【完結】春野ムサシは勇者(ウルトラマン)である   作:渚 龍騎

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第五話 守り抜く覚悟

 コピーしたのであれば、本物よりも下でなければならない。

 オリジナルよりも強いコピーなど存在してはならない。

 

 世界は、そうやって決まっている。

 

 誰が決めたわけでもない。

 贋作が本物よりも弱いなど、誰かが決めたのではない。

 運命に委ね、全てをその力に託す。

 

 本来、初代ウルトラマンには結界など作れない。

 だが、カオスロイドUは()()()()()()。正確には神樹の結界を利用して、上書きしたのだ。

 壊れかけていた神樹の結界をリサイクルして、新たな世界を生み出す。

 生み出された不連続時空間(メタフィールド)は、神樹の結界とは訳が違う。

 

 カオスロイドUの生み出したい結界を作り出し、闇だけが力を発揮する世界──即ち闇の世界(ダークフィールド)

 

 現実にはなかった空想の現実を作り出すこの空間では、希望が絶望と変わる。

 

 闇の作り出す絶望に抗えと、誰かが告げる。

 

 勇者たちに抗う術を与えるのは────。

 

 

 

 

 

 意識が覚醒し、目が覚めると、そこは讃州中学の勇者部部室にいた。

 

「……ここは?」

 

 一体どこ──と言う前に、倒れ伏せる少女を見つけた。

 桜色の勇者『結城友奈』がそこには倒れていた。

 痛む頭を振り、痛みを和らげようとしながら、ムサシは友奈の肩を優しく揺らした。

 

「……ん」

「友奈大丈夫かい?」

 

 友奈は頭を抑えながら、ムサシの顔を見てから自分の姿を見る。そして、次は勢い良くムサシの顔を見て声を上げた。

 

「──ムサシさん!?どうしてここに!?」

「あの黒いウルトラマンが放った光に包まれて、気がついたらここに」

 

 ムサシに言われて、友奈は辺りを見回す。

 勇者部の部室──中央で二人は寝ているような状態だったらしい。

 

「部室……?」

「そうみたい。友奈は誰かと一緒だった?」

 

 差し出された手を受け取り、友奈は立ち上がる。

 うーん、と顎に手を置いて唸る。そして、ハッと思い出して答えた。

 

「風先輩と一緒いました!」

「じゃあ近くにいるかもしれない」

「あ!スマホで場所がわかるかもしれません!」

 

 ポケットから携帯を取り出して、画面を見張った。

 

「あれ?壊れてる?」

 

 電源ボタンを何度も押してみたり、画面をタッチしてみたが、携帯はうんともすんともいわず、画面が真っ暗な状態だった。

 

「すいません……壊れてるかもしれません……」

 

 一気に落ち込んだ友奈に対して、ムサシは優しく語りかける。

 

「それじゃあ二人で風を探そう。それと、他の勇者たちも」

「もしも携帯が使えるなら、他のみんなが見つけてくれるかもしれません!」

「そうだね。けど、安心はできない」

 

 混沌の巨人(カオスロイドU)がどこかに潜んでいる以上、油断はできない。そして、この空間──何かがおかしい。

 ムサシはソッとジャケットの内ポケットに手を伸ばして──気がついた。

 

「コスモプラックが無い……!」

 

 ムサシがコスモスと一体化──変身するために必要とするヒーローが決して失くしてはならない変身道具。

 ムサシはあらゆる場所に手を当てるが、コスモプラックはどこにもなかった。

 

「コスモプラックってなんですか?」

「僕がコスモスと共に戦うための変身道具だよ。それが無いんだ」

「えぇ!?それってかなりマズイんじゃ……」

 

 ムサシは友奈の瞳を見て、「ヤバイ」と一言呟いた。

 だが、コスモプラックを握って意識を失ったことを覚えている。

 絶対に失くすはずがない。

 ムサシにとってコスモプラックとは、コスモスと初めて出会った時に貰った青い輝石が装着された命よりも大切なものともいえる物だ。

 それを失くす事自体がマズイ状況だった。

 コスモプラックがなければ戦うことはもちろん、勇者たちを守ることもできない。

 ムサシは頭を抱えた。

 

 友奈がムサシに何かを言おうとした瞬間。

 

 ──巨大な破裂音が響き渡る。

 

「なっ!?」

「今のは上から!?」

 

 二人は慌てて廊下に出る。

 天井からパラパラとコンクリートの壁が剥がれ、ムサシの後を友奈が追いかけた。

 二階に問題はなく、三階まで上がるとその光景に目を疑った。

 

「なんだこれ……」

「ここで一体何が……」

 

 階段から廊下にかけて壁が全て粉砕されていた。まるで巨大な何かで薙ぎ払ったかのように壁が抉り取られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ハッと目を開けると、そこは讃州中学だった。

 いつもと変わらぬ景色で、犬吠埼 風は自分の教室の席に座っていた。

 

「あ……れ?」

 

 記憶が、曖昧だった。

 自分がなぜ教室で席に座っているのか、なぜ勇者になってここにいるのか、全てが思い出せなかった。

 思い出そうとすれば、頭が割れるような痛みに襲われる。

 記憶にポッカリと穴が空いているような気分だった。

 息が苦しく、呼吸をしても酸素が脳に運ばれない。頭痛が酷く、吐き気までもする。

 そして、なにかが一瞬、フラッシュバックした。

 

「違う……友奈と一緒にいたんだ……」

 

 暗黒のウルトラマンの顔が脳裏に過ぎった。

 まるで心までもが見透かされているような気持ちになる鮮血の瞳。それを思い出した途端に、風は身震いした。

 

「探さないと……」

 

 席から立ち上がり、風はフラフラとする足取りで教室から廊下に出た。

 記憶を頼りにして壁を伝いながら、風は階段の手すりを掴んだ。

 感覚が敏感になっているせいか、あらゆる所から視線を感じていた。

 一段ずつゆっくりと降りる。そして────

 

 ──どこからか、声が聞こえた。

 

 聞き覚えのある女子の声。

 振り返るが、そこには誰もいなかった。

 耳を澄ますと、周囲には誰もいないはずが、いくつもの囁き声が聞こえていた。

 だが、どれも小さく何を言っているのかは聞き取れない。

 

「誰かいるの?」

 

 問いかけると、囁きは笑いへと変わった。

 不安と恐怖に襲われる。

 まるで嘲笑うような声が校舎内に、風の脳に直接響く。

 

「一体誰!」

 

 声は聞こえる。だが、姿は見えなかった。

 高い声で。

 聞いたことのある声で。

 風を笑う。

 

 やがてそれは泣き声となり、少女がすすり泣くような声が響いた。

 聞き覚えのある声だからこそ、風の心を蝕む。

 その声はまるで、妹──樹の声にそっくりだった。否、全くと言っていいほどに樹と同じ声をしていた。

 

 反射的に風は両手で耳を塞いだ。

 聞きたくない声、風の最も聞きたくなかった声。泣いて悲しむ樹の姿が一番見たくない。歓喜の嬉し涙の声ではなかった。絶望に呑まれて泣く樹の声だった。

 最悪の過去が蘇る──自分のせいで傷つく少女たちの姿。

 風は全てを遮るようにその場で耳を塞ぎ、目を閉じて、膝を抱え込むようにして縮こまる。

 

 誰かが囁き、誰かが嘲笑い、樹がすすり泣く。

 

 耳を塞いでも脳に直接聞こえてくる声に、風は何度も頭を振る。

 

「やめて……!」

 

 涙声に風は訴える。

 声に混じって廊下に軽くカツカツ、と足音が響く。しかし、風の耳には聞こえない。

 

「……お姉ちゃん?」

 

 その声を堺に、囁きや嘲笑いは全てが鳴り止んだ。

 

「……いつき?」

 

 姉を呼ぶ妹の声を、風が間違うはずなどない。

 ──その声は、樹だった。

 ゆっくりと風は顔を上げる。

 差し出された手を握り、風が見たのは紛れもない樹の姿。

 

「お姉ちゃん?」

 

 樹は可愛らしく首を傾げる。その姿に風は涙を堪え、ゆっくりと立ち上がった。

 

「樹、よかった……」

 

 風は自分よりも小さな制服姿の、少女の体を抱き締める。

 

「お姉ちゃん」

「なに?」

 

 樹に呼ばれて一度離れると、風は驚愕して目を見開いた。

 樹の体は徐々に黒い影が覆い尽くそうとしていた。覆い尽くされる少女の顔は生気を全く感じられないほどに青白く、樹のような()()は苦し紛れに手を伸ばす。

 

「お姉ちゃんのせいで……」

「……え?」

「お姉ちゃんのせいで、私は夢を失ったんだよ」

「……いつ…き?」

 

 樹の声が直接、脳に響き渡る。

 いつの間にか樹の制服は変化し、緑色の勇者服へと変わっていた。

 だが、違う。全てが樹とは違った。

 それはあまりにも生々しく、現実味(リアリティー)のあるものだった。

 

 ──言われたくなかった。

 

 ──聞きたくなかった。

 

 樹だけには言われたくなかった言葉。

 「お前のせい」だと、突き放された言葉に、風の意識は恐怖と絶望に呑まれる。

 

「いや……!やめて……!」

 

 どこからか現れたのか、樹と風の背後には讃州中学の生徒が立っていた。

 どの生徒も顔には生気を感じられないほどに青白く、フラフラした足取りで段々と風に近寄って行く。

 生徒たちは何度も同じ言葉を囁き続ける。

 

 全員が罵り、蔑む言葉を囁き続けた。

 

 そこには、『勇者部』も混ざっていた。

 

 勇者の服装を身に纏った少女たち。

 全員が、風を憎しみを込めた瞳で見る。

 

「いや……やめて……」

 

 拒否しても、()()()が止めることはなかった。

 ゾンビのように上半身がフラフラと、足取りがおぼつかない歩き方でも、ゆっくりと風に歩み寄っていく。

 

 最も、風が避けていたもう一つの現実。

 

 友奈や東郷、樹を普通の少女から遠ざけて『勇者』にした自分を、皆から恨まれる絶望に満ちた現実。

 自分を憎み、恨んだ。

 妹の夢を潰して、皆を『死』に向き合わせた自分が憎い。

 

 それよりも、皆から嫌われるのが嫌だった。

 

 見放されるのが嫌だ。

 

 怖くて、恐くて、(こわ)い。

 

 それが今、目の前で起こっていた。

 風には今、なにも考えられなかった。ただ樹に突き放された言葉で、思考が停止していた。

 『お前のせいだ』とあらゆる方向から聞こえ、耳を塞いでも直接脳に響く。

 

 うずくまる風に樹だった影はどこからかナイフを取り出した。

 

 慈悲もなく。

 影は容赦なく、ナイフを振り下ろし──それを防ぐ男がいた。

 

 ナイフが振り下ろされる直前に、影を突き飛ばして風の手を引いた人間がいた。

 讃州中学の制服を身に纏って自分よりも背の高い少年。その背中に見覚えがあった。

 その彼に手を引かれ、ついていくので精一杯。ただひたすらに風は走る。

 廊下の端まで来て階段を降りようと一段下がった瞬間、彼の歩みが止まった。

 階段の影から、長く黒い何かが人の形に変化して階段を埋め尽くした。

 

「犬吠埼!」

「……え?」

 

 彼は歩みを止めて一歩ずつ下がりながら、風を呼んだ。

 

「結構ヤバイ状況なんだけどさ!なんか打開できる方法ある?」

「え……と」

 

 正面に敵、背後にも敵。まさに四面楚歌の状況。

 初めて彼は振り返った。

 

「……あなたは……」

「犬吠埼!今は君だけが頼りなんだ!」

 

 彼の顔を、覚えていた。

 

 昔、風はチアガールの助っ人として野球部の応援をしたことがある。その際に、風は屋上に呼び出されて告白されたことがあった。

 いま、目の前で風を守ろうとしている男子はその告白した男子だった。

 

 彼は風の肩を掴んで、真剣な眼差しで見つめた。

 呆気に取られていた風は我を取り戻し、自分が今『勇者』になっていることに気がついた。

 

「……わ、わかった。ちょっと下がってて」

 

 自分の武器である黄金の大剣を取り出して、握り締める。

 大剣の大きさが三倍にもなろうとした直後に、風は大剣で影の軍勢を薙ぎ払った。

 巨大な破裂音と共に影が吹き飛ばされて、廊下の壁が大きく抉りとられた。

 

「今の内に!」

 

 彼に手を引かれ、風は三階から飛び降りた。

 勇者である風には問題ない高さだが、普通の人間である彼は三階の高さを軽々と着地する。何かがおかしい──そんなこと、今の風には考えられなかった。

 ただがむしゃらに彼の後ろをついていくことだけで精一杯だった。

 

 学校の外に逃げ、商店街を越え、ただひたすらに走った。

 足が絡まりそうになり、息が上がる。

 額から流れる汗すらも気にならないほどに走り続けた。そして、人二人がやっと通れる建物の隙間に逃げ込み、風は崩れ落ちた。

 

「犬吠埼、大丈夫か?」

「……うん、ありがとう」

 

 彼は道路を一度確認して、風の隣に座り込む。

 

「アイツら何なのか犬吠埼にはわかる?」

「────」

「犬吠埼?」

「え?ごめん聞いてなかった……」

「なんで助けたのかって顔してるな」

 

 「え?」と言いながら風は自分の顔に手を当てる。

 

「教室で残った課題終わらせて廊下出たら犬吠埼と変なのがいたんだよ」

 

 やはり、彼はかつて自分に告白した男子──()()だった。

 加藤は息を整えながら、話を続ける。

 

「やっぱり俺さ、犬吠埼のことを忘れられないんだ。だから俺、彼女と別れたんだ」

 

 加藤の言葉に驚愕する。

 

 風に告白したのは男子だけでなく、()()も混ざっていた。

 加藤の彼女は風に告白した一人だ。そんな彼女と加藤が付き合う前に、風の告白で揉め事になっていたが、気が合って付き合い始めていた。

 だが、加藤は()()()と簡単に言い放った。

 

「やっぱり俺は犬吠埼のことが好きなんだ!」

「……そんなこと、言われても……」

 

 加藤に肩を掴まれるが、風は振り払うことなく、ただ視線を逸した。

 答えは始めから決まっているのだ。

 昔も今も、風が加藤に心を開くことはない。いつもの()()()()ならば、ここでキッパリとNO(いいえ)だと答える。

 

 しかし、今は状況が酷かった。

 

 絶望に悪夢が重なり、風の心は今にも崩壊寸前だった。否、壊れていた。

 最悪の現実に、風は何も考えられなかった。

 三人の勇者()に憎まれ、恨まれ、捨てられた。

 聞きたくなかった言葉に殺された。

 

「アタシはもう……嫌なの……自分が憎くて、妹の夢を奪いかけて、みんなを地獄に道連れにした自分が嫌だ………」

 

 何者でもないただの平凡な、ただの生徒に──なにもわからないはずの、自分のことを、風は涙声になって訴える。

 自分を憎み続け、恨み続けた風は、この世界を見るのが辛かった。

 

 この幻想は犬吠埼 風を()()ための夢物語。

 カオスロイドUの作り出した闇の世界(ダークフィールド)は、()()()()()()()を生み出す異空間。

 例えば、人は幸せ望む。ならば闇の世界(ダークフィールド)では幸せは訪れず、不幸が起き続ける。

 そういった絶望だけの世界。

 犬吠埼 風が望むものとは、『仲間(友達)に恨まれず、仲良く過ごす』こと。故にこの世界では、仲間に恨まれて捨てられる。

 この世界全てが幻想だとしても、風には全てが見たくない幻想の全て。樹に恨まれ、友奈と美森に憎まれ、夏凜に捨てられる。

 全てが風にとって最悪なことだった。

 

「もう……生きてたくない……」

「……ならさ、俺が好きになるよ」

「……え?」

「犬吠埼が自分のことを嫌いになって、全ての人に嫌われても、俺が好きになる。全てを許すよ」

「……ホントに?」

 

 風は鼻をすすって涙声混じりに問いかけると、加藤は不気味なほどに笑みを浮かべて答える。なぜか、加藤の瞳は見惚れるような淡い輝きがあった。

 何故か心が落ち着くような何かが、風の心を侵食していく。

 

「ホントだよ」

 

 そう言われ、風は視線を落とす。そこで加藤の制服のポケットから花の蕾に似た何かが、光を放っていることに気がついた。それは、ムサシがコスモスに変身する際に持っていた道具──コスモプラックだった。

 

「なんで……それを?」

 

 風が指差した物に視線を向けて、加藤は少し口角を上げた。

 

「さっき拾ったんだ」

 

 加藤は片手を自分の背後にまわして、何故か腕を隠した。

 

「でも、犬吠埼には関係ないだろ?」

 

 空から覗かせる太陽の光が加藤の背中から反射して、建物の窓が一瞬だけ煌めいた。それが何なのか、風にはわからなかった。

 風の視界に隠して、加藤は握ったナイフを目の前の少女に向けて振り下ろす──。

 

 全ての時が遅く、全ての感覚が(ノロ)い。

 『死』を錯覚した神経が、感覚を麻痺らせ、風には時が遅く感じていた。

 振り下ろされるナイフの切っ先が胸部に到達する直前。

 

 風の体は後ろに引かれ、ナイフは誰かの手に遮られた。

 

 その()()は加藤を蹴り飛ばし、風の手を引いた。

 加藤よりも大きく背の高い後ろ姿。青いジャケットが(かぜ)になびく。

 振り返ると、加藤が鬼の形相で追いかけてきていた。

 

「友奈!!」

 

 ()()()が叫ぶ。すると、空から友奈が勢いをつけて拳を地面に叩きつけた。

 膨大な力を叩きつけた地面はコンクリートを巻き上げ、加藤の体は空中に浮き上がった。同時に加藤のポケットからコスモプラックが宙に舞い上がって、樹の(ワイヤー)が絡み取った。

 

「わぁ!とっと!」

 

 コスモプラックを落としかけて、樹は慌てながらも掴む。

 

「ナイス樹!」

 

 どこからか現れた夏凜が浮き上がった加藤に刀を振り上げる。

 

「人を斬るのは気が引けるけど……!」

 

 抵抗も虚しく、加藤は真っ二つに斬られ、血のように影が吹き出して空気のように溶けて消えた。

 追いかける加藤が消え、風は何が起こったかも理解できずに、その場で崩れ落ちた。

 

「大丈夫?」

「……ムサシ…さん」

 

 崩れ落ちた風に視線を合わせ、ムサシは優しく語りかける。

 

「もう大丈夫。僕たちがいる」

 

 風の瞳は希望の光を失って、どこか黒く淀んでいた。

 それでも、ムサシは優しげな笑みで風を見つめた。

 

「希望を失っちゃダメだ。もう心配しなくていいんだ」

「アタシは……」

「お姉ちゃん!」

 

 風が何かを言おうとして、樹は風の体を抱き締めた。

 強く、何よりも強く抱き締める。

 

「いつき……?」

「そうだよお姉ちゃん!」

 

 しかし、姉妹の絆を壊すために、風を()()ために、闇が消えることは決してない。

 闇は諦めることを知らず、闇は希望を消し去る暗黒。

 カオスロイドUは闇を貫く最後の『混沌(カオス)』。ウルトラマンを憎み、ウルトラマンを倒すことのみを必ず成し遂げる闇の化身。

 

 建物を貫いて拳が襲い掛かる。

 狙うはムサシ(コスモス)と犬吠埼風。建物を砕きながらも、二人を正確に狙った。

 拳が眼前まで迫り、全てを砕く直前の刹那──舞い降りる桜が拳で対抗した。

 巨人の力と勇者の力が正面から激突し、尋常じゃない衝撃波が空間に轟く。

 カオスロイドUは勇者を前に構える。だが、右腕は力無くぶら下がっているように見えた。

 

「ムサシさん!」

 

 樹は持っていたコスモプラックをムサシに渡す。

 カオスロイドUの攻撃を耐え抜いた桜と紅蓮の勇者は、更に強烈な一撃で振り払われる。そして、美森の放った光弾は弾かれ、カオスロイドはフラフラと力無くぶら下がっているだけの右腕を初めて動かした。

 己の体内に眠る闇を束ね、右腕を一つの輪として美森に投げようとする。

 八つ裂き光輪。

 かつてウルトラマンが数々の怪獣を切り裂いた処刑の刃。

 それが無慈悲にも振るわれ、美森の潜んでいたマンションを容易く切り裂く。

 直撃しなかったものの、美森は余波に吹き飛ばされる。

 

 三人の勇者たちを横目に、樹とムサシは風を見据えた。

 

「風!」

「お姉ちゃん!」

「────」

『無駄だ』

 

 風を呼び続けると、突如として脳に誰かが語り始めた。

 桜と紅蓮の勇者を蹴散らし、カオスロイドUはムサシたちを睨む。その声の正体は暗黒の巨人(カオスロイドU)だった。

 Uはただ三人を睨みながら腕を組んだ。

 

勇者(ソイツ)の心は影に呑まれつつある。そのまま何もしなければやがて影は全てを侵食し、貴様らの敵となる』

「そんな……!じゃあお姉ちゃんは!」

『何をしても無駄だ。ソイツを助けることは不可能』

 

 Uはムサシを指差した。

 

『コスモス、この世界に貴様は不要だ。この世界は我らが首魁によって闇に沈む。人とは殺しても殺しても湧いてでるハエのようだ。神樹の力だと?笑わせる。所詮はこの程度のゴミのような存在だな』

「御託は終わったか!」

 

 ムサシは樹と風の前に立ち、カオスロイドUに向かって駆け出した。

 

「樹!風は任せる!」

「は、はい!」

 

 駆け出すムサシにカオスロイドUは容赦なくスラッシュ光線を放つ。

 人など簡単に吹き飛ばす威力の光線は、道路ごとムサシを吹き飛ばす。同時に大きく名を呼ぶ声が響き渡り、眩い光の中、カオスロイドUをはじき飛ばして光の勇者──ウルトラマンコスモスが屹立した。

 

「──シェア!」

 

  コスモスは掛け声と共に手を掲げる。

 太陽のような赤き炎の光がコスモスを包み込み、『強さ』を体現させたコロナモードへと変化(モードチェンジ)を遂げた。

 

「──ダァッ!」

 

 コスモスは駆け出す。

 次々と放たれる光線を物ともせず、コスモスは大きく跳躍し、カオスロイドUの頭上を飛び越え、再び攻撃の構えを取る。

 

 闇と紅蓮が戦っている最中、樹は風を励まし続けた。

 

「いつき……」

「私はお姉ちゃんが『最悪』だなんて思ったことないよ」

「……樹の夢を奪いかけた。絶望に落としたのはアタシ」

「違うよ、何もできない私を『勇者部』に入れてくれたから私は変わったよ。友奈さんたちと出会えて、私は本当に良かった」

「…………」

「勇者部に入れてくれたお姉ちゃんには感謝してるんだよ?」

「…………」

「かっこよくて、頼りになって、何でもできる自慢のお姉ちゃんが──」

 

 巨人同士の戦闘で大地が揺れる。

 その中でも、樹は風を優しく抱き締めて、耳元で呟く。

 

「──私は、お姉ちゃんが大好きだよ」

 

 閉ざされた過去。両親は『死んだ』と知らされた時、その場で倒れそうになった。それでも、妹のために自分の全てを尽くした。

 不自由なく、可愛い妹を過ごさせたかった。

 やっと、絶望を切り抜けたはずが、また自分は一人で抱え込んで、みんなを危険な目に合わせている。

 もう嫌だった──。

 そんな自分を、妹は優しく抱き締めてくれた。

 

「今度は私が、お姉ちゃんを守るよ」

 

 樹は笑顔で告げると、暗黒の巨人に向かって走り出した。

 小さくても大きくなった背中が、自分には遠く、尊いものだった。

 意識では動かそうとしても、体が言うことを聞かずに動かない。動かせた腕はいくら伸ばしても、樹には届かない。

 

 樹の伸ばした(ワイヤー)が巨人を拘束して、コスモスが渾身の一撃を叩き込む。だが寸前に、カオスロイドUはワイヤーを握り締めて、樹を大地に叩きつける。

 

 (ナルコユリ)の勇者は自分の無力さを理解しながらも、果敢に『勇気』を持って戦う。それが、どんな結末になろうとも『守ってくれた姉』を守るために、傷つきながらも立ち上がる。どれだけ傷ついても、彼女は守るために立ち上がる。

 

 諦めない心を踏み躙る暗黒が紫紺に輝く。

 全身に溢れる膨大なエネルギーを両腕に移し、カオスロイドUは視線を樹に向けた。

 腕を十字に組んだカオスロイドからスペシウム光線が放たれる。

 いくつものヒモ状の光線が放たれ、紫紺の輝きは一つの束となって勢いを増して樹に放たれた。

 ウルトラマンの磨き上げた必殺技のスペシウム光線を、混沌(カオス)の力によって強化させたカオススペシウム光線はボロボロになった勇者を狙う。

 

 だが、カオススペシウム光線はコスモスのバリアによって防がれた。しかし、段々とコスモスは圧倒される。

 

「はあ……はぁ……」

 

 流れ落ちる汗を拭い、痛む体を無理にでも起こす。

 コスモスはバリアを突き出し、一歩でも前に進もうとした。

 樹はコスモスを見上げ、風に視線を向ける。だが、風は未だに力無く崩れていた。

 

 見捨てない。

 それでも、樹は風を見放したりしない。

 

「今度は……私が……!」

 

 樹は立ち上がる。

 闇に呑まれる絶望の中で、『勇気』を持って立ち上がる。

 

「お姉ちゃんを守るんだぁぁッ!!」

 

 その瞬間、虹色の輝きがスペシウム光線を無理矢理にも消し去った。

 光り輝く虹は一つのユリの花を生み出し、その中心には一人の勇者がカオスロイドを睨んでいた。

 神官や巫女を思わせる服装に身を纏い、背後には巨大なアーチと花が現出する。

 

 『満開』

 人類はそう呼んだ。たった一つの勇者の切り札。

 勇者の持つ武装が更に強化され、人間の思いによって強くなる最強の切り札だが、代償に体の一部を捧げる──一度勇者たちを絶望のドン底に叩き落とした最悪の切り札。

 それを、(ナルコユリ)の勇者──犬吠埼 樹はその絶望すらも消し去って『勇気』の限りを尽して『満開』した。

 

「私が、みんなを守る……!」

 

 樹の横に、コスモスが並ぶ。樹に視線を送り、コスモスはゆっくりと頷いた。

 

『一緒に戦おう、樹』

「はい!」

 

 ムサシとコスモスの意思が一つになる。

 金色の輝きに身を包み、ムサシの──否、ムサシと樹の『勇気』を体現。

 ルナの『優しさ』とコロナの『強さ』を併せ持ち、コスモスは新たな『勇気』を得て光に輝く。

 

 金色の輝きが輪になり、二人(ムサシとコスモス)の心は一つに。

 溢れる光の中から、ウルトラマンコスモスは進化を遂げる。

 

 ルナとコロナを超えて、ウルトラマンコスモスはエクリプスモードへと変化(モードチェンジ)した。

 

「──ハァァッ!」

 

 誰よりも強く声を上げ、コスモスは正拳突きの構えを取った。

 同時に、樹は手を天に掲げた。

 

 

 闇に呑まれる世界の中。

 (ナルコユリ)の勇者と、『金環日食の溢れるフレアーの如き、神秘の巨人』が今、絶望の中で顕現した──。

 

 

 姉を守るために。

 仲間を守るために。

 立ちふさがる絶望を払うがために。

 

 

 二人の勇者は立ち上がる────。




▽犬吠埼 樹
▽12歳
▽風の実の妹。勇者部唯一の一年生で、緑の勇者。元気で人を引っ張っていく姉の風とは対象的にとても気弱な性格をしている。歌はかなり上手いが、人前になると音痴になってしまう。過去に両親を亡くしており、風が親代わりとして樹の身の回りの世話をやってきた。そのために、日常生活では姉に頼りがち。タロットカードを使った占いはよく当たるために大評判。
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