手間のかからない男   作:筆先文十郎

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誰かの顔色を気にしていた男が最後に何を思うのか。


意志なく動いた人生

 あぁ、なんてつまらない人生だったんだろうか……

 薄れゆく意識の中で俺はそんなことを考えていた。

 

 世界には二種類の人間がいる。自分の好き勝手に生きる『悪い奴』と『いい人』だ。

 俺は『いい人』を選んだ。万人に受け入れられるような行動を目指し、その結果。超弩級(どきゅう)に真面目で融通の利かない人間。世の中から認められている『正解』しか選ぶことができない人間に。

 間違えないこと。他人に非難されないこと。そればかりを気にして生きてきた。親や教師の顔色ばかり窺っていた。

 テストでいい点を取り、他人に好かれるようなことをする。そればかりをしてきた。 親や教師に言われるがまま、評価の高い大学に進学し、評価の高い有名企業に就職した。

 

 就職後は毎日律儀に定時に会社に出社。残業、ひどいスケジュールの出張をこなし、時期が来れば単身赴任。有給なんて取れず、休日出勤も当たり前。食事はインスタントやレトルト、家には寝に帰る状態になっていた。

 

 誰かに言われるがまま働き続けて……気づいたら俺は病院のベッドに横になっていた。うっすらと聞こえてくる医者と看護師の話し声から、俺は生きていられないのだと悟った。

 

 そうか。

 

 俺はこの時になってようやく気がついた。

 俺は人生の中で自分の意志で勝負と呼べることに挑まなかったということに。親や教師に言われた通りにすれば、負け=傷つくことはなかった。俺の人生には誰かに負ける劣等感や屈辱などはなかった。だが同時に充実感と呼べるものもなかった。負けることを恐れて勝負から逃げ出してきたのだから何も生まれないのは当然だった。

 最後の時になって俺は気づく。悔いを残さないためには挑戦し続けるしかなかったということに。もちろんそれはとても困難な道のり。だがそんな時に勇気を出して一歩踏み出すことが人生を切り開いて行ける。

 

 そんなことに今さら気づくなんて。

 

 だがもう遅い。今の俺は指ひとつ動かす力すら残っていなかった。元気な頃ならば意識せずに行っている呼吸さえも口や鼻に取り付けられた機械無しでは困難になっていた。そして同時にこうも思う。

 

 いま元気になったとして、何をすればいいのだろう。

 

 と。

 今まで親や教師、世間が欲する『正解』の行動を取る。それが俺の人生そのものだった。そんな俺がその『正解』にそむくことなど出来るわけがなかった。

 

 もういい。寝よう……。

 

 俺はゆっくりと目を閉じた。ピッピッピッと音を鳴らしていた心電図の音がピッ──と変わるのを、俺は他人事のように聞いていた。

 

 




志村さんの49日まで投稿するチャレンジをしている最中ですが、なんか暗い話ばかり……。

この主人公は極端ですが、皆さんも勝負に挑むことすら「面倒だ」と思う前にやりたかったことは越えたい難関に挑戦してみて下さい。例え負けることになっても。
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