手間のかからない男   作:筆先文十郎

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人にとって本当の幸せとは何なのだろうか?


残された時間

 春の暖かさを感じるのはまだ先の二月下旬。

「…………」

 私は墓の前で手を合わせている。墓には木根(きね)(はら)政人(まさと)()(はか)()られている。私の夫の名前だ。

 

「あなたが死んでもう3年経つのね」

 

 私は呟く。

 生前。夫は教師をしていた。当時の私は介護士をしていた。結婚してすぐに私は子宮の病気で子宮を取り除いたため子どもはいない。それでも私たちはそれなりに楽しく暮らしていた。

 夫婦二人で年を取っていく。お互いの黒い髪が真っ白になり、近所の子どもたちの成長を見て「もし私たちにも子どもがいたら孫ができて、あんな風にはしゃいでいたんでしょうねぇ」などと話をしながら。そう信じていた。しかしそんな日は永遠に来ることはなかった。

 ある日。夫が学校で苦痛を訴え病院に運ばれたのだ。

 詳しく検査した結果、ガンが見つかった。ガンは至る所に転移しており余命は持って半年と言われた。

 

「夫は助かるんですか!?」

 

 そう切羽詰まった私の問いに医師は悲痛な表情で首を横に振った。

 治る見込みはなかった。

 病室に戻った私は言うべきか隠すべきか迷ったものの全てを正直に伝えた。

 

「……嘘だろ、『嘘だ』と言ってくれよ!!」

 

 死に(おび)え震える夫を、私は「ごめんね、ごめんね」と力いっぱい抱きしめた。

 落ち着きを取り戻した私たちはその後どうするべきかを語り合った。

 二人で考え抜いた結果。夫は教職を辞め、私は会社に無理を言って休職を申し出た。

 夫が死ぬまでの半年。まだ歩ける体だった夫と一緒に何となく「行けたらいいね」と言っていた場所へ観光しに行った。以前飲みたかったと言っていたお酒も二人で飲んだ。ただ3ヶ月ほどすると夫は歩くのに支障をきたすようになり病院のベッドで過ごすようになった。死ぬまでの間、痛みを(やわ)らげる点滴などを打ち続け、そして余命通り半年後、夫は息を引き取った。

 夫が死んで私は深い悲しみに包まれた。でも不思議と後悔はなかった。死ぬまでにあの人とやりたかったことを最後にできたのだから。

 私は思う。人は『富や名声よりも何をしたかったのか。何をしてきたのか。その経験や思い出が自分が何者なのか証明するのだ』と。

 あの人は充分に生きて、そして死んでいった。他人から見れば特別ではない、普通の人生だったかもしれない。でもあの人はあの人の人生を謳歌(おうか)し、最期は満足そうな顔で()った。だからあの人の人生は価値あるものだったと思う。

 

「……あなた。私の夫になってくれてありがとう」

 

 私は微笑みながらそう言うと、夫の墓に一礼して駐車場へと向かった。




幸せの定義は人によってそれぞれ違うと思います。そしてどんな人生を歩みたいかも人によって違うでしょう。

有名になりたい。静かに余生を過ごしたい。栄華を極めたい。うまい飯を食って良い家に住んで良い車を乗り回す。家族と幸せに暮らす。一人で自由に生活する。

上記以外にも色々な生き方があると思います。その中で

『後悔なく自分の人生は自分だけのものだ』と言える人生が最も幸せな生き方ではないか?

と思い今回の小説を書きました。
もちろんこれが最も幸せな生き方なのかは断言できません。しかしやり残したことなく逝けたら、それも悪くない人生ではないかとは思います。

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