手間のかからない男   作:筆先文十郎

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隣の芝生は青くなかった

 隣の芝生は青い。

 他人の持っているものがよく見えて仕方がないという意味である。そういう人は青く見える芝生の正体を見極めた方がいいのではないかと思う。私のようにならないために。

 私は40代の専業主婦。正確には40代の専業主婦でした。こうなってしまったのは他人の幸福を実際以上に過大評価した、ある種の幻想を抱いてしまったことが原因です。

 離婚する前、私には数人のママ友がいました。

 うちの娘は私立の幼稚園に通っていてマンションの前まで送迎バスが迎えに来ます。当然その場にはママ友と一緒。そうなると挨拶だけで終わらずどうしても世間話をすることになってしまいます。

 本当は話なんてしたくないのですが付き合わないと必ず後で悪口を言われます。なので私は仕方なくその話に付き合っていました。

 そこで聞かされるのは自慢話。

「この間うちの主人が昇格しまして!」

 マシンガンのように話し出すのはママ友の中でも一番自慢したくてたまらない一柳(いちやなぎ)さん。彼女の8歳年下の旦那さんは日本有数の一流会社に勤める高給取り。

 たいしてうちの主人の勤務先はそんなに有名な会社ではなく給料もあまり高くないのでマンションも30年ローンでやっと買ったのですが、一柳さんの家はご主人の実家がお金を出してくれたとかで最上階の広い部屋を現金で購入したようです。そういう様を見せつけられるたびに落ち込んでしまうのです。

 一柳さんの自慢話を聞いた後は気持ちが暗く沈みます。

 夫が真面目に働いてくれているのは分かっていました。そして私や子どもを大事にしてくれていることも。それでも ママ友達に自慢できるものを持っていない夫に怒りがこみ上げてきました。そしてついに言ってしまったのです。

 

 なんであなたは稼ぎが悪いのよ! 

 

 その一言が破滅への始まりになったことを、その時の私は気づきもしませんでした。

 夫の「俺は家族のために一生懸命働いているんだぞ! そんな夫に言う妻の言葉か、それが!」という言葉を、『稼ぎの悪いのを私のせいにする軟弱な男』に見えてしまった私はさらに夫を罵り、それに夫が怒る。それは近所から苦情が来るまで続きました。

 その後も喧嘩が絶えず、夫婦仲は完全に決裂。

 数ヵ月後、私たちは離婚しました。

 経済上の理由から娘の親権が夫になり、私は実家に戻りました。後になって聞いた話ですが、一柳さんは姑が「お金を出してあげたんだから!」と何かにつけて干渉してきたそうです。家具やカーテン照明まで全て決めてしまったうえ子供の教育にまで口を出してくる。

 また彼女の自慢の年下夫はすらっとしたイケメンで一流会社に勤めている高収入なのですが、それゆえに会社の若い女の子や接待で行ったクラブの美人ホステスなどと付き合いが多かったそうです。

 姑への干渉と妻の立場が危うくなるというストレスから安定を求めてホストクラブに通うようになり、それがバレてついには離婚するはめになったとか。

 私が想像するような思ったような生活はできなかったそうです。

 

 夫と娘と別れて数ヵ月後の今頃になって気づきました。隣の芝生は青くなかったのだと。

 そして。その芝生以上のものを私はすでに持っていたことを。それを自らの手で壊してしまったことを。

 

 隣の芝生よりも、私の芝生は青かったのだと。




人間は今持っているものに目を向けずに持っていないものに目が行きがちです。
もっと褒めてもらいたい、いいねがほしい、もっと○○されたい……そう思った時、自分が持っているものに目を向けてください。

多くの人に認められたのにも関わらずもっと評価を得ようとして自分が書きたい小説よりも投稿することを優先、思った評価を得られず自己嫌悪に陥った私のようにならないことを切に願います。
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