戦場を駆ける有翼ノ一角獣《アリコーン》   作:お猿プロダクション

55 / 55
これが正真正銘、最後の話になります。
みなさんありがとうございました!

ホントは9/29の、アーリーアクセス開始日に投稿したかったんですが、ちょっと翼のめり込んじゃいましたね……


エピローグ アリコーン

 

 

 鎮守府沿岸

 

 

 超低空から突入する機影がベイパーコーンのドレスを脱ぎ去った時、それらは明確なジェット戦闘機ラファールMの姿を現した。尾翼の鮮やかな赤と、そこに刻まれたSACS隊所属を示す白馬のアリコーンの部隊章。それらは次の瞬間跳ね上げる様な鋭い上昇を繰り出して雲間に消えてゆく──────その向こうには、堂々たる梯団を空に刻む流星改攻撃機の編隊。

 

 攻撃機編隊を護る戦闘機隊は烈風11型(六〇一空)が付いている。これは空母艦娘の増勢やその改ニ改装化に付随する形で新設、再編されたいくつかの母艦飛行隊のうち、第六〇一航空隊から引き抜いたパイロット妖精さんのみを当てがった烈風11型であった。機体の性能、パイロットの練度共に相当の上澄み揃いで、これを突き崩すのは至難の業である筈だった。

 

「キタゾッ!(来たぞッ!)」

 

 眼下──────雲海の狭間から、針を通すかの如くに突き上がってくる白亜の尖塔を目にした時、彼は電撃にも似た緊張を強いられるのだった。そしてそれは、彼のみならずこの編隊を構成する妖精さん全員がそうであると確信している。

 

「カクキ、ワレニツヅケ!(各機、我に続け!)」

 

 烈風11型の巨体から来るやや緩慢なローリングを経て、グンと操縦桿を引く。鷲を思わせる様な巨体がその巨体を感じさせぬほど鋭く空を裂き、洋々と広がる海に向かって逆落としに突っ込んでゆく。烈風とラファール…………何方も激しく荒ぶ風を意味する言葉を冠する機体だったが、前者と後者の間には圧倒的な差があった。

 

「──!」

 

 敵機を射線に捉えんとし射撃照準器のレティクルを睨んだ先で、スクリューを描くような回転をして烈風の軸線から逃れる敵機。照準環の縁を舐めるような機動を繰り出したラファールMの姿がぐんぐんと拡大する。目で追い、そして首で追い、捻れるほどの角度で交錯する敵機の背面を、今度は烈風の機体で追った。急降下で速度は付いている──────千切れんばかりに引き絞る操縦桿!座席へ押し潰される程の加重を受け、ずんぐりむっくりの妖精さんの顔が厳しい骸骨にも似て影が深くなる。

 

 狭まる視界──────その先に見据える敵機……!

 

「…クソッ!(……くそっ!)」

 

 だが漏れたのは悪態──────彼の眼前に捉えたはずの敵機、その後ろ姿は目を背けたくなる程の速度で小さくなってゆく!ラファールのM88エンジンと烈風11型のハ43エンジンではカブとスポーツカー程度には比べるべき土俵が異なり、それ相応に烈風11型も容易くあしらわれてしまうという訳であった。

 

 一方で、それは予期された悪態でもあった──────ラファールMは確かに彼らの初撃を躱したが、数の上では烈風11型の方が倍する。彼らはラファールMの後背に位置すると同時に、未だ編隊を崩さない味方機とラファールMを挟み撃ちにする格好となるのだ。

 

 だが──────

 

「フン…!(ふん……!)」

 

 小賢しい真似を………このSACS隊を率いるルイス・バルビエーリ中尉は眼前で躱した敵機と、今また立ち塞がる敵機を鑑みほくそ笑んだ。機体の性能差を、小手先(・・・)の練度で補うというのは、古今東西陸海空を問わず存在する。だがそれで埋められる差というのは精々が1世代分程度だ──────その"世代"というカテゴライズそのものが曖昧ではあるのだが──────彼らの機関砲を主体とした初歩的なアビオニクスすら持たないレシプロ戦闘機と、我々のミサイル戦を前提とし先進のレーダー・センサーによる圧倒的な情報収集、処理能力を有した第4.5世代級ジェット戦闘機では、文字通り天と地ほどの差がある!

 

 前面から突き進んで来る烈風を飛び越えて、彼らの目標である敵攻撃機編隊を叩く………その当初の計画に変更は無い。先進のAESAレーダー(アクティブフェースドアレイレーダー)であるRBE2 AAは明確に叩くべき敵の姿を捉え、その針路、速度、高度に至るまで尽くを知らせてくる。機械がこれら必要な情報を正確に取得してくれている限り、パイロットは戦闘に集中する事が出来るというもの……そういう意味でも、ラファールMと烈風の間には数字以上の格差が存在したのだった──────けれども、その機械もやはり完全では無い事を、この直後に彼は知る。

 

「──ナニッ!?(───何っ!?)」

 

 それは、レーダースクリーン上で示される敵機と、眼前で殻を割ったように二つに別れた敵機。

 

(………!?)

 

 それは、常識では考えられないほどの異常な接近飛行だった。プロペラの羽根同士が互いを削り取らんばかりの近距離を飛行する2機の烈風を、レーダーは2機と認識できなかったのだ。意表を突かれた形となるSACS隊は、進行方向へ網の目のようにの拡大する烈風編隊への対応が遅れる──────

 

 目まぐるしく様相を変えるHUDのピッチラダー。伸し掛かる重圧の如きGに堪える彼は、視界の外で急速に拡大する怪鳥の影に気付かなかった。

 

 

 〜〜〜〜〜

 

 

 ──────ドキュ!と踵落としをするような勢いで機体が滑走路を蹴ったラファールMが滑走路を半分も使わず減速し、駐機場へタキシングしてゆく。無論 それは1機ではない──────滑走路から離脱してゆくSACS隊ラファールMの黒い列は蛇の如くに滑走路からエプロンへの誘導路を乱れなく占めていた。

 

 そして地上誘導員妖精さんの指示に従いエプロンへと機を滑らせ、エンジンを切ったその時には、エプロンに居並ぶ機影は漸く濃緑色の機体色に赤丸を戴いた機体ばかりではなくなって、些かばかりの彩を取り戻したようにも見えた。既にバンカーの影へ姿を消す機もあり、彼らがSACS隊の機々よりも早く此処へ集っていた事を伺わせる。

 

 そこから開けた一角では、すでに愛機を降りた搭乗員妖精さん達の屯する場が出来上がっていた。

 

「マタゼンメツッスヨ!(また全滅ッスよ!)」

 

 妖精さんの一人が面白くなさそうにボヤく。彼らが先んじて陸に降り立ったのは、彼らが優秀にも早くに演習科目を終え宙空での役割を全うしたからではなかった。

 

 実態はむしろその逆──────彼等は烈風11型の搭乗員妖精さんで、その果たすべき役割、"攻撃機編隊の護衛"を全うする前に「壊滅」したのだった。ラファールMとの対抗演習………その全てで、彼等は目的を達することなく地に足を付けていた。今日も、その連敗記録に一つ数字を増やしただけに過ぎない。

 

「コンカイハソコソコヤレル(今回はそこそこやれる)トオモッタンダガナァ。(と思ったんだがなぁ。)」

 

「ミサイルナシデアレデショウ?(ミサイル無しでアレでしょう?)」

 

「言うなよ……。(イウナヨ……。)」

 

 あれこやこれやを言っては落ち込んだりゲンナリしている所に、この場にいる誰とも異なるパイロットスーツの集団がやって来た。フルフェイスのヘルメットを脇に抱え、先進的な耐Gスーツを着込んだ彼等こそは、先程まで空にあって彼らを散々に叩きのめしていた、SACS隊の面々だった。彼らの服装は、パイロットのそれというより、雑誌で見る宇宙飛行士のような感慨受けたものだったが、今となっては此処で見慣れた光景の一部となっている。

 

「……。」

 

「……。」

 

 互いの存在に気付いたSACS隊パイロット妖精さんと烈風パイロット妖精さん、その両者の間で交錯した視線──────双方の隊長格が正対する。

 

 刹那、何方からともなく踏み出した足。カッカッカッ……!と踏み込む踵に力が入り、蹴り出すつま先の速度が上がる。駆け足にも近い速度で近づいた2人の距離は打つかるほどに近迫したところで漸く止まって──────鏡映しの様に振り被った腕……!

 

 振り下ろされたそれは相手の肩を強かに叩いて、そしてがっしりと掴んだ──────さながら、戦友の帰還に際して抱擁を交わすように。

 

「オミゴトデス!(お見事です!)」

「アッパレデシタ!(天晴でした!)」

 

 周囲がそのさまをニヨニヨしながら見ている所からして両者の間にあるのが隔意や敵意ではない事は明らかで、寧ろ、互いの健闘、敢闘(かんとう)を讃え、或いは謙遜していた。

 

「コンドノウゴキハスゴカッタ、(今度の動きは凄かった、)アレハヤロウトオモッテ(アレはやろうと思って)デキルモノデハナイ。(できるものではない。)」

 

「ソレデモマタ、マケテシマッタ……(それでもまた、負けてしまった……)ドウデス?(どうです?)モウスコシハンデヲフヤシテミテハ?(もう少しハンデを増やしてみては?)」

 

「ソンナコトヲシタラ、(そんな事をしたら、)コンドコソホントウニワレワレガ(今度こそ本当に我々が)マケテシマウデショウガ!(負けてしまうでしょうが!)」

 

 冗談半分と言った様相で互いの言葉を返す彼等だったが、「負けてしまう」と言ったSACS隊パイロット妖精さんの言葉は決して謙遜ではなかった。今回の演習、実のところ烈風隊はかなり善戦していて、しかも目的それそのものは達成し、判定上は烈風隊の優位な審査が下されていたのだった。

 

 具体的には、烈風の処理に手間取った結果として本来の撃破目標として定められていた流星改攻撃機隊を規定時間内に撃墜し切ることが出来なかった訳であった。SACS隊の彼らの内では、数の多い護衛機を追い払った上で確実に攻撃機を叩く、という優先順位の不備が最大の問題点として上がったが、それに準ずる形で烈風隊の手強さもまた懸案として浮上している。

 

「これ以上のハンデは負けてしまう」とは、彼らにとっては純然たる事実であったのだ。………因みに、SACS隊の背負っているハンデは「ミサイルの使用不可」だった。彼等にしてみれば手足を縛られ、頭突きで戦っているようなものだったがそれでも、余りある機体のポテンシャルと操縦技量を活かせば数の不利を覆すことは造作もないはずだという自信───過信ではない───が彼等にはあって、にも関わらず今回黒星を喰らわされたというのは、彼等にしてみれば明確に悔しかったし、相手方への敬意もまた存在した。同時に烈風隊の方も、圧倒的な数の利を与えられた上に手足を縛るようなハンデを負わされた相手に散々に打ちのめされている訳で、そこにもやはり痺れるような深い悔恨にも似た念と、いっそ清々しい尊敬にも似た念を持ち合わせているのであった。

 

「ムシロ、スコシミサイルヲ(寧ろ、少しミサイルを)ツカワセテホシイクライデス。(使わせて欲しいんくらいです。)」

 

「ソレコソワレワレガマケル(それこそ我々が負ける)ミライシカナイデショウ!(未来しか無いでしょう!)」

 

 はははは、と談笑に浸り始めた2人とその周囲で、いつの間にか彼我のパイロットが互いの機体と腕と戦術とを褒め合い、調べ、論考する場が形成されていった。

 

 烈風隊はアリコーンの出現に呼応するように現れた"ユニコーン"と"ペガサス"の再来に備えた高速戦闘機への対処力を高める為、SACS隊は最大の弱みである数的問題をカバーし得る戦術確立の為、このような演習を時折行っている。ここ数日で急に進捗が早まったアリコーン艤装の修理とそれに伴う戦線復帰の噂も相まって、この頃はSACS隊も戦術研究に余念がない。

 

「オタガイ、エルモノガアッテ(お互い、得るものがあって)ヨカッタデスナ。(良かったですな。)」

 

「マッマクデス。(まったくです。)」

 

 2人は顔を見合わせて、笑った──────そして、こうした場はここだけにとどまらなかった。

 

 

 〜〜〜〜〜

 

 

 鎮守府沿岸

 

 海中

 

 

「……。」

 

 海中──────そこは視界の自由が利かず、音だけが情報を支配する。魚などは嗅覚や水流を頼りにすることも出来るが、無論、彼女達はその限りでは無い。

 

 彼女──────潜水航空巡洋艦娘アリコーンもそうした例に漏れなかった。そして、彼女はこの視界の遮られた世界で目を開けていた。それは、必然ではなく齧りつく様な必死さ故であった──────彼女は対潜戦の演習の只中にある。そして、彼女は標的とする"敵潜水艦"をこの時に至るまで発見できていない。

 

 潜水航空巡洋艦アリコーンには、潜水艦としては異例の大型故に各種センサー、ソナーが充実していて、かつてはそれらと諜報員を駆使してオーシアの対潜哨戒網を突破するなどをやり遂げたのであるが、今の艦娘アリコーンにはそれらの潤沢な装備はなかった。

 

 今の彼女は、彼女の艤装を纏ってはいない──────見る者に水上艦娘に近しい印象を与えるアリコーンの艤装だったが、それ(・・)は今修復の床に伏している。よって、今のアリコーンは潜水航空巡洋艦としての性能を何ら発揮しない。

 

(全く、恥もいいところですよ………これは……。)

 

 今のアリコーンには海の重みは泥のようにも感じられ、海の冷たさはそのまま緊張となって背を冷やすのだった。それは、現下の状況そのものだけでなく、それを作り出した自分自身への面伏せの気持ちだった。

 

 全く、よくこんなザマでフオイ(彼女)に大きい口を叩けたものだ……!見る者のいない海中で眉間の掘りが深くなる。注意が散漫だの言うことを聞かないだの好き勝手言ってたが、結局自分は、自分の艤装の性能に溺れていただけだったのだ!………その事実は、深海よりも冷たい腹の冷えをアリコーンに覚えさせた。如何にアリコーンが対潜能力の欠けた潜水艦とはいえ、艤装を降ろした自分がこれほど鈍重で鈍感な艦娘だったとは……!

 

 集中しようとすればするほど自身の心臓が煩くなって、血流が飛沫のようになって聴覚にノイズを走らせた。それでも、彼女の艦娘としての生まれながらのセンスというべきか、或いは少なくない経験が成した業か、彼女は"敵"のキャビテーションらしき音を聴知する。

 

(見つけた……?)

 

 それを確信出来ないのは、やはりどうしても性能に劣るソナーのせい──────にはしたくなかった。以前は皆ほぼ同じ性能のなか、自分だけが突出していたというだけであって、今はイーブン………他より劣るわけではないのにそれを他責するほど、彼女の性根は腐っていない。

 

 疑念を確信に変える方法はただ一つ──────確認し、確定させること。

 

「水測、方位は?」

 

『──0-2-0、カンドヒクイ。(0-2-0、感度低い。)』

 

「……。」

 

 右側面

 ………先手を取られた?

 

 否────それならばもう撃ってきているはずだ。そう考え、手元の演習用魚雷発射管機材を撫でる。そして、それは彼女も同じだった。不要に動けばそれを敵に察知され、不利な体勢のこちらが先に攻撃に晒されるだろう。確認を要する時に、その動きを制限される事の何ともどかしいことか………しかして何時迄もジッとしている訳にもいかない。演習の題目には制限時間も設けられているのだ。

 

(無音潜航でやり過ごしましょうか……。)

 

 と思ったその時──────ボ、ボボボ……!と海中を震わせる低音──────機関音……!?

 

 敵が動いた──────察知された!?……それはある意味では望んだ確信ではあったが、その「確信した」という事実以外はおよそ望んだものでは無かった。そしてこのままでは、潜水艦の絶対的な弱点であるバッフルズに敵が入り込み手も足も出ないままやられる事もまた確信する。

 

「機関全速、射線から離れろ……!」

 

『キカンゼンソクアイ……!(機関全速アイ……!)』 

 

 低出力の割に震える艤装、過剰に溢れ出す音。騒音を競い合ってるのかと思うほど喧しいそれらを駆使し、艦を回頭させる──────遅い。本来のアリコーンならもうとっくに回頭し終えて、反撃の姿勢を取れているところだろう。

 

 ──────と、自身の余りに緩慢な動きに気を取られていたせいで気付くのが遅れたが、敵潜水艦の動きが妙に感じた。具体的には、最初からこちらを指向したわけではなく、此方の機動に応じた動きをしているような…………そして、しまった!と顔を顰めた。

 

(……謀ったか!)

 

 敵は気付いていたのではない………こちらを誘き出す為わざと無音潜航せず機関を回し続けていたのか──────そして、今まさにその餌に食いついてしまい、まんまと的に自分の位置を知らせる事になってしまった!

 

 静止状態から動いたアリコーンと違い、向こうは最初からある程度速度が出る状態から機動している──────アリコーンは自身の不利と失態を悟る。

 

 舌打ちを堪え、アリコーンは次なる手──────だがその前に聞こえたのは、抑制されたソナーマン妖精さんの絶叫──────

 

『テキセンスイカンヨリギョライオン……!(敵潜水艦より魚雷音……!)』

 

 アリコーンも聴いた。発射官への注水音の直後、矢継ぎ早に打ち出された魚雷のドボン……!という響き。

 

 潜水艦演習用の魚雷には、実戦と変わらぬ状況を作り出す為に弾頭以外はほぼ実戦用の物と同等のスペックを発揮するものが使われている。最大の違いは弾頭──────炸薬があるべきところには圧縮空気が充填され、これが発泡する事で生じる水圧の変化をセンサーが読み取り「直撃」とか「至近弾」を判別する──────ちなみに当たると痛い──────つまり実戦のつもりで躱さないと確実に痛い目をみる。

 

 それにしても発射が速い──────恐らくは回頭しざまの発射。こんなに速く撃ってくるのは、既に速度がかなり出ているに違いなかった。

 

 放射状に3本──────水平方向に逃げ道はなかった──────だが潜水艦は水平方向以外の機動を可能とする。

 

「メインタンクブロー、舵上げ一杯!両舷前進最大船速!」

 

 ゴロゴロゴロゴロ………!と、誘導電磁推進とポンプジェットスクリュープロペラの併用だったアリコーンには慣れていない、スクリューと電動機軸の喧しい回転音が高鳴り、次いで海水とともに排出された空気がボコボコと破裂しながらアリコーンの肢体と共に上昇してゆく。その足下で、仕留めるべき敵を失った魚雷が航過する。

 

 騒音にも等しいこれらだったが、魚雷は躱した──────そして次なる一手。

 

「魚雷一番、注水。」

 

『イチバン、チュウスイヨシ。(一番、注水よし。)』

 

「撃て!……続いて二番注水。」

 

 右手に抱えた艤装が、ドスン!という鈍い響きと反動を放つ。

 

「続いて二番……撃て!」

 

 二度目の鳴動を経て放たれた魚雷の航走は順調にすすみ、そしてある地点で──────ボゴン……ボコン……!アリコーンの魚雷は二本とも何も無い場所で炸裂する。本物の弾頭の炸裂と比べれば細やかなものでしか無いが、それでも海中の音を掻き乱すには事足りる。

 

「トリム調整、下げ10。機関停止、惰性で進め。」

 

「テーシ!(停止!)」

 

 アリコーンの艤装は久方振りとも思える静けさを取り戻した。そのまま、慣性の為すがままに舵と海流だけで艦を深くへと導いてゆく。敵魚雷を躱す流れで上昇と下降を繰り返し、敵潜水艦に忍び寄る──────そしてその一連の流れを、魚雷の炸裂が隠している筈だった。

 

 敵潜水艦の居場所は、概ね検討が付いている。敵が放った三本の魚雷こそがそのヒントだった。やや放射状に放たれた魚雷の針路、その交点こそが発射点──────即ち敵潜水艦という事にほかならない。

 

 まとめて何本も撃ったのは間違いだったな……!逸る訳ではなかったが、アリコーンは心中やや浮ついていた。彼女自身、それを自覚するところではあっても、それを自戒しようとは思っていなかった。彼女にとって"これ"はあくまで戦場の高揚であって、狩るべき獲物を前にした捕食者の興奮だった。

 

 そして、まさに目的が達成されようとしている今、それを忌避する理由が何処にあろうか?否………彼女の中にはその理由は持ち得なかったし、"それ"を持ち得ていたら彼女(アリコーン)はアリコーン(彼女)として振る舞えないだろう。

 

「ソナー、敵は捉えた?」

 

『…ノイズガオオイ。(……水中雑音が多い。)スコシマッテクダサイ。(少し待ってください。)』

 

「よし……魚雷三番四番注水、発射に備えろ。続いてバラストタンク注水……!」

 

 ガボッガボ……魚雷発射管とタンクへの注水。これもまた海中が静けさを取り戻していないからこそ出来る事だった。そして──────そこからほぼ間を置かずして、水測士妖精さんからの報告。

 

『テキカンイチカクニン……ゴジホウコウ(敵艦位置確認……5時方向)。ソクド、シンロフメイ。(速度、進路不明。)』

 

「結構……!」  

 

 敵は後ろだが、此方のバッフルズには入っていない──────我ながら絶妙な位置関係!

 

「機関始動、面舵反転180度。発射管開けっ……!」

 

 静寂を突き破る機関の覚醒!ゆったりとした動きで、アリコーンの体が回り始める──────思えば本来アリコーンには魚雷発射管等の水中攻撃専用の装備が無く、この動作そのものの感触も彼女は知らないものであった──────それでもこうして攻撃に至るまでをそれなりにシームレスに行えたのは、彼女の並ならぬ才覚と努力の結果だった。

 

 そして──────結果は新たなる成果と結果を約束する筈だった。

 

 ドスン……ドスン……!

 

「……!?」

 

 聞こえたのは、圧縮空気が魚雷を弾き出した音──────勿論アリコーンではない。では……!?

 

「…………機関全速、取り舵いっぱい!」

 

 驚愕と動揺が先走り、回避動作が遅れる。そしてその措置も完璧とは言い難かった──────そしてアリコーン自身もその事に気付いたと同時に、手遅れであることもまた悟った。

 

 視界の及ばない暗色のベールの向こうから、忍び寄る死神の足音の如くに機関音を轟かせる魚雷──────そして闇を突き破り彼女の目前に姿を現した弾頭が、充填された圧縮空気を炸裂させた。

 

 

 〜〜〜〜〜

 

 

 演習海域 埠頭

 

 

「痛……。」

 

 額に「✕」字の湿布を貼られたアリコーンがボヤく。そこに、バインダーに何事かを書き留めている人影が立ち寄った。練習潜水艦娘となったフオイだ。今回の演習の監督役でもある。

 

「大丈夫っすか?」

「身体的にイエスかノーかで言えば、イエス………ですが。」

「……ですが?」

「精神的にはノー。」

 

「えぇ?」

 

 はぁ~あ、とアリコーンはらしくもないため息を吐く。フオイにはこの姿が珍しくもあり不思議でもあった。

 

「健闘してたじゃ無いっすか。」

「負けたのよ。」

「そりゃぁ、そうッスけど……」

 

 敗北がよほどショックだったらしい──────今回の敗因。アリコーンが元々攻撃型の潜水艦娘でないとか、彼女が艤装の性能を熟知していなかったとか、若干ブランクがあったとか、最後の魚雷回避の手を違えたとか、上げれば幾らでもあったが、それ以前に彼女が根本的に理解していない部分が大きいとフオイは踏んでいた。

 

 まぁ事後の反省会も兼ねて、此処で全部話したほうがアリコーンもスッキリするだろうと思ったフオイは、首元にぶら下げていたトランシーバーを弄る。

 

「フレイ、今来れるか〜あ?送れ。」

『────了解すぐ行く、オーバ。』

「彼女を呼んでどうするの?」

「早目のデブリーフィングっすよ。」

 

「……?」

 

 ややすると、アリコーン達の居座る所に上下セパレートの水着をパーカーで着隠した薄灰色の髪の艦娘がやって来る──────彼女こそが"現在"の伊201──────今回のアリコーンの演習相手だった。

 

「あ……今回はお疲れ様です。」

「いえ、こちらこそ……。」

 

 お互い目を合わせて軽く会釈する。アリコーンの方が二回り以上も恵体だったのもあって、フオイには少しアンバランスな光景にも思えた。格好が微妙に似ている(・・・・)のもそう思わせるのを助けた。現在アリコーンは艤装の修理が完了していない事から、既存の潜水艦娘用の演習装備を改造して使用している。アリコーンの大柄故、当然サイズ的に適当な物が全くなく、辛うじて腰回りと胸回りが匹敵する──────と思われた──────伊19用の艤装をセパレートタイプに改造し、流用する運びとなった。……当然不可逆的な改造となるため一部の妖精さんが反発し散々暴れ倒した後失神するという一幕も演じられたが、辛うじてアリコーンの着用に耐えうる物が用意されたのだった。

 

「似たようなセパレートタイプの水着」を着込んだ「全く体格の異なる者同士」が「お互い腰を低くしている光景」が、フオイには少し面白可笑しく見えたのだった。

 

「で……フオイ、ちょっと。私も少し聞きたいことがあるのだけど。」

「何?」

「あのアリコーンって人……ホントに素人?相当危なかったんだけれど?」

「ああ……。」

 

 フレイの言った"素人"とは、今回の演習が始まる前にアリコーン自身が口にした言葉である。「魚雷のない潜水艦だった故、皆さんと比べれば素人だ」と──────だが今回の演習結果を見て、その言葉を額縁通りに受け取れるものは存在しない。フレイもその例に漏れなかった。

 

「あれで素人名乗っていいなら、私だって素人名乗るけど。」

「姐さんはホントに襲撃戦とかは素人なんだよ……話したら長くなるから、後でな。」

「まぁ、いいけど………で、貴女の用件は?」

「今回の反省会だな!」

 

 そう言ってフオイはフレイとアリコーンを巻き込んだ早めのデブリーフィングを始める。

 

「それで、今回私はなんで最後に出遅れたのかしら?タイミングは遅くなかったはずだけれど……。」

「あれは、実は結構単純な話なんスよ。」

「私の魚雷を躱した後、アリコーンさんは魚雷を撃って自爆させ、行方をくらませましたよね。」

「えぇ、確かにそうしました。」

「そこから問題が見えてくるっス。」

 

 フオイが手にしたバインダーを置く。そこには今回の演習の詳報が連なっていて、そこへ更に手書きで何事かを書き加えてゆく。

 

「此処で舵上げ、自爆のタイミングで注水と潜航──────ここまでは良いんすよ。」

「ふむ……?」

「一番良くなかったのがここ………フレイに魚雷を撃つ瞬間。機関回して舵を切ってる。これが直接の敗因っスね。」

「そうね……この切り返しが無かったら私も魚雷が間に合わなかったと思うな。」

 

 カツカツと爪でフオイが叩いたのは、本当にアリコーンの敗北が決定的になる寸前──────フレイに向けて魚雷を放つための運動をしている所だった。

 

 これにはアリコーンも言葉を上げざるを得ない。

 

「ちょ……ちょっと待って、ここで動かなきゃ魚雷を当てられないでしょう……!?」

「チッチッチ……姐さん、私達は「艦娘」、っスよ?」

「船には出来ないことが、私たちには出来る。」

「……?」

 

 イマイチ要領を得ない2人の言葉に、さすがのアリコーンも眉を困らせる。

 

「つまり───」

「───こう。」

 

 フオイとフレイがスッと立ち上がりアリコーンの前で「答え」を見せてくれた。即ち──────いや……んん?アリコーンは眉も口も目も困った。

 

「それだけ?」

 

 2人がしたのは、腰から上半身を回旋させ後ろに向けるという、ストレッチでやりそうな程度の単純な動きであった。余りに単調すぎて、アリコーンも普段の口調を忘れる。

 

「私はこうやって打ちましたよ。」

 

 アリコーンに向き直ったフレイが、今度は艤装を手にして、同じように腰から上半身を回してみせる。それを見せられ、アリコーンはハッとして手で額を打った。

 

「こんな単純なことに気付かないなんて……。」

「姐さんは、私らと違って艦娘になってから日が浅いっぽいし、なんか昔の軍艦時代の記憶も私はより鮮明っぽいし、以外とこういうのって気付きにくいっスよね〜。」

「着任は私の方が浅いでしょ。」

「姐さんは色々ちょっと違うの!」

「フーン。」

 

 アリコーンは、船としての動きに拘り過ぎたのだ。ヒト型なら、関節を使ったその場の動きで様々な状況に対応できる。先の天号作戦で軽巡洋艦 天龍が跳躍で魚雷を躱し、寿号作戦で瑞鶴が飛行甲板を盾にしたように。そしてアリコーン自身も、左側の艤装と腕を喪った際、残った右半身を駆使していた。

 

 そうした所の意識であるとか、身体の使い方をアリコーンは、まだまだ知る必要があったのだ。

 

「まだまだ、未熟ですねぇ……。」

 

 圧倒的な力を持っていても、まかり間違って条件が違えばそんな物は、無いも同然となってしまう。アリコーンは怪物ではなく艦娘となる為に、それを学び、取り入れなくてはならない。

 

 演習の最中も、そして今も、それをまざまざと思い知らされた気がする。アリコーンは海に濡れた絹のような短い髪を整え、フオイを見上げた。

 

「これからもご指導ご鞭撻、よろしくお願いしますよ、先生。」

 

「せっ……先生なんてそんなぁ〜、いや!確かに今の私はそういう立場だし……やっぱ私ぁ、先生……ってコト!?」

 

 いや~、とか、えぇ〜?とかくねくねしながら言っているフオイを、まあまあ冷めた目で見ているのはもはやフレイだけではなかった。

 

「フオイは懲罰で今の身分なんだから勘違いしちゃ駄目よ。」

「そうでち。調子に乗んなでち。」

「またやらかすと此方も面倒ですから。」

「そうなのね!イクの予備使ってるんだから、ちゃんとして欲しいのね!」

 

 途中で席を外したフレイと、中々戻ってこないアリコーンとフオイの様子を見に来た他の潜水艦娘達だった。伊168(イムヤ)、伊58(ゴーヤ)、伊8(ハチ)、伊19(イク)の面々………それぞれ口々にフオイへと結構な罵倒を飛ばしてくる。

 

「ちゃんとやってるし!てか、予備使ってんのは、私じゃねぇだろぉ!?」

 

 やいのやいの。

 

 フオイの立場がかわり、フレイという後任が現れても、皆がフオイに対する態度を変えていないのは、フオイにとってもアリコーンにとっても嬉しかった。

 

 ………ならば、自分も、そうあるべきであろうか?

 

 艤装の優位性に溺れ奢っていた頃の自分を卑下するのは、もしかしたら彼女の自虐的な反省意識でしかなく、実りもなく意義もない、つまらない考え方なのかもしれない。この世界にいた古人曰く「過ちて改めざる是を過ち」という。そしてきっと、その「改め」も真の意味で改め無ければ、また過ちなのだろう──────先刻までの自分の様な。

 

 それを理解した時、今回の演習で受けた敗北を、本当の意味で、ほして少し晴れやかな感触を覚えて受け入れられた様な気がするアリコーンだった。

 

 

 〜〜〜〜〜

 

 

 

 鎮守府内 

 

 艦娘寮兼司令部施設 1階 

 

 

 既に陽は傾き、眠そうな橙色の布団を被ろうとしていて、それに照らされた海面が陽と同じ色の煌めきを伴って同じ様に夜の眠りへ落ちようとしている。

 

 その景色を見ているのは、今日の課業諸々を終えて──────未だ完全に自由の身では無い事も相まって──────手持ち無沙汰となっていたアリコーンだけではなかった。

 

「ハロー!」

「金剛さん。」

 

 左手の薬指を日の光と同じ輪で飾られた戦艦艦娘 金剛は、持ち前の溌剌とした笑顔と口調を伴ってアリコーンへ歩み寄ってきた。

 

「今日のタスクは、もう終わりデス?」

「いやぁ、今日も散々でした。」

 

 そう言う割には、中々悪くない顔をしているように感じた金剛。「空母打撃群に匹敵する」と言い切られるほどの艤装の性能と、曰く付きの力を宿した砲弾を扱える彼女は、これまで戦線を共にした仲であっても、少し距離を置いた感があるものだったが──────この所、少しとっつきやすくなった様に思えた。それを踏まえて「フーン?」とだけ言って、彼女の軽い要件を切り出した。

 

「最近、タナガーはどうデースカ?」

「あぁ、あいつ……。」

 

 一瞬、「ミ゛ュッ」と眉間に皺を寄せたアリコーン──────金剛はそれに一瞬驚いたがしかし、次の瞬間は晴れやかな顔に戻っていた…………アリコーンは少し尖らせた口を開く。

 

「あいつは、いまハワイにいるそうです。米国からの猛プッシュがあったとか………。」

「ワォ。ハワイ……!」

 

 戦艦艦娘 タナガー。マティアス・トーレスがアリコーンの他に艦長を務めた「前世界」の大型戦艦──────その姿形は「この世界」のアイオワ級戦艦に近似していて、タナガー自身もミサイル兵装や一部の電子兵装を除いて戦艦としての性能はアイオワ級戦艦艦娘に近い。その性能と、寿号作戦で有力な戦艦艦娘 ニュージャージーを喪失した事による太平洋域での火力投射能力の低下を憂慮した米海軍がタナガーの米国派遣を強く要望したのだ。

 

 当然だがタナガーは戦艦として優秀なだけでなく、そのミサイル兵装を始めとした現有の艦娘戦力を大きく引き離す装備を持っていたことから、日本側も最初は難色を示したものだったが米国側がゴネにゴネた結果、いくつかの交換条件の下タナガーの米海軍への引き渡しが決まったのだった。

 

 最近の事だったので、金剛も知らなかった訳である。彼女としては演習とはいえタイマンでやり合った相手と今少し親睦でも深めたいと思っていたのだが…………彼女の預かり知らぬところではあるが、タナガーは最初は嫌がったがマティアスに「俺の艦長を務めた艦がどれほどのものか、見せてやってくれ」と肩を押されて──────言いくるめられて?──────まぁまぁ乗り気で海を渡ったのだ。

 

「アイオワさんが面倒を見てくれてるみたいで、向こうで良くやってる様ですよ。あいつも、そこそこやるみたいですからね。」

「ンー、じゃあ安心デスね!」

「元々あいつの心配なんてしませんよ。」

 

 苦笑して言うアリコーン。実際ライバル(・・・・)が居なくなってラッキー、くらいにしか思っていなかったし、そんな程度で根を上げる様な奴の艦長職にマティアス・トーレスが就いていたなんて言うのは彼女にとっても良い話ではないのだ。それに──────何よりアリコーン自身が気付いてないかもしれないが、彼女が誰かを「あいつ」なんて呼ぶのは、少なくとも金剛は初めて聞く事だ。

 

 同じ世界から来たもの同士、アリコーンもタナガーに対して悪い気ばかり抱いていた訳ではないのだろう。  

 

「今日は良い話聞けたネ!また今度……See you!」

 

 たったッと駆け足で廊下を抜け、そのまま突き当たりの階段に差し掛かるやダッシュで登っていた金剛の背にヒラヒラと手を振って応えるアリコーン。

 

(心配……か。)

 

「まぁ、あいつが楚々をして、艦長の、名前にキズが付くのだけは、ちょっぴり心配ですかね────」

 

 そう独り言ちるアリコーンの口元に、微かな笑みが浮かんでいたのは、彼女自身気も付かない事だった。

 

 

 

 しばらくして、用事がないわけではないが、かと言って急ぎの用でもない事から暫し呆けて、止まったままの時間を過ごしていたアリコーンだが、彼女の背後から望む声が掛かった事で、止まった時間が勢い付けて動き出した。

 

「どうした?……何をしている?」

「艦長……!」

 

 声のかけられた方には、その声の確信通りにマティアス・トーレスがいた。手元の書類とタブレット端末を見る限り、おそらくは彼も今の今までそれらとにらめっこをしていたのだろう。

 

「少し、ゆっくりしてだけです。」

「そうか。暫く忙しいであろうから、落ち着ける時に休んでおくのは良いな。」

 

「はい……お部屋までご一緒しても……?」

「構わん。」  

 

 歩き出すふたり………マティアスから一歩下がって歩くアリコーンがチラと彼の広い背を見る。かつては「大佐」までの階級章しか付けられなかった彼だったが、今は「少将」の階級章が肩で存在感を放っている。

 

 そして、彼はその階級と同時に何処か聞き馴染みのある部隊の指揮官を拝命していた──────「長距離戦略・火力投射群」というのがその名前で、その目的をよく示している。従来から構想され、だが実現不可能だった、深海棲艦策源地への積極攻勢──────その第一歩として、この部隊が組織される。

 

 具体的には、深海棲艦の勢力圏で発生する空海域一帯の赤化現象──────俗に赤い海(レッドライン)と呼称される──────が発生する海域まで進出可能で、かつ、そこから深海棲艦の策源たる進入不可能領域(イベント・ホライズン)へ攻撃可能な長距離の火力投射能力を持つ艦娘を編成するものだった。

 

 しかし、これには大きな問題がある。それ(・・)が達成可能な艦娘は、アリコーンただひとりという点だ。マティアスもそれを認知していて、その事を上申したのだが、どうも上には別の考えがあるようだった。

 

「……そう言えば今回の部隊新設の件だが、アリコーン。お前は何か聞いたか?」

「いえ、私は何も……。」

「まぁ、そうだな。俺を飛び越えてお前に話が行く訳が無かったか。」

「例の長距離巡航管制機とやらも、関わるのでしょうか?」

「どうかな……。」

 

 外の海を眺めながら、マティアスは続けた。

 

「部隊の発想は分かる。アリコーンという既存の戦術の枠組みに入れられない艦は、それに合致した戦術を新たに作り出した方が良い。ホコリを被っているよりはな。………だがそこに1隻しか入れ無いとなると、負担が集中してかなわん。貴様には、また無理をされては困るからな……。」

 

 恐らくはラーン艦隊を引き合いに出しての言葉だった。アリコーンが文字通りホコリを被るような状態にあった時を思えば──────この敵策源への攻撃も、発想自体は旧い。寿号作戦で米艦隊が行なった艦娘艦隊の空挺投入も、元を辿ればこの発想に行き着く。

 

「───私は、大丈夫です。以前ならいざ知らず、今は違います。学ぶべきことを学びました。」

 

「……!」

 

 マティアスにあらぬ心配をかけまい、という心胆が働いた結果発露した言葉だったが、その実は本心でもあった。マティアスは少し驚いた様にアリコーンへ振り返ったが、そのすぐ後には破顔していた。

 

「……良い表情(かお)をする様になったな。」

「!」

「俺も少し、部下を信頼する癖を付けねば。」

「……。」

 

 そう言って彼が直ぐに前へ向き直ったのはまったくの僥倖であった………そうでなくては、彼女は耳まで真っ赤にした自身の火照りを、陽の光だけでは誤魔化せなかっただろうから──────

 

 

 そうして、やはりマティアスの少し後ろを歩いていると、目的の部屋──────マティアス"少将"に宛行われた提督室──────に着いたのだが。

 

「ん?」「んん?」

 

「え?」「あ。」

 

 四者四様。の疑問形がそのまま呼吸のように口から出た音。

 

 マティアスとアリコーンより前に、二人の見知らぬ女性が提督室の前に突っ立っていた。

 

「ほら、誰か来たよ。やっぱここじゃないんじゃないの。」「可笑しいね、ここで間違い無い筈なんだが。」

 

「あの。」

 

「慣れない場所で"二人で大丈夫です〜"なんて、強がるから。」「強がってなんか無いだろう、人聞きの悪い……!」

 

「もし、そこのお二方。」

 

「開き直って聞いたほうがいいよ。姉さんが。」「なんで私だよ!」

 

「そこの二人〜〜!?」

 

「「わっ!」」

 

 アリコーンが大きく声を出すと二人は挙(こぞ)ったように肩を驚かせた。相当身長差のある二人………方や、霜をそのまま模った様な美しい長髪に、アクセントの様な鮮やかなオレンジ色の前髪が靡いている長身のやや吊り目がちな、オッドアイを持った女性。方や、朝焼けの黄金色を湛えた髪を腰まで伸ばし、それを折り返して後頭部で結んで、更にそこで折り返して背中の中程まで伸ばしている、背の低い垂れ眉の温厚そうな少女。アメシストの様な透き通った眼をしてるいるが、よく見れば彼女も微妙に左右の目の色に違いがある。

 

「何か、お探しかな?」

「部屋を探してまして……。」

「部屋?」

 

 そう言って少女が差し出した紙を見る。この建物の簡単な見取り図と、もう一枚………それは「長距離戦略・火力投射群 宛」の書簡であった。これは……!

 

「これは……確かに此処で合っているが……。」

 

「ほらやっぱり!言っただろう、ええ?」

「ムゥ。」

 

 ペし、と自慢げな顔で傍らの女性を所管で叩く少女。その光景に若干の違和感を見出した2人に気付いて、女性の方が少女の肩を持ってニヤッと歯を見せながら話し始めた。

 

「ああ、間違える前に一応言っときますと、こっちが姉で、あたしが妹。どうぞ宜しく。」

「手を離せ……お節介だぞ。」

「間違えられると怒るじゃん。」

「それとこれは話が別!」

 

 やいやい言い合う2人だったが仲は悪くなさそうだ。背の低い姉と背の高い妹………まぁそう言うのもあってもいいだろう。この2人の場合、体格が大人と子供くらいの差があるが──────それよりマティアスには聞きたいことが。

 

「その書類は、どこで?」

 

「どこでって……今日付けで此処に配置だと。」

「この部屋に行けば責任者に会える、と提督さんが。」

 

「「………!?」」

 

 これは……どう言う事なのだ?

 

 おそらく口ぶりからしてこの2人は艦娘。部隊に艦娘が増えることは願ってもないことだが、部隊の特殊性からしてアリコーン以外に実行不可能だ。この2人は、いったい何なのか?………疑問が解決しないうちに、金髪の少女が口を開く。

 

「ところで、アリコーンという人がいると聞いたんですが……。」

「私ですが……。」

 

 そう言って眼を合わせた瞬間、少女の顔が露骨に渋くなっていくのが分かった。

 

「……。」

「え?」

「おい、どうなってんだ。お前よりデカいぞ。」

「ま、まあまあ、そういう事もあるって。」

「あるか!"新しい妹です"つって初めましてしたら元々デカい妹よりデカイって!私の姉としての威厳!」

「無いじゃん、そんなの。」

「あるわ!」

 

「あの!」

 

 さっきから会話のキャッチボールが向こうでしか成立していない。此方に投げかけられそうな言葉は有っても、大抵意味が理解できずにデッドボールになっている。

 

「さっきから何を仰ってるとか……私は独り身ですが……。」

 

 アリコーンは自分を2人を指差して言う。そう、アリコーンは紛れもなく独り身。この世界においては勿論のこと、「前世界」でもアリコーン級に同型艦はいなかったし、よしんば建造されていたとしても自分が「妹」はあり得ない。

 

「いや、確かにアリコーンは"私達"の妹だよ。」

「そういや自己紹介まだじゃない?」

「確かにそうか。」

 

 言って2人は、アリコーンに正対する。その時、アリコーンは確かに感じた──────不思議な感覚。この2人は、どこか私に似ている……?顔の作り。表情のどこかから感じる不敵さ。腰まで伸びたツーサイドアップからセミロング程度のウルフカットに様変わりした今だと、髪の癖のつき方にも親近感を覚えた。

 

 そして、「妹」と言う単語に、彼女の脳が一瞬フラッシュする。アリコーン級、即ちプロイェクト・アリコーンには前進となる艦級が存在した(・・・・・・・・・・・・)………!

 

 そして、これまで感じた数々の違和感がピースを当てはめる様に、全てが組み上がってゆく。

 

 自分の艤装の修理が突然急ピッチで進み始めた理由。

 

 マリアナに接近した深海棲艦を襲った悲劇。

 

 有力な戦艦タナガーを条件付きとはいえ米国に引き渡せた理由。

 

 そして。長距離戦略・火力投射群という一見いびつな部隊が編成された、その真意……!

 

「まさか……!」

 

 アリコーンはもとより、マティアスもまた、その事実に気付き、目を驚かせていた。

 

「まず私から……」

 

 一歩前に出た金髪の少女──────否、その緩やかに見えた顔からは、刃の如き切立った本性が隠されていた。

 

「シンファクシ級潜水空母一番艦、シンファクシ。只今を持って着任……どうぞ宜しく。」

 

「同じく二番艦リムファクシだ。姉共々、よろしく頼む。」

 

 一拍置いて、少し自慢げに、或いは子供相手に大人げない物言いをする様な口調で、少女──────シンファクシは言った。

 

 

 

「どうだ?君の姉だろ?」




エンドロールがあったらBGMに「Scinfaxi」か「Hrímfaxi」を流したいな〜と思いながら、このラストを考えてました。

色々グダったり、あるいはスランプで長く持たせてしまいましたが、これまでの6年と少し、読んでくださって本当にありがとう御座いました!

じつは、自作長編小説初の完結となります!寄り道が多くなった拙作でしたが、その分やりたいことは全部やったので悔いなく終われます!それもこれも実際に読んでくださって、評価をつけてくださり、そして分かる形で感想を書いてくれた皆様のお陰でもあります!本当にありがとうございます!

自分の様なニワカがこんなに評価されたのも驚きですし、アリコーンのキャラを気に入って下さった人が沢山いてくれて、これらを作って本当に良かったと思います。お陰で出来た縁も、経験も永く大切にして生きたく思います。

これでも結構書き足りませんが、今回(9/29)は一旦この辺りで……では、ユージアの空でお会いしましょう!

或いは、また何処かで!!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

はーい、マユで~す! でもごめんなさい、いまマユは生体CPUになってるのでお話しできません(作者:何を書けばいいんだ)(原作:ガンダム)

CE71年、大西洋連合が実施したオーブ解放作戦によって発生した激しい戦闘の最中、マユ・アスカは流れ弾によって吹き飛ばされ絶命したかに思えた。▼だが彼女は死んでいなかった、瀕死の重傷を負いつつも生き残った彼女はブルーコスモスによって加工され、生体CPUメリー・ゴーランドとして生まれ変わったのだ。▼しかし、過去の記憶を抹消された彼女の脳内にはなぜかガンダムSEE…


総合評価:10174/評価:8.68/完結:32話/更新日時:2026年07月07日(火) 12:07 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>