戦場を駆ける有翼ノ一角獣《アリコーン》   作:お猿プロダクション

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間に合った、滑りこみセーフ!
エピローグが軒並み想定の倍近い文量になるのナンデ????


エピローグ アイオワ

 中部太平洋 ハワイ・オアフ島沖合

 

 上空9000m アメリカ空軍 C-2 輸送機

 

 

 

 アイオワを含むアメリカ艦娘艦隊の面々が機上の人となって既に6時間が過ぎていた。彼女らが背を預けるのはシートとも言えないパイプ椅子の様な構造で、とてもリラックスなと出来そうに無い。機内の壁も、殆ど丸出しのダクトや構造材に断熱材を被せただけで、無骨というより他に無かった。日本から購入したC-2輸送機を艦娘艦隊様に改造を施したとは言っても、その無骨振りには何ら手を加えられていなかった。

 

 だが、この場所に居心地の悪さを感じる理由は、それだけではなかった──────寧ろ、機内の無骨さそれそのものは、不快を感じる以前に無骨にまみれた軍隊生活で慣れてしまっていた。

 

 ──────では、それ以外とは?

 

「……広くなったわね。」

 

 離陸する前、アイオワの良き同僚にして友人、エンタープライズが放った言葉が彼女の頭で反響していた。あたかも不愉快な耳鳴りのように、鼓膜に引っ付いて離れなかった。

 

 灰色の瞳をブロンドの髪から覗かせる。その視線の先には、ポカンと不自然に空いたスペースが存在した。本来そこには、やはり彼女の良き同僚にしてアイオワ級としての妹分たる、戦艦ニュージャージーの艤装が鎮座している筈であった………だが今は、予定外に生じたスペースを埋めるためだけに、あるべき積荷を持たない空のパレットがワイヤーに繋がれているだけに過ぎない。

 

 戦艦ニュージャージーが、轟沈した(死んだ)──────。

 

 その事実を額縁通りに受け入れることは、同じ艦隊の面々はおろか、当人の死を眼前で文字通り目の当たりにしたアイオワですら困難であった。彼女達の記憶に残るニュージャージーとは、自信家で真面目で……だが辞書的な意味のそれではなく、何処か抜けた所のある愛嬌と、自らの才覚を贅沢品のように影へ隠そうとする気取り屋的な偏屈さを持った、頼れる" 戦友《とも》"である筈だったのだ………だが、現実は──────。

 

 現象それそのものを一言で纏めることは可能だ。ただ「敵がそれ相応に強過ぎた」と………ただそれだけ。それは間違いなく事実であったし、そうであると理解もしていた。だがそれ(・・)だけで全てを納得させニュージャージーの死にカタ付けろ、というのが全く不可能であることもまた、事実であった。頼れる先輩、優秀な後輩、可愛がいのある妹分、そして幾多の戦歴を共にした戦友の死をその一言で終わらせるには、彼女達が失ったものはあまりにも大きい。

 

「………。」

 

 アイオワは空間から目を外し、何処ともなく視線を彷徨わせる。その瞳に宿る星……そこに往時の光はなく、褐色矮星でも飼ってるかのような濁りだけが漂っていた。そんな眼で、アイオワは何度目とも知れぬ自問をする。妹は───ニュージャージーは、ああも悲劇的な最期を迎えなければなからなかったのか?手に握られた殆ど唯一の"遺品"………ニュージャージーのドッグタグを眺めながら。

 

 当然ながら、彼女も艦娘として、ひいてはいち軍人として戦場に立つ以上、何れ何処かで斃れる覚悟はあるし、それが自分であれ他の誰かであれ、受け容れるべきだと理解もしている。何より彼女自身、少なからぬ戦友をヴァルハラへと見送って来た。

 

「───ワ」

「………。」

 

 だが彼女は、"その時"が自分にとって近しい誰か(・・・・・)に対してまざまざと向けられた際の覚悟というものが欠落していた事に、今更ながらに気付いたのだった。手元に文字通り何も残らない虚無感、近しい人を喪った喪失感、そのどれもが度を越してアイオワの心身に伸し掛かってきて、さながら深海の重圧に晒されているようにすら思えてくる。

 

「アイオワ……!」

「───!っ、ソーリー……何?」

 

 今更ながらに自分へ掛かっていた声を自覚し、肩を驚かせて答える。声の主……エンタープライズは、アイオワの長い髪から覗き込むようにして席から体をかがめていた。

 

「……問題ない?ボウっとしてたわ、貴女。」

「あ───Yes!ノー・プロブレム!」

 

 アイオワはサムズアップして見せる。エンタープライズは「そう」と言い残し、姿勢を戻した──────だが怪訝な顔もそのままに、アイオワに向けられた鉄色の瞳は磁石のように貼り付けられたままだ。彼女は今のアイオワの言葉を全面的に信用していない………しかし、実は人を心配できるほど、エンタープライズも健常な顔をしてはいなかった。元々濃い目元のクマは作戦から数日のうちに一層その濃さを増し、もはや青黒くすらあった。それは、ニュージャージーの死がアイオワ以外の者達にとって、心臓へ針で突き刺される様な心理的衝撃を受けた事実が、一層に分かろうというものだ。

 

 エンタープライズもまた、プライベートではニュージャージーとは良い友人であった。彼女にとって悲しむべき友の死は、だがやはり唐突に過ぎて、また衝撃的にも過ぎた。

 

 それは、戦艦の防御力を以てしても抗し得ない圧倒的な敵の攻撃力。エンタープライズは直に目にした訳ではないが、ニュージャージーは大破ストッパーが発動すらせぬまま轟沈している。話には、大破ストッパーの発動閾値を超える異常な攻撃を受けた結果──────として考えられている(・・・・・・・)らしい。

 

 長嘆息………そんな理不尽と対峙しなければならなかった友の不幸を思うと、友の命運はあの海で尽きる事が決まっていたかの様に考えてしまう。無論そんな訳は無いし、そんな思考そのものが詮無い事と理解してはいても、彼女は眉間に苦々しく溝を刻まずには居られなかった。

 

 ずり、と腰を深くシートに潜らせ背筋を伸ばし、首を落とさないよう少し仰ぐようにして目を瞑った。………考え疲れた時、エンタープライズはこうして仮眠を取るときがある。この姿勢は、ニュージャージーが寝る時にいい姿勢だと言っていたものだった。

 

 

 

 〜〜〜〜〜

 

 

 

 中部太平洋 ハワイ・オアフ島

 

 パールハーバー・ヒッカム統合基地

 

 

 深海棲艦戦争の勃発直後、一度は失落した太平洋の要衝は、戦争中最大規模の反攻作戦の帰結として再び人類の手中に戻っていた。そして深海棲艦戦争以前から続く伝統的な役割として、アメリカ海軍太平洋艦隊の策源地としての機能を再び持たされ、それは以前よりも遥かに重要度を増して造り上げられている。

 

 天然の火山とプレート移動によって造成された列島は、嘗ては恵まれた気候と、全周を海に囲まれた事により古くから独立して紡がれて来た文化や歴史を背景に大規模な観光地としても栄えていたが、今やそれらは鋼鉄と血肉の軍事色に染め上げられていた。統合基地と滑走路を共用する形であったダニエル・K・イノウエ国際空港は今やその頭文字に「旧」を付ける必要があり、全面的に軍事基地化している。

 

 ………その、「旧」ダニエル・K・イノウエ国際空港は元々ハブ空港であった経緯からターミナル施設の内外が充実していて、今次の様に大規模作戦からの帰投の際には慰安も兼ねて優先的に旧国際空港側のターミナルへ回される。そこに、C-2輸送機2機の翼も存在した。輸送用カーゴランプは既に降ろされ、内部から艦娘艤装を吐き出していた。1機当たり6隻分、計12隻。だがやはり、そこには艦娘1人分が足りなかった。

 

「……勇敢にして優秀なる勇士の死を、私は心から無念に思わざるを得ない。かかる戦果の全てを彼女に捧げたとしても、なお足りない喪失を、我々は今や思い知っている──────」

 

 彼女たちの指揮官の言葉を、アイオワはあまり覚えていない。基地についてこの方、ニュージャージーの死を悼む声、残念がる顔に晒された彼女は、そこに悪意、隔意、害意が全くないことを理解しているからこそ、その一つ一つを丁寧に返さねばならなかった。そのせいで余計に心労が溜まったからか、アイオワは気付けば隊舎のある部屋の前に立ち尽くしていた…………そこは、他ならぬニュージャージーに宛行われた部屋であった。正確には部屋の半分が宛行われている相部屋だ。では、その相方は──────

 

「こんな時にサボりとは、さすがに冗談じゃないわね。」

「……エンタープライズ。」

 

 彼女とニュージャージーは意外と馬が合い、加えて両者優秀とあって個人としてだけでなく、ルームメイトとしても有名だった。

 

チャプレン(聖職者)が怒っていたわよ。」

 

 エンタープライズが少し眉を怒らせて言う。今頃は彼女(ニュージャージー)の魂を「神のもと」へ送るための、従軍神父の説教に皆が集まっている筈だった。ニュージャージーに最も近しいこの2人がその集いの席を欠しているのは、大分インパクトのある事実だった。

 

 ──────かく言うエンタープライズ自身、祈りを捧げるべき神を持ち合わせてはいても、悼むべき本人(・・)の居ないそれに意味を見出す事が出来なくなり、半ば逃がれる様にしてアイオワの前に立っている訳であったが…………。

 

「…………行ってもあの娘は来ないもの。先生(・・)にはあとで謝っておくわ。」

授業(・・)サボってたことも?」

「……まぁ。」

 

 ボヤくように返事をするアイオワ。この「先生」とか「授業」という言い回しは、ニュージャージーが使っていた言葉だった。彼女は書物の一環としての聖書は好んで読んでいたが、教典、聖典としての目は持ち合わせていなかった。

 

 宗教とそれに対する信仰を"する"では無く、生来の知的好奇心から"知ろう"としていたニュージャージーは信徒の頭数の一つを占めていたとしても、だいたい何時も聖務日課の時に足りない顔ぶれの常連であった。エンタープライズの言う「サボっていた」とは、この事であった。

 

 聖典も聖伝も「同じ畏敬を以て認むべきもの(pari pietatis affectu)」として教えられるカトリックではあったが、ニュージャージーはこれを「教科書」的な意味で同列に捉えていた事で、先の「サボり」も含めて他の敬虔な信徒や従軍神父に咎められる事もままあり、2人はその様をよく見ていたものだった──────その従軍神父が、彼女の死に際し目を赤くして「あり得ない」と頑として認めなかった事実は、ニュージャージーと同じく「サボり」をかまして此処にいる2人は知らなかった。

 

 ……ところで、エンタープライズはアイオワがここにいる理由をまだ聞いていなかった。それを尋ねてみると──────

 

「少し、思い出したことがあってね……。」

「……?」

 

 彼女達が空に上がる少し前、ある人物がアイオワの下を訪ねていた。その人物は「捕まった宇宙人」にも似て両脇を大柄な男に固められていて、それらは檻の様にしてその人物の一切合切を抑制している様にアイオワには感じられた。人物──────アリコーンに受けた当時の印象は、最初に受けたものとは大きく乖離があった事を覚えている。腰あたりまであった艶やかな紫電の髪は肩ほどまでに減じられていて、ツーサイドアップにしてなお余りあった毛量も、その勢力を大きく後退させている。そのせいもあってか──────或いは短くない禁錮期間があるからか──────少しやつれている様でもあった…………それでも、妹の仇を討ってくれた目前の女傑がその瞳に燻る火種に未だ恒星の如き熱を帯びさせている事を見出した時には、アイオワといえども人知れず喉を鳴らせたものだった。

 

 そして、そのアリコーンがアイオワに「話がある」と言って、 その(「捕まった宇宙人」)状態でやって来たのだ。

 

 そして──────彼女は衝撃的な事を発する。今際の際を彷徨っている時に変な幻覚を見たと言い、そこであろう事かニュージャージーと出会い、伝言を頼まれたと言うのだ。眉唾にも程があったが、それを語るアリコーンの目に嘘偽りの類がない事…………何よりアリコーン自身がその様な嘘をつく筈がないし、それをする理由にも見当が付かなかった。「信じられないでしょうけど……」と苦笑するアリコーン自身が一番困惑しているだろうことは、この顔を見れば明らかだったものだ。

 

「で、その伝言が私に"寝ておけ"って言うのと、貴女に“sorry"って言うのと?」

「"部屋に渡しものがある"………みたいな。」

「それが、どうして今なのかしら?終わった後で整理はするでしょう?」

「えぇでも………気になって。どうしてかね。」

「どうしてかって………ていうか」

 

 言って、エンタープライズが一歩踏み出し眼前のドアノブを握り、振って見せる。ガチャガチャと音を立てるノブは、自らの施錠を主張した。それを確認させると、エンタープライズはジト目で自らの同僚を見るのだった。

 

「鍵、どうするつもりよ。」

「………Ah.」

 

 勢い──────と言うより、惰性の赴くまま──────来てしまった事を今更ながらに思い出し、アイオワは頭を抱えた。自分でも理解してるつもりだったが、やはり大分来て(・・)いるらしい。エンタープライズがアイオワを付けて来たのは、そうした機微を彼女なりに感じたからだったのだろう。

 出直すとしよう、と踵を返し2人が隊舎を後にしようとしたその時………

 

 ──────カチャンッ

 

「「……?」」

 

 何処から響いた金属音に首を傾げる2人。疑問は同時で、また振り返ったのも同時だった。

 

 2人の視線が集中するその前には、先ほどまでと何ら変わぬ隊舎の扉が、軍隊らしさを含んだ如何にもな無骨さを持って佇んでいる。錆や塗装の剥がれを其処彼処に見せるやや年期の入った扉の質感が、今になってその存在感を増して2人に迫って来ている様に思われた──────金属製のドアノブが、自らを主張する光沢をキラリと放ち、自らに再び手をかける事を誘っているかの様………。

 

 いや、まさか。……2人は顔を見合わせる。驚愕と一端の不安を抱え込んだお互いの眼を確認した時、2人は同じ事を思い、また相手もそうだろうと確信する。

 

 ついさっき、確認したばかりではないか…………どちらからもなく、手が伸びる。ドアノブにかかり………でも、お互いに力を込めない。汗の滲んだ手が金属のドアノブから熱を吸って、嫌に冷たく感じられた──────肺が霧がかったような不快な緊張を覚えながら、眼を合わせた2人は無言で、だが寸分の狂いなく同時に力を込める………!

 

 ガチャン!………キイィィ………──────

 

 2人の視界へ、さも当然のように来訪者を迎え入れた扉の奥に2人にとって見知った玄関が飛び込んできた時、流石にアイオワとエンタープライズも顔を引き攣らせた。

 

No way(嘘でしょ)……」。

 

 

 

 〜〜〜〜〜

 

 

 

 ………エンタープライズの愛称の一つである「グレイ・ゴースト(灰色の亡霊)」は、別に本人が幽霊たるを示しているわけでは無い事は周知の事実であって、当然ながらアイオワもそれを知らないはずがなかった。

 

 しかし目前で起きた出来事を説明するには彼女の脳内に設えられている知識の抽斗(ひきだし)は余りに不足していて、いくらそれをひっくり返したところで答えなど得られよう筈もなかった。よって、かかる事象への対処は如何にもこうした事(・・・・・)に強そう(偏見)なエンタープライズに投げ付けられたのである。

 

 

「ステイ、ちょっと待って!なんで私!?」

「だって、「グレイ・ゴースト(・・・)」じゃないの、貴女が適任よ!」

「そういうゴーストじゃないわよ!」

 

 などと、大分見るに耐えない光景を晒しながら、一悶着を披露した後、半ば───物理的に───押し負けた形でエンタープライズがずこずこと部屋に第一歩を記した…………結果的に言えば、エンタープライズが先に入室したのは正確だったかもしれない。この部屋の主の一人であるという意味で。

 

 部屋は2人で使うにはやや広め──────だが艦娘でありアメリカ人という点と、これ迄の戦功を考えれば妥当な広さではあった。ベッドは二段式で、どちらがニュージャージーが使っていたのかはすぐに分かる──────手の届く範囲に本棚のある下段だった。

 

「………入っちゃって、良かったかしら?」

「今更!?………まぁここは私の部屋でもある訳だし、そっちの意味では無問題(ノープロブレム)でしょうけど……。」

「……。」

 

 アイオワの目には、玄関から見える整然とした室内は意外さを持って受け止められた。概して真面目ではあっても、よく昼寝をしては何某かをすっぽかす事が少なからずあった─────例えば、聖務日課──────ニュージャージーを知っているからこそ、室内は多少の散らかりを見せているものと思われたのだ。読みかけと思しき本や参考書の類がちらほら見えるが、それらは主の帰りを待つ忠犬にも似て秩序を持たされ、整頓されていた。

 

 一方ルームメイトのエンタープライズからすれば、ここは比喩誇張無しに我が部屋も同然であるから、当然ながら見知った光景だった。読書家でもあったニュージャージーは確かにインドアでの読書を嗜んだが、それらの書物が散らかる前に本人が寝るという形で室内は秩序を保っていたのだ。

 

「……!」

 

 今更ながらに知った妹の意外とも思える一面に、アイオワの顔は曇らざるを得ない──────自分はそんな事も知らないまま、彼女との今生の別れを叩き付けられたのか?……と。その事実を自覚した時、胸の奥で沸かされた蒸気にも似て込み上がってくる嗚咽を、アイオワはなんとか口元を押さえてやり過ごした。けれども、咽び声にも似た湿った息とそれに後押しされるに漏れ出た涙までは、堰き止める術を持たなかった。…………それを側にいて見遣っていたエンタープライズは、どちらかと言うと突き放す様な言い振りでアイオワに言葉を投げた。それが、彼女への気遣いになることを理解して。

 

「───用事、あるんでしょう?早めに済ませないと。」

「……We know(分かってる).」

 

 涙を拭って爪先を向けた先、殆ど真っ直ぐにベッドに向かう──────はたして、その枕元にはケースが置かれていた。意外にも、それそのものに驚愕が無い自分にアイオワは少し驚いた。あたかも頭の何処かで、こうなる事が分かっていたかの様な………。そしてケースは、「親愛なる我が友」と記された手紙と一緒に、質素なリボンで結ばれている。目立たないがしっかりした梱包に、ニュージャージーの性格が現れているように思われた。

 

「エンタープライズ……!」

「どうしたの?」

「これ……!」

 

 アイオワは友人を呼び、ケースを渡るべき人の手元に行きつかせた。アイオワとは違って、エンタープライズの山の様に垂れた目がまん丸に開かれる。信じられない、と言う言葉をそのまま顔面に貼り付けた様な顔をして、エンタープライズは固まった。

 

「……!」

 

 まさか、本当にあるなんて──────エンタープライズにとって青天の霹靂にも似て衝撃だった。アイオワ、もっと言えばそのアイオワに言葉を伝えたアリコーンが嘘を言っているとは思っていなかったが、それはそれとしてこうした事が実際に起きるのというのは……流石に話が違うのでは無いか?スピリチュアルに関心が無い訳ではなくとも、それをまるっきり信じ込むのとでは全く事情が異なるのと同様に、今のエンタープライズもそのギャップに面食らっているのだった。そしてやはり、ケースの中にはアイマスクが入っていて、それもアリコーンが言っていたという話と同じだ。

 

 そして、枕元にはもう一つ似た様な梱包をされた、似た様なケースがあった。だが一緒にされた手紙が異なる様だった…………こうしたものを用意した上で、敢えて目の届く範囲にまでしか置かないあたり、ニュージャージーの気取り屋な所が透けて見える様だと、気分屋気質のアイオワは思った。あの気取り屋は、やるべき事はしっかりこなす上でその出来も上々である一方で、計画的(・・・)に手を抜く悪癖も持ち合わせていた。その手抜きで空いた時間を己の趣味に投入すべく──────そうした、向上心を自ら意図的にへし折る行為をニュージャージーが慢性的に行っていることをアイオワが知ったのはもう随分前のこと──────それを思うと、今度は苦笑が込み上げてくるのだった。2番手を好み、自ら先頭に立たないことを美徳とするあの気取り屋は、こんな所にまでいちいち目立たない細工(・・)をしていたのだ。

 

「あいつ、Meにもこれ用意してたわよ。」

 

 アイオワらしい笑顔を少し取り戻し、その顔が振り向いた先でハラリと何かが落ちた。最初それを気にも留めなかったアイオワだったが、それが視界の端で見覚えのある赤い光沢を放った刹那、それに目を奪われたアイオワ──────の耳元で、何かが呟いた。

 

「………ゴメンね、姉さん。」

「───っ!?」

 

 聴き馴染みのある、けれども絶対に二度と聴くことの出来ないはずの声が鼓膜を震わせた時、アイオワは驚きのあまり意識を向こう側(・・・・)まで放ってしまった様な気がした。感電したかの様にピクリとも動けず、喉の空気が雛鳥の様に奥へ引っ込んだ。驚きも、懐かしさも嬉しさも、全部がない混ぜになった感情が一気に込み上げてきて喉を潰し、声も出ない。無理やり振り向こうとして、やめた。その瞬間全てが終わってしまう気がしたから──────代わりに、アイオワは足元を見た。見間違いなどではなかった………視界の端で映った赤色は、確かに、ニュージャージーの毛色と同じであった。

 

 床へ落ちてゆく水滴に気付いたのは、頬と言わず鼻先と言わず、顔中が涙に濡れた後。アイオワの状態に気づいたエンタープライズが片膝をついて彼女の肩を揺すった。

 

「アイオワ?大丈夫……!?」

「───エンタープライズ、さっきの声……」

「声……何が……?」

 

 はっとしてエンタープライズを見る。暗灰色の瞳は確かにアイオワの目の星だけを映していて、他の事になんら関心が入っていないかのようだ。あたかも先程確かに聞いた声が、彼女には聞こえていないかのような──────そして、それが事実であることを認識した時、アイオワは今日だけで何度目かも分からない驚きに、目を煌めかせた。

 

「……!」

 

 あいつ、こんな所でまで気取り屋か……!そして、その気取り屋気質はきっと生まれ変わっても治らない事を理解すると、アイオワの胸中にはもう哀しみは無かった。寧ろ可笑しさから繰り出された苦笑がアイオワの感情を支配し、心配する友人を困らせるのだった。クスクスと笑い始めたアイオワへ困惑顔もそのままに「チャッキーに取り憑かれでもした?」と言い、それがアイオワのツボを更に誘った。

 

「フフフ………ニュージャージーならやりかねないわね、でも大丈夫。」

「……本当に?」

「本当よ!ノー・プロブレム!」

 

 バネのように勢いよく立ち上がったアイオワの目の星は、新星の如き輝きを取り戻していて、それがエンタープライズの安堵をよぶ。きっと、アイオワ()にしか分からない何かがあった(・・・・・・)のだろう……という理解。それを嬉しく思いつつ、その輪には流石に入れぬという一種の物悲しさも同時に起こさせていた。

 

 

 部屋を出る時、アイオワは思う。あの時──────ニュージャージーの最期の一瞬、彼女が言おうとしていた事。アリコーンは「貴女に"ゴメンね"と伝えて欲しい、と……」と言っていたが、いまいちその真意が掴めていなかった。ただ、沈んでしまってすまない…………と思っていたものの、きっとそれは違った。自分が死んだ事(・・・・・・・)ではなく、自分を死なせてしまった事(・・・・・・・・・・・・)への謝罪。アイオワの大切な戦友、妹を亡くしてしまう事への謝罪──────なんて……なんて馬鹿なんだろう(・・・・・・・)?思わずにはいられない。長くない人生の終わりにするのが他人の心配事だとは!人生の先行者として、姉として、彼女より濃く長い年月を積み、何時の日かその何たるかを説いてやらねばならぬ、と決意した。

 

 

 扉の鍵を確かに閉めた時、エンタープライズは思う。アイオワは何を聞いたのか、何を感じたのだろう?きっとあの、お節介で完璧な非完璧主義な友人は、わざとアイオワにだけ何某かを仕掛けて、私には何もしなかったのだ。友人の私の預かり知らぬ所で勝手に死んだくせに、度し難い奴!………それに纏わるアレコレは、このアイマスクで望み通り熟睡し、アイツが夢にでも出たときにとっちめてやろう、とエンタープライズは決意する。

 

 

 何かを求められ、誰かが呼ぶ声を発しても、ニュージャージーには提供しうるものなど最早無い。だがきっと、声は届くのだろう──────ならば、二人が放つべきは別れの言葉ではなかった。

 

 

 あの気取り屋に相応しい言葉がある。

 

 戦友にかけるべき言葉がある。

 

 妹に告げるべき言葉がある。

 

 私の言いたい言葉がある。

 

 

 いつか、此処ではない場所での再開を願って──────

 

「「See you.」」

 

 部屋を後にし、同時に顔を見合わせる──────そこに宿るのは、屈託の無い笑顔──────では………怒られに行くか!

 

 

 〜〜〜〜〜

 

 

 

「ふふふ。まぁ………あんまり早く来られても、困るけどねー。」

 

 小舟の上で、二つの黒い影を尻に敷いた赤髪がボヤくのを聞く者は、此処にはいない…………それが叶うのは、ずっと、ずっと先の話──────




今回、ニュージャージーのエピソードに彼女を貸し出してるFF氏超気に入ったネタをぶっこみました。良ければそっちも見てくれると嬉しいです!ニュージャージーが活躍して彼女を描いた身として嬉しい限り……(自分語)

 メリケンの風習とシューキョーわがんねー
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