俺は電車のホームで電車が来るのを待っていた。
そんな時。目の前からフラフラとおぼつかない足取りで一人の中年男性が歩いてきた。どうも酔っ払いらしい。中年男性はまっすぐ歩いているつもりだろうが体は徐々に線路の方へと向かって行く。
これは落ちるな。
急いで中年男性を支えたり引っ張るなりすれば線路に落ちることはないだろうが、俺は特に何もしなかった。
そして俺の予想通り、中年男性は線路に落ちた。
中年男性は気絶したのかうめき声一つ上げない。
その様子を見ていた中年女性がキャーと悲鳴を上げる。パニック状態の彼女は気づいていなかった。自分の近くに非常ボタンがあることを。
そのことを俺は教えることも自分が押すこともなく、ただ様子を見ていた。
そんな時。数人の若者がホームへとやってきた。そして女性の悲鳴で若者たちは線路で倒れている中年男性に気づき驚愕。助けようと線路へと降りた。
バカだな。
俺は若者たちを見てそう思った。若者たちは自分に体力があるから中年男性を持ち上げようと思ったのだが、線路からホームとの距離はかなりある。さらに言えばこの駅はローカル線で線路は狭くホームの下には隙間がない。つまり電車が来れば逃げ場はどこにもないということだ。
さらに言えば今は雨が降る夜。電車の運転手から見れば視界が悪く、また男たちの服装もどちらかと言うと暗いため、彼らの存在を認識するのに時間がかかる。ましてや電車はすぐには止まれない。
カンカンカンと踏切の音がする。 その音で若者たちはようやく電車がすぐ近くまで迫っていることに気づく。若者の一人が「今すぐホームに上がって逃げよう!!」と提案するが「そんなことできるか!!」、「そんな暇があるならさっさと持ち上げるんだ!!」と他の若者たちは耳を傾けない。
そして運命の時はやってきた。
ホームに侵入する電車があと数十メートルでホームへ突入するという距離で運転手はようやく彼らの存在に気付き急ブレーキをかけた。しかし雨で線路は濡れブレーキの効きは悪く電車は「スピードを落としていないのでは?」と錯覚しそうなほど止まらない。そして
巨大な鉄の塊が肉を吹き飛ばす重い音。この世のものとは思えない断末魔の叫び。天からの雫に混じってホームまで飛び散る赤い雨。
その光景を間近で見てしまった中年女性は悲鳴をあげて気絶し、惨劇の音で気づいた駅員がホームを確認すると、急いで駅舎へと戻った。
十数分後。数台のパトカーと救急車が駅に到着。検分をしたり亡骸を移動させたり、遺族らしき者が泣き叫んでいるのを、俺は遠くから眺めていた。
元駅員の筆先文十郎からのお願いです。
線路に物を落としたり人が落ちても拾ったり助けようとせず、まず駅員に伝えましょう。電車が来る時間じゃなくても貨物列車が来るなどが考えられます。
決して線路には入らないで下さい。