手間のかからない男   作:筆先文十郎

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スポーツって誰に向けてしてるんですか?
スポーツの選手はいつも子どもの手本でなきゃダメなんです。
将来大きくなって「あんな人のようになりたい。だから頑張るんだ」と思ってくれるようなプレイヤーでなきゃいけないんですよ。
子ども達が見て正しいと思ってくれる道しかスポーツの選手は歩いちゃダメなんです。
それを大人が今、特にマスコミという大人が忘れていますよ。

元広島東洋カープ選手&解説者、衣笠(きぬがさ)祥雄(さちお)


俺を見て子どもは俺に憧れるだろうか?

 とある本によると、人が称賛されるには

 

 ①その結果を出そうとする意図があり

 ②その結果を出そうと正しい行動をし

 ③最終的に意図した結果が出る

 

 の三つが(そろ)った時に初めて世間から称賛してもらえるらしい。

 とある元プロ野球選手は『スポーツの選手はいつも子どもの手本でなきゃダメなんです』と言っていた。その時、俺は『俺も子どもの手本になるような恥ずかしくない生き方をしなければいけないなぁ』とぼんやりと思っていた。

 

 ある大雪の日のことだった。俺が自転車で中途半端に踏み固められた歩道を四苦八苦しながら走っているとブオーンッ!! という音が聞こえた。

 視線を向けるとそこには凍った道路によってタイヤが空転している軽自動車があった。その後ろには対向車線も渋滞していることもあり避けることができず、空転する車が動かなければ前に進めない車の長い列。

「……」

 どうするべきか少し考えた後、俺は歩道の脇に自転車を停めると空転する車の後ろに回り全力で車を押した。後ろから力が加わったこともあり、危うく反対車線に行きかけるも車は前に進みその危機を脱した。

「……ふぅ」

 車が前に出たことを見届けた俺は会社に向かうため、自転車に(またが)りペダルに力を込める。その時だった。

 

「ありがとうございます!」

 

 運転手が窓を開けてお礼を言ってきたのだ。

「…………」

 振り返った俺は呆気(あっけ)に取られた。俺が車を押したのは『困っている運転手を助けたい』という理由ではなかったからだ。

 空転する車を見た時。俺は『無視するべきか、それとも何かするべきなのか』と悩んだ。

 そして車を押す決断をしたのは『このままこの車が前に進まなければ後ろの車が困る。そうなれば大きな損失に繋がる』と思ったからだ。運転手のことなど1ミリも考えていなかった。

 だから礼を言われたことに面を食らってしまったのだ。

 

 俺は車を押そうとする意図があって車を押し、それによって車は危機を脱するという結果につながった。それは褒められるべきことだろう。

 しかし運転手を助けるためではなく『助けた方が大きな利益につながるから』という理由で俺は動いた。

「……とある元野球選手は『「あんな人のようになりたい。だから頑張るんだ」と思ってくれるようなプレイヤーでなきゃいけないんですよ』と言っていたが、俺のような男を子どもはなりたいと思うだろうか……。まぁ、やらない善よりやる偽善。やらないよりマシだが……」

 

 

 

 答えが見つからないまま、俺は自転車を()いだ。

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