「あ……まぁ、一応そうかな。艦娘。」
「……艦娘。」
その言葉に、少女の目が一瞬揺れたように見えた。
「どうしてここに?」
「……結構やらかしちゃってさ。自分が悪いんだけど。」
「……それで、不貞腐れてた?」
「……!」
抗弁しようとして、フオイは失敗した。「違う」のただひと言すら、彼女の喉は通そうとはしてくれなかったのだ。少女の言葉は事実でしか無かったし、フオイ自身、それを自覚していた所の方が大きい。萎んだ風船のように力が抜けていき、丸くなった肩を晒すフオイを、少女は淡々とした目で見つめていたが……何か考える素振りを見せてから、その丸い肩に手を置いた。
「何があったのか知りませんけど……
「そうした方がいいかな?」
「うん。」
促すような、だが優しい声音。やや童顔で、背の丈もフオイとあまり変わらないかやや小さい程度だが、意外と面倒見の良い性格なのかもしれない。
「……お節介だね、あんた。」
「クス……言われた事ある。」
「……やって何か減るわけでもないし、
「……よかった。」
じゃあ、私はこれで……と少女は埠頭を後にして、ドッグの方へと歩いていった。フオイはその背が見えなくなるまですっと見ていたが、何だか不思議な人物だったな、という感傷に浸っていた。初対面の筈だがずっと前からの知人なような気もしたし、知らずのうちにお互いの言葉遣いも砕けたものになっていた様に思う。初対面なのに。
そう、初対面。
(……ん?)
初対面……?
「あっ。」
見ず知らずの人間が鎮守府に居たのに普通にそのまま別れてしまった事実を思い出し、しまった、と髪をくしゃくしゃにする。
「おーい待って、あんた誰……!」
とっくに背中どころか、影すら見えなくなったドッグへ向かって走り込むフオイ。建屋の影と機械の喧騒とが織りなす坩堝に再び足を踏み入れた時、やはりそこにはあの少女の姿は影も形もなく。ただそこには、フオイが後にした彼女自身の艤装とその妖精さん達が待っていた。
──────先刻と変わらぬその光景に、だがフオイが全く無感情のままそれを受け入れる事が出来たのかと言えば、それもまた異なった。理由は、妖精さん達の放った言葉に拠る。
「オーフオイ、モドッタカ。」
「サッキノコ、ダレ?」
「ハナシッテナニー?」
「……!?」
私の所の妖精さんと会話したのか、あの人は……!?それは彼女が艦娘なればこその驚愕であった。妖精さんとのコンタクト、意思疎通こそが艦娘が艦娘たる特権であって、言い換えれば妖精さんとの意思疎通は艦娘以外には基本的に出来ない──────一部、提督などこれ以外はあるにせよ──────妖精さん達が話ている「
「艦娘……?」
ハッとして振り向いた先、鈍色の壁の向こう──────陽の光で白飛びした空を背景に、海の向こうに向けて伸びる埠頭がある。彼処にそもそも一人でいたのが、おかしいのだ。私が
なんでもっと早く気付かなかった!?と再び髪をくしゃくしゃにしていると、下からかかる声。
「デ、ハナシッテ?」
「サッキノコ、アンタガハナシガアルッテイッテタヨ。」
「あ……。」
あのおせっかいめ……!
〜〜〜〜〜
ドッグでの出来事は今思い返しても恥ずかしい。
心中を吐露し、その途中でぐんぐんと熱くなる目頭を押さえ、あれよあれよと頬が濡れ妖精さん達もウンウンと寄って来て、間もなく来る別れを惜しんだ。
それが自分の責に帰結されることが分かってはいても、それが妥当な処分で、受け容れるべきと分かってはいても、やはり悲しいものは悲しかった。自分勝手な悲壮を仲間内だけで分け合い、慰めた………それは傍から見れば、傷を舐め合う様な無様さがあったのかもしれないが、幸いにして、その時の彼女達をそう見ることが出来る者は存在しなかった。
その時までは。
「……。」
「……。」
──────今、フオイは憮然とした表情で提督の居座る机の前に突っ立っている………一人ではない。
横には、"あの"薄灰色の髪の少女が同じく立っていた。フオイは普段と同じく水着にセーラー服を重ね着したスタイルだが、今回は少女が違った。
セーラー服の意匠を盛り込んだセパレートタイプの水着を着用していて、へそ横のホクロが目立つ。そして整えられた髪はそのままに、ツノのような目立つヘアパーツをつけていて、全体として受ける印象が異なる。
「……何であんたがここに?」
「……呼ばれたから。貴女こそ、なんで?」
「……呼ばれたからだよ。」
と、お互い小付き合いのような話をボソボソしていると、コンコンと執務室の扉が叩かれた。「入れ。」とほとんど間をおかず提督が言うと……開けられた扉の向こうで桜色の髪が揺れた。「おふたりとも、お揃いですね〜」と放ちながら入ってきたのは、工作艦 明石。その手にはキャリーケースを伴っている。
二人の前に持ってきたそれを開けると……フオイには見慣れない艤装らしきものが入っている。具体的には、船体を縦に分割したような見た目をしている。
「明石さん、これは……?」
「コレはね、新しい伊201・・・・・・・さんの艤装ですよ!」
「……⁉︎」
「……!」
二人の目の色が変わる。一人は困惑、いま一人は緊張。その内情を知ってか知らずか、提督はすぐさま手元の書類を読み上げた。
「艦娘甲は本日を以て新任艦娘乙にその船籍を移行するものである。」
提督の言う「艦娘甲」が自分である事は文脈を見るまでも無く分かった。即ち、「艦娘乙」とは隣の少女のこと。
「新任艦娘乙はこれより潜高大型、伊二百一型潜水艦一番艦の船籍を与え、以後、任務にあたるべし。我々はこれを歓迎するものである………ようこそ、我が鎮守府へ。」
「……はっ、伊201。拝命しました。」
びっしりと肘を張った美しい敬礼。不動の敬礼とは対照的に、フオイの方は未だ困惑に包まれている。何で新しい艤装があるんだ?私の艤装を移す訳じゃ無いのか?
「艦娘甲は、新たに練習潜水艦の籍を与え、新編される練習潜水艦隊への転任を命じる。また、その際、艤装及び妖精変更の用は無い。」
「練習潜水艦……?」
「復唱はどうした?」
「あっ、……れ、練習潜水艦、拝命しました……!」
一歩遅れた敬礼。これは、どう言うことなのだ?
「えっと、提督、私の船籍って、剥奪なんじゃ……。」
「前もその話をした気がするが…………移管だ。お前の居場所がなくならんよう、色々考えてある、と言ったろう。」
「て、提督〜〜……!───って、あれ。」
感動と感謝も束の間。いや待て、という事は……これからも一緒に艦娘として働けるってことな訳で………つまり………先日の独白は意味ない事だったってことじゃん!
(は、恥かいた〜〜‼︎)
ああぁぁ、と頭を抱えるフオイを少し面白がってか、少女は少し笑って、挨拶がわりにこう言った。
「まぁ、これからよろしく、フオイ。私のことは、…そう、フレ・イでいいわ。」
文章中に書く隙間がなかったんで書かなかったんですが!
アリコーンを固めてた黒服の大男二人は権兵の人で、特高(特別高等保護対象付き兵)です。今アリコーンは実質「艦娘としての権利もない状態」なので、その身柄を物理的に保護するための人たちですね。表向きは。
実態としては、お察しの通り「危険人物としてのアリコーン」を監視するための人達です。だから、アリコーンはフオイの同行の許可をわざわざ確認したんですネ。