不格好でも飛びたい 作:かささー
「初心者でも入部できますか?」
体育館から音が消えた。先輩たちが黙り込んでしまったから。俺が思いつく限りの懸念事項を尋ねた途端こうなってしまった。
静まり返った体育館で聞こえるのはグラウンドで声を上げる運動部の声とか風が吹く音だけ。唾を飲み込んだ音がやけに大きく聞こえる。きっと初心者というのは何処だろうと持て余してしまうのだろう。やはり無理があったか。これ以上空気を悪くさせる前に立ち去ろうと決めた。
「あのごめんなさい。さっきのは忘れて」
「あーちがうそうじゃないんだ!」
さっきのは忘れてください、ご迷惑をおかけしました。そう謝って立ち去ろうとしたら菅原先輩に引き止められた。心なしか結構焦ってる。
「すまん星野。実はさっき来てた入部希望者が結構できる奴でな? だから俺ら新入りはみんな経験者だって思い込んじゃって」
なるほど?
「実際経験者のみ募集、なんて呼び込みはしてないからな。という訳で俺たちは星野がバレー初心者でも入部を歓迎する……んだが」
そこまで言って、澤村先輩は言葉を濁した。もしかして初心者という問題以外にも、基準に引っかかってしまっているのだろうか。
「因みになんだけど、星野はバレーボールどれくらいやったことある? 例えば体育とかで」
「体育とかは……授業でちょっとだけ。それが毎年です。遊ぶときとかは殆どやったことありませんけど……」
菅原先輩からの問いに答える。バレーボールに全く触ったことはない、なんて訳ではないって事を正直に伝えたけれど、果たしてこれの意味は一体。
「そんだけのバレー歴でお前はやっていけるのかァ?」
「コラ田中!」
「バレーを頑張る覚悟があるのかァ!!?」
田中先輩の怒鳴り声が鳴り響く。いや、ただ怒鳴っているだけじゃない。威嚇してくるその目はまるで、俺を試しているかのようだ。
澤村先輩が一歩踏み出して言う。
「あー、まぁ田中の言う通りだな。俺たちはただ楽しみたいからバレーしてる訳じゃない。試合で勝ちたくて練習してる。だから俺たちなりに厳しくやってるし、練習もそれなりにハードだと思う。初心者も歓迎って言葉に嘘はないけど、そこは曲げるつもりもない」
ああそうか、浅はかだった。初心者がやりたいってだけで入って、やっぱ辛いから辞めまーす。先輩たちはそれを危惧しているんだ。確かにそれは迷惑極まりない。俺がその立場ならキレそう。最悪怒鳴りつけるかもしれないな。
「だから取り敢えず仮入部はどうだろうって思ってさ」
「そうだな。俺も何日か見学して雰囲気を見たりしてから入部するか決めるのでも遅くないって思うぞ」
菅原先輩も同意見なようで澤村先輩に続く。
さらに、もちろんバレー自体についても丁寧に教えてくれると補足してくれた。
初対面なだけの俺に、この人達はここまで丁寧に接してくれている。そこに部員獲得のためっていう下心はほぼ無いのがわかる。真剣に俺のことを考えてくれているんだ。
ならば、俺も相応に答えなければならないだろう。
「わかりました。では仮入部からって形でよろしくお願いします! あと、そこまで考えていただいてありがとうございました」
仮入部として参加することを澤村先輩と菅原先輩に伝える。そして俺は田中先輩に向き合った。
「ありがとうございました!」
「ん? お、おう?」
「
田中先輩が覚悟を問いただしてくれなかったら、俺はなあなあなまま参加していたかもしれない。結果論だとしても、ただのきっかけだとしても俺は田中先輩のおかげで大事なことに気づくことができた。感謝の言葉とともに頭を下げる。
しかしいくら待っても田中先輩から反応がない。不思議に思い顔を上げると、衝撃を受けたかのように先輩が仰け反っていた。
「あの、田中せんぱ」
「————そうだろうそうだろう! なんたって俺は『先輩』だからな! 後輩に正しい道を指し示してやるのが『先輩』なのだ! はっはっはーー!」
突然元気になった。しかもやたらと先輩を強調している。
「コイツ、ただ先輩って呼ばれて嬉しがってるだけだから。放っといていいぞ」
呆れた様子の菅原先輩が耳打ちしてくれる。まぁ不快になっていないなら良かった……かな?
因みに田中先輩が落ち着くまで、少なくとも5分はかかった。
◆ ◆ ◆
取り敢えず今日のところは部活の見学をする事になった。着替えは持っていなかったが、制服のままでもやれる範囲でバレーボールについても体験させてもらえるらしい。とても楽しみだ。
「次、スパイク練習! 声出してけよ!」
「「あーっす!!」」
主将の掛け声が体育館に響く。それに応える部員たちの声も大きく、部活全体にとても活気があった。
「————の」
体育以外でバレーボールなんて初めて見たが、なんて言うかこう、すごい迫力だ。ボールをレシーブした時の音、スパイクを叩きつけた時の音、シューズが床に擦れる音。全てが新鮮で、なんて言うか心地よくて、格好良かった。
「———しの」
俺もいつか、あんな風になれるだろうか。
「星野!」
「は、はひ! すみませんなんでしょう!」
気がついたら目の前に菅原先輩がいて、ビックリして変な声が出た。
「いや、いくら呼んでも反応なかったし、ボーッとしてるように見えたからさ」
「ああすみません!」
「ああいや、怒ってるとかじゃないよ。ただ少し時間あるからバレーボール触ってみないかって思ってさ」
「——ッ! 是非。よろしくお願いします」
バレーボールを掲げて、やってみないかという菅原先輩の提案に俺は飛びついた。さっきまで見学させて貰っていたので、イメージは何となくできた。そしてそれ以上にモチベーションが最高潮だ。早くやってみたいと体が疼く。
先輩に続いてコートに入ると、練習中だった他の先輩方はドリンクやタオルを片手に隅の方で待機している事に気がついた。その様子を見るに多分今は休憩の時間なのだろう。にも関わらず俺のために動いてくれている。ホント、この人達には頭が下がる一方だ。
「あの菅原先輩!」
「ん?」
「ありがとうございます!」
「? ああ、良いって良いって! それよりホラ」
そう言って菅原先輩はバレーボールを手に構え、投げた。
「じゃあこれ終わったら対人パスね。俺がボールを上げるから、レシーブして返してくれ。オーバーとかアンダーかは自由にして良いし、万が一吹っ飛ばしても頼れる田中先輩が拾ってくれる」
「もちろんっすよ! この田中先輩に任せておけば」
「そういう訳で、遠慮なく自由にやってくれ」
「わかりました!」
バレーボールでキャッチボールをしながら説明を受ける。因みにこのキャッチボールは肩を温めるアップなのだそうだ。そういえば今までの体育のバレーはバレーボールを使うっていう所に重きを置いていたから、それっぽい事をしただけでこういう本格的なことには一切触れられなかったな。
知らないことがいっぱいだ。
「じゃあいくぞー」
キャッチボールで十分にアップした後、菅原先輩の合図とともにパスが来る。ふわっと上がったボールの着地点に両手を揃えた。見よう見まねのアンダーバンドパスで返す。
「おぉ! 結構イイ感じじゃん!」
ボールは左右にブレながら、菅原先輩の横2,3メートルのあたりに打ち上がった。見るまでもなく下手くそなパスだがそれは初心者から見ればの話。バレー部の先輩からはお世辞か事実か分からないが、イイ感じの評価を頂いた。
「そら、もう一回!」
素早くフォローに回って貰った菅原先輩から、もう一度高くボールが上がる。今度は先輩を真似てオーバーで返した。ヒョロヒョロ玉がなんとか先輩に返った。
「全然上手いじゃん! ホントに初心者か?」
「正真正銘、初心者、ですよ! うげっ!」
何度か続いたパスだったが、会話で集中が途切れて俺が吹っ飛ばしてしまった。転がるボールを取ってくれたのは田中先輩だった。
「ホラよ。結構上手いじゃねぇか」
「あ、ありがとうございます!」
まだまだ手探りで不恰好だけど、褒められて嬉しくないわけがない。ニヤつくのを必死で抑えて、菅原先輩のところへ戻る。
「よっしゃ! 次はアタック行ってみるべ!」
こっちも自由にやってくれて構わないらしいので、取り敢えずさっきの練習のを真似てやってみることにした。
「いくぞー」
菅原先輩の手からボールが上げられる。さっきよりも高く、余裕を持って打てそうなボールだ。丁寧なパスに痺れつつ落下地点で構える。
利き手を顔の辺りまで持ち上げる。そんで落ちてくるボールに合わせてスイング——!
「あっ、やべ!」
しようとしたのだが、上手くタイミングが合わせられなかった。なんとか打ったものの、芯を捉えることができなかったボールはポヨーンと打ち上がった後、何回かバウンドして止まる。
やっぱり難しい。でも、それ以上にバレーボールが楽しい。もっと練習して、俺も先輩たちみたいにボールを操れるようになりたい!
「あれ、どうかしましたか?」
気づけば体育館が静まり返っていた。あれ、つい数時間前に見た光景だ。もしかしてまた何か至らないところがあったのか。
なんて思考がマイナスに働きだした時、菅原先輩が動きだした。けれどその顔は信じられないものを見た時のような表情で、こっちを指差す指もわなわなと震えていた。え、何。
「星野、今なんでそっちで……
なんで? いや、なんでも何も。
「なんでって、俺が左利きだから……ですけど」
また静かになった。と思った瞬間、先輩たちの雄叫びが響き渡った。
「「「うぉぉぉぉーー! 左利きィィーー!?」」」
え、なに? 一体なにごとっ!?