戦場を駆ける有翼ノ一角獣《アリコーン》   作:お猿プロダクション

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エピローグを前後編に分けるってマ?計画性なさすぎやろ……

内容に困ってボリューム増やしたら増え過ぎたっでっていう。


エピローグ Visitor 前

「両手に花」という諺が存在する。言うに及ばず、これは一人の男性が二人の女性を連れていることの喩えで、或いは二つの良いものを手にした事を指す言葉でもある。そしてそれは、多くの場合、そして多くの人にとって羨望と嫉視の対象であり、よい意味でも悪い意味でも目立つものだった。

 

 ──────今のマティアス・トーレスがそれであった。

 

「…………。」

 

 聞こえばかりは良いこの諺を最初に詠んだ者は、きっとそのまとまりの部外者であったに違いない。本当に「両手に花」を持った時の物理的、精神的な煩わしさというのを、一切知らないのだ………とマティアスは思う。現に、今の彼がそれであった。

 

 端的に言えば、これは重量物であった。そもそもが上背、加えて揃って恵体であるから当然ではあった。おまけにセミが木に引っ付く様な姿勢でしがみついていたものであるから、これはもう大変に──────邪魔であった。

 

 そしてそのセミはセミらしくビィービィー鳴いている訳で、その邪魔さ具合に更に拍車をかけている。喚くたびに両者の良く整えられた艷やかな髪が、ふぁさ……ふぁさ……と彼の顔面をこそばゆく撫で、煩わしいことこの上ない。

 

 何故、彼はこんな目に遭っているのか………発端は、僅か数分前──────

 

 

 

 〜〜〜〜〜

 

 

「♪」

 

 アリコーンにとってこの日この時ほど待ち望んだ瞬間は、過去の何処を思い返してみても存在しないと言い切ってよかった。

 

 それは、暫く振りの文字通りの自由!営巣での拘束、途中で数えるのを止めた聴取、外出しても磁石のように張り付く監視──────体裁上それは「保護」となっていたが──────凡そ自由とは程遠いここ最近の生活は退屈であったし、心臓をやすりに掛けるような苦痛を与えるのだった。アリコーンには、それが自身の軽挙が誘発した当然の罰と報いであると理解する頭と理性を持っていた………だが苦痛は苦痛であったし、退屈は変え難く退屈のままだった。

 

 そこに訪れた、短期の拘束解除──────アリコーンには寝耳に水もいい話だった。「拘束期間中に良好な姿勢が見られ、改悛(かいしゅん)の情が顕著である」というのがその理由であったが、アリコーンはその背景に居座る"何らか"を感じずには居られなかった。短期間とは言え突然だった拘束解除の通告や、事後の行動についてまで語られた時、謀に目敏いアリコーンの肌感を撫でたのだ。具体的にそれは、艤装に纏わるもの…………既に破壊痕痛々しく、復旧の目処も立っていない、彼女の艤装である。

 

 何者かの暗躍であるとか、此方を陥穽(かんせい)に陥れるとか、そういった類ではなさそうではあったが…………思えば以前、拘束期間中に艤装の様子を見に行く事を許可されたのも、そこが関係しているのかもしれなかった。

 

 それらが今のアリコーンにとって大きく関係していて、そしてその心中を悩ませているのかといえば──────全く、それもう全くと言っていい程その限りでは無かった。本来ならそうであるべきところを、アリコーンは事もあろうに完全に頭の片隅に追いやって、彼女がしたことと言えば真っ先にマティアス・トーレスの下へ行くことであった。

 

 これは別にアリコーンが自身の艤装を些末に扱ったわけではなく、単にマティアスとの"逢瀬"を優先した結果に過ぎない──────それはそれで問題がある行動ではある筈だったが、アリコーンにとってはやはりその限りでは無いのである。

 

 ──────マティアス・トーレスはその居場所と肩書を「特殊任務群」とその司令官という新設の艦隊に移していた。アリコーンがそれを知りそこに行く判断を下すのに要した時間を彼女自身も覚えていない。気付けばそこに向かっていて、気付いたら扉の前に立っていた。逡巡する暇もなく腕が勝手に伸び、手の甲が扉をノックしていたのだった。

 

「誰か?」

「───アリコーンです、艦長。」

 

 ノックに返ってきた声は、紛れもなくマティアス・トーレスの低い声であった。この時になって初めて、アリコーンは理性で自分を動かした。逸る気持ちを抑えて一呼吸おき、誰何に答える。期せずして覚えたのは、喉の渇き──────ただの入室の為だけに、ここまで緊張を強いられるものであったか?

 

「……入れ。」

 

 再びマティアスの声。そこに、何某かの違和感を覚えたのは気のせいであろうか……?けれども、やはりアリコーンにとってそれらは瑣末なものであり続けた。何故なら今の彼女にとって、正面からマティアス・トーレスと顔を突き合わせる以上に大切な事など存在しないから──────だからこそ、その違和感は瞬時に無に帰して、久方ぶりの逢瀬に心躍らせる少女はドアを躊躇無く開け放ったのだ。

 

 そうして部屋に入り最初に目に飛び込んでくるのは、執務用に誂えられたらしい、透け漆色の机の向こうにあるデスクチェア。そこには、確かにマティアス・トーレスその人の姿があった──────けれども、アリコーンにとっては明確にして重大なノイズが、それはもう堂々と紛れていたのであった。

 

「よく来たな、アリコーン。話は聞いている。だがその前にまず俺の話を聞いてもらいたい。」  

 

「────。」

 

 それは、端的に言って害虫であった。落ち着き払っているマティアスがアンバランスな程に、害虫はその腕に組み付いていたのだ。

 

「誰?」

 

 害虫が喋る。青カビのような翠の瞳が、アリコーンを見据えていた。アリコーンはといえば、あまりの出来事の重大さゆえに脳味噌のバッファがパンクし、埴輪(はにわ)にも似て顔面からあらゆる情報が消え去るのだった。

 

 件の害虫といえば………やや跳ねた毛の多い、ゴキブリにも似た光沢のある黒い艶髪が肩ほどまで伸びていて、やや長いウルフカットといったところ……髪型としては今のアリコーンに近かった。コントラストの強い、インナーカラーの成金のような金髪が眩しい。オレンジ色を基調としたベストをだらしなく着崩し、その隙間から見える均整が取れた体型は、見る者によっては理想の一つに数えられるかもしれなかった。露出した下品な肩から見える血色の良さが、健康的な柔肌を示している。

 

 端的に言って身体的、外見的に麗しい害虫(女性)であった。

 

「わ」

 

 そして端正な顔の、自信をそのまま象った様な僅かな口角の上がりを認識し、アリコーンの脳が処理を終えた瞬間、正気に戻った彼女の最初にした事は──────

 

「私の艦長が知らん女に寝取られてるだァーーーーッッ!!!!!!!!!!!!」

 

 大絶叫であった。

 

 

 〜〜~~〜

 

 

「ヒンッ!」

 

 神速の俊敏さでマティアスの片腕にしがみついたアリコーンは、美しさとか優雅さとか、そうしたものとは一切無縁であるかのように、鼻水やら涙やらで散々に顔面をしわくちゃにした挙句に鼻水を啜ると、「キッ!」とばかりに対面に居座る不届き者を糾する。

 

「何なんですか、貴女は!人の艦長にベタベタと!」「そっちこそ誰よ!大体、この人はあたしの艦長だよっ!」

 

「二人とも」

 

「はあ゛あ゛ぁ〜〜〜!?そんな訳無いでしょう!あなたみたいな正体不明な女の艦長なんて務めるはずが無いでしょうが!」「こっちの台詞だよ!何処の馬の骨とも知らん奴が、この人のことを艦長なんて呼ぶんじゃない!」

 

「話を聞かんか」

 

「不届き者!」「不躾者!」

 

 喧しいセミである。ちなみに、セミが鳴くのはオスだけで、しかも求愛の時だけである。

 

「静かにせんか!」

 

「「……!」」

 

 マティアスの一喝が鳴った!悪戯がバレて親に叱られる幼童にも似て、彼にしがみついていた2人はバネのように跳ね飛び、そのまま突き刺さった針の如くに”ビィン"とその場で直立する──────お互いに「お前のせいだ」と非難の目を向け合いながら………それもまた、年端のいかぬ幼童の如きであった。 

 

「まったく、貴様らどういう了見だ?突然喧嘩を始めるとは思わなかったぞ。」

 

 アリコーンともう一方の女性は、始末の悪そうな顔をして、再び互いを見合わせる。

 

「「……。」」

 

「俺の記憶では初対面の筈だが、面識があるのか?」

 

「いえ、そんなことは。」「全然、知りません。」

 

 馬が合うんだか合わないんだか、殆ど同時の回答。それで、よくもまああそこまで啀み合えたものだ……とマティアスとしては嘆息せざるを得ない。そしてそのマティアス自身といえば、肝心の啀み合いの争点が自身にあることには全く頓着しなかった。

 

「俺自身の事などより、お前たち自身の話をしなければならんというのに。短期とはいえ羽を伸ばせる期間をいざこざに使ってくれるな。」

 

「はい……申し訳ありません。」

 

 アリコーンも流石に思うところがあり目を伏せ、腰を曲げた、だが、アリコーンにしては珍しく眉を曲げて不承不承………とした感があった。それも、恐らくは隣でニヨニヨしている女のせいであろう。

 

「……。」

 

「お前も不要に煽るのではない。」

 

「あ……はい、ごめんなさい……。」

 

 今度は女がペコ、と頭を下げる番だった。………女の頭には海軍の制帽に似た変わった形の帽子が被さっていたが、何故かこの時はずり落ちたりはしなかった。因みに、サイズも合っていない。

 

 しかし、頭を低くしてなお、二人の間には何処か剣呑な空気が流れているのであった。マティアスはアリコーンが入室した時最初に言った、「話」をする必要を感じた。

 

「………お前たちが俺を艦長というのは間違っていない。俺はお前たちの艦長だった。」

 

「「!?」」

 

 2人は目を剥いて顔を見合わせ、そしてマティアスを見、また顔を見合わせる。一方は困惑、だがもう一方に宿ったのはそれと同じくらいの驚愕であった。

 

 もはや動揺に近くなった心情をそのまま写し取った様に、驚愕の主、アリコーンの紅い目が揺れる。そしてその動揺の赴くまま、彼女らしからず声を荒げた。

 

「艦長、つまり、それは……!」 

 

「アリコーン、お前も知っているだろう。この(むすめ)はエイギル艦隊の旗艦、戦艦タナガー……だ。」

 

「……!」

 

 タナガーの広い口が、自信有りげに歪むのを見た。

 

 

 〜〜〜〜〜

 

 

 

 2004年11月23日1200時

 

 コンベース港

 

 エイギル艦隊 旗艦[タナガー]

 

 

『撃っていいのか?これは訓練じゃないのか?!』

 

 それを最初に無線に向けて放った者は、直後にミサイルの直撃を受けて潰えた。呑気に思えたかもしれいない。だがそう思っても仕方がないほど、彼らの立ち位置は絶対的で、かつ揺るがないものとして考えられていたのだ。さる4日前に発生した、ISAF空軍による石油関連施設への攻撃。それは確かにエイギル艦隊の足を止める事には成功し、ISAFの立て籠もる最後の牙城ノースポイントへの直接攻撃は延期された──────一方でエイギル艦隊そのものには未だ継戦能力と戦力が殆どそのまま維持されており、兵の士気も青天井であった。

 

 ISAFの苦し紛れの延命措置(・・・・)が何だというのか…………大陸東端の辺鄙な中立国(ノースポイント)にまで逃げ込んだ連中など鎧袖一触に伏してくれる!──────そしてそれは、コンベース港外縁に停泊していた、巡洋艦[フェンリス][コルガ]が爆発の中に消えるその瞬間まで、彼らの中で規定の事実として捉えられていたのだった。

 

『敵襲!……敵襲!』

 

 ほとんど絶叫となった報告は、直後に吹き飛んだ港湾施設の一部にかき消された。敵は、艦隊だけでなくコンベース港、ニューコンベース港全体の無力化を狙っている!?

 

 混乱は動揺となって波紋し、動揺は撃発にも似て軍人達を交戦へと駆り立てた──────だが混乱よりも敵機のほうが速かったのだ。混乱それそのものから抜け出すより以前に、敵の放ったミサイルが、爆弾が、エイギル艦隊──────否、コンベース港全域に在留するエルジア軍を襲う。

 

 果敢に応戦する味方の火力は、質量ともに時間を追う事に減ってゆき、被害は比較数級に増えていった………そして、その中に「彼ら」も加えられようとしていた。

 

 敵襲撃を察知したエイギル艦隊の一部は、旗艦[タナガー]を始め一応の纏まりを持ってコンベース港からの避退に移っていた。だが、所詮船足では航空機に敵うべくも無い。彼らの後背からは既に、追撃のISAF空軍機が迫って来ているのだった。

 

 そして、そんなISAF空軍機のなかでも一際目立つ動きをする機体を、イージスシステムミサイル巡洋艦[レイヴン]のレーダーが捉える。

 

『敵機接近!………[レイヴン]対空戦闘開始、SAM発射しました!』

 

 イージス艦[レイヴン]の後甲板。弾く様に明け放たれたVLSから吹き出した楼閣の如き炎がミサイルの弾体を瞬く間に上空へと打ち上げ、吐き出された火矢は曇天の向こう、未だ見えぬ敵機に向けて飛んでゆく。それを補うように、巡洋艦[ベルガ]の前甲板に設えられたミサイルランチャーが稼働し、約10秒秒の間隔を置いて2発の対空ミサイルが発射される。

 

 曇天の向こうで生じた煌めきと黒煙は敵機と交錯したミサイルの文字通りの"死闘"だったが、それよりもなおミサイルの防御を掻い潜る敵機の方が多かった。

 

「味方の艦隊は?我々以外はどうなったんだ。」

「潜水艦ドッグは壊滅したようです。巡洋艦以外も多数が撃破されており、全容は把握できておりません!」 

「多数の艦船が湾を脱出できずにいます。」

「他の部隊は総崩れです!」

「なんと……!」

 

 司令部に詰める幕僚達の困惑はそのまま彼らの上官へと伝播し、それは絶対的な戦力とそれに裏打ちされた自信を、今まさに目の前で崩壊する様を凝視する事しか出来ない艦隊司令官の苛立ちとなって発露した。

 

「[ジオフォン]は何をしている?……何故早く迎撃機を上げない!?」

 

 艦隊旗艦[タナガー]の艦橋から、苦渋の表情もそのまま艦隊と港の惨状を目にしていた艦隊司令の一喝はしかし、直ぐには実行できなかった。彼の幕僚が青い顔で弁明する。

 

「提督、緊急出港のため[ジオフォン]は艦載機発艦の手順が済んでおりません!直ちにの発艦は無理です……!」

 

「ならば手順を省略させて直ぐに上げろ!防空戦闘に参加させずして、何のための空母か!」

 

 幕僚たちの騒ぎを他所に、戦艦(・・)[タナガー]を預かる新任の艦長はしかし、その顔に憮然とした皺を浮かべながらも艦の各所に向けて指示を飛ばしていた。

 

「砲術長、対空戦の指揮を任せる。但し主砲は撃つな。」「ハッ……!」「航海長、増速し[ジオフォン]の前に付けろ。本艦を盾にするんだ。」「了解。増速、黒20!」

 

 じわりと速度を上げた[タナガー]が、未だ甲板上で慌ただしく機体と人を往来させている空母[ジオフォン]の右弦を通過したその時、CICが凶報を飛ばしてくる。

 

「[レイヴン]が被弾、速度低下。艦隊から落伍しています……!」

「[レイヴン]が……!?」

 

 歯軋りと共に目元に押し付けた双眼鏡。そこに映る景色は、[レイヴン]の特徴的な箱型の艦橋が炎に包まれる姿だった。いかん!……そう思った次の瞬間──────舷側から突入する針のような影を彼は見た。直後、[レイヴン]は艦を持ち上げるような大爆発を起こし、その姿を爆煙と煙のなかに没してゆく──────

 

「[レイヴン]が沈みます……!」

「ぐぅ……!」

 

 せめて空中戦力があれば……!しかし、コンベース港には確かに、敵襲を受け近傍の基地から飛び立った味方機が存在しはしたが、ISAF空軍機と比べて無勢であり、エアカバーのために[タナガー]の上空にとどまっていたF-14やトーネードか敵機に吹き飛ばされた瞬間、最早頼りにならぬものと認識していた。

 そしてエアカバーのない艦隊上空に、[レイヴン]を葬った敵機が躍り出る。

 

『敵機接近。』『対空戦闘、高角砲撃ち方始め!』

 

 打ち上がる砲火![タナガー]の上空で黒煙が花開き、撒き散らされる破片が敵機を絡め取ろうと金属片の触手を伸ばしては大気に阻まれ落ちてゆく。敵機に迫る弾幕が、さながらけたたましい土煙のように敵機の後ろに続いていって、それは次第に[タナガー]に向かいつつあった!

 

 敵機を射程に捉えたCIWSの機関砲が咆哮を始めたとき、レーダーに食い付いていた士官が絶叫した。

 

「敵機、ミサイル発射───ッ!」

 

 だが艦長の反応も早かった。

 

「面舵いっぱい、左舷高角砲要員退避!」

「……はっ!?」

「退避だ、早くせんか……!」

 

 

 横腹を見せ始めた[タナガー]に黒体が飛び込んだ瞬間、数基の高角砲とCIWSを巻き込んだ爆発が上がる。黒煙は破片を巻き込んで海面まで吹き飛ばしていったが、そこに人体のそれは含まれてはいなかった──────艦長は回避が不可能と判断した時点で、艦の損害を最小限に抑えられるよう角度と乗組員の位置を調整したのだ。かつて艦長を務めた巡洋艦[エニュオ]と比して、圧倒的に巨大なこの鋼鉄の塊を使いこなす術に、この艦長は長けていた。

 

 

「高角砲ニ基が大破、火災発生!」

「CIWS全損、使用不可能……!」

「ダメージコントロール、消化作業始め!弾薬は海に捨てろ!」

 

 一通りの指示を終えた艦長は制帽を被り直し、厳然として前に向き直った。

 

「心配するな、この艦は沈まん!」

 

 明朗な指揮による被害の軽減と、自信に満ちた言葉を聞き、それを鑑みようとこの艦長の背中を見た時、この場にいる多くの乗組員が、そこに英雄の面影を見た──────階級が上だある艦隊司令やその幕僚をも超えて──────そして[タナガー]は、エイギル艦隊の旗艦として、戦艦として奮戦した。

 

 CIWSで敵のミサイルを捌き、避けきれない攻撃は装甲の分厚い箇所で敢えて被弾し、味方艦への攻撃を吸引する被害担当艦にならんとして砲火を戦域全体に撒き散らしてゆく。

 

 だが──────

 

『[ジオフォン]に敵機……!』

 

 艦載機の発艦に手間取った[ジオフォン]。その直上から逆落としに飛来する敵機のミサイルを、[ジオフォン]も僚艦も防ぎきれなかった。そして折り悪く、其処には甲板上を所狭しと占領していた弾薬と燃料を満載した戦闘機が存在していた──────直撃!

 

 結果は火を見るより明らかだった。甲板に直撃した2発のミサイルのうち1発は、発艦シーケンスに入ろうとしていた戦闘機を直撃。燃料が爆発と破片に乗せられて飛び散り、さらに燃焼を広げ甲板を地獄絵図に変えてゆく。更に機体を固定していた蒸気カタパルトが破損し、高圧蒸気が燃焼した燃料をさらに拡大させた。そしてもう1発はエレベーターに飛び込み、半分ほどめり込んで爆発。爆風が艦内へ向けてシャワーのように破片を吹き飛ばした。飛行甲板直下にある機体や乗組員を巻き込んで………。

 

 ドン!……と、離れた[タナガー]からすらも感じる衝撃が[ジオフォン]の左側面から噴き出した。鮮血にも似て溢れる炎と煙のコントラストが、[ジオフォン]の灰色の艦体を彩ってゆく。断続的に起こる爆発が300mを超える[ジオフォン]の艦体を揺らし、刻限を知らせる短針の如くに、彼女の最後の瞬間が近しい事を知らせていた。

 

『[ジオフォン]退艦命令出ました。』『西岸港湾施設より報告、巡洋艦[コルガ]駆逐艦[ハーン]他全艦の着底ないし撃沈……!』『

 

「………!」

 

 もはや絶望的となったエイギル艦隊の進退──────否、艦隊の存続そのもの──────を噛み締めた艦隊司令官は苦渋の表情もそのまま命令を飛ばした。

 

「生き残った艦は、他を鑑みず自艦の保護を最優先にせよ……!」

 

 そしてこの瞬間、[ジオフォン]とその乗組員の運命も決まった。自力航行能力を失した[ジオフォン]はみるみる艦列から離れてゆく。其処に獲物と見たISAF空軍機が寄って集ってミサイルと爆弾を投げつけ、[ジオフォン]は怪物に飲まれる小船のように数分の内に海中へ姿を没した──────そして、それはエイギル艦隊残存艦艇の至近に迫った未来であった。

 

 突然差し込んだ光に目が眩んで、何事かと外に視線を移したその先で、[タナガー]に付き添うようにして航行していた巡洋艦[ベルガ]が爆光を発ち最期を迎えようとしていた──────後部より突入した対艦ミサイルに[ベルガ]の前方指向の対空兵装は対応し切れなかったのだ。

 

 そして──────僚艦の断末魔を見届けるより他にない[タナガー]にも、"それ"は現れた。流麗なシルエットを持つ戦闘機。F-22………制空戦闘機として完成されたこの機体が対艦攻撃に参加することは考え辛い──────通常なら。だがそのF-22こそがエイギル艦隊の構成艦を尽く沈めた元凶である事は、既に方々からの報告ですでに割れている事だった。

 

「生き残っている全ての兵器を、敵機に向け発射!ほかの航空機はいい!……主砲の発砲を許可する、左弦に指向し対空弾を見舞ってやれ!」

 

 艦長が吠え、砲術長が待ってましたとばかりに猟犬にも似て歯を剥いた。戦艦が主砲を撃たずして敵に背を向けるなどあってはならないのだ。

 

 ごうん、と[タナガー]の主砲が旋回を始める。1000トンを超える主砲塔の目指す先、艦の左弦は──────最初の被弾があったところだ。対空火力が減じられている。敵はが来るならばそこだった。

 

 艦長は対空砲火を巧みに指示し、敵機を左舷側に誘導させる。自艦の状況を直ちに把握しそれに有効な対処手段を見出し、それを即座に実行に移すあたり、やはりこの艦長は非凡であった。

 

『こちらCIC!上空の敵機が左舷側を遷移、攻撃態勢に入っています!』

 

「砲術、ギリギリまで引きつけるんだ。躱す暇をあたえるな……!」

 

「ハッ!」

 

 高角砲には近接(VT)信管を用いた対空弾が使われているが、そもそもの砲側の性能が現代のジェット戦闘機やミサイルに追いついていない。威嚇以上の効果はなく、数を減じられた左舷側は殆どガラ空き同然だった。そして、その左舷側を守っていた僚艦[ベルガ]は既に──────しかし──────

 

 

「撃ち方始め!発砲!」   

 

「っ撃ェ!」

 

 閃光が迸り、その直後……衝撃!

 

 ドオン!という咆哮とともに、艦が横揺した。殆ど水平に放たれた砲弾がカーブも描かずに一直線に敵機に向かってすっ飛んでゆく!初速750m毎秒を超える砲弾を躱す術はない………砲弾は時限調整信管を使っていて、たとえ敵がステルス性に優れるF-22でも関係なかった。

 

 ズゥン!ドロドロドロ………砲口の向こうで起きた爆煙の密林が、敵の姿を覆い隠していた。40cm砲9門の同時斉射などそうあることでは無い。電撃を食らったような、ビリビリとした感覚が未だに脳髄を震わせている。それでも、艦長を始めとした艦橋に詰める要員は、緊張と双眼鏡を手放さず、迫り来る敵機のいた黒煙を見ていた。そこに──────

 

 バッ!と音を聞きそうな程に黒煙を突き破り現れた敵機!思い出したようにドッ!ドッ!ドッ!と軽快な射撃音を上げ高角砲が抵抗を始めるが、たった一基ではどうしようも無かった。

 

「ミサイルッ────」

 

 絶叫か報告かも分からない声が、艦橋基部と高角砲へ向けて発射された対艦ミサイルの直撃で掻き消された。主砲斉射が児戯に思える程の大激動に、艦長や艦隊司令と言わず倒伏を強いられた。

 

「…………状況報告!……CIC状況報告せよ!」  

 

 真っ先に立ち上がった艦長が、額から流れる血もそのままに艦内電話を引っ掴み、それに向けて怒鳴り込んだが………

 

『───』

 

「……CIC!応答せよ!」

 

『───』

 

 尚も続く空電音──────艦長は舌打ちした。

 

 やられたか……!敵の放った対艦ミサイル攻撃のうち1発は、艦橋すぐ後ろの司令塔を直撃し艦の情報を司るCICを全滅させていた。その損失は、システム艦にとっては致命的であった──────だが、[タナガー]は真の意味でのシステム艦ではなかった。

 

「砲座は?何処が生き残っている。」

「は……ゲホッ確認した限り、左舷は全滅です。ゴホッ主砲と、右舷側が2基。」

 

 割れた艦橋のガラスから頭を出し、咳き込みながら報告するのは副長。彼もまた、顔面を強打し島のような痣を作っていた。

 

『───こちら機関室!燃料ラインに引火しました、このままでは爆発します……!』『左舷副砲弾薬庫です、弾薬庫付近で火災、消火班を回してください!』『敵ミサイル接近……!』

 

「!」

 

 被害状況の把握もままならぬ中で、再びの来襲!それはそうだ、敵は待ってはくれない。手負いの大物を仕留める好機を逃す理由が、何処にあろうか?

 

『敵弾、6時から9時方向に集中しています!』 

 

 CICが機能しない今、航海艦橋直上の露天となる戦闘指揮者からの目視に頼る形となっている。艦内電話を通じて入る情報には、電機と電子に支えられたデジタルな迅速さはないが、人力と発想によるアナログな堅実さは生きていた。

 

「左舷の非装甲帯から乗組員を退避させろ!どのみち左半身は使い物にならん!」

 

 艦長が怒号を飛ばした僅か数秒後。2度目の大激動が[タナガー]を襲い、爆発の熱と燻る煙が艦橋の要因にも押し寄せる。咳き込み、また倒れながらも、それでも軍人たちは尚も戦闘の意思固く武人の表情のまま、用を成さなくなった窓の外を睨んだ。

 

 そこへ飛び込んでくる影──────

 

「……!」

 

 ──────艦長は確かに見た。

 

 黒煙を裂き、鮮やかにヴェイパーを曵いて翼を翻す敵機の姿──────「118」の番号と、8の字を横に倒した"メビウスの輪"を描かれた尾翼。結ばれたリボンの様なそれを目に留めた時、艦長の中で何かが弾けた──────リボン付き……!

 

 ゴォォーーーッ!───グァーーー……ンッッ!!!!!!

 

 艦橋を震わせるほどの轟音を大気に残して、"リボン付き"は曇天の中に姿を消した。それに付き従うように、或いは作戦に関する談合でもあったのか、俄にISAF空軍機が引き上げてゆく。

 

「敵機、退いていきます……!」

 

 副長の弾んだ声に、しかし同じように弾んだ表情を浮かべるものは居なかった。生き残った実感を味わうには、彼らと、彼らの乗る船と、そして彼らの属する艦隊が被った被害はあまりに大きかった。  

 

 しかも────── 

 

『こちら機関室、火災さらに拡大。加えて浸水が……!』

 

 ごうごうとした熱を感じるのは気の所為ではなかった。度重なる対艦ミサイルの被弾は、艦齢50年以上を数える老朽艦とその巨体には重過ぎたのだ。破断した燃料ラインはその箇所を増し、加えて冷却パイプから漏水。トドメを刺すように、老朽化で溶接が脆くなった装甲板の一部が歪み亀裂が入り、機関部に多量の浸水があった。これを防ぐ手立ては、今の[タナガー]は持ち合わせていない。ただ一手を除いて………

 

「前部機関室は放棄、直ちに閉鎖……!」

「し、しかし機関室にはまだ100名からなる人員が───」

 

 事態を察するのとその命令を下したのは殆ど同時だった。あまりにも速い、非情とも言える決断に部下の士官の一人が流石に抗弁するが、艦長は屹然と言い放つ。

 

「閉鎖だ………貴官は機関室に取り残された100余名の乗組員と、この艦2000余名の乗組員と、何方が大事と捉えるか?」

 

 応急処置と退避は間に合わない!それが艦長の判断だった。前二つの被害ならまだ艦長も逡巡しただろう。だが分厚い装甲板の亀裂が悪かった。この被害は数百トンからなる海水の浸水を招き、ここで直ちに浸水箇所となる部分を閉鎖しなければ、艦そのものが危うかった。そこに、艦内電話が悲鳴をあげた。

 

『艦長、要員退避の時間を……!』

 

 浸水のある前部機関室の絶叫。だがその声の向こうでは怒濤の如き濁流が犇めいていて、要員の声はまさにその中で掻き消えようとしていた。

 

「………。」

『艦長………艦長ーーーっ‼︎──────」

 

 迫り来る濁流がそのまま押し流してくるような圧迫感を持ち始めたあたりで、艦内電話は事切れた。少しずつ傾斜が感じられるようになった艦橋で、艦長は一人ごちに「すまない」と口にした。それは切り捨てた要員に対しての物だったのか、それとも別の何かに向けた物だったのか、重苦しく冷たい空気が流れるようになったこの艦橋内で知る者はただ一人としていなかった。

 

「消火を急がせろ。弾薬に引火してはたまらん………副長、消火作業の指揮を取れ。」

 

「は……はっ、消火作業の指揮を取ります!」

 

 副長が駆け足で艦橋を後にした後、艦長は艦隊司令と彼の幕僚にある事を言い放つ。それは、この時点で言えば相当に無理のある話であったが、ここでそれを話さなければならない理由が艦長には存在した。

 

「……司令、一つよろしいでしょうか。本艦に総員退去の許可を頂きたく。」

「何だと……!?」

 

 艦長の言葉に驚愕する一同。対面する艦隊司令と艦長の間に割って、幕僚が口を荒げる。

 

「艦長………乗組員を労る気持ちは分かるが、それ以前に君は軍人としての仕事を全うするべきではないか?[タナガー]はまだ継戦能力を維持しているではないか!」

「そもそも、勘を維持するために機関室の要員を見捨てた先ほどの行動とは矛盾するのではないかね……!?」

「それ以前の問題なのです、司令……。」

 

 艦長は目を伏せる。次いで視線を投じた先は、前方──────否、遠方──────広大な鼠色の空と黒い海が広がる彩色の失われた海原。未だ剣呑さを

 

「間も無く敵が来ます(・・・・・)。」

「……!?」

 

 確信めいてそう断言した艦長に、艦隊司令は驚愕し、目を剥いた。それは、突然の進言をした艦長に対する訝しさではなく、超然的な物の見方をしている艦長への畏怖か、恐怖にも近かった。この男は、何が見えている───?そして、驚愕は直ちに現実のものとなる──────

 

「艦長!接近する機影を確認………方角からして味方ではありません……!」

 

「バカな………!」

 

 幕僚の捻り出した声が、敵機の存在を認識した上甲板の動揺に塗り替えられた時には、艦長はその恰幅の良い体躯で艦隊司令の前を塞ぐように突き立っていた。

 

「司令………退艦の許可を。司令部の移動を。」

 

「………。」

 

 それに気圧されたわけではなかったが、艦隊司令は首を縦に振る。彼とて、壊滅した艦隊と傷付いた旗艦のみで戦いを続けられるとは欠片も思っていないし、そんな非現実的な手段に訴えるほど無能でもなかった。

 

「わかった……司令部を移そう。艦長、退艦の指示を。」

 

「了解しました。………総員退艦部署発令、副長は甲板要員を纏めろ。」

 

 ──────後の戦史書においては、この退艦命令は「早すぎた」との批評を受けることが多い。「戦闘力を維持した戦艦からの退去は、戦闘の忌避にも等しい」………と。それには、後の世でこの艦長のしでかす(・・・・)事を受けた論評も多分に含まれてもいた。

 

 しかし、この直後飛来したISAF空軍機によって[タナガー]は短時間のうちに戦闘力を失い、戦闘終了後10分という短さで海中に没することとなる。[タナガー]の乗組員は8割が生還しており、艦長の事前の退艦指示がなければ、この数半分に落ち込んだとも評価されていた──────この退艦直後、付近の岸に上がった[タナガー]乗組員の一部の敬礼と共に撮影した[タナガー]の最期は有名な写真である──────これが、「コンベースの英雄(The Hero of Comberth Harbor )」の誕生した瞬間だった。

 

 そして、その後の艦長───マティアス・トーレスを巡る数奇な運命を、この時は誰一人して知る由もない。

 

 

 そう──────タナガーでさえも。

 

 

 〜〜〜〜〜

 

 

 

「まさか、私以外にそんな艦娘がいるなんて、驚きです。」

 

「あたしだって、初めてこの姿を見てからは驚きっぱなしだったよ。」

 

 来客用のテーブルを挟んで腰を下ろす2人が互いに言葉を交わせる姿を見て、やっと落ち着いたか、と思ったマティアスだった。それに、この"艦娘"タナガーが現れたことについても、驚きなのは彼も同じ思いだ。

 

「アリコーンと同じ、"建造"と言うやつで現れたそうだ。原理は聞くなよ、俺も分からん。」

 

「不思議なもんですね。」

 

 腕を組んで首をしゃくるタナガー。普段は淑やかアリコーンと比べて、タナガーの所作は大仰だった。足を組んだり、恥ずかしい気も無くガっと足を開いて幅広に座ってみたり………恐らくは、戦闘に挑むとなってもこう(・・)なのだろうと感じさせる、裏表の無い挙動だった──────余談だがパンチラ(下着が見える)心配はなかった。タナガーの身につけているボトムスはやや丈の短いキュロットパンツで、みっちりとした筋肉を敷き詰めた健康的な太腿は眩しいが、それ以上が外に露見することはないのであった。

 

 アリコーンにはどうしてもその行儀がむず痒くてしょうがない。

 

「もう少し大人しくできないんですか……。」

 

「あたしはこれで良いんだよ。………あんたも、"外"ではそうじゃないだろ。」

 

「…………。」

 

 そう言い突き放されては、アリコーンも言葉を重ねることはできなかった。他者に自分の行動の模倣を強いるほど、彼女も落ちぶれてはいない。

 

 それより、タナガーの言葉に反応したのはマティアスの方であった。思い出したように手元の書類の一つをつまみ出し、アリコーンを見遣った。

 

「そうだ……時にアリコーン、ここに来る前に出撃でもしたか?」

 

「いえ、自由期間は今日が始めてですので……何かありましたか?」

 

「マリアナ付近で戦闘があったらしいんだが……そうか、アリコーンではないか……。」

 

「「……?」」

 

 訝しげに書類に目を落とすマティアスに、アリコーンとタナガー2人は同時に目を合わせた。

 

 書類に記されている内容には、驚くべきものが記されていた──────哨戒中の潜水艦がマリアナ諸島への空襲を企図して現れたと思われる敵機動部隊の発見を報じ、それに応じた此方の哨戒機はしかし接敵に失敗。スコールの中に逃げ延びたかに思われた………だがこの機動部隊は、ごく短期間の内に殲滅されたことをマティアスはこの平板な書類で知ったのだ。

 

 大型空母3、大型巡洋艦2を基幹とする大艦隊の接近は本来なら大事も大事、近傍の基地や鎮守府全てが蜂の巣をはたき落とすような騒ぎになっているべきてあった。これほどの大戦力が艦娘艦隊や基地航空隊と激突すれば、相応の規模の海戦となる筈のものが、まるで偶さか侵入した敵の小戦力を弾いた様な処理のされ方をしていたのだ。

 

 マティアスは最初、それには疑問を抱かなかった。何故かと言うに、他ならぬ彼直率の艦娘アリコーンが、それを成し得るからだ。………だが、当の本人は「否」と答えた。

 

 ──────では、これは何だ(・・・・・)

 

 本来関係の無いように見えるそれらが、どこかで自分──────否、アリコーン──────と繋がっているように感じられた時には、自分が未だその正体を知るには、今少し時間を要する事もまた知ったのだった。




TwitterのFF某氏の某タナガー艦娘系二次創作小説の第一話(ほぼ確定情報)に似通う部分が多いのではと思ったけど、まぁ………大丈夫でしょう多分許して下さりますよウン。


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