不格好でも飛びたい 作:かささー
菅原先輩に上げてもらったパスを打ったら何故かバレー部の先輩方全員に驚かれた。イマイチ状況が飲み込めないのだが。
「オイ星野! お前左利きってマジかっ!?」
「いや、ここで嘘ついてどうするんですか!」
田中先輩が詰め寄ってくる。随分と食い気味だ。左利きっていうことのどこに食いついているのかがわからない。バレーボールにおいて左利きってだけでそんなに特別なのだろうか。
「田中少し落ち着け」
「あ、ウィス」
田中先輩からの圧に困っていたら、澤村先輩が助けてくれた。田中先輩の首根っこを掴んで静かにさせる。途端に田中先輩は蛇に睨まれたカエルの如く静かになった。
え、そこまでする? なんて思ったけど、周りの人は誰一人として気にしている様子がなかった。これが見慣れているのかもしれない。
やっぱり澤村先輩は怒らせてはいけないタイプだったらしい。肝に銘じておこう。
「すまんな星野」
「あ、いえ」
「さて、星野が左利きってことに驚いた訳なんだが」
ずっと気になっていたところを澤村先輩が説明してくれた。
「バレーボールにおいてサーブ、またはスパイクを打つ時は基本的にボールに回転がかかる。特に意識したりしない限りボールかかる回転はだいたい同じような感じになるんだ。でも、それは右手で打った場合だ」
「つまり、左手だと回転が変わるって事ですか?」
「そういう事。バレーボールはボールを持てない球技だから、ほんの少し変わるだけでも大きなズレになってしまうんだ。加えて左利きの選手も少ないからその練習も難しい。そういうわけで左利きっていうのは貴重で戦力になり得るんだ」
まぁポジションの適性とか他にも有利な点はあるけどな。
最後にそう付け加えてから、澤村先輩は練習の再開させた。
バレーボールにおいて左利きはそれだけで有利。今の話を纏めるとこういう事だろう。勿論それだけで勝てるようになるわけでも無いだろうし、何なら不利になる所だってあるかもしれない。けどそれ以上に、バレーボール初心者の俺でもバレー部に対して何か貢献できるかもしれない。練習の見学に戻ってからも、この予想が頭から離れなかった。
再び練習を見学し始めてからどれくらい経っただろうか。先輩たちのブロックフォローの練習(そう教えてもらった)を観ていたら、突然体育館の扉が開いた。
扉の音につられてそっちを見たら、白いジャージに身を包んだ女の人が立っていた。先生にしては若すぎるし、多分マネージャーだろう。
「潔子さん! お疲れ様です。荷物お持ちします」
なんて考えていたら、田中先輩がそこへ突撃。マネージャーさんが担いでいたバッグを代わりに運ばせて下さいとお願いした。ていうか田中先輩早すぎない? さっきまで練習してたじゃないですか。ブロックフォローちゃんと入れ! って澤村先輩に怒られてた気がするんですけど。
「いい。自分で持って行くから」
いや冷たい。なんていうか声色がとても冷たい。嫌っている…………はないにしても全く相手にしていないような。そんな風に感じさせる対応だ。
「潔子さん今日も美しいっす」
「…………」
「ガン無視興奮するっす!」
対応に全く動じずに褒めにかかった田中先輩をマネージャーさんは文字通りガン無視。流れが完璧すぎて怖いんですけど。そして無視されて喜びに震える田中先輩はさらに怖い。この人さっきまでカッコイイ系じゃなかった?
たまらない! っといった様子で自信を抱きしめる田中先輩を隠すように、菅原先輩が急いで扉を閉めた。最初に締め出された問題児くんでも居たのだろうか、オレンジ頭が見えた。ってあれ? オレンジ頭って俺にタックル喰らわせたオレンジくん? 彼そんなワルだったの? マジ?
「あの、君が仮入部の子?」
「は、はい。星野綾人です」
「そう。私はマネージャーの清水潔子。遅れてごめんなさい。早速だけどバレー部について説明するね」
「よろしくお願いします!」
「荷物置いてくるからちょっと待ってて」
体育館に入って真っ直ぐにこちらに来たマネージャさん————清水先輩にバレー部について教えてもらえる事になった。とてもありがたい。ていうか清水先輩美人すぎません? なんて言うか色気がすご「ほぉぉしぃぃのぉくぅぅん? チョットいいかな?」
悪寒が走った。地を這うような低い声を出したのは田中先輩。顔が凄いことになってる。
「ウチの潔子さんと何仲良さげに話してるんですかぁコラ。あんまチョーシ乗んじゃねーぞコラぁぁぁ!!!」
「ヒィィィィィ!」
近い近い近い怖い怖い怖いィィ!?
「コラコラやめろ田中。ただの業務連絡みたいなものだろ今のは」
菅原先輩が引き剥がしてくれたおかげで、どうにか平常心を取り戻すことができた。
本物のヤンキーでも逃げ出す。そんな確信が持てるほどさっきの田中先輩は怖かった。アレか、田中先輩は過激派のファンなのか。
「…………大丈夫なら、部活の説明を始めるよ」
そして何事も無かったような清水先輩。この人絶対メンタル強いよね。ガン無視対処とかさっきのスルーとか、結構難しいと思うんですけど…………。
◆ ◆ ◆
そこから先は清水先輩に部活の説明をしてもらいながら、練習を見学した。そして今は後片付けも終わって自由時間である。
「さて、取り敢えず教えれる分は教えたかな。どうだった星野、烏野高校のバレー部は」
「とても楽しそうって思いました。けどそれ以上に本気で取り組む姿勢が見えました」
初心者の俺にも分かるほど、この人達は本気だった。ただ楽しいだけじゃなく、ただキツイだけじゃない。勝ちたいという目標を本気で実現させようとするその姿勢はとても惹かれるものがあった。
「そうか。そう言ってもらえるとこっちも嬉しいよ」
「よくわかってるじゃねぇか星野。あいつらもコイツみたいにできたやつだったらなー」
「そういえばあいつらどうしたかな。流石にもう帰ったか?」
「あいつらに限ってそれは無いんじゃないっすか? それどころか『勝負して勝ったら入れてください!』とか言ってきそうじゃないすか?」
「あー、あり得るな。頭冷やしてちょこっと反省の色でも見せれば、それだけで良いんだけどな」
あいつら……? 問題起こしたらしいオレンジくんのことか? けどあいつ"ら"、か。
「あの澤村先輩。あいつらって……?」
「あぁ、それはだな————」
『『キャプテン!!』』
突然、澤村先輩を呼ぶ2人分の大きな声が飛んできた。ビックリして声の方向に視線をやると、そこには清水先輩が入ってきた外へと繋がる扉が。どうやら声の主はこの向こう側にいるらしい。先輩が開けた扉のその先には、案の定1年生ジャージを着たオレンジくんともう1人が居た。
「「勝負して下さい! 俺たちと先輩たちとで!
……せーの、ちゃんと協力して戦えるって証明します!!」」
堂々と、声高らかに彼らは宣言した。小さくせーのと呟いたのは俺はスルーするべきだろう。この件については部外者だし。
「なははっ! マジかコイツら!」
「せーのって聞こえたんだけど」
「でも俺、こういう奴ら嫌いじゃないっすよ」
「負けたら? 負けたらどうする」
「うぇっ!?」
「どんな罰も受けます」
田中先輩と菅原先輩が会話する傍らで、澤村先輩が問いかける。それに答えたのは黒髪の彼だった。
どんな罰も受ける。一見覚悟が決まっているように見えるが、俺にはどうも違うように見えてならなかった。
「ふぅん?」
澤村先輩も同じかどうかはわからないが、何か感じ取ったらしい。怪訝そうな声そのままで言葉を繋げた。
「丁度いいや。お前らの他に2人、入部予定の1年がいるんだ。そいつらと3対3で試合やってもらおうか」
「3対3ですか? 俺とコイツと、あと1人は」
澤村先輩、その入部予定の1年に俺は入っていませんよね? 俺まだ仮入部ですし。おいオレンジくん俺を見るな。
「田中当日、日向たちの方に入ってくれ」
「俺っすか!? それこそ星野でいいじゃないっすか」
「星野はまだ仮入部だろう」
「う゛」
あれ? 俺今田中先輩に売られた? もしかしてさっきの根に持ってます?
「お前コイツらのこと嫌いじゃないって言っていたじゃないか」
「関わるのは嫌っすよ」
「そうかー、問題児たちを牛耳れるのは田中くらいだと思ったんだけどなー仕方ない」
「…………フフフッ」
あ、喰いついた。
「しょうがねぇな! 俺がやってやるよ、ホラ嬉しいか?」
どうやら澤村先輩は田中先輩のやる気を的確に引き出したようだ。手のひらを返すかの如く急にやる気を出した田中先輩はその申し出を快く引き受けた。
「で、お前らが負けた時だけど、少なくとも俺ら3年がいる間は影山にセッターはやらせない」
「…………は?」
「それだけ、ですか?」
先輩が提示したペナルティに黒髪の彼が反応した。どうやら彼が影山くんのようだ。と言うことはその隣にいるオレンジくんが日向くんか。
「個人技で勝負挑んで負ける自己中なやつがセッターじゃチームが勝てないからな。どうした、別に入部を認めないって言っているわけじゃない。お前なら他のポジションでも余裕だろうに」
「俺はセッターです!!」
影山くんはペナルティ納得いかなかったようで声を荒げた。話を聞くに負けても入部は認めるがセッターというポジションは認めないということらしい。不満剥き出しに影山くんは先輩を睨みつける。
「勝てばいいだろ。自分1人の力で勝てると思ったから来たんだろ?」
「え!? 俺も、俺もいますよ!」
「お前ら、この田中先輩がヒャア!?」
「ゲームは土曜の午前。いいな!」
格好良く決めようとした田中先輩を引き込み、澤村先輩に合わせて扉を閉めた菅原先輩。流れるような完璧な動きだった。
「ごめんな星野変なとこ見せて。あいつらも入部希望の1年なんだけど…………」
「それは大丈夫ですけど。何かやらかしたんですか?」
「あぁうん、チョット色々あってな」
蚊帳の外だったけど、そもそも部外者だったからそこは気にしていない。けど菅原先輩が言葉を濁すほどのやらかし。一体何をしでかしたのだろうか。
「ていうか大地なんかあいつらにきつくね?」
「確かにいつもより厳しいっすね」
「なんか特別な理由でもあんの?」
長年一緒にやってきた菅原先輩達にも澤村先輩に違和感を感じたようだ。なんていうかちょっと強引な感じだったのが俺にも分かったし、結構らしくない事を先輩はしているようだった。
「お前らも去年のあいつらの試合見ただろ?」
「去年?」
「あぁ、俺ら去年のあいつらの試合見たんだ」
「なるほど」
なるほど、先輩たちは一方的だけど元々知っていたのか。
「影山は中学生としてはずば抜けた実力を持っていたはずなのに、イマイチ結果は残せていない。さらにあの個人主義なままじゃまた中学のリピートだ。チームの足を引っ張りかねない。けど今は、今あいつのチームには日向がいる」
「日向? まぁ運動神経の塊みたいなやつっすけど」
「そんなにすごいんですか?」
「おう。あれはびっくりしたなぁ」
中学生の時点の試合で先輩たちにここまで言わせるなんて、一体どんな感じだったんだろうか。ちょっと気になるな。
「技術はまだまだだけど、類い稀なスピードと反射神経、そして凄いバネを持っていた。けどあの試合では良いセッターに恵まれなかった。そして影山は自分の早いトスを打てるスパイカーを求めている」
互いのニーズががっちりと噛み合っているわけか。
「あいつら単独だと不完全だろう。でも」
澤村先輩は一旦そこで言葉を区切り、笑みを浮かべた。期待が、ワクワクが抑えられないといった様子で。
「コンビネーションが使えたら、烏野は爆発的に進化する。堕ちた烏野が再び大空を舞える。そうは思わないか?」
カラスが凛々しく、大空へ飛び立つ。そんな幻が見えた気がした。
澤村先輩がそこまで言い切る根拠が、あの2人のバレーにはある。そして、あの2人をきっかけに烏野はもっと強くなれると先輩は言った。そこまで言わせる2人のバレーを見てみたい。けどそれ以外にそこまで言われる彼らが羨ましいと、自分もああなりたいと、少しだけ思った。